コップに突き刺したストローに口をつける。アイスティーに入れたガムシロの安っぽい甘さが口の中に広がった。
「アヤちゃんってさ」
「うん」
「もう双葉と付き合ってるの?」
「ぶふっ!?」
飲んでいたアイスティーを盛大に噴き出す。
「うぉっ!?」
そんなわたしに、およそひと月ぶりに再会した友だちが、その凛々しい顔を露骨に嫌そうにのけぞらせた。
「げほっ、げほっ!?」
うぇ、気管に入っちゃったよー いきなりなんてこと言うんだこのソロキャンガールは。単刀直入にもほどがある。
「つ、付き合う? な、なんのことー?」
「いや、そのリアクションでその返しは無理があるだろ」
「うん、だよねー あはは」
わたしがヘラヘラと笑うと、リンちゃんは額に手を当てて、呆れたようにため息をついた。
「その様子だと、告白もまだみたいだな」
「……はい。ていうか、なんで知ってるの? わたしが双葉のこと……好きって」
「あれだけ喧嘩しておいて気づかないほうが無理あるでしょ」
わたしだってとブツブツつぶやくリンちゃん。冷や汗が一滴、頬を伝う。
「そ、そだねー」
高校卒業間近の修羅場を思い出して思わず顔をしかめる。
今じゃ笑い話だけどあのときは冗談抜きで本当にやばかった。正直今こうして仲良くできているのは奇跡だと思う。
「で、どうなの? したの?」
「してません」
「一緒に住んでるのに?」
「はい」
「今何ヶ月目だっけ?」
「……4ヶ月目」
「いつから好きなの?」
「こ、高校生のときから」
「ヘタレかよ」
「だってさー!」
リンちゃんの情け容赦ない口撃に、おもわず立ち上がる。さっきからなんなんだよーこの子は!
「だって! 双葉めっちゃかわいいんだもん!」
テーブルをバンと叩く。もーリンちゃったら! そんなんだからクール(笑)って言われるんだよ。
まあ言ってるの主にわたしだけど。
「は?」
「そのなに言ってんだこいつみたいな目やめて」
「……いや、べつに思ってないけど……ていうか座ったら?」
リンが気まずそうに目で合図する。あ、そうだ。ここ喫茶店だった。慌てて席に座る。うわぁ、はっず。
「で、双葉がなんなの? どうせ、今日呼び出したのだってその話でしょ?」
わざわざバイクで来たんだぞと文句を言うリンちゃん。
なんだろう、気のせいかな。最近輪をかけてわたしに対する対応が辛辣になっている気がするんだけど。
ラインで惚気報告しまくってるせいかな?
「だから、双葉がかわいい──」
「もう聞いたよ」
「ご、ごめん。でもさーほんとにかわいいんだもん」
「ふぅーん」
「抱きついて耳たぶとか噛んだりすると顔真っ赤にしてビクビク震えてめっちゃかわいいし、身長とかもあったときからほとんど伸びてないからちっこいままだし、もう夏だからどんどん薄着になってるし、ぶっちゃけ……」
「ぶっちゃけ?」
「ムラムラする」
思いのたけをぶちまける。こういうぶっちゃけた話ができるのも相手がリンちゃんだからこそだ。
「……帰っていい?」
「ごめん! ほんとにごめん! だから立ち上がらないで!」
「……はぁ、しょうがないなあ」
帰ろうとしたリンちゃんを縋り付くよう制止すると、呆れ返った目でわたしを見ながらも席に戻ってくれた。
ちょっとふざけすぎたかな。いいかげん真面目に話そう。
「それで、リンちゃんに聞きたいんだけどさー」
