王直属護衛軍が余の胃を殺しにきてる 作:小指の魔術師
終わりは突然だった。
私は日本という国で生まれ、突如として死んだ。なんの事も無い。急に心臓が痛みに悲鳴をあげ、大量の脂汗にまみれた顔を晒し、無様に膝を突き、声にならない声をあげながら死んだ。
少々ハードワークが過ぎて常時睡眠不足だったり、食にまで気が回らず少々偏った食生活を送っていた。正直何時か取り返しがつかない病気を患っても仕方ないとは思っていた。
だがそう思っていたとして死を受け入れることが出来るかと言われたらそれは無論不可能だ。やりたい事はそれなりにあった。我が人生には悔いしかない。
今世は虚しく死んだ。働きアリの如く脇目も振らず働き続け死んだ。自業自得であると自覚しているがそれでも私はもう少し生きてみたかった。
だから来世があるならば希望したい。
働きアリはもう御免こうむる。
◇◆◇
始まりは緩やかだった。
揺籃の上でぼんやりとした意識を持った。死んだ筈の自分がこうして思考出来ていることに心から歓喜した。来世に来たんだと身体が震える。
『ダメよまだ寝ていなさい』
柔らかな女性の声が脳内に響いた。戸惑いもしたがやがて今の自分がこの声の持ち主の胎内に居るのだと分かった。
『大丈夫、ちゃんと産んであげるから』
母だろうその声に安らぎを覚えた私は訪れた微睡みに身を任せた。思えば前世では母に碌に会えず親不孝な子だった。お金より一目貴方の顔が見たいと留守電を残した母の願いに私は報いる事が出来ず、あまつさえ再会は白い布を顔に乗せた私ときた。
親に子を看取らせた私は恨まれても文句は言えないだろう。そう自分に皮肉を零し、私は再び眠りについた。
『いい子ね。私の愛おしい子』
再び目が覚めた時、私は胎内が大きく動くのを感じた。今のこの脈動とは私が産まれる合図。今日が私の新しい誕生日だ。
羊水と一緒に母の体外へと排出された私はここで初めて目を開いた。まず最初に思った事は驚愕だった。
赤子にしては視線が高い。いやそもそも産まれたての私が既に二足歩行を可能としている。尾骶骨付近に違和感があると見てみたら注射器みたいな尻尾がある。間違いなく私は人間じゃないナニカになっている。
いや私だけではない。見渡せばそこには異形の者共の姿がゾロゾロと。虫と何かしらの生物が混ざり合った
比較的前に居る者は人型を成している者が多い気がする。
「王様」
一歩前へ出た猫の獣人は人語を用いて私に話しかけて来た。彼女は私を王と呼んだけれど、異様にしっくり来るのは何故だろう。全てが自身に従属するのが世の理だと心奥に刻まれて居るのはなんでだろう。私は何者になったのか。
「御身の直属護衛を務めますネフェルピトーと言います」
「同じくシャウアプフ」
「同じくモントゥトゥユピー」
名乗ったのはその三名のみ。他の大勢は跪き顔を垂らして居るだけ。それを当然と捉える自分と困惑している自分とが混在している。
今の状況を整理する最中、後方でキシリと言う音が聞こえた。振り返ってみると巨大な蟻が非常に衰弱した状態で座らされていた。恐らく女王蟻、今世の母だ。
「聞こえん」
「は?」
「母の声だ。胎内で聞いた母の声が今の余には全くもって聞こえん」
前世と違う口調でスラスラ話し出す自分の口は恐々としつつ母の姿をじっと見る。蟻の容態など分かる筈も無いのにその姿は弱々しく今にも息絶えそうだ。
「女王は声帯がありません。故に電波で交信します。ですが我々護衛軍と王にはその電波を受信できないのです」
「ならばシャウアプフ。治療する者と声を訳す者を呼べ」
「御心のままに。それと次からはどうぞプフとお呼びください」
護衛軍はそれぞれプフ、ピトー、ユピーで略すことになった。
「ならば治療はボクが」
ピトーはそう言うと禍々しい光とともに看護師を模した人形を何処からとも無く生み出す。
「それはなんだ?」
「ボクの念能力『
「念、能力…」
何処か引っかかった。喉に魚の骨がつっかえている様な感覚。
深く考えようとしたがその前に翻訳者を選定されたようで私に向かって礼をとった。その姿はペンギンで何処か理知的だった。
治療される母の横に立たせ会話を交わす。
「母は何と言っている?」
「貴方様が無事に産まれたことを大変喜んでおいでです」
「そうか…」
ここまで衰弱してなお母は私を愛しているのだという。その事実に私の心は安らいだ。だが母の複眼を覗いたとき、頭痛がした。
「王?」
「…よい続けろ」
「しかし─」
「二度言わすな」
痛む頭を押さえ、母の言葉に耳を傾ける。
「《貴方の名を考えました》」
「余の、名?」
