4月1日。エイプリルフールと呼ばれる、1日1度だけの、嘘が許される日。トレセン学園の三女神像前。時間帯は違えど、毎年数人のウマ娘がここに無意識のうちに足を運ぶ。ふらふらと、引き寄せられるように三女神像を訪れるウマ娘が、また1人。
黒く長い髪に黒い目、左耳のピアスとそこから垂らした細い鎖。髪と同色の尻尾が身体の揺れを受け振り子運動する。
彼女は、落ちこぼれとも呼べるような存在。普通に走って勝てるほどの実力はなく、全力を出してもさらに上の実力に叩き潰されるだけの
だが、彼女は三女神に呼ばれた。
彼女が気づいた時には、辺りは闇に閉ざされていた。彼女は困惑する。先程まで自分がいたのは白昼の三女神像前広場だった筈だ。呆けているうちにいつのまにか夜になってしまったのだろうか?しかしそれにしては、自分の身体がはっきりと見えるし、常夜灯の灯りも、街の明かりも、月星の光も見えない。自分以外、何もない。
ふと、囁くような声が聞こえた。紛れもなく自分の声のはずのそれに敏感に反応した耳が、あたりを探るように忙しなく動く。
「ねえ」
背後に突然現れた自分に、彼女は驚き、距離を取る。
「逃げないでよ」
さらに現れたもう1人に、背後から肩を押さえられる。
「私は失敗した」
目の前の自分の背後から、さらにもう1人、自分が現れる。
「私も失敗した」
闇の中から、また1人自分が歩み出てくる。
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
「私も」
だから、次をあなたに託すね。
無数の記憶が、意思が、あるいは遺志が、彼女の中に流れ込んでいく。
タイムが足りない。怪我をした。未勝利戦に全敗した。人気を全て失った。レース中の不正で失格になった。ドーピングをした。レースに関係のない事故。エトセトラ、エトセトラ。同じ理由でも、違う理由でも、彼女は何度もその競技人生を、あるいは人生そのものを失い、諦め、終えている。
継承される
名無しの
特徴のない姿に、ちょっとしたアクセントを。
得られない走りの才能の代わりに、他を貶めるチカラを。
そこにいる彼女は、もはや彼女ではなくなっているのではないか。それとも、やはりそれは彼女なのだろうか。
口を開いて、息を吸う。
何もない空間に、黒く長い髪に黒い目のウマ娘が、一人。
彼女の名は……
「ワタシは、クロクロ」