サムライミ版のピーターに憑依した男っ!!   作:紅乃 晴@小説アカ

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第四話

 

 

 

ハイスクールを無断欠席した俺は混乱した様子のままのハリーを連れて人気の少ない裏路地へとやってくる。早朝のこの時間なのだからさすがに路地には強盗や浮浪者も潜んでいない。

 

あたりに人影がないのを入念に確認してから俺は服を腕まくりしてハリーに蜘蛛に噛まれた傷跡と、手首にできた糸の乳腺を見せて簡単に説明をした。

 

 

「コロンビア大学の研究室で?」

 

「うん……多分、蜘蛛に噛まれたんだ」

 

 

というか、それしかあり得ない。昨日の今日でこんな状態になったのだ。ハリーはまだ状況を飲み込めていない様子で信じられない顔で俺の顔と手首へ視線を彷徨わせていた。

 

 

「それでお前……メガネとか無くなってるし……フラッシュにあんな……」

 

「これは観察から得た推察だけど、僕の身体には……おそらく蜘蛛のような能力が備わってるんだ」

 

「そんな馬鹿げた話……」

 

 

あるわけないだろ?と言い終わる前に俺はハリーの目の前で飛び上がって、まるで某警備会社のCMに出てくる人類最強の霊長類がやっていたように壁に張り付いてハリーを見下ろした。それを見たハリーは口を開いたまま呆然として固まっている。

 

 

「ほらね?」

 

 

そのまま指先に意識を集中して壁から離れる。これが割と難しい。自在に壁に張り付く機能をオンオフできなければずっと体が粘着してしまうのだ。原作ピーターはこれにすぐ慣れていた様子だが、注意しなければ手に触れたあらゆるものが引っ付いて離れなくなるだろう。

 

 

「わぁお……ピーター……それって……」

 

 

しどろもどろとしているハリー。ちょうど直ぐ近くにあるゴミ箱の上に置かれた空き缶があった。俺は手首を構えて、ピーターが試行錯誤の後に導き出した指の形を再現。すると手首の乳腺から糸が飛び出して、そのままゴミ箱の上に置かれていた空き缶を捉えた。

 

噴き出すような音と共に離れた糸は空き缶に絡みつきそのまま壁に張り付いて固まった。

 

ハリーはそれを呆然と眺めてから、再び俺に視線を向ける。わざとらしく肩をすくめて答えた。

 

 

「もう少し、この力については分析する必要があるんだ。そしてどう言ったことに活用できるか、というのもね」

 

「……なら、オズコープのラボが最適ってわけだな?ピーター、お前が父さんの行動に難色を示す前に妥協案を出したのはこれが原因だな?」

 

 

ハリーもやっと納得したという風に頷く。一緒に開発した人工知能技術は確かに惜しいが、ピーター自身の体の変貌の対応の方が重要だと判断したのだろう。

 

 

「ハリー、このことは……」

 

「わかってるよ、俺とお前だけの秘密ってことにしておいてやるよ」

 

「ヒューッ!さすがハリー、わかってくれてる!」

 

 

思わずハグをしてしまい、ハリーはよせよと照れ臭そうに笑った。何はともあれ心強いパートナーができて一安心だ。まだ自分はスパイダーマンと名乗り始める前。ハリーにこのパワーを知らせることができたのは大きい。それにノーマンもまだ超人薬に手を出していない。このまま行けば、ノーマンがグリーンゴブリンになることはないし、ハリーとの関係が拗れることもないはずだ。

 

とりあえず今後のことや、人工知能技術の妥協案の詰めもあるため、今日は学校はバックれてオズコープのラボにでも行こうかとハリーと話しながら路地を出た時だ。

 

 

「ピーター?ハリー?」

 

 

聞き覚えの声に思わず振り返る。そこには買い物用のメモ帳を持ったベンおじさんが驚いた顔をして立っていた。

 

 

「あー……やぁ、ベン叔父さん。こんなところでどうしたの?」

 

「台所用のペンキが足りなかったから買いに向かうところだ。それよりも2人とも、学校はどうした?」

 

 

ベンおじさんの言葉に思わずハリーと共に言葉を詰まらせてしまう。咄嗟にハリーがベンおじさんへの説明を始めた。

 

 

「実は僕たちの研究で少しトラブルがあって」

 

 

