サムライミ版のピーターに憑依した男っ!! 作:紅乃 晴@小説アカ
退院してからまず向かったのは高校だった。入院の名目上、俺が交通事故にあったので念のための検査と入院だったから、今日から様子見で一週間学校を休むことになるからだ。
最初はベンおじさんが話をしておくと言ってくれたが、これ以上迷惑をかけるわけにもいかないし、置いてあるカバンとかも取りに行きたかったし。
高校では先生たちに体を気遣われて少しむず痒かった。なにより驚いたのがフラッシュがすぐに心配してくれたことだ。ハリーと一緒にいるMJにも入院の内容を伝えていると、フラッシュが横から声をかけてきたのだ。
交通事故にあったのを心底心配していたらしく、週末は試合は観に来なくてもいいから安静にしておけよ、と伝えるだけ伝えて取り巻きたちと一緒に教室から出て行ってしまった。
MJの話によると、俺と仲良くなってから人が変わったようにサボっていたアメフトの練習に精を出すようになったらしく、大学はいけないが企業チームにスカウトしてもらうために頑張っているらしい。フラッシュからいじめっ子体質抜いてまじめなスポーツマンになったらヤベェくらいモテるんじゃねぇの?って思ったけど、本人は女遊びより激励してくれたピーターに報いるために練習に打ち込んでいるのだとか。
フラッシュはいじめっ子だが根はいい奴だ。それはスパイダーマンの原作でも現れてるし、アメイジングスパイダーマンではおじさんを失って荒れているピーターを慰めてくれたりしたのだが……。
ふと思う。俺は確かにスパイダーマンの能力を手に入れた。けれど、ピーターのようにその力でお金を稼ぐことを考えたり、プロレスでボーン・ソー・マッグローと戦うなんて真似もしていない。あの試合の後、図書館にいくと嘘をついていたピーターを待っていたおじさんは車強盗にあって命を落としたのだ。
俺はボーン・ソー・マッグローの試合の日に起こった犯罪は全て目を通していた。マッグローの試合の後に起こる車強盗が、ベンおじさんの死につながる可能性がとても高かったから。だが、マッグローは相変わらずプロレスのチャンプのままだし、車強盗が新聞に乗ることもなかった。
このままあの場所に近づかなければ何もないはずだが……ずっと嫌な予感と恐怖はある。何がきっかけで、おじさんやメイおばさんに危害が加わるかわからないからだ。
俺はなるべくおじさんが危険な目に遭わないようにラボに迎えにきてもらうときはまだ明るい内にお願いしているし、遅くなるようだったらラボの端に作った仮眠室で寝泊まりするようにしているので夜闇の中でおじさんを待たせたりするような真似はしなかった。
ノーマンもグリーンゴブリンになっていない。オクタヴィアス博士も自分の夢を叶えて、もうあんな無茶な実験を行うことはない。ハリーとも関係は良好だし、彼女のMJは友達として交友関係を構築している。オズコープも右肩上がりで成長している。僕とハリーが立ち上げた子会社も研究援助を行いながら零細企業を買収したりして成長していっている。
何も問題はない。何もないはずだ。けどなぜだ。こんなに胸騒ぎがするのは……。
「ピーター、ちょっといいか?」
学校から帰宅して、夕方。そろそろオクタヴィアス博士が主催してくれるホームパーティに出かけるかと言うところで、おじさんが部屋をノックして開いたドアの前に立っていた。いいよ、と声をかけるとおじさんは部屋に入り、ベッドに腰を下ろした。
「ピーター、お前は本当によくやっている。ほんの半年前から見たら見違えるほどイキイキしているよ」
「何だよ、ベンおじさん。急に改まってさ」
「いいから聞きなさい、ピーター。お前のやってることは間違ってない。お前がなすことはきっとこれからも多くの人を助ける大きな力になる。だが、その大きな力は時にして使い方を間違えれば災いをもたらすことになる」
アークリアクターが完成した時も、おじさんは喜んでいたが、同時に不安な顔もしていた。それはよく覚えている。ベンおじさんは長く電気工場に勤めていた人でもあって、通信インフラが激変した時代の中で切り捨てられた経験もある人だ。アークリアクターや、俺とハリーが開発したコクピットモジュールは確かに人の生活を豊かにする面もあるが、同時に人を不幸にしてしまう側面もある。
大きな変化には犠牲がつきまとう。だが、それを受け入れてしまえば人を人たらしめるものがなくなっていってしまう、と誰かが言った。そんな力を生み出してしまった以上、使い方を俺やハリー、オクタヴィアス博士やノーマンはもっと深く考えなければならないのだろう。
「いいか、ピーター。大いなる力には、大いなる責任が伴う。忘れるなよ?」
その言葉が重くのしかかったような気がした。場面は全く違う。今いるのは車の中ではない。俺の部屋で、ベンおじさんの自宅だ。けれど、なぜか、その言葉を聞きたくなかった自分がいた。おじさんが危険な目にあってしまうのではないかと、強迫観念のようなものが心に迫り上がってくるような気がした。
「……大いなる責任を、僕は果たせるかな?おじさん」
「もちろんだとも。ピーター。お前にもわかる時が必ずくる。特に護るべきものができたらな?」
そう言って微笑むおじさんに、俺も笑みを返してその胸に顔を埋めるように抱きしめる。絶対におじさんは死なせはしない。それがまず、俺が果たすべき大いなる責任なのだから。
▼
「ハァイ。はじめましてピーター・パーカー。私はグウェン・ステイシー」
「……あぁー、うん。どうも、ステイシーさん。ピーター・パーカーです」
時間は夜の七時半。おじさんとおばさんには厳重に戸締りをするように伝えて家を出た俺は、オクタヴィアス博士主催のホームパーティにやってきていた。
ドアを開けてくれたのは博士の妻であるロージー……ではなく、ブロンドの髪がよく似合う綺麗な女性だった。笑顔で差し出された手に反射で握手を交わしてしまったのだが……相手はグウェン・ステイシーだ。あのグウェン・ステイシーだぞ?スパイダーマンのどの作品でも危険な目にあって、ピーターの最初の彼女でグリーンゴブリンの手によって命を落としてしまう悲劇のヒロインだぞ?