「うん」
「双葉って、女の子を好きな女の子ってどう思ってるのかな?」
一抹の希望を託しリンちゃんにたずねる。あの3年間、いつも双葉と一緒にいたリンちゃんなら、もしかすると知っているかもしれない。
「……わたしが知るわけないだろ」
けど、そんなわたしの淡い希望はリンちゃんに無慈悲に切り捨てられた。
「やっぱそっかー リンちゃんなら知ってるかなって思ってたんだけどな。双葉と付き合い長いしさ」
「べつにアヤちゃんも時期的には大して変わんないでしょ」
「そうだっけ?」
「ていうか、アヤちゃんのほうがあいつと友だちになったの早いんじゃないの?」
言われてみればそんな気がする。あのころの双葉、めっちゃおどおどしてたっけ。懐かしいなあ。
「そうだなあ、あのときはキャンプとか旅に夢中で、わたしも含めてみんなそういうの全然眼中になかったし……」
「たしかに浮いた話とか一つも聞かなかったもんね。野クルの子たちみんなかわいいし、男子とかほっとかなかったと思うんだけどなー」
クリキャンで初め会ったとき、みんなレベルが高くてびっくりしたのを覚えている。
「そういう話がなかったわけじゃないよ。あおいとかなでしことか、よく告白されてたし」
「へぇ、そうなんだ。それで、その……双葉は?」
正直野クルの子たちのことはどうでもよかった。
なでしこがかわいいのは昔から知ってるし、あおいちゃんもいろんな意味で男子の目を引きつけてやまなかっただろう。
興味ないわけじゃないけど、今知りたいのは双葉のことだ。
「えっと……双葉も2年に上がってから何回か告られてたっけな。全部断ってたみたいだけど」
「ふ、ふぅーん……そっか」
ほっと安堵のため息をつく、もうとっくの昔に誰かと付き合ってましたってなってたらとてもじゃないけど正気じゃいられなかった。
「ていうか、それこそ双葉に聞けばいいじゃん。一緒に住んでるんだから聞くチャンスいくらでもあるでしょ?」
どこか恨みがましい目でわたしを見るリンちゃん。やっぱりまだあのときのこと根に持ってるのかなあ。自分でいうのもあれだけど、やってること完全に抜け駆けだもんね。
「距離が近すぎて聞きづらいっていうか……あ、あはは」
「ヘタレかよ」
リンちゃん、それ2回目だよ……
「い、一応ね、アピールはしてるんだよ? 後ろから抱きついたり好きって言ったり、一緒に寝たりとか」
「双葉はアヤちゃんがそういう意味でしてるって知ってるの?」
「……い、いつか気づいてくれればいいかなーって」
「気づくわけないだろ。だって双葉だよ」
「あはは、だよねー……はぁ」
わたしたちの間にある確固たる共通認識に、もう何度目になるかわからないため息が漏れ出る。
ほんと、鈍感な子を好きになるのってこんなに大変なんだなあ。ていうか! 双葉も双葉だよ。なんであそこまでアピールしてるのに全然気づかないの!
「そういえばさっき耳たぶ噛んだり抱きついたりって言ってたけどさ」
リンちゃんがじとっとした目でわたしを見る。
「う、うん」
「それってつまりセクハラだよね」
「ぐっ……」
痛いところをつかれる。そう、傍から見ればわたしのやっていることは紛うごとなきセクハラ。
でもしょうがないじゃん! ずっと好きだった子とやっと一緒に暮らせるんだもん。あんなことやこんなこと、するに決まってるじゃん!