頭痛が止まない。それどころか益々痛む。背のざわつきが治まらない。
「《貴方の名前はメルエム。全てを照らす光》」
「メル、エム……」
頭痛の最高潮。頭の中で記憶の扉が開かれた。まさに雷に打たれた心地にして氷山を叩き付けられる程の冷たさ。
私の前世に『HUNTER×HUNTER』と言う漫画があったと、それだけの記憶。しかしこの世界、その漫画に酷似乃至そのものの可能性が大いにある。
この世界には念能力がある。これだけでもほぼ間違いなく『HUNTER×HUNTER』の世界だと断定できる。だがそれより大きな根拠、それは──
──私だ……
蟻の王メルエム。キメラアント編にて登場するキャラクター。最強の念使いと名高いアイザック=ネテロを追い詰め蹂躙した絶対強者。その在り方は暴君にして名君、聡明であり冷徹、何より邪悪。
それが今の私と言う事になる。
「ピトー、母の治療は?」
「王様を出産された際の出血を止めたのみ。御身ほどの王を産んだとなれば女王の衰弱は止まらないかと」
「で、あるか…」
まぁなってしまったものはしょうがない。そう切り替えるほかない。精々毒で死なない様に心掛けるか。これは一種の諦め、人間は妥協しながら前へと進むのだ。
「どうやら女王は眠られた様です」
「そうか、ならば余は今晩中に巣を離れる」
「それは随分と急ですな」
私が居ない方がハンター協会も手を入れやすいだろう。もしかしたら母が助かる可能性がある。また親不孝な事をしているが少しでも可能性があるなら賭ける以外無い。
「それも王である余の務めだ」
後ろに追随する護衛軍と私は見送られる形で巣を離れた。
樹海を気の向くままに突っ切ってみれば小さな村が見えた。だが聞こえる音は無く、人気も無いに等しい。村人全員が神隠しにあったと言われたら納得する有様だ。
「人間の集落ですか。どうやら全員食われた後のようですが」
もう既にハンター協会が出張るほどに人を襲い食した。こういった場所があっても可笑しくないと思っていたが。実際見てみるとやや心が痛む。
元人間の身で人を喰う事など出来ない。口に入れたら吐き出す気がする。と言うか私たちは雑食だから人の食事で十分だと思う。
「ここに食料は無いようです。場所を移しましょう」
プフは食料が無いと言ったが、果たしてそれはどのような意味が含まれるか。普通に考えて人間=食料。蟻の感性で言えばプフが正しく私が異端。
後々にこの齟齬は大きな溝に成りかねない。ならば意識改革を進めるしかない。矯正出来るか分からないが王の言葉なら耳を傾けるかもしれない。
「何を見ている。食料なら此処にあろう」
「ッ!? 申し訳ありません王よ。まさかまだ隠れ潜む人間が居ようとは……直ぐに捕え御前に──」
「そうではない」
誰も居ない家を指さす。
「人が残した食料が中にある。それを食せばいい」
「なッ」
プフだけではない。全員が驚愕している。蟻の常識に反して居るのだから当然と言えば当然だが。
「なりません! 王には相応しくない食物です!」
真っ先に反応を返して来たのはやはりというかプフ。彼自身の根底にある王の形に反しているのだから必死になるのも頷ける。
けれど生物の頂点に立ち支配とか全く求めてないし、出来れば事を穏便に解決したい。
対してピトーは訝しげに首を傾げていた。懐疑的と言うよりかは私の言葉の意図を読み取ろうとしているように見えた。飽くまで王の意志を優先する姿勢が伺える。
「人間の食文化に興味がある。食事を単なる栄養補給と考えず、趣味の一環として楽しむ。なかなか興味深い」
「確かに、我々は味を感じる味覚も色彩を楽しむ感性もありますし。何より雑食ですからね」
「ネフェルピトー……」
暫し睨み合うプフとピトー。ユピーは既に腐った食材が無いか見てると言うのにお前らと来たら。
「腐っていたり強い毒性を持つ食材はありませんでした。調理器具や火焚きに使う薪も十分かと」
「大儀である」
「勿体なきお言葉!」
ユピーが集めた食材の9割は野菜だった。干し肉の様なものもあるがごく少量。この小さな集落の様な集まりはそれほど充足した生活状況ではなかったようだ。
そしてここからが肝心だ。
果たして誰が料理するのか。
「一応聞く。料理の経験のある者は居るか?」
予想通りではあったが誰もしたことがないようだ。
そう嘆くなプフ。
念能力を作ろうとするなピトー。
気持ちは嬉しいがお前ではまな板ごと切ってしまいそうで怖いぞユピー。
「こうなれば余直々に料理する他ないか」
「なりません! そのような雑事を王が行うなど──」
「適任が余以外居ないのでは是非もない。それとも余を満足させる逸品、貴様に用意出来るか?」
