サムライミ版のピーターに憑依した男っ!! 作:紅乃 晴@小説アカ
「こっちだ、ピーター」
ノーマンが囚われていた牢獄から脱出した俺は、彼の案内のもとオズコープの地下施設にあるウェンディの制御ユニットがある隔壁に向かって進んでいた。牢獄に着いた時点で俺はマスクを外してノーマンに正体を明かした。というか、隠す以前にこの格好をしてスパイダーマンとして活動するのは今回が初めてなので隠していた訳でもない。
オクタヴィアス夫妻やハリー、ノーマン、そしてグウェン。今のところ、この五人がスパイダーマンの正体を知る人物であり、巻き込んだ以上、この人たちに正体を隠すつもりはなかった。
ノーマンは終始驚いていた様子だが、スパイダーマンスーツがハリーとオクタヴィアス夫妻のお手製だと言うと何故か納得してくれた。スパイダーマンの能力についてはノーマンは深く言及せず、とりあえずここから出たら色々と話を聞かせてほしいらしい。
地下施設の通路に出て、監視カメラが停止している間にウェンディの隔壁エリアへと足を進めてゆく。あと数ブロック先というところで、ノーマンが急に足を止めた。
「ピーター……私は君に謝らなければならない。私が愚かだった。あんな者たちに君たちの未来ある実績を売り捌いてしまった……」
ウェンディを取り戻す前に話をしておきたかったとノーマンは言う。オズコープの役員が、ウェンディを購入した軍部に掌握されていたこと。彼らが産業スパイに見立てた刺客で俺に危害を及ぼしたこと。そして叔父を殺害されたことにノーマンはひどくショックを受けていた様子で、打ちひしがれたような表情をしていた。
「私は戻ったとしても、オズコープを退くつもりだ。今回の件の責任も私が負う。君の叔父を奪ったのは……私で……」
「オズボーンさん」
謝罪と責任を取ろうとするノーマンを俺はマスク越しに言葉を遮る。報道やオズコープからの仕打ちでノーマンも精神的に参っているように思えた。なにより、彼が全部の悪の責任を取る必要はない。そんなことを求めるために俺はこの場に来ていないのだから。
「……貴方がしたことは間違いじゃありませんでした。現に貴方の決断で救われた人々はいます。それに嘘偽りなんてありはしません」
「だが、ピーター……科学者には責任というものがあるんだ」
「何を言ってるんですか。一度の失敗程度で何もかも諦めていたら何もできませんよ。僕とハリーとオクタヴィアス博士なんて失敗の連続でした。一番酷かったのはトリチウムのエネルギー抽出式を間違えてラボ内に特大のカーブラックホールが爆誕しようとした瞬間でしたね」
あの時はマジで大変だったと今になって振り返る。ノリと勢いでテスト品を作って、とりあえずテストだ!とノリノリで三人で起動実験をしたら、トリチウムの抽出エネルギー量のキャパが超えており、ハリーが咄嗟に非常放電ユニットを作動させていなかったら今頃ニューヨークの街はグラウンドゼロとなっていたに違いない。
そう過去の過ちをしみじみと振り返ると、話を聞いていたノーマンが少し引いていた。ゴホン、と気を取り直してノーマンに改めて向き直る。
「オズボーンさん。叔父は最後まで僕らの成果を誇りに思ってくれていました。もちろん、僕らを支えてくれたオズボーンさんも。メイおばさんも、そして僕も、ハリーもオクタヴィアス博士も、みんな貴方に怒っても、恨んでもいないんです」
なにより、オクタヴィアス夫妻もハリーも、一切ノーマンを疑ったりはしなかった。行方知らずになったときも、ハリーは純粋に心配をしていたし、オズコープに囚われていることを知った時のオクタヴィアス博士は明確な怒りに拳を震わせていた。誰も彼を裏切り者なんて呼ばなかったし、囚われている彼の救出が今回の潜入の最大目標だったのだ。
「……すまない、ピーター」
そう呟いて肩を落とすノーマンに、俺は声をかけた。
「それにオズコープを辞めたなら都合がよかった」
「……どういう意味だ?」
「僕らが立ち上げた会社の代表取締役になってくださいよ。僕もハリーもオクタヴィアス博士も社長なんて肩書きとか似合いませんし」
実はこれ、アークリアクターの利権のために会社を立ち上げた際、ハリーが言い出したことだ。すでにオズコープの取締役をしているので望み薄だとは思っていたが、この中で社長できる人って挙手を求めたら誰も手が上がらなかったので、「じゃあチャンスがあれば言ってみよう」ということで話を進めていたのだ。
オズコープの利益率とは雲泥の差はあるものの、アークリアクターと俺とハリーが開発したモジュールシステムの特許があるのと、オクタヴィアス博士の作業用アームをベースに完全メタル製の義手プロジェクトもあるので食いっぱぐれることはあるまい。
「……本気か?」
「立ち上げた会社はオズボーンさんの力あってこそですよ?当然じゃないですか。あ、オクタヴィアス博士は技術顧問、ハリーは設計部の部長、僕は技術スポンサーのポジション希望です」
取締役だとか役員とかじゃなくて、「とりあえず好きな設計と研究させてくれ。その分利益周りの管理は任せます」なスタイルを地でゆく三人だ。それを聞いたノーマンはおかしそうに笑ってからいいだろうとニヤリと笑みを浮かべる。
「これは隠居なんて出来やしないな」
