サムライミ版のピーターに憑依した男っ!!   作:紅乃 晴@小説アカ

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第七話

 

 

パシュっと、手首から放たれた糸がビルの壁に当たり、それを引っ張って飛び上がる。弾力と張力が働いた糸の反動で俺の体は人の体を遥かに凌ぐ高さまで一気に飛び上がり、ビルの屋上へ前受け身をしながら着地した。

 

流石にスイングをすると色々と厄介なことになるので、裏路地からビルの上あたり目がけて糸を放って思いっきり引っ張って飛び上がったピーター・パーカーです。件のオズコープのライバル企業、スペース・ロジック社の所有するビルの屋上からお送りいたします。

 

 

「ハリー、問題なく着いたよ」

 

《オーケーだ、ピーター。こちらも確認できている》

 

 

今の格好はスパイダーマンスーツ……ではなく、スポーツウェアだ。肌にピッタリ張り付くメッシュ製の黒タイツインナーの上に動きやすい膝下まであるサバイバルパンツ。上も同じくメッシュ製のピッタリインナーで上にベスト型の作業ウェア。その上から黒のカーゴジャケットと、どう見ても不審者な格好となっている。極め付けにツバの短い黒のプッシュハットに同じく暗色のスカーフをマスクのように身につけている。

 

帽子とマスクを除けば、スパイダーバースのマイルズみたいな格好だ。さて、なぜピーター・パーカーがそんな姿でスペース・ロジック社にいるかというと、簡単に言えば潜入調査のためだ。

 

ラボに帰還後、俺とハリーはネットの海に挙げられているスペース・ロジック社の情報をかき集めた。本来ならこういった処理はハリーと共に作ったウェンディにさせるつもりだったのだが、無いものを強請っても仕方ないので手分けして情報をサルベージしてゆく。

 

すると、出るわ出るわとスペース・ロジック社のスペース・スーツの情報。最初は脚部がロケット構造となっており、見た目は宇宙服の下半身にロケットがくっついたようなびっくりドッキリメカな姿をしていたのだが、最近になってアーマータイプへと進化し、アーマーに備わるスラスターユニットで飛行をおこなっている実験映像とネットには流出していた。

 

スペース・ロジック社は以前はオズコープとライバル関係であったが、ノーマンがAIを軍に売り込んだことから業績が低迷していたようだ。だが、数ヶ月前から一気にスペース・スーツの開発が飛躍し、初期型では考えられないアイデアが盛り込まれた代物となっている。噂では軍上層部が絡んでいるとも囁かれているが真相は闇の中だ。

 

 

「どう思う?ハリー」

 

「あくまで設計側の意見だけど、スペース・スーツの初期型の構成を見ると、このコンセプトでアーマー型に持っていくのは無理だ」

 

 

リアクターの開発で構造学や力学関係を猛勉強したハリーいわく、脚部のロケットが固形燃料式ならその点火や出力調整には膨大な演算ユニットが必要になるとのこと。それをいくら小型化してもハイスクールのボストンバックくらいのサイズにはなるのでアーマー型となればその演算ユニットがどうしても重りになってしまうようだ。

 

だが、スペース・ロジックが開発したアーマータイプは見る限り演算ユニットなど積んでいない。かなりスリムなモデルになっている。具体的に言えばMCUのハマー社のアイアンマンのパチモンみたいな感じ。制御ユニットはあるけれど、あの大きさではスラスターの制御などとてもじゃないが処理しきれないだろう。しかし、実験の流出映像ではそのアーマーは軽快に空を飛んでいるのだ。

 

 

「アーマーのスラスターも気になる。固形燃料式のロケットからどうやってこんなものを開発したんだ?この大きさと出力なら並のエンジンじゃない。グライダーの電磁パルスドライブシステムじゃないと説明が……」

 

 

そこでハリーはハッとした表情をした。おそらく俺と同じ答えに行き着いたのだろう。

 