うむ、あながち間違っていない。ベンおじさんも俺やハリーがやっている研究については理解もあるが、会うたびに「学業をおろそかにしてはいけない」と釘を刺してくれていた。そんなベンおじさん相手にハリーの言い訳が通じるかと言われれば答えはノーであった。

 

何かを察したベンおじさんは小さく息を吐いて俺たちの肩を叩きながら優しい声で言った。

 

 

「ラボの実験も立派なことだが勉強を疎かにしてはいけないぞ?ハリー。ピーターもな?」

 

 

これには謝るしかない。ハリーと俺は共にベンおじさんへ謝ると、おじさんはヨシと言って肩を叩いてくれた。

 

 

「まぁ、今更学校に戻るのも忍びないだろう。サボったついでにペンキの買い出しに付き合ってくれないか?この老体だとペンキ缶を持ち歩くのは少々骨が折れるのでね」

 

「わかったよ、叔父さん」

 

「誠心誠意、手伝わさせていただきます」

 

 

若い二人がいれば外壁まで塗装できそうだとベンおじさんは愉快そうに微笑んで歩き出し、俺とハリーもマーケットに向かうおじさんの後に続いた。その後、ありったけのペンキを買って俺が全部一人で持っておじさんにびっくりされてハリーに「いきなりバレたらどうするんだ」と小言で怒られたり、勢い余って台所だけじゃなく、リビングと階段の手すりまでペンキ塗りをして、家でご飯は食べれないわねと言ったメイおばさんの言葉がきっかけとなり、ハリーも含めた四人で行きつけのピザ屋で晩御飯を食べた。

 

ハリーはこんな風にわいわいと外食するのは初めてだとはしゃいでおり、それをベンおじさんとメイおばさんは優しい顔で見守っていた。サイドで頼んだ骨つきソーセージにかぶりつくハリーを見ながら俺もピザに手をつける。

 

やはりペパロニたっぷりのピザは最高だったと言っておこう。

 

 

 

 

 

 

 

翌日、ベンおじさんとの約束もあって俺とハリーは共に登校した。フラッシュの一件から何か仕返しをされるかとハリーは戦々恐々としていたが別にそんなことはなかったぜ。

 

むしろ腫れ物を扱う感じでさらに疎外感を味わったくらいだ。肝心のフラッシュはメンツも潰れたこともあるのか無闇に俺に話しかけてくることはなかった。取り巻きはしどろもどろしているし、MJもチラチラとこちらを見ていたがとりあえずスルー。

 

それよりも俺にはやらねばならないことがある。

 

授業が終わってハリー側近の執事の方に迎えに来てもらった俺たちは真っ直ぐにオズコープにある新たなラボへと向かった。ハリーの言った通り、前にAIを開発していた頃のラボよりも広くなっている上に設備も十全に揃えられていて思わず入口で鞄を地面に落とした後、隣にいるハリーとノールックでハイタッチを交わすほどだった。

 

とにもかくにも、まずは自分の体に何が起こっているのかを調査する必要があると俺は考えた。ハリーに手伝ってもらいながら素人ながら採血を行ったのだが、血管にうまく刺さらないわで二人してかなり手間取った。落ち着いたら自動で採血するユニットを作ってやると心に決めながら、なんとか取り出した血液を色々な装置にかけて調べてゆく。

 

が、結果は俺の持つピーターの知識量ではどうにもならないものでしかなかった。

 

遺伝子的な変異までは特定できたが、どのような作用とどのような効果、どのような過程でこうなったのかがさっぱりだ。答えはあるのにそれを導き出す計算式の手がかりが一切ない状態だったので、調べだして二時間も経たないうちに俺とハリーは検査装置の前で突っ伏していた。

 

 

「まぁ、悪用する方法はいくらでもあるんだけどね」

 

「ピーター。それは言わない約束だろう?」

 

「ごめん、ハリー」

 

 

検査装置の前で力なくそんなやりとりを繰り返す。前人未到のスーパーパワーだ。こちらの世界にも他生物の遺伝子を組み込むなどといったテーマを題材にしたフィクション作品があるが、そのどれもが悍ましいクリーチャーになったり、悲惨な末路を辿っている。扱いを間違えればとんでもないことになるのはハリーもよくわかっているようだった。

 

実際、このスーパーパワーを日常生活に役立てるにはどうすればいいか?とハリーと真剣に議論もしてみたが、結論は「スーパーパワーはなるべく使わない方がいい」になった。よくて昨日のようにベンおじさんのペンキ塗りで梯子を使わずに済むという点くらいだろうか。スポーツや何かに興じてもスーパーパワーで圧倒してしまえば途端に八百長試合になる。それはピーター自身がプロレスというリングの上で実践した結果でもよくわかることだ。