まじかー、と思いながら家に招き入れてくれるグウェンの後ろ姿を眺める。ブロンドの髪はボブカットに整えられており、水色の目が特徴的な女性。わぁお、MJが霞んで見えるほどの美人……おっと、これは全世界のキルスティン・ダンストファンに刺されかねないのでお口は閉じておくとしよう。
リビングに通されるとすでにオクタヴィアス博士が座っていて、妻のロージーが出来立てのローストビーフやら、ラザニアやらを食卓にならべているところだった。とりあえず手を洗ってすかさずロージーの作業を手伝う。まかせてくれ、博士とハリーと三人で出前を取った時の配膳係は全部俺だったんだぜ?
テキパキと用意をしているとグウェンが興味深そうな目で俺を見ていた。
「な、なに?」
「いや、結構家庭的なんだなって思って」
すいません、そんな目で見ないでください!助けて博士!俺この子のこと好きになっちまう!!そんな視線に気づいたオクタヴィアス博士はウィンクして再び読んでいた論文に視線を戻した。くっそぉー!博士が研究に行き詰まって奇行に走ったこと奥さんに秘密にしてるのに恩を仇で返すつもりか!いや、今まさに恩返ししてくれてるんだよね!相手がグウェンじゃなかったらパーフェクトだったよクソが!
「ピーター、あなたの論文読んだわ。アークリアクターの電力供給部の話。重水素とパラジウムを使うなんてどこで思いついたの?」
「あー、砂漠をジープ3台が爆走してる映画のシーンを見てたら思いついたんだ。めちゃくちゃロックなBGMかけながらね」
中の人がイケオジで軍用車の中で酒を煽ってることまでは言わなかった。冗談だと思ったらしくグウェンは笑っていて、論文を見てたオクタヴィアス博士も笑っていた。そんなこんなで準備も終わってロージーの合図で四人のささやかなホームパーティが始まった。
ロージーの作るローストビーフは最高で、うまいうまいと言うとオクタヴィアス博士が自慢そうに頷いていた。
「ピーターはどこの高校なの?」
ふと、グウェンが話題を振ってきた。頬張ったラザニアを飲み込んで当たり障りなく答える。
「ミッドタウン高校」
「へぇー、私はブルックリンよ。ねぇ、オズコープのラボってどんなかんじ?」
「最新機器がズラーって感じだね」
「……オクタヴィアス博士と同じこと言ってるわ」
「悪いね、守秘義務とかいろいろあってさ」
「科学者って隠し事多いよね。オクタヴィアス博士もアークリアクターの研究してるなんて一言も言ってくれなかったし」
ジト目でオクタヴィアス博士を見るグウェンだが、博士も博士で仕方ないといった風だ。聞けばグウェンが中学生に上がった頃からの知り合いらしく、科学の専攻で高校も決めブルックリンに移ってからもオクタヴィアス博士と連絡を取り合っていたらしい。
「それで?ピーターは彼女が欲しいの?」
ブフゥっ!と飲んでいたコーラを吹き出した。幸いコップの中で済んで大事にはならなかったけれど話題がダイレクト過ぎてびっくりした。オクタヴィアス博士を見ると、彼は悪びれる様子もなく両手を上げた。
「ハリーが付き合いはじめた時、ピーターは応援しながらもどこか寂しい顔をしていただろう?ベンにもよくしてやってくれと伝えてもらってね」
こうも恋愛ごとには大ぴらなのか、これだからアメリカは……いや、俺も生粋のトビー・マグワイアだったわ。じゃなくて、僕はですね、別にすぐにガールフレンドが欲しいとかじゃなくてですね!!
「じゃあお友達からスタートする?」
なんでこの子はこんな食い気味なの!?肉食系なの!?暴食系女の子なんですか!?頬杖をついて流し目でこっちを見ないで美人さんなんだから!!
