ボクは、正直言ってあまりできた人間じゃないと自分では思っている。
基本的にクソザコだし、成績は良くてもおっちょこちょい。少し前までは友だちすら1人もいなかった。
でも、そんなボクにも友だちができた。それもたくさんの友だちだ。
みんなすごく優しくて、すごくいい子で、ボクなんかよりもずっとずっとできた人たちで、ボクはそんなみんなが大好きで、大好きでしかたがなかった。
だからボクは大好きなみんなともっともっと仲良くなりたかった。
ずっとボッチだったから、うまくいかない時もあったけど、それでもボクなりに自分の気持ちを素直にみんなに伝えた。
そのおかげかはわからないけど、みんなとは会ったときよりもずっと仲良くなれたと思っている。
ただ、時よりボクは思う。
なんか思ってたのと違う、と。
「……んっ」
ストーブが必需品になり、木々の葉が鮮やかに色づき始める季節。
窓の外から微かに聞こえる生徒たちの談笑する声と、カラスの間伸びした鳴き声がこだまする放課後の図書室で、ボクはリンにキスをされていた。
「んっ……」
柔らかい唇が、ボクの唇をまるで貪るように奪っていく。
リンの長いまつ毛が視界いっぱいに広がる。リンって近くで見ると、本当に美人だなあ。
酸欠気味の思考の中、そんなことを考えた。
「ふた、ばぁ……」
細い腕が、ボクの首筋に回される。甘ったるい匂いがボクの脳の思考力を奪っていく。
「んっ……んんっ」
くるしい……きもちいい……
もっと、してほしい……
蕩けきった思考の中、行き場を失って固まっていた腕をリンの背中に持って──
って、ちがーう! なにが『もっとしてほしい』だよぉ!
ちょっと名残惜しいと思っている思考に必死に蓋をしながらリンの肩を離す。
唇と唇が離れ、繋がった唾液が赤い夕陽に照らされて銀色に輝く。
「……ごめん、くるしかった?」
「そんなことないよ! むしろ気持ちよかったっていうか…………じゃなーい!」
座っていた椅子から勢いよく立ち上がる。反動で椅子が床の上を滑っていく。
「どうしたの? 双葉」
不思議そうに首を傾げるリン。さっきまでずっとキスしていたからか、息を荒げて顔を真っ赤に染める姿がやけに色っぽくて……じゃない。
「どうしたもこうしたもないよー! なんでボク、リンにキスされてるのさー!」
「なんでって……そんなの……」
椅子に座ったままのリンが唇に手を当てながらわかってるくせにと言いたげにボクを下から覗き込む。
「ふ、双葉のことがす、好きだからに決まってるじゃん……」
「あ、うん……あ、ありがと……」
普段の照れ屋なリンからは想像もできないほど真っ直ぐな気持ちをぶつけられて、思わず真顔で返事をしてしまう。
そっか、リン、ボクのこと好きなんだ……
「……えへへ」
……なにが『えへへ』だよ。
めっちゃ喜んじゃってるじゃん。ニッコニコだよボク。
いや、たしかに嬉しいけど……だから違う。リンの唇、ぷるぷるだったな……そうじゃない!