「その感じだと友だちならこのくらいのスキンシップ当たり前、とか言って言いくるめてそうだな」
「な、なんで知ってるのー!」
「おい」
「あっ」
やばい、言っちゃった。口に手を当てて塞ぐけど、時すでに遅し。
「うわぁ……」
リンちゃんドン引きしちゃってるじゃん。ただでさえ冷たかった視線が、今や液体窒素レベルまで冷え込んでいる。
そりゃそーだよ。なにも知らない子を騙して毎日セクハラしてるって聞いたらそういう反応するに決まってるよね。
「2人のことだから、部外者のわたしが言っていいことじゃないかもしれないけど。そういうの、よくないと思うよ」
ドン引きした表情から打って変わって、真剣な顔でリンちゃんはわたしに言った。
「……うん。リンちゃんの言うとおりだよね」
改めて自分のしていることを突きつけられて、罪悪感が湧き起こる。
なにも知らない子を友情で騙して自分の欲望を満たす。やっていることは恐ろしいまでに自分勝手。
同性だからって言い訳はできない。本当になんて悪いやつなんだろう、わたしって。でも、しょうがないじゃん。好きになっちゃったんだもん……
「……まあ、でもいいんじゃない? それでも」
「え? リンちゃん?」
思いもよらない言葉に思わずぽかんとする。もっと責められるものかと思ってた。
「正直アヤちゃんのやってることって最低だと思うけど、好きなんでしょ?」
「う、うん……」
リンちゃんの容赦ない言葉に怖気付きながらも同意する。
「ならいいじゃん、それで」
「い、いいのかな?」
恐る恐る聞くと、リンちゃんは頬に手をついて窓の外を眺めた。
「それに、双葉にも責任あるだろうしね」
外を見るリンちゃんの目はどこかここではない遠くを見ているように思えた。やっぱりこの子も……
「ていうか! リンちゃんもわかるよね! そーだよ! 双葉も双葉だよ!」
弱っていたわたしを、どう見たって無理してるのバレバレなのに頑張って励まそうとしてくれた。
顔を真っ赤にして、目をキョロキョロさせ、しどろもどろになりながら、見ず知らずのわたしなんかのために必死になってくれた。
旅の話をするあの子の横顔があんまりにも綺麗で、もっと見ていたいと思ってしまった。
いろんなところに連れてってくれて、いろんな世界を見せてくれて、なでしこにもまた合わせてくれて……
そんなの、好きになっちゃうに決まってるじゃん……
「わたし、やっぱ双葉のこと好きだな……」
もう何度目になるかわからない恋の再確認。
3年間。募るに募った恋愛感情は、わたしの心をまるでマグマのようにグラグラとかき回す。
「はいはい」
「リンちゃん、さっきからなんか妙に当たり強くない?」
「…………気のせいじゃない?」
「じゃあその間はなに?」
あ、目逸らした。やっぱりあの時のこと絶対根にもってるよー!
「いいかげん告白しちゃいなよ。案外すんなりいくかもしれないじゃん」
「で、でもさ、わたし全然かわいくないしさ。男っぽくもないし、かといって女っぽくもないし……」
「ヘタレすぎる……」
リンちゃんそれ3回目……
「リンちゃんはいいよねえ。イケメンでなおかつ美人だしさ」
「なんだそりゃ」
「そのまんまの意味だよー」
スタイルもよくてスラっとしていて、かっこよくもかわいくも、自分の好きなようになれるこの子が本当にうらやましくてしかたない。
ほんと、なんでわたしの周りってレベル高い人ばっかりなんだろ。わたしだって、そんなにブサイクじゃないと
思うんだけどなあ……
やっぱ釣り合わないよなあ……
「わたしは隣に双葉がいてくれれば、それで満足かなー……あはは、なんちゃって」
テーブルに突っ伏しておどける。実際今の生活にはそれなりに満足している。
ただ、求めているものとはちょっと違うってだけ。
「あっそ」
うーん、辛辣。
でも、しょうがないか。こんなうじうじしてるところ見たら誰だって呆れる。
「あやちゃんは……本当にそれでいいの?」
顔を見上げる。真剣な顔のリンちゃんがわたし見つめていた。
本当に、これでいいの? かぁ。リンちゃんもきついこと聞くなあ。
ずっと好きだった子と一緒にご飯を食べて、お風呂に入って、同じベッドで寝て、嬉しくないわけがない。
まるで家族みたいだ。
そんなの……
「嫌に、決まってるじゃん……」
押し隠していた本音が溢れ出る。
このままなぁなぁにすれば、あの子はきっとずっと一緒にいてくれる
「仲のいい友だち」として、一緒にいてくれる。
でも隣にいてくれる代わりに、本当に求めているものは永遠に手に入らない。
「なら……わかるよね? わたしの言いたいこと」
「……うん」
いいかげん踏み出せ。リンちゃんはそう言ってる。わたしだってそう思っている。
でも、ずっと好きで、やっと一緒になれて、それだけですごい幸せなのに、これ以上求めていいのかな?