 

「オズコープの技術が流出している……?」

 

「それもかなりヤバい情報がね」

 

 

すぐに父に知らせないと!そう言ってハリーは立ち上がるが、まず待ったをかける。オズコープの利益侵害行為であり、裁判でスペース・ロジック社を相手取れば向こうの会社などペンペン草も生えないほどの更地になるに違いない。けれどその前に気になるところがあった。

 

 

「あのスペース・スーツの演算システムにもしかするとウェンディが使われているかもしれない」

 

 

憤っていたハリーはその言葉で静かになった。腰を下ろして真っ直ぐと俺を見る。

 

 

「ウェンディは軍が買収したはずだ。なぜそれをスペース・ロジック社が?」

 

「問い1。補助的なAIを手に入れた軍人が次に考えることは何か?」

 

「……無人兵器」

 

 

このハリー、なかなかに頭の回転が速い。ウェンディはあくまで指向性の補助AIであり、自ら考えて実行する独立型のものではない。軍にもそう言った内容で販売しているはずだが、ここ最近のマザーユニットへのデータの蓄積量や、軍が高額のスパコンを導入してソフトウェアのアップデートを図っている以上、おそらく独立型のAI開発が秘密裏に進められているのだろう。

 

 

「けど、それは売買契約の違反じゃないのか?」

 

「国が律儀に約束を守るなんて考えられないかな。現にこうなっちゃってるわけだし」

 

 

横目で空を飛んでるスペース・ロジック社のアーマーの映像を見る。契約が守られていない結果がこうやって目の前にあるのだ。ハリーも言い返せないまま悶々と苛立ちを募らせている様子だ。

 

唐突だが、俺は立ち上がって思いっきりジャンプする。飛び上がりながらぐるりと体を入れ替え、高さ3メートルはあるラボの天井に両足で到着してから、蜘蛛の引っ付き能力で天井からぶら下がって歩き回った。

 

 

「ピーターのその能力、ひさびさに見た気がするよ。……え、まさか?」

 

「そのまさかだよ、ハリー。言ったでしょう?〝悪用する方法〟はいくらでもあるって」

 

 

ニヤリと黒い笑みを浮かべるトビー・マグワイアにハリーは「冗談だろ?」というふうに顔を手で覆った。オズコープとスペース・ロジックの行政的なやりとりが始まれば、そこで何が行われていたかは全て極秘に処理されることになる。ウェンディの生みの親として、AIが不正に使用されているなら見過ごすわけにはいかない。

 

 

「俺たちに残された道はこれしかない」

 

「……乗ったよ、親友。こうなったら、とことん付き合うさ」

 

 

俺の言葉でハリーも腹を決めたのか、頷いて答えた。こうして、俺とハリープレゼンツ、スペース・ロジック社への潜入大作戦が開始されたのだった。

 

 

 

 

 

 

《試験場はそのビルから東に700Mのあたりだ。ただし、人にはバレないようにしろよ?》

 

 

耳に取り付けるイヤホン型のインカムからハリーの声が聞こえる。今回の潜入はピーターのスパイダーマンパワーを全面に押し出した力技に近い方法である。カーゴジャケットの内側と、中に着込む作業ベストにはハリーが設計した数々のガジェットが仕込まれている豪華仕様だ。

 

俺は内ポケットからボタンサイズのガジェットを取り出して、屋上の数カ所に設置されている防犯カメラ目掛けてそれを投げる。ガジェットは衝撃を吸収しつつ、ぴたりとカメラに張り付き特殊な電磁波を発生させる。するとカメラの通信モジュールに異常が発生し、画像が一時的に乱れるのだ。

 

このガジェットはもう一つあって、張り付いてからジャミングするタイプと、張り付く直前の五秒間の映像を延々とリピート再生するタイプがある。使い所は考えなければならないが、これで監視カメラに俺の姿が映ることはないだろう。それにスパイダーマン能力を使って物理的に監視カメラの視界から逃れることもできる。なるべく節約しながら進んでいきたいものだ。