「と、とりあえず……お友達からお願いします……」
「そうね!じゃあ、まずはお友達から。よろしくね、ピーター」
「あー、よろしく。ステイシーさん」
「だめよ、グウェンって呼んで」
あーだめだ、どうあってもこれは彼女と距離が縮まるイベントだよこれ。こんなにぐいぐい来られるとか想像してなかったんですけど!!こら、オクタヴィアス博士!ロージーと静かにハイタッチするんじゃないよ!!
「じゃ、じゃあ……よろしく、グウェン」
「ふふっ、よろしくね、ピーター」
みんな、俺をチキンと罵ってくれていいぞ。こんな美人な女の子に言い寄られて尻込みするってな!俺だって相手がグウェンって名前じゃなかったらめちゃくちゃ嬉しかったし舞い上がってたけど、グウェン=悲劇のヒロインなんだからそりゃあ遠ざけた方が彼女のためとか考えちゃうんだよぉ!!善意で紹介してくれたオクタヴィアス博士には悪いけど、付かず離れずの距離を保ちながらグウェンが俺に飽きてくれることを祈るしかない……。
そんな風に楽しくも、どこかぎこちなく、緊張に満ちたホームパーティは終わりを迎えた。帰りはグウェンを地下鉄の入り口まで送ると、彼女から「何かあったら連絡して」と電話番号とメールアドレスが載ったメモ帳を渡されました。
うわぁ、これどうすっかなぁ……。下手に手を出すと彼女死亡フラグまっしぐらになりそうな気がする。いや、死因であるグリーンゴブリンフラグをへし折ったからワンチャン……いやいや、そんな油断をするとピーター不運とダンスすることになるぞ。死神は常に俺の背後でタップダンスを踊っている。それを忘れるんじゃねぇぞ、ピーター。
とりあえず、このメモは大事にしまっておくことにして俺はそのままパーカー家への帰路についた。
そして、悲劇はもう起こっていた。
▼
いやな予感がした。
オクタヴィアス博士の家から家に帰るなら地下鉄に乗るのだが、その日はザワザワとした何かを感じていた。あまりバレないようにビルの屋上へと登ってビルの合間を飛び越えながら電車よりも最短の直線ルートで家に帰ることを急いだ。
近くの路地に着地して、あとは何ブロックか進めば慣れ親しんだ我が家が見えてくるのだが、そのブロックの先に赤と青の光が瞬いているのが見えた。
アメリカの警察の独特なサイレン。パトランプの色に血の気がひく。ふわふわとした足取りのまま、心の中で何か祈りながら進んでゆくと、その疑念は確信に近づいてゆく。
筋を曲がると、パトカーが道に止まっていた。それも一台じゃなく数台だ。パーカー家の前に止まっている。
足がすくんだ。体が動かなくなって喉がカラカラに乾いた。心臓の音がやけにはっきりと聞こえる。ふらついた足取りのまま家に近づく。野次馬が集まっていたがそれを押し分けて進んでゆく。
規制線の前で警官が立っているのが見えて。
その後ろで誰かが倒れているのが見えた。
頭が真っ白になった。
「あぁ……そんな……僕の叔父だ!!」
止めてくる警官を押し退けて駆け寄る。
そこにはベンおじさんが横たわっていた。パーカー家の玄関の前だった。落ち着いた色のシャツは血に染まっていて、出かける前は元気だった顔色が青くなっているのがわかった。
なんでだ。おじさんは外に出ていないのに、ここはパーカー家なのに、なんで?なんでなんでなんで……叔父さんは撃たれて倒れているんだ?何が何だかわからなかった。
「ピーター……」
誰かがそっと俺の肩に手を置いた。振り返るとそこにはMJがいた。通報したのは彼女だった。
「……強盗が家に押し入って……おばさんを守ろうとしたおじさんが……犯人に撃たれたの……」
頭ではMJが説明してくれたことが理解できた。だが、心が受け入れられなかった。強盗が家に押し入るなんて……そんなことはあり得ないと思っていた。なぜ家に残らなかった?なぜ、オクタヴィアス博士の誘いに乗った?なぜ?なぜ?なぜ?そんなことしか考えられない自分がいて、そんな自分を冷ややかに見つめるもう一人の自分がいた。
そら、結局は何をしても変わりはしなかっただろう?冷ややかな目と共に吐き出された言葉に、今まで大丈夫だと自分に言い聞かせてきた安直さが絶望に変わった。呆然と倒れているベン叔父さんを見つめていると、震えている手がかすかに俺の手を掴んだ。
「ピーター……」
掠れたベンおじさんの声が聞こえた。俺は血の気が引いているおじさんの手をしっかりと握りしめて頷いた。
「おじさん……僕はここにいるよ。ここにいるよ……ベンおじさん」
「ピーター……ピー……ター……」
おじさんは俺の名前をずっと呼んでいて、そして目を閉じた。握ってくれていたおじさんの手から力が抜け落ちた。サイレンの音がやけに鮮明に聞こえる。
《犯人は逃走、ダウンタウン方面に逃走車両有りとの報告》
俺は目を閉じたおじさんをしばらく見つめてから、ゆっくりと立ち上がった。
犯人はダウンタウンにいる。
それだけわかれば十分だ。
気がついたら、俺はもう走り出していた。