「それはっ!?」
悔しそうに膝をつく配下の横を過ぎ、炉に薪を並べる。この際に隙間無く並べると空気の通り道を塞ぐことになるので注意が必要だ。着火剤は藁で代用し火打ち石を打ち鳴らす。
水の入った瓶からやや大きめの鍋へ水を移し火にかける。
すぐさままな板と包丁を取り出し、干し肉と野菜、香草を刻んでいく。
「なんという淀みの無い動作」
「刃物と手が一体化しているようなスピードだ。今日明日出逢ったエモノとは思えない」
「想像以上の練度で捌かれていってるニャ」
炉に空気を吹き込み温度を上昇させる。水が沸けば食材を投入していく。火の通りにくい物から入れ始め根菜類に串を容易く刺せるかを指針に煮込んでいく。
味見を試みる。
薄緑色のスープを小皿に移し飲む。
正直美味しいかと言われれば微妙だった。だが限られたもので作った有り合わせにしては上等だと判断する。
木の器を4皿。均等になるように盛り付け、静観していた配下に差し出した。
「我々の分までよろしかったのですか? そもそも一緒に食事などなんと恐れ多い」
「よい、余の我儘だ」
スプーンを皿に落とし掬いとる。一口大に切られた野菜を口に運べば特有の甘みが口に流れ込む。
続く様にプフ達も口へと運び出す。
「なんと……甘美な──」
思考が停止した。
それほどの衝撃が私にはあった。先程出来としては微妙と評したこの干し肉と香草のスープ。そんな皿によもや泣き出す者が居るとは思わなんだ。それも全員。
「王自ら作り、下賜された初めての料理。涙が出るのは何故か、とても言葉では言い表せません」
「……そうか」
やや複雑極まりないが人間以外の食物に関心が寄ったのはいい傾向だ。まだ人間への嘲りが無くなった訳じゃないが、違う価値を見出してくれたならこれからやりやすくなる。
「だがこの料理もまだ山の麓、登ってすらいない。料理とはそれ程に奥深い。そしてそれは料理だけに留まらず、人間が作り出す文化はそれぞれ興味深いものだ」
「浅学の身をどうかお許しを……」
「よい。これからの活躍を期待する」
「はっ!」
「して、次なる目標は如何なさいますか?」
ピトーが跪き問うてきた。
「取り敢えずこの森林地区を抜け、他の国に行くとしよう」
「攻めいるのですか?」
「それも可能だが、国を落とした所で管理が面倒になるだけ。であれば必要な情報だけ貰うのが得策だろう」
多かれ少なかれ出るであろうキメラの残党。それを討伐に赴く念を修めたプロハンター。そして蟻の王メルエムの宿敵ハンター協会会長アイザック=ネテロの情報。
正直避けたい所だが、きっとそういう訳にもいかなくなるだろう。人型キメラアントの危険性やその王の誕生は直ぐにでも知れ渡る。何もせずとも国際指名手配状態になる。
そもそも既に主人公の覚醒のフラグが立っている。と言うか現在目の前で礼を尽くすネコがおっ立てた。正直戦闘になったとしてどれだけ対抗出来るのか分からないと言うのがゴンさんへの評価だ。少なくとも現在のアイザック=ネテロより手強い可能性が高い。
念能力者を喰らえない元一般人蟻王の私ではゴンさんであろうとアイザック=ネテロであろうと敗北するのではないかと言う懸念もある。行動は慎重に起こしたい。具体的には人間と目に見えての対立を避け、且つ悪目立ちする行動も控えると言ったところか。
「ユピー、余とお前に合うサイズの服を探せ、尾を隠せる上着に長い衣類もだ。ピトーには耳を隠す帽子も用意せよ。プフは触角や羽を擬態により隠蔽しろ」
「ハッ! 直ちに」
テキパキ作業に移るユピーを見送る。不器用だが好感が持てる一生懸命さだ。空回りしがちなのが玉に瑕だが。
「──……」
「どうしたプフ?」
「い、いえ! して御身は何故衣服を?」
露骨に話を逸らされた気がするが。
「この姿では目立つ。お前の能力で索敵した後に直接潜入するつもりだからな、変装する必要が出てくる」
「な、なるほど。流石は我らが至高の王。的確な判断と存じます」
いや怖いほど露骨な動揺が垣間見えるんだが。
「何か思う事があるのかシャウアプフ。許す申せ」
「まさか! 王の決定に異を唱える口を私は持ちません!」
いやプフに限っては頻繁に口に出して欲しいところなんだけど。黙って何か仕出かしそうで怖いという意味で。あと参謀ぶるならそれが仕事のようなものだろうに。
これも今後の課題としていくか。
「そうか、だが余もお前の知恵には期待している。その時は頼むぞ」
「御心のままに」
この後どっさり持ってこられた服を皆で選別した。ユピーは頑張ったなうん。
儚い夢だった。
でも肥やしになるより解放しておきたかったのよね。