その清楚系、パチカスにつき。 作:継続率3000倍
口癖
豊藤が手配した豊藤本家による送迎車に乗り込んで早々、時差ぼけによる眠気を減らすため仮眠に入った北山。走行の振動を頼りに眠っていたが、逆に車の振動に起こされてしまった。雪でできた大きなへこみを踏んでしまったのだろう。
瞳を開ける。車窓から見える景色は相変わらず暗く、わかっているのにいまが夜であると錯覚してしまいそうだった。
右を見る。北山と同じく後部座席に座る豊藤は、スマホを耳と肩で挟んで誰かと通話しつつ、スケジュール帳にいろいろ書き込んでいた。話の内容はよくわからなかったが、その口ぶりからして『豊藤家』として付き合いがある人間とのやり取りだったのだろう。
通話を終え、スケジュール帳を閉じ、スマホを手に取った。
「おはようございます。あと一〇分ほどでロヴァニエミ空港に到着しますよ」
そして、前触れもなく北山にそう告げた。北山の覚醒に気づいていたらしい。
腕時計を見ると、二本の針は十五時四分を示している。
「……共子の運転より遥かに安心できる」
寝ぼけまなこを擦りつつ、運転を評価する。大きな振動に起こされなければ、北山はロヴァニエミ空港到着まで眠っていただろう。
「そう言っていただける嬉しいです。よかったですね神田さん!」
「恐縮です」
神田と呼ばれた運転手が謙遜した。
乗車前、豊藤からこの男を軽く紹介されていた。豊藤家の執事の一人であり運転手でもある神田は、豊藤家の使用人を管理する立場の中でも一番高い位にいるそうだ。それに比例してか、運転技術は使用人の中でも一番なのだという。
そんな人が今回の運転手に選ばれ、遠路はるばるやってきたというのは――やはり豊藤優子という女が、かつて関東に下向し巨万の富を築いた公家の、血統の中心に生まれたお嬢様だからか。
平安の世より藤原北家の気高き血統を受け継ぎ、近代においては侯爵の列に名を連ねた名門・豊藤宗家――その当代の次女。それが豊藤優子という人間の正体だ。 ……そんなのが秋葉原でエロゲ書いてるんだから、世の中は、というか人間ってのはまったくわからないものだな。
視線を窓の外に移した。極夜の下、針葉樹林と木々の隙間を埋めるように降り積もる雪を眺めながら、隣の後輩を思った。
「ところで先輩」
豊藤が口を開く。スマホを鞄にしまい、体ごと北山に向いている。話をしっかり聞こうとする体勢だ。
「教えてくれませんか」
「何を」
「あの七文字のひらがなは結局何だったのか、ですよ」
「話してなかったっけ」
「ええ」
「そっか」
首を回すと関節が音を立てた。二の腕を前に突き出して上半身を伸ばす。
六本木のバーで穂積に言われた、七文字のひらがな。当初北山だけが知っていたそれは、のちにVythonのプレゼントキャンペーン用のキーワードに用いられる重要な代物だった。
『れらねりいいか』――これが示すものとは何か、そも何かを示すものなのか、北山夏のあの日からずっと考えていた。
単語として扱えるかもわからない一文字の羅列を北山が解き明かしたのは、豊藤の部屋のベランダで、日光と大塚の空気を全身に浴びた初冬の朝のことだった。
「まずあの単語が何を意味していたのか……というか、それを私に伝えて彼女が暗に何を伝えようとしていたのかというと、自分が内通者で、嘯木と繫がっていること。これは何となくわかってたね?」
「はい。そこまでは」
「で、ひらがな七文字がどうなったらそれを示すようになるか、だけれど……優子」
「はい」
「六本木のバーでさ、あの子、帰り際に何て言ってたか覚えてる?」
豊藤は北山に言われると、顎に手を当てて考える。五秒と経たず、答えが返ってきた。
「『タイタニック観てボロボロ泣く』みたいなこと言ってましたね」
「そう、タイタニック。あの発言はただの発現じゃなくて、解読のためのヒントだった」
