サムライミ版のピーターに憑依した男っ!! 作:紅乃 晴@小説アカ
ミッドタウンの高層ビルの間を飛び越えて走っていた。目指す先はダウンタウン通り。一足で屋上の淵から一気に空中へと飛び上がり、給水塔の上や、ビルの突起部分を巧みに利用して駆け抜けていく。
その時のことはよく覚えていない。本能と叔父を殺した犯人への怒りだけで体が動いていた。大通り沿いのビルの屋上へと着地すると、眼下でサイレンが鳴り響いているのが聞こえた。見下ろすと、逆側車線を猛スピードで進む逃走車と、サイレンを光らせるパトカーがカーチェイスを繰り広げているのが見えた。
俺に迷いはなかった。正体がどうだとか、顔を隠すとか、そんなことも頭になかった。見える範囲にあるビルの先へ手首から糸を飛ばし、一気に屋上から身を投げ出す。
振り子の運動でビルから一気にスイングし、摩天楼へと飛び出す。糸を貼り付けたビルに激突する寸前に他のビルへと糸を飛ばしてさらにスイングで加速していく。大通りの誰もが暴走する犯人の車とパトカーに視線が向かっていて、頭上からスイングで迫る俺に気づいてない。
逆に好都合だ。さらに加速してパトカーを追い越して、逃走車の上へ着地した。
「なんだ?」
犯人の声が車体越しに聞こえる。俺は怒りのまま拳を振り下ろした。人の力を超えた一撃は紙細工を突き破るように運転席側の天板を貫いた。振り下ろした拳は犯人の肩に直撃したらしい。鎖骨が砕かれる感触が拳越しに伝わってきて犯人の悲鳴のような叫びが聞こえた。
そうだ、もっと叫べ。叔父さんの痛みはこんなものじゃなかった!!
腕を引き抜き、両手で貫いた天板の穴を広げる。見上げた犯人の目は恐怖に染まっていた。俺は人が通れるサイズまで穴を広げると、犯人の襟首を掴んでそのままずるりと車体から引き摺り出した。
「は、はな……うわぁあああーーっ!?」
話を聞くつもりはない。引き摺り出した犯人を一気に空高く投げ飛ばし、暴走する車のブレーキに糸を飛ばした。車は急減速するが、その反動を利用して空へと飛び上がり、糸を出してスイング。重力に従って落ちてきた男を掴んで、俺はそのままダウンタウンの路地をスイングで飛び抜けてゆく。
サイレンの音が静かになったあたりの屋上に上がって掴んでいた男を乱暴に屋上の床へと落とした。ゴロゴロと転げ回る男の目の前に着地して、足で転がってきた男の胸を踏みつける。
「た、助けてくれ……!!俺は頼まれてやっただけなんだ!!」
「お前は僕の叔父さんに情けをかけたのか?なぁ、答えろッ!!!!」
命乞いをする男を持ち上げる。ビルの屋上に照明はなく、街の街灯も届かないため互いに顔は見えなかった。持ち上げた男がやけに軽く感じた。その命の軽さは尋常じゃない。今にもむしり取れそうな重さだった。そのまま歩いて10階以上あるビルの屋上の淵から男の体を出す。俺が手を離せば男の命は簡単に消え去る。
「ひぃい……た、たすけ……」
「頼まれたと言ったな?誰が頼んだ?金が目的か?なぜ叔父さんを撃った!!」
「う、撃つつもりはなかった……!!殺しなんて頼まれてなかった!!あの親父が抵抗するか……!!」
襟首を掴んで持ち上げたまま男の顔を数発殴る。歯が折れた感触と、鼻が潰れた感触があった。うめき声のような声を上げる男を揺さぶって気絶させないように目を見開かせた。
「次は腕の骨だ!!そんな言い訳が通用すると思うか?この犯罪者が!!答えろ!!誰に頼まれた!!」
「……ぐぇ……た、頼まれたのは……アークリアクターのデータだ……ピーター……パーカーのデスクにあるって言われ……」
なんだと?アークリアクター?こいつの目的は金じゃなかったのか?なぜこんなゴロツキがアークリアクターの情報を欲しがる。そして次に犯人の口から出た言葉で、俺の怒りによって熱くなった脳は冷や水をかけられたように冷たくなった。
「頼んできたのは……オズコープ……ノーマン・オズボーンだ……」
嘘だ。
何を言われたのか理解できなかった。俺の家に強盗に入った男は……オズコープ……それもノーマンに雇われた、だって?そんな馬鹿なことがあるわけない。ノーマンはグリーンゴブリンになんかなっていない。オズコープも業績悪化で危機に陥っていない。全部うまくいっているはずなのに……なのに……ノーマンが俺を疎ましく思ったのか?成果を上げすぎたことに苛立ちを覚えたのか?彼は……どんな人間だった?
答えのない自問自答の中で、気がつけば犯人は地面に足をつけていて、襟首を掴み上げていた手を離していた。男は懐から拳銃を取り出して俺の頭に銃口を向けていた。
「意外とあまちゃんだな、スーパーボーイ」
引き金が引かれる直前、反射的に俺の手は動いた。すぐさま拳銃を持っている手を捻り上げ、そのまま手首を折る。男は声を上げて腕を押さえたまま後ずさった。
「や、やめ……」
そしてそのままビルの屋上から足を踏み外して、後ろ向きのまま落ちてゆく。死んで当然だ。こいつはベンおじさんを殺した。突然の報いなんだ。
そう納得しようとした俺の心に、誰かの声が聞こえた。俺の名前を呼ぶ声。
手首をかざして、落ちてゆく男に糸を放つ。絡まった男はそのままビルの外壁に叩きつけられるが死にはしなかった。
男を吊るした糸をビルの淵に引っ掛けて、俺はその場を去った。
頭の中がグチャグチャだった。
叔父さんを殺してしまったのは、間違いなく自分の行いのせいだ。アークリアクターが世に発表された段階で、おじやおばにはもっとセキュリティが整えられた場所に引っ越しておけばよかったのに、あの家に愛着があるからと、どこかで怠っていた。
あんな発明をしてしまって、世に名前が出たから。発明さえしなければ強盗は来なかったのか?ノーマンは?オズコープが本当に男を差し向けたのか?俺が信じていたノーマンは本当に善人だったのか?ハリーは?オクタヴィアス博士は?
何も信じられなくなったまま、俺は一人でビルの屋上からニューヨークの街並みを見つめていた。
翌日、デイリービーグルを始め、新聞各社が一面に大スクープを取り上げた。
ピーター・パーカーが産業スパイの標的に!オズコープ社長、ノーマン・オズボーンの仕業か!?
そんな馬鹿げた内容が取り上げられ、ニューヨーク中が困惑と混乱に陥った。
そしてその日、ノーマンはピーターの前に現れることはなかった。