 

原作でデイリービーグルのJ.J.ジェイムソンが言うようにマスクをせずに警察など正規の組織の一員としてパワーを発揮するというという方針も考えたが、こちらもパワー発覚後に国家運営の研究所に送られて終了という結論で終わった。

 

とりあえず、パワーは隠した状態でこれまでと変わらない生活を送るしかないんじゃないか?とハリーが提案してきたところで、ラボを出入りするドアが静かに開いた。

 

 

「ピーター、ハリー、いるか?」

 

 

入り口から顔を覗かせたのはノーマンだった。あとから続くようにストローム博士もラボへ入ってくる。本当にノーマンは超人薬を飲まずにいる。

 

オズコープの危機と追い詰められたことから彼は自身の肉体で実験を行い、結果的には超人的な肉体ポテンシャルを有することには成功したが、副作用で重度の二重人格疾患を患ってしまった。

 

それもノーマンが内に秘めている怒りから作り出された「鬼」。その鬼が生まれ落ちた日に、実験に立ち会っていたストローム博士は殺されてしまうのだが、二人して現れたということは彼はまだ超人薬に手を出していないということを証明してくれていた。

 

ノーマンが取締役をするオズコープの業績は空前の右肩上がりを見せていた。2人で開発した人工AIが軍部に認められて正式な補助システムとして使用されることが正式に決定されたのだ。その一報を俺たちに伝えた後、ノーマンとストローム博士は頭を下げた。

 

 

「……二人とも。すまないことをした」

 

「もう構わないよ、父さん」

 

 

頭を下げる二人にハリーは少し息をついてから伝える。それは俺とハリーの意志でもあった。たしかに研究成果がまるまる横に渡されて思わないことはないが、それがノーマンの危機とオズコープの危機を救ったのだから、不満はあれどそれを責めるつもりはなかった。

 

 

「先方からの受けはいいぞ?今期の利益率は5パーセントアップを見越せる。素晴らしい実績だ」

 

「コクピットモジュールの予算はどうなりそう?」

 

「予定額の2倍は約束しよう。必要なものはすべて手配する。エンジニアも増員するぞ」

 

 

ノーマンの言質にハリーと拳をコツンと合わせた。コクピットモジュールと言っても使い方は様々だ。最終的な着地点は、いわゆる光学式モニター。まずはガラスに映し出して指先で操作できる簡単なものから製作することになるが、こういうことは小さな積み重ねが重要だ。

 

それに余った予算でやりたいこともできるようになる。たとえばグライダーの新型の開発とか、ノーマンとストローム博士が作っている超人薬のさらなる改造とか。

 

そんな話をしている途中、ハリーがノーマンに疑問を投げた。

 

 

「僕らの作った支援システムはどうなるの?父さん」

 

「……今後は軍が利用する。新たなデータベースの整理だとか、財務調整の補助システムとか、色々とな」

 

 

オズコープが行うのは人工AIが集めたさまざまなデータの仕分けやサーバー管理などのいわゆるアフターサービス程度らしい。AIの改造や技術開発は国家機密扱いとなるため、使用権などの権利もすべて軍が買い取ったらしい。つまり、俺たちが開発したAIは完全にブラックボックス化されたわけだ。

 

そこに若干の寂しさを覚えながらもハリーは小さく笑って俺の肩を小突いた。

 

 

「ウェンディにしては楽な就職先だな」

 

「違いないね、ハリー」

 

 

そんな軽口にノーマンもストローム博士も笑う。とりあえずスパイダーパワーの調査も一区切りついたので、ノーマンに誘われるまま夕飯を食べに俺とハリーはラボを後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「システムはどうだ?」

 

「問題ありません、将軍。すぐにでも実地実験に移れるでしょう。それにしても、このウェンディという支援システムは画期的です」

 

「支援AIを搭載した独立軌道のグライダーか。良いものを作ったじゃないか。オズコープは」

 

「将軍、ウェンディの今後のスケジュールですが」

 

「ああ、その名前だが軍では別の登録名にする。これはペンタゴンからの要請だ」

 

「は……では、なんと言う名前に?」

 

 

 

 

「指令ではこう来ていたな、ウルトロン、と」

 

 

 

 

 

 

 

 


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