ある学校の階段を、二人の生徒が登っていた。
まるで、今からお祭りでも始まるかのように、派手な色の和服を着た少年と、それとは対照的に地味な色をしたカジュアルなズボンと白いTシャツを着た白い肌の少女は、手をつないで屋上の階段を楽しげな雰囲気で上ってきていた。
窓ガラスから差し込む茜色の西日に照らされた二人の後ろ姿は正しく、夏祭りを楽しみにきた男女のカップル、と言ったところだろう。
しかし、この二人は、未だその関係にまでは至っていない。
輝くような笑顔で、その場を盛り上げようと奮闘する和服の少年、つよしはその楽しげな見た目と反して奥手であり、つよしと手をつないでいる、儚げな微笑みを浮かべた少女、うたに告白することができていないからだ。
つよしは今まで、幾度もうたへの告白を試みてきた。
しかし、今の今まで一度たりとも成功していない。
理由は、大きく分けて2つある。
一つは、つよしの性格。
好きな子の前でいざ真剣に話をしようとすると、緊張してなにも言い出せなくなってしまう、そんな性格だ。
所謂ヘタレというやつで、こうして手を繋いでいるのもうたに握られたのを握り返しただけで、自分からはとても「手を繋ぎましょう」なんて言えないし、無言で握ることも相手が嫌がらないか心配でできない。
心配性だし、あまりにも優しすぎる少年なので、どうにも積極的になれない。
もう一つの理由は、うたの鈍感さだ。
つよしは、良くも悪くもわかりやすい性格だ。
うたに手を握られ、西日が沈みかけても顔がまだ紅く染まっていることからも分かるように、顔に出やすい、決して嘘をつけない人間だ。
にも関わらず、うたは、つよしが自分に好意を寄せていることに気がついていない。
いや、そもそも、「友達」以上の関係を知らないのかもしれない。
兎に角、うたは色恋の沙汰に興味がなく、そもそも知らない、ある意味冷めているような少女で、それもつよしの必死の告白が失敗してしまう一つの要因なのだろう。
その告白が失敗するというものも、「嫌だ」とか「ごめんなさい」とか直接振ったという事ではなく、うたが他のことに夢中で全く聴いていなかったりお互いの「好き」の概念が異なっていたりで、つよしにはまだまだ希望を持たせてしまっているような失敗の仕方で、とにかくつよしが不憫である。
さて、なにがなんでも、いい雰囲気で告白を成功させたいつよしは、夏の風物詩である、花火に賭けることにした。
夏の終わりも近く、夜に半袖でいると少し肌寒いくらいになってきたこの頃、つよしは派手なパッケージの手持ち花火花火を幾つも買い込み、うたが気に入っている学校の屋上にて2人だけの花火大会を開催した。
教師陣や守衛のおじさんに無理を言ってなんとかの時間に屋上を開けてもらい、うたを家まで呼びに行ってここまでエスコートしてきた。
エスコートと言ってもつよしはつよしで、少々大袈裟に芝居がかってしまいうたを当惑させていたが、つよし的にはこれが良いものだと思い込んでいるため、どうにもならないものである。
屋上には水の入ったポリバケツ、ビニール袋いっぱいの手持ち花火、蝋燭、マッチなどが既に準備されており、2人で楽しむには十分すぎるほど用意が周到だ。
つよしは変に細かいところに気を利かせることの出来る、偉い少年なのだ。
2人が屋上への階段を登りきる頃には、辺りは薄暗くなっていた。
秋の初めに差し掛かったこの時期、夏の盛りに比べるとかなり日も短くなった。
野球部に所属する生徒達も帰路に立ち、大きな話し声が聞こえてくる。
それでも、夜特有の静けさはすぐそこまで近づいてくるようだった。
つよしはうたの手を恐る恐る離すと、マッチを拾い上げて擦り、蝋燭にその火を移す。
虫の鳴く声が一つ、小さく響く。
涼し気な風が吹き、うたの二つに結った長い黒髪と、蝋燭の日が一緒になって揺れた。
うたがどこか遠くを眺めている間につよしは手持ち花火の入った袋を全部開けて、中身を纏めて置き、既に2本手に取って準備万端だ。
左手に持っていた一本をうたに手渡し、ワクワクとした笑顔を浮かべ右手に持った一本を蝋燭の火に近づけていく。
花火を受け取ったうたはしかし、まだ火を付けようとはせずに、つよしの手元をじっと見つめていた。
つよしの持つ花火の先に火がつき、数瞬の後、カラフルな光が弾けた。
地面を照らす火花とつよしの嬉しそうな顔を見比べた後、うたも花火に火をつけた。
月が2人を見下ろしている頃、もう花火の数も少なくなっていた。
残すは締めの線香花火のみで、告白をするならこのタイミングしか残っていない。
つよしは覚悟を決めかねていた。
もしかしたら、今までうたへの告白が失敗してきたのは偶然なんかではなくて、やんわりと断られてきたという事なのでは無いだろうか。
本当に恋のことが分からなかったとしても、こうして友達でいれるだけで自分には十分すぎるんじゃないか。
とか、とにかく色々なことがつよしの頭の中を駆け巡っていた。
時は無情にも過ぎ去っていく。
既にうたは線香花火の上下を間違えて燃やし、首を傾げながらもう一本手に取っている。
「あ、ねえつよしくん。これってどっちに火を点けるんだっけ。」
硬直していたつよしの肩を叩き、うたはそう尋ねる。
突然話しかけられた事で飛び跳ねてびっくりし、迷いと緊張から不自然に固い動作で線香花火を手に取って上下を示す。
2人はしゃがみ、顔を見合わすような形だ。
と、つよしが決意を固める前に2人の花火に火が点ってしまった。
ぱちぱち音を立てて、火花が散って行く。
「あ、あの、その……」
つよしは言葉を喉に詰まらせてどもりながら、うたの表情を伺う。
うたの青い瞳の中では、光が動き続けている。
つよしの方に視線は向けないものの、しっかりと話を聴いていることはわかる。何を言おうとしているのか、耳をすませているのだ。
しかし、彼はまだもごもごと唇を震わせながら、うんうん言うだけで何とも言わない。
そこで、2人の火種は両方ともぽとりと地面に落ちた。
「ん」
うたは短く息を零すと、つよしの顔に視線を移し、それから夜空を見上げて立ち上がった。
また失敗しちゃったかなあ。と残念そうに肩を落とすつよしに、うたはこう続ける。
「つよしくん、あたしもつよしくんのことすきだよ。」
月は雲に隠され、うたの表情は伺いしれない。
つよしが尻もちをつく音だけがきこえた。
学校で火遊びしちゃいけないんだけどね。