求めて拒絶されたら、わたしはどうすればいいんだろう。
あの顔が嫌悪に染まるのを想像するだけで、とてつもない絶望に襲われる。
だけど、このままでいいわけがない。
「じゃあ、わたしもう帰るね。なでしこがご飯作って待ってるだろうし」
リンちゃんに言われて窓の外を見る。いつの間にか太陽はすっかり赤く染まっていた。
わたしもそろそろ帰らないとまずいか。今日は双葉と一緒にご飯作るって約束してるし。
「わかった。ありがとね。いろいろ聞いてくれて」
「いいよ。友だちでしょ?」
そう言ってリンちゃんは微笑んだ。
こういうところがイケメンだよなあ。ほんと、ずるいなあ。こんなの勝てっこないじゃん。
「お代、ここに置いとくね。じゃ、また」
「うん、またね」
立ち上がるリンちゃん。わたしももう少ししたら帰ろう。
「あ、そうだ」
「どーしたの?」
「わたし、まだ諦めてないから」
耳元でボソッとささやかれた声にわたしが反応する前に、リンちゃんは足早に去っていった。
グラスに入った氷がチャリンと音を立てて崩れる。
「……やっぱ、リンちゃんも好きじゃん」
ズルしてアドバンテージ取って安心してたけど、これうかうかしてたら本当に取られちゃいそうだなあ。
いい加減勇気出さないとダメってことか……
ちょっとした心境の変化を感じながらストローを咥え、残ったアイスティーを飲む。
「……うっす」
トントントン。玉ねぎをみじん切りする音が部屋の中にこだます。よし、こんなんでいいかなー
「双葉、できたよー」
「ありがと、じゃあボールの中入れといて」
「はーい」
みじん切りにした玉ねぎをひき肉の入ったボールの中に流し込む。今日はハンバーグかな?
「それで、リンの様子どうだった?」
ボールの中の具材を手でこねながら双葉が聞いてくる。
「うーん? 元気そうだったよー」
さっきリンちゃんに言われた言葉が、頭の中でリフレインする。
告白……どうしよっかな。
「そっか、よかった。最近あんまり連絡してなかったし、ちょっと心配だったんだよね」
「まー大丈夫でしょ。なでしこも一緒にいるんだしさ」
「それもそっか」
わたしの言葉に双葉は懐かしそうに、それでいて少しだけ寂しそうに微笑んだ。
そういえばなでしこのやつ元気にしてるかな。リンちゃんに迷惑かけてないといいんだけど。
「……こんなんでいいかな? 綾乃ー手伝ってー」
「いいよー なにすればいい?」
「ミートボール作りたいから、ひと口サイズで丸めて」
「はいよー」
テーブルの上においたトレーに、2人で一緒にミートボールを作っていく。
2DKのアパートのそんなに広くない台所で作業するから、必然的に肩を寄せ合うことになる。
Tシャツから伸びた白い腕が時折わたしの肩にぶつかる。こういうことになるんだったらパーカーなんて羽織らなきゃよかった。
つけっぱなしのテレビが夜のニュースを垂れ流し、空いた窓から蝉のやかましい鳴き声と車の走り去る音が聞こえてくる。
ここもすっかり暑くなったなあ。
「そーいえばさ、もうすぐ夏休みじゃん」
ふと思ったことを口走る。
「だね。どっか行く? せっかくだし、遠く行こうよ」
「さんせー 行きたいとこある?」
「うーん、本州はほとんど行っちゃったし……沖縄とか?」
「沖縄!」
双葉の口から漏れ出た素敵な言葉に思わずときめく。