 

屋上からするりと降りて壁に張り付きつつ、別のビルへと飛び移る。それを何度か繰り返してから目的の試験場が眼下に見える高さまでやってくることができた。

 

 

「ハリー、見えてる?」

 

《ああ、問題なく見えてるよ》

 

 

身につけているサングラスはウェンディ用にと作成していたコクピットモジュールの成果の一つだ。フレームに小型のカメラとディスプレイを内蔵していて、レンズにモデルを投影することも可能。簡単なマップも表示できる便利アイテムだ。

 

サングラスに内蔵された小型カメラから見る実験場の映像にはくっきりとスペース・ロジック社のアーマーが映し出されている。

 

 

「近くには演算ユニットは見当たらないね」

 

《……やはり衛星回線を使った補助システムが組み込まれていると見た方がいいな》

 

 

ハリーの予測は二通りあって、まず一つはウェンディのようなマザーユニットが近くにあって、そこから演算補助を受けている可能性だったが、近くにそれらしきユニットは見当たらない。

 

この年代の無線通信はかなり脆弱だ。建物の壁に遮られれば通信など届かない。強力な通信基盤を確立するなら衛星からのダイレクトデリバリーになるわけだ。

 

実験場にユニットがない以上、あのアーマーは衛星回線からの通信補助を受けている可能性が大いにあるといえる。

 

 

《ピーター、もう少し近づいてくれないか?》

 

 

わかったと答えて俺は張り付いているビルから飛び降りようと身構えた瞬間だった。むずむずと第六感が何かを訴えかけてきた。身動きせずに辺りに注意を払う俺にハリーが心配の声をかけるが、その声も耳に入らないほど胸騒ぎが大きくなっているのがわかった。

 

すると、俺の鋭敏となった視覚が夜闇にまぎれて飛んでいる何かを捉えた。

 

 

「ハリー、聞こえる?」

 

《ああ、聞こえた。この音は間違いない……電磁パルスエンジン。グライダーの音だ》

 

 

意識を集中させる先。夜の雲から現れたのはオズコープが開発したグライダーだった。だが、ハリーや俺がみた試作型のものではない。完全に武装された上に、視認性を低くするためのステルス迷彩、そしてステルス塗装も施されたものだった。そして、グライダーの上には人は乗っていない。流線形のユニットがグライダーに張り付くように取り付いてるのが俺の目には、はっきりと見えた。

 

 

「なんだ、あれは?!こっちに向かってくる!!」

 

 

その瞬間、俺の目の前でグライダーがミサイルを放った。思わず飛び出したが間に合わない。ミサイルはそのまま地上にいたスペース・スーツに直撃。パイロットと近くにいた作業員や研究者たちも巻き込んで大爆発を起こした。そして飛び抜け様にダメ押しで野球ボールサイズの爆弾もグライダーは投下。証拠を隠滅する様に次々と爆発してゆく。

 

飛び出していた俺は爆風の衝撃を体に受けて吹き飛ばされ、ビルの壁に叩きつけられた。そのままずるずると地上に落ちて体を強く打つ。想像を絶する痛みが体を駆け抜けた。スパイダーマンパワーを身につけていなければ死んでいただろう。

 

土煙と瓦礫が崩れる音が響く中、グライダーはスーツが立っていた実験場を見渡し、完全に破壊されたのを確認すると再び夜闇の中へと消えてゆくのだった。

 

 

「……あれは……ウェンディ……なのか……?」

 

 

割れてしまったサングラスを外して見上げる。そこには夜空へ消えてゆくグライダーの放った飛行機雲が残っていた。一体なにが起こっているのか、この時の俺にはまだ理解できていなかった。

 

それがあの事件の始まりだったということを。

 

 

 

 

 

 

 


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