もっとしてほしかったな……
「うがぁぁぁ!!」
ピンク色に染まりかけた心に絶望して、図書室を歩き回りながら頭をかき回す。
リンはここ最近、ずっとこんな調子だ。
お互いすごく仲がよかったとは思っているけど、あくまでボクとリンは友だちでしかなかったはず。
それなのにいったいどこで歯車がズレたのか、気がつくと、リンはことあるたびにボクにキスをしてくるようになった。
ちなみに今日は金曜日で、さっきのキスは今週で5回目だ。
もはや仲がいいとかそういうレベルを通り越してる。どう考えたって異常だ。
でも、ちょっと嬉しかったり……
「はっ!? リンは友だち、リンは友だち……」
頭をかきながら、おかしくなりかけていた思考を元に戻す。
「あ、おい! そんな頭かいたら……」
「友だち友だち……」
「双葉!」
「リンはとも──ひゃぁ!?」
頭をかいていた手ががっと掴まれた。
右手は上に、左手は腰に。そうやって両腕を拘束され、いつの間にか目の前にあった本棚にドンと背中を押しつけられる。
「り、リン?」
「そんなかきむしって、もし怪我したらどうすんだよ」
「ご、ごめん」
思いのほか真剣な眼差しに反射的に謝ってしまう。
けど、よくよく考えてみればボクがこんなことになってるのって、リンのせいな気が……
ていうかこの体勢、かなりまずい気が……本棚を背に壁ドン、いや棚ドン状態? どっちでもいいけど、とにかくまずい気がする。早く脱出しなきゃ。
「も、もうしないから、手離してほしいなぁって」
「やだ」
「な、なんでだよー!」
親友に本気で壁ドンされるとかいう意味不明な状況に思わず目尻から涙が出てくる。
「だって双葉、目離すとすぐどっか行っちゃうだろ」
「だ、だからって物理的に拘束しなくてもいいような……」
ボクの抗議も虚しく、リンが顔と身体をどんどん近づけてくる。
「ち、近いってリン」
拘束されていた手は、いつの間にか指を絡めてきつく握られちょっとやそっとの力じゃびくともしない。
震える足の隙間にリンの足が差し込まれ、身体と身体が密着する。
高1のときからちっとも背が伸びてないボクと、だんだんと背の伸びはじめたリンとでは、力の差がまるで違う。
逃げること叶わず、リンになすすべもなく拘束される。
「り、リン! ち、近いっんんっ!?」
首筋に顔を埋められ、思わず口から変な声が漏れ出る。
「いつも思ってたけど、双葉っていい匂いだよね」
少しだけ低い心地のいい声が、耳から脳に染み込んでいく。
「わたし、好きだな。双葉の匂い」
首筋に顔を埋めたリンが、まるで匂いを嗅ぐかのように鼻を吸っていく。
「な、なにして……ゃ……だ、ダメ……んっ!」
やわらかく、湿り気のあるなにかが、ボクの首筋を吸っていく。
「好きだよ……双葉」
やばい、頭ぼうっとする。なにも考えられない……
「双葉は……わたしのこと好き?」
「う、うん……で、でも」
でも……あれ? なんて言おうとしたんだっけ。
「じゃあ、それでいいじゃん」
ささやき声。耳がゾワゾワして背中にゾクゾクと得体の知れない感覚が走る。
セーラー服の裾からすらっとした指が差し込まれ、キャミソール越しにボクのお腹を撫でていく。
タイツとタイツが擦れ合う。もどかしくて、気持ちよくて……
「いいよね? 双葉」
「……ぇ? ……ぅ、うん」
なにが、いいよね? なんだろう。頭がぼんやりしてなにも考えられない。
ただされるがまま、ぼうっと夕暮れの図書室を眺める。
本、カウンター、時計……
時計……時計……時間……あっ。
「そうだ! バイト!」
「うぉっ!?」
突然大声を上げたボクにリンが驚いて離れる。
「い、いきなり大声出すなよ」
「ご、ごめん! 今日バイトだったの忘れてた! もう行くね! また来週!」
「あ、おい!」
パタパタと駆け足でテーブルに戻り、置きっぱなしにしていたリュックサックを背負って図書室をあとにする。
「ああもう! ボクどうしちゃったんだよー!」
どうかしてるよボク。と、友だちとあんな……え、えっちなことして!
リンもリンだよー! ほんと最近どうしちゃったんだよぉ!
「リン、いい匂いだったなぁ……えへへ」
だから違うって!