青い海、白い雲、そして水着。バカンスにこれ以上うってつけの場所なんてそうそうないだろう。
「行こ! 絶対行こ!」
「すっごい食いついてきた……でも、人いっぱいいそうだよね」
「いいよいいよ。どうせわたしたちバイクだし」
「それもそっか」
飛行機なんて野暮な乗り物、使うわけがない。
こんな考えが当たり前のように出てくるあたり、わたしも遠くまで来ちゃったなあ。
それもこれも隣でせっせとミートボールをこねるちびっ子のせいだ。
「たしかフェリーあったよね。どこからだっけ?」
「名古屋じゃなかったっけ?」
「なんだ、じゃあすぐそこじゃん」
「だね」
「それじゃー決まり! 楽しみだなー あ、そうだ。水着買わないとね。今度一緒に行こーよ。双葉にお似合いのやつ選んであげる」
「えへへ、おねがいね」
「うん!」
嬉しそうにはにかむ双葉に、わたしの心が飛び跳ねるように喜ぶ。
2人でミートボールの数を増やしながらバカンスの予定を立てていく。楽しみだなぁ、双葉と沖縄。
「あ、そうだ! リンはどうする?」
「……え?」
そんなふうに浮かれていたわたしは、双葉の口から出た名前にまるで水をかけられたかのように硬直した。
「どうしたの?」
「リンちゃんも……呼ぶの?」
自分でもびっくりするくらい低い声だった。
「……ん? 行けたら一緒に行きたいなーって」
双葉の言葉にリンちゃんが去り際に言った言葉がフラッシュバックする。
あの子があんなことを言ったのは、わたしを焚きつけるためだっていうのはわかってる。
でも……
「綾乃?」
「……2人きりじゃダメなの?」
「えっ?」
双葉がきょとんとした顔でわたしを見る。この顔、本気でわかってない顔だ。
わかってはいたけど、やっぱり傷つく。悪いのはわたしなのに、勝手に期待して勝手に傷ついて、ほんと馬鹿みたい。
「も、もしかして……リンと一緒に行きたくないの?」
「べつに、そういうわけじゃないけど……リンちゃんだってやりたいことあるだろうしさ。沖縄に行ったらすぐに帰ってこれないだろうし」
ペラペラと言い訳がましい言葉が溢れ出る。2人で行きたい、そう言えばいいだけなのに、それが言えない。
こんなんじゃリンちゃんにヘタレって言われたってしょうがないよね。
「え、でも……」
「でもなにも、ないよ!」
叫び声に近い大声が口から溢れ出る。しまった……
慌てて口をつぐむ。嫌な沈黙がわたしたちの間を満たす。
「ほんとにどうしたの? さっき喧嘩しちゃった、とか?」
「ち、違う!」
「じゃあ、どうして……」
寂しそうに目を伏せる双葉。
ねぇ、なんで気づいてくれないの? わたしは、あなたのことがこんなに好きなのに。
そんなにリンちゃんのほうがいいの? ずっと一緒にいたから? リンちゃんのほうがかわいいから?
ねえ双葉、わたしってそんなに魅力ないのかな? 髪だって毎日手入れしてるし、お肌のケアだってちゃんとしてるよ?
おっぱいはそんなに大きくないけど、スタイルにはけっこう自信あるんだよ?
毎日お風呂で髪を洗ってあげてるのは誰? 髪を乾かしてあげてるのは誰? ご飯をおいしいって褒めてるのは誰?
それでも、他の子じゃないとダメなの? リンちゃんなんて、たまたま同じ高校だっただけじゃん。
なんでわたしじゃダメなの!? なんでなんでなんで!?
