ウマ娘~愛の劇場~『皇と王』   作:なおたろう

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プロローグ

『すべてのウマ娘が幸せになれる。そんな世の中を目指したい』

 

あの日彼女が語った壮大な夢。

どうすれば出来るのか。本当に出来るのか。その瞳には何が見えているのか、見ているのか。

あまりの壮大さに何も分からなかった。理解が追い付かなかった。

それでも何か一つだけでも夢の実現に向けて力になりたいと思った。

いつか彼女の夢を、そのかけらを少しでも理解できたら。

その時は────

 


 

「退任!?それは本気かトレーナー君!」

 

雪がちらつく年の始め、トレセン学園理事長室。部屋の主である秋川やよいが驚く声が響き渡る。

秋川やよい トレセン学園で長きにわたり理事長を務め、過去にはURAファイナルズという距離別オールスター戦を企画した事で知られる。

もっともURAファイナルズは実施初年こそ成果を上げたが、その後は既存レースとの日程調整やG1との差別化に失敗し現在は休止中だ。

 

「本気です。チームの今後は「有馬記念もホープフルも君のチームが勝ったではないか!?」

 

最後まで言わせてもらえない。男は理事長の横で佇む駿川たづなに何とかしてくれと目で訴える。

駿川たづな 男がトレーナーになる前から秋川やよいの右腕として理事長秘書を長きにわたり務めている。

ウマ娘について意見が合う事が多く、お互い若いころはウマ娘談義に花を咲かせたり朝まで飲みに行ったり。

ちなみに今日まで色々なトレーナーやURA関係者、記者、学園の教職員と呑んだが、彼女以上に酒が強い人を知らない。

 

「理事長、まずはトレーナーさんのご意見を一通り聞いてからはいかがでしょう?」

 

ザル、もとい駿川たづなが話を進めるため助け船を出す。心なしかこちらを睨んでいるような。たぶん気のせいだ。

 

「確かに!静聴!君の意見を聞こう!」

 

理事長が話を聞く姿勢になった所で改めて男は改めて話しだす。

 

「暮れに有マ記念とホープフルあったでしょう?」

 

有マ記念 人気と実力を兼ね備えたウマ娘達が激突する冬のグランプリ。夏のグランプリ宝塚記念と並ぶファン投票で出走するウマ娘が決まるオールスターレース。

ホープフルステークス 将来が期待されるジュニア期のウマ娘だけが出走する、勝者が世代の顔と言っても過言では無い中距離G1レース。

 

「勿論!君のチームは有マ記念でワンツーフィニッシュ!ホープフルも一着!お見事!」

 

理事長が男に賛辞を贈る。

 

「どうも。それでまあ、有マの二着とホープフルの一着が葵の担当バなんですわ」

 

「なんと!お見事!桐生院トレーナー!」

 

今まで男の横でじっと座っていた桐生院葵は理事長の賛辞に頭を下げた。何でこんな事になったのかと葵は目で男に訴える。

桐生院葵は子供の頃から男に懐いていた。当時トレーナーだった彼女の父親が弟子として男を桐生院邸に連れてきたのが最初の出会いだ。

男は桐生院邸でトレーナーとしての座学を修め、一段落したら葵の遊び相手になるのが常だった。

あれから時は流れ、現在サブトレーナーとして男のもとで大変だが充実した日々を過ごしていた。

それなのに年が明け男に付いてこいと言われ理事長室に来てみたらどうだ。いきなりチームを去ると言い出した。

 

「私の師匠は葵の親父さんなんですがね。師匠は当時の私に一流にするためだとシンボリルドルフを託してくれまして」

 

葵と理事長にとっては予想外の名前が出てきて思わず男の顔を凝視する。対照的に理事長秘書はのほほんとしている。

 

シンボリルドルフ URA史上初の七冠を達成した伝説のウマ娘。当時からカリスマ性に溢れ圧倒的な人気を誇り、卒業後は大学に進学。

大学卒業後、民間企業を経て政界に進出。将来はウマ娘初の総理大臣とも目される若手筆頭の政治家が現在の彼女である。

 

「おじさんがシンボリルドルフさんの担当になった経緯って父だったんですか!?」

 

「仰天!トレーナー君!当時そんな事私に言ってたか!?」

 

「懐かしいですね~」

 

三者三様の反応が返ってくる。ルドルフを託された当時、たづなには右往左往している事を酒の席で愚痴りまくっていたので今更である。

 

「たづな!私は何も聞いてないぞ!?」

 

理事長秘書である駿川たづなが秋川理事長の耳に入れなかったのは、ルドルフのトレーナーとして不適格と判断されかねなかったからだろう。

口の堅い良き飲み友達をトレーナー人生の最初期から持てたのは幸運だったなと今さら感謝した。今度一杯奢ろう。

 

「でまあ話を続けますと、先代の娘さんである葵が俺のもとで学びたいと言った時には退任を考え始めたんですね」

 

先代から受け継ぎ、次の世代にそれを託す。自然な選択だと言えた。また長い付き合いの同僚達が他の道を歩んでいる事も影響していた。

 

「それに私の同僚達は既に他の道を歩んでいるので、自分も次の生き方をしたくなりまして」

 

「転身!東条君や南坂君達か!」

 

理事長が名前を出した二人のトレーナー

東条ハナ 男と鎬を削ったトレーナーの一人。現在はトレーナーからURA職員に転身している。

南坂トレーナー 東条ハナと同様、男と鎬を削った一人。現在もトレーナーを務めているが地方のレベルアップを目標にトレセン学園からは去っている。その二人の名前が出るなら自然ともう一人でるはずなのだが。

 

「あとは沖野ですな」

 

「