「天下のノーマン・オズボーンが耄碌するのはまだまだ早いってみんなに見せつけてやりましょう」
「どうせならやられたことを100倍返しでもしてやるとしよう」
そうやってウィレム・デフォーの独特な笑みを深める顔を見て、あっこれはぶちのぎーれなノーマン・オズボーンだわと察した。いったい僕らの会社で何を仕出かすつもりなのか……ニューヨークが地図から消えるような危険な真似は避けてほしいものだ。
さて、ノーマンとの話し合いも終わりウェンディの本体が格納されている隔壁エリアの入り口へと辿り着く。パスコードなんて通用しないので、壁に備わるセキュリティパネルの基盤をメリッと剥がして配線をいじり、ハリーとオクタヴィアス博士手製のハッキング装置を取り付ける。メカの天才とソフトの天才が手を組むと碌でもないことになるといういい例だ。
ガジェットを見たノーマンが「息子の将来が少し心配になってきたよ」と呟いたけどあえて聞かなかったふりをした。親友の父の嘆きを背中で受け止める男、スパイダーマッ。ふざけている内にセキュリティのハッキングが完了して隔壁のドアが開いた。
【ようこそ、スパイダーマン】
部屋に入るや否や、ドクターゾラの声が部屋中に響き渡る。ウェンディことウルトロンの本体である演算ユニットは巨大で、部屋の中央に鎮座しているのが見えた。
「ゾラ!僕らの作ったウェンディを返してもらおうか」
【それは困るな……と言いたいところだが、別に構わんよ】
あとは演算ユニットにグーバーを差し込み、中枢にあるコアを抜けば任務は完了なのだが、あっさりと認めたゾラの言葉がやけに耳障りだった。
「なんだと?」
【私が何の策もなく君たちに目的を露呈すると思うかな?】
その問いかけに応えるよう、金属の軋む音と何かが歪む音が部屋に響く。ウルトロンの演算ユニットが変形し、内側から突き破られると金属製の腕が演算ユニットから突き出された。バリバリと音を上げて演算ユニットを破壊して現れたのは、金属骨格と防御用装甲に覆われた人型のロボットだった。
その姿には見覚えがあった。スペース・ロジック社で開発されていたアーマー型のロボットだ。だが随分とモデルがバージョンアップされているようで、剥き出しだった内部骨格は装甲に覆われており、赤い眼光をギラギラさせながらうっとりと自らの四肢を眺めて、そのロボットは音声を発した。
『もう繭は必要ない。電子の海となった私はようやく再び肉体を手に入れたのだ』
ウェンディという繭を破壊し尽くし、エネルギーを吸い尽くして現れたロボット。ゾラの電子精神と脅威的な演算ユニット、AIを搭載したそれはクツクツと笑って俺を見下ろす。
『感謝するよ、ノーマン。君が必死に時間稼ぎをしてくれたおかげで私はこの肉体を手にすることができたのだから』
ノーマンはウェンディを完全なる自立型に改造することをスローカム将軍に強要されていたが、そんなもの元々必要なかった。
完全なる自律思考型のAIはゾラ自身がなる。ノーマンをこきおろしていい気になるオズコープと役員だとか、思惑通りに進んでいると勘違いしているスローカムの思考は実に愉快だったとゾラの意識が乗り移ったロボットは話した。
『さて、わたしには力のお披露目会があるのでね。ここで失礼させてもらう』
「待て!ゾラ!!」
『私はゾラではない。私がウルトロンだ』
ウェブを出して飛び上がった瞬間、凄まじい衝撃波を体に受けて吹き飛ばされる。
まさかと思って見上げると、そこには手をかざしているウルトロンの姿があった。野郎、アイアンマンみたいな武器を持ってやがった。リアクターの出力を攻撃に転用するとは予想外だ。
俺を吹き飛ばして鼻で笑ったウルトロンは、グライダーと同じ型の飛行ユニットに乗って地下から地上に向けて飛び立ってゆく。まだ独力で飛ぶほどの機能はないようだが、武装したグライダーに乗っているだけでも十分に脅威となる。
去り際に開いているシャフトへボール型の爆弾を投げ込み、ご丁寧に地上につながるトンネルまで封鎖していった。
「とにかくここから出ないと」
ノーマンを連れて早くウルトロンを追わなければ。ノーマンいわく地上へ繋がる直通のエレベーターがあるらしいが、待ち伏せされていたらひとたまりもない。地上への無線も地下が深すぎて連絡が途絶えている。
どうするか、と二人で考えているとTHWIP!!と糸が放たれる音と共に近くの壁に誰かが張り付いた。張り付いた?んなアホな。別のスパイダーマンがいるとでもいうのか?そんな馬鹿馬鹿しいことが一瞬脳裏によぎって壁の方へ目を向ける。
思わず唖然とした。
「手伝おうか?」
そこに〝立っていた〟のは白を基調にした全身タイツを身に纏った人物。俺のつけるマスクと同じようなデザインのものを被り、フードしている特徴的なスーツ。ノーマンは壁に立っている相手に指差しながら聞いてきた。
「あー、ピーター?彼……いや、彼女も知り合いか?」
ノーマンの反応に、思わず顔を覆う。するりと側転するように壁から地面に音もなく着地する彼女の姿を俺は知っていた。スパイダーマンという作品を知っている以上、彼女の存在が〝その可能性〟を秘めているのはわかっていたけれど……。
「おいおいマジかよ、冗談だろう?……グウェン?」
スパイダーグウェン。白きコスチュームの彼女が、なぜか俺がスパイダーマンになった世界に現れた。