……
…………
………………
違う。双葉はそんなこと思ってない。ただ単にリンちゃんとも行きたいと思ってるだけだ。
リンちゃんだってなにも悪くない。悪いのは、勝手にやきもち焼いてるわたしだ。
ほんと、かわいくないなあわたし。やっぱり、わたしじゃ一番になれないのかな……
「ねぇ、双葉」
「どうしたの? 綾乃」
かわいらしい顔が、わたしを下から見つめる。眼鏡の奥のキラキラとした瞳が、わたしを見つめる。
その瞬間、わたしの中にあるなにかが崩れたような気がした。
「……わたし、双葉のこと好きだよ」
ゆっくりと、はっきりと、大きな声で言う。
ついに、言ってしまった。ずっと隠していたことを。言い出せなかったことを。
もう、後戻りはできない。
「……えっ?」
双葉の目が大きく見開く。
ほんとまつ毛長いなあ。驚いてる顔もかわいい。口とかまだ開けたままじゃん。
そんなんじゃわたしにキスされちゃうよ。
「双葉……好き」
「え、えっ?」
驚いて固まる双葉に、顔を近づけていく。
テレビの音、蝉の音、車の音。やかましかったはずの夏の喧騒が嘘みたいに静まり返る。
もうなにも聞こえない。なにも見えない。
唇が近づく……あと少し、あとちょっとでわたしは双葉と……
「なーんてね!」
「……へっ?」
顔をバッと離す。未だにフリーズしてる双葉が間の抜けた声を出す。
「じょーだんじょーだん! なにびっくりしちゃってるのー?」
「じょ、冗談? そ、そっか、冗談……冗談かぁ……」
下を向いて顔を真っ赤にしてぶつぶつとつぶやく双葉。
耳なんてもうペンキ塗ったんじゃないかってくらい真っ赤だ。もう、ほんとかわいいなあ……
「リンちゃんにはわたしが聞いとくから、早くご飯作っちゃおーよ。もうお腹すいちゃったよ」
「そ、そっか、そうだね。ご、ご飯作ろっか」
そう言って、ざっと手を洗ってから、できあがったミートボールをフライパンで焼き始める双葉。
肉の焼けるおいしいそうな匂いが部屋に立ち込める。
ねえリンちゃん、あんなに真剣に相談に乗ってくれたのに、ひどいこと思ってごめんね。あとわたし、思ってた以上にヘタレだったみたい。
「あ、あのさ、綾乃」
わたしが流しで手を洗っていると、横でフライパンをつつく双葉が、どこ
か言いにくそうにわたしを呼んだ。
「うん? なーに、双葉」
「……ご、ごめん。やっぱなんでもない」
ぷいっと顔をフライパンに戻す。これ、嫌われちゃったかなぁ。
そりゃそうだよね……
「ねぇ双葉、今日も一緒に寝ていい?」
一抹の望みをこめていつものように聞く。答えなんてわかってるのにね。
「……ごめん、今日は暑いしさ、汗かくといけないから別々に寝よ?」
予想通りの答え。髪に隠れて見えない顔はいったいどんな表情なんだろうか。
見たいけど、見たらきっと後悔するんだろうな。
「うん、わかった。今日暑いもんね。また今度一緒に寝ようよ」
傷ついた心を笑顔の仮面で覆いかくす。わたしは双葉の仲のいいルームメイト。
それでいいじゃん。それ以上なにを求めるの?
「う、うん、そうだね」
小さくうなずく双葉。
ほんと、わたしってなんて悪いやつなんだろう。この後に及んでまだ友だちのつもりでいる。
開けた窓、網戸の向こうに広がる夜の街に、ポツリポツリと雨が降る。
早く窓閉めないと。そう思うわたしだった。
自分を悪人だと思いこんでいるただのヘタレ
vs
3年越しにばら撒いたフラグの回収に追われているクソザコ
ファイッ!!!