「って、ことがあったんだよー!」
「……なんちゅうか、お疲れ様やったな」
コンビニの窓から漏れる蛍光灯の青白い光があおいを照らす。
「話まとめるで。ようは最近リンちゃんにむっちゃアプローチされとって困っとるちゅうことやな」
「うん、そうなんだ……あむ」
コンビニで買ったあんまんをかじりながら、ボクの支離滅裂な言葉をうまいこと要約してくれたあおいにうなずく。
やっぱ寒い時期のバイト帰りはあんまんにかぎる。
「双葉ちゃんは、どう思っとるん? リンちゃんのこと」
「どうって……そんなの、好きに決まってるじゃん……」
ボクはリンのことが大好きだ。それは間違いない。夕方の時みたいなことがあったって、それは変わらない。
「でも、ボクたち……ただの友だちだし……女の子同士だし……」
「そない気にせんでもええんとちゃう? べつに嫌やないんやろ?」
ステンレスの車止めに腰かけたあおいの言葉に静かにうなずく。
「け、けど……なんでボクなんか……だって、ボク全然かわいくないし、リンみたいに美人じゃないし……」
リンがボクをそういう意味で好きということはもはや明白だ。
正直なところ嫌じゃない。お母さん意外の人からここまで好意を向けられるのなんて生まれて初めてだし、キスだってそこまで嫌じゃなかった。
だけど、相手がボクじゃあ役不足もいいところだ。
しょせんボクは元を正せばクソザコボッチ。リンには釣り合うとは思えない。
「双葉ちゃん」
「なに? あお──」
「てい」
「あぅ!?」
額にバチンと衝撃が加わって、思わず額を手で押さえる。痛い、デコピンされた……
「次そないなことゆうたらもっと痛くするで」
「うぅ、ごめんなさい」
「はぁ……双葉ちゃんって、昔っからちょいちょいネガティブよなぁ。そうゆうの、うちあんまようないと思うで」
「う、うん……ごめん、ありがと」
みんなと友だちになってから、だいぶポジティブになったとは思っているけど、やっぱりボクはボクのままだ。
「まあでも、リンちゃんがそない肉食系やったとは……ほんま人は見かけによらんなぁ」
「ほんとだよぉ……」
最初はちょっと距離近くない? くらいの感じだった。
だけどいつの間にか距離がどんどん狭まってきて、気がつけばキスされるようになって、日に日に行為がエスカレートしている。
リンは平然としているけど、されているこっちは気が気じゃない。
リンは美人だし、いい匂いするし、優しいし、かっこいい。
そんな子にキスされたり抱きしめられたりするんだから、ボクのクソザコメンタルはもうパンク寸前だ。
「ボク、どうすればいいのかなぁ?」
「本当に困っとるんやったら言うしかないやろな。リンちゃんだって、そんな強情やないやろうし」
「ううん、そうじゃないんだあおい」
あおいの提案に首を振る。たしかに困っていることは事実だけど、それはそこまで重要じゃないのだ。
「どゆことなん?」
「ボク、リンがなんであそこまでしてくるのか全然わかってあげられなくて、リンがここまで思ってくれてるのに、ボクなんにも返せてなくて……それが、なんかすごくやで……」
ボクは、ただリンと友だちになりたかっただけだった。だたそれだけだった。
リンもそんなボクを友だちだと思ってくれていると勘違いしていた。
でも実際は違ったわけで、そんな強い感情を向けられた経験なんてないから、どうすればいいのか全然わからない。
「双葉ちゃん……」
「えへへ、ごめんね。変なこと言って。あおいだけだよ、こういうの言えるの」
いつも気遣ってくれて、ダメなところはダメと言ってくれて、ボクはそういうあおいが大好きだ。
「ありがと、あおい。大好きだよ」
「わたしも、双葉ちゃんのこと大好きやでー」
ちょっと顔を赤くしたあおいが、嬉しそうに笑いながら、ボクに身体を近づけてくる。
「もがっ!?」
突如真っ暗になる視界。暖かく、ふかふかしたなにかに包まれる。
「よしよし、双葉ちゃんはほんまええ子やな」
がっちりと頭をホールドされ、あおいの大きな胸に押し潰されるような形で抱きしめられる。
「けど、あんま気負いすぎたらあかんで」
頭をポンポンと撫でられ優しい言葉をかけられると、心がどんどんぽかぽかしてくるのがわかった。
あったかくて気持ちいい……できることならずっとこうされていたい。
けど……
「むぐっ!? むぐぐっ!?」
息ができない! く、苦しい! ていうか、ボク冷静に考えたらあおいの胸に顔押し付けてるんだけど!
