サムライミ版のピーターに憑依した男っ!! 作:紅乃 晴@小説アカ
プロローグ
「辛いんだ……僕はもう……戦いたくない」
ゆったりとした1人がけのソファに腰掛けるスティーブ・ロジャース。
彼の雫のように溢れる本音を、俺は静かに聞いていた。部屋の内装は年代物のクラシックで囲まれていて、ラジオから流れてくるのは第二次大戦直前に行われてきたメジャーリーグの実況中継だ。
この部屋だけが、あの時代に取り残されたようだった。フッドレストに組んだ足を乗せてくつろぐ反面、ロジャースの顔はどこか寂しげだった。
「気持ちはわかるよ、ロジャース。僕も同じだ」
「君は望んでその力を手にしたのかい?」
「偶然ではあったけど……まぁ、望んでもいたね」
コロンビア大学で蜘蛛に噛まれるというのは偶然ではあったけど、俺にとっては必然だった。望んで得た力だし、なによりそれを望んだのも俺だ。あそこで蜘蛛に噛まれなかったらどうなっていたかだって?ウルトロンがインサイト計画を実行して世界がヒドラの統治に震えていただろうね。まぁそのヒドラも軍上層部が情報統制して組織ひっくり返す勢いで人事異動(オブラートな言い方)をしたから、世界は今も平穏なわけだけど。
ロジャースは事のあらましを聞いても、静かに頷くだけだった。彼がかつて「キャプテン」であったと言っても、この病院にいる看護師やドクターは信じないかもしれない。
「そうか……その力を手にして、そうやっていられるんだ。君は立派な人間なんだな」
「ロジャースは、力を手にしたくなかったのか?」
「……望んではいたよ。誰かのためになれると信じていたし、祖国を守りたいと言う気持ちもあった。それに嘘はない。ただ……」
そこまで言って彼は口をつぐむ。ロジャースのベッドサイドを見ると当時の写真がずらりと並んでいた。まだ「スティーブ・ロジャース」として生きていた時代の写真。その中にはキャプテンとして生きていた彼の写真はなかった。
「自分を守ることができなかった……」
超人的なパワーを手にして、悪であるヒドラを倒す力を手にして、戦って、戦って、戦い尽くして、最後は祖国を守るために氷河に散って眠りについた男のたどり着いた結果がそれだった。
「笑える話さ。人類を超越した力を持ってるくせに、友も救えない。酒にも酔えない。レディとの約束も守れない。そして……こんな時間になるまで眠りこけてるのだから」
ロジャースはそう言って葡萄ジュースが入ったグラスを持ち上げる。今の時代のグラスは高品質すぎて割れてしまうと、彼が使うのはステンレス製の強固なグラスだった。一口葡萄ジュースを呷る。酒に酔えないのだから、ジュースも酒も変わらない。けれど、今のロジャースが望んでいることは間違いなく現実逃避だった。
「昨日まで単純明快な悪があって戦っていたのに、それが今じゃ曖昧だ。何が正義で何が悪か……グレーな世界でこの力は危険すぎる……」
「ロジャース」
「ピーター。君ならわかるだろう?力を授けられた君なら……」
人ならざる者になってしまったが故の苦労。理解者は全員、とうの昔に死んでしまっている。彼の愛した相手は4人の孫に囲まれていて、幸せな余生を過ごしたという。彼女の胸にどんな想いがあるのかはわからないが、その事実を知ったロジャースに、約束を違えた彼女に会いに行く勇気は湧かなかった。
空になったステンレス製のグラスを眺める。試合の中継が終わりを迎えた。
「今日はありがとう。また来てくれると嬉しい。君はこの世界での唯一の理解者だからね」
「あぁ、また来るよ。ロジャース」
そう言って俺は、バインダーを閉じて席を立つ。今日のカウンセリングは終わりだ。ロジャースと握手を交わすのだった。
▼
「どうだった?キャプテンは」
「無理、彼はキャプテンじゃない。力に戸惑った少年のような人さ」
プレスビティリアン病院を後にした俺を待っていたのは真っ黒なコート姿……ではなく、スーツ姿のニック・フューリーだった。シールドがないこの世界でニックの格好はあまりにも目立ち過ぎる。そもそも〝この世界の人間じゃない〟フューリーには関係のない話かもしれないが、世の中は体裁というものが必要なのだ。
「カウンセラーの意見はわかった。だが彼はキャプテンだ。そうなってもらわなければ困る」
「あのさ、眼帯の黒幕さん。世界におけるアメリカのケツを叩き上げてキャプテンにしたい気持ちはよくわかる。けど無理だ。そう簡単な話じゃない」
冷淡に言うフューリーに俺はそう返す。キャプテンもあの〝キャプテン・アメリカ〟ではない。確かに彼はスティーブ・ロジャースで、人類最初の人工超人で、そして第二次大戦を戦い抜いた挙句、氷河で半世紀近く眠っていたのだ。
だが明確に、彼はキャプテンではない。キャプテンで居続けるための何かを見失い、傷つき、倒れている。病院の一室に引きこもってここはまだ第二次大戦の只中だと言い聞かせて現実から目を背けている。カウンセラーとして接している俺が彼と現在を繋ぐドアだ。
だが、俺はドアでしかない。扉を開くのはスティーブ・ロジャース自身で、その役目は俺には無い。当然、フューリーにもだ。
「ここには明確な悪はいない。いるかもしれないよ?路地裏でカツアゲしてるヤンキーの兄ちゃんとか。けどキャプテンがぶん殴るほどじゃない。そんな真似したら死んじゃうからね」
そう言って俺は目についたカツアゲをする男を手首からウェブを出して拘束する。カツアゲにあっていた男性からは感謝されるが、俺は軽く手を上げて気にするなと答えた。
「僕もスパイダーマンだ。だけど力は正しい時に使う。蟻を潰すために核弾頭を持ち出すバカはいないよ」
街の治安を良くするためとは言っても、この力はあまりに危険すぎる。オクタヴィアス博士やオズボーンさん、ハリーも言っていた。大いなる力と大いなる責任。それ以前に大いなる力は災いになると。
「じゃあ君はナイフを持った悪党を指を咥えて見ておけと言うか?」
「目に目を歯に歯を。その次は?そうやって世界は少しずつおかしくなっていくんだ。バランスを間違えた結果、どれだけの血が流れた」
彼は知っている。俺が〝別のアースからやってきてピーターに憑依した存在であること〟を。フューリーは小さく息を吐いて、俺の肩を叩いた。
「……だが、蟻じゃない敵もすぐそばまで来ているぞ」
そう言い残して喧騒へと消えてゆく。
空を見上げる。
少し雨が降りそうな天気だった。