映画『タイタニック』――言わずと知れた不朽の名作だ。北山も子供のころ、テレビで放映されていたのを観たことがある。
「でも、何の脈絡もないから当時はスルーしていたけれど――何を伝えたいのかわかったのは、優子の部屋に泊まったとき」
「あの日ですか」
「朝起きたら、流しに蛇口から水滴が規則的に落ちる音が聞こてね」
「水滴が規則的に」
「そう。規則的に」
「『タイタニック』『水が規則的に落ちる音』……」
「後者で重要なのは『規則的な音』っていう部分だね」
そう言うと、豊藤ははっとして、顔を上げた。
「モールス信号」
『れらねりいいか』
↓
『--- ・・・ --・- --・ ・- ・- ・-・・』
一九一二年四月十四日、タイタニックは大西洋上にて沈没するその瞬間まで『SOS』のモールス信号を打ち続けた。
穂積が言った『タイタニック』とはつまり、モールス信号・符合を示しているのではないか、と北山は、水滴の音から導き出したのだ。
しかしそれだけでは終わらない。ひらがなをモールス符号に変換したところで、それが答えとは思えなかった。
「七文字をモールス符号に変換しても答えではない。そこで次のヒントになったのが……優子の言葉だった」
「私の?」
「そう。これも泊まった日のことだったね。海神ネムロが配信でやらかしたあと、自分で何て言ってたか覚えてる?」
すると豊藤はまた考え、すぐに答えを口にした。
「『どうせ転生する』」
「そう言ったね。それに、転生っていう単語を英語でも言っていたね」
「え? ……ああ、リボーンとか、リバースとかですか」
「うん、その二つ目の『リバース』ってさ、英語にすると『
豊藤は、今度は即答した。
「『
「そう、反転。だからね、とりあえずモールス符号にした七文字を反転させてみた」
「符号を反転……というとトンをツーに、ツーをトンにした、と」
『--- ・・・ --・- --・ ・- ・- ・-・・』
↓
『・・・ --- ・・-・ ・・- -・ -・ -・--』
スマホを取り出した豊藤。モールス符号を調べているのだろう。
しばらくして、豊藤は首を傾げた。
「『られちうたたけ』って、これでも意味がわかりませんね」
「これだけだとまだ意味不明な文字列だね」
「それで、今度は?」
「これをまたさらに反転させる……というか、逆にする」
北山の脳裏に浮かんだのは、池袋での、長宗我部との会話。
言語と文化の違いによる弊害を語り合っていたときの、一部分。
「日本語と逆の性質を持つ言語で代表的なのは何かな」
「それはまあ、英語でしょう――あっ」
言って、豊藤は気づいた。
「まさか、符号を反転させて、それを和文ではなく欧文のモールス符号で……!?」
「すると、どうなる?」
スマホを一心不乱に操作している。欧文モールス符号の表を探しているのだろう。
そして画面から目を離した豊藤は、目を見開き、導き出した英文を紡いだ。
「『SOFUNNY』」
『・・・ --- ・・-・ ・・- -・ -・ -・--』
↓
『SOFUNNY』
「So funnyって和訳すると、どういう意味になる?」
「……『とても面白い』」
「それをもっと砕けた日本語にするとどうなる?」
豊藤は、いまだ険しい表情を崩さずに、おもむろに言葉にした。
「……『超ウケる』」
北山は、その答えに、満足だと言わんばかりに頷く。
「そう。超ウケる、マジウケる――かつてVだった優子なら、わかって当然だよね」
ため息を吐く。何で近しい人間のためにこんなまどろっこしいことをしなくてはならなかったのか。
こんなことならさっさと余計なことするなよと釘を刺しておけばよかった、と自分の怠惰を呪いながら、最終的な解を豊藤に告げる。
「あの七文字の正体は、岡崎肇の口癖だ」