「むー! むー!」
「あーもう、双葉ちゃんほんまちっこくてかわええなぁ」
あおいの背中をパンパンと叩き、解放を要求するも、聞いてないのか聞く気がないのか、余計に力を込められる始末。
「ふふっ、双葉ちゃん耳真っ赤やん。もしかして照れとるん? べつに女の子どうしなんやし、気にせんでええのに」
「むー!」
違う、そうじゃない。
「な、なあ? 一回だけでええからうちのことお姉ちゃんって呼んでくれへん?」
……あおいの心臓、なんでこんなバクバク鳴ってるんだろう。心なしか、身体もさっきよりも熱い気が……
「な? 双葉ちゃん」
そう言って、あおいはボクを5分ほど抱きしめ続けるのであった。
「あ、あはあ……ご、ごめんなぁ」
「むー!」
橋の上で、ビーちゃんを押しながらあおいに抗議の視線を送る。
まさか相談したら窒息するまで抱きしめられるとは思ってなかった。
絶対に許さない。
「こ、今度コンビニスイーツ奢るからそれで許してくれへん?」
「え! ほんと!? 全然気にしないから大丈夫だよ!」
「あ、ありがとなぁ…………ちょっろ」
やったやった。なに買ってもらおっかなー
「ふふっ、まあでも、ちょっとは元気になったみたいやな」
「うん、おかげさまで。また、なにかあったら相談に乗ってくれてもいいかな?」
「もちろんやでー! うちでよかったらじゃんじゃん頼ってくれてええからな!」
「えへへ、ありがと」
あおいの100パーセント混じり気のない善意に思わず顔が笑顔になっていく。
ほんと、いい友だちだよなあ、あおいって。ボクにはもったいないくらいだよ。
改めてボクの友だちの素晴らしさを噛み締めているうちに、橋の出口に差し掛かった。
「おわかれやな。またなんかあったらゆうんやでー」
「うん! またねあおい」
そう言って、ビーちゃんのエンジンをかける。よし、あおいから元気ももらったことだし、これから頑張っていこう!
「あ、双葉ちゃん」
「どうしたの? あお──」
目の前に、あおいの顔が近づく。唇の端を湿り気のあるなにかがなめていく。
「あ、あおい?」
「ふふっ、口にあんまんのカスついとったでー」
「え? あ、う、うん。ありがと」
耳まで真っ赤に染めて唇に手をあてながら、嬉しそうにボクを見るあおい。
えっ? 気のせいじゃなかったら、ボク、今あおいにキス、されなかった?
「……なあ双葉ちゃん」
「う、うん」
「うちが双葉ちゃんのこと好きってゆうたら、どないする?」
「えっ?」
「なんて、うそやで。ほなまたなー!」
「あ、あおい!」
ボクの静止を振り切って、ロードバイクに乗って走り去っていくあおい。秋口の冷たい風が、熱っぽい頬を冷やしていく。
「えぇ……」
うそだと言ったあおいの顔が脳裏に浮かぶ。あの目、どう考えてもうそついてるときの目じゃなかったような……
ってことは、本当に? いや、そんな馬鹿な……
「どうしよ……」
途方にくれたボクのつぶやきが、秋の空に溶けていく。
ボクは知らなかった。これが、これから先起こる受難の始まりでしかないことに……
こんな感じでアホアホなノリで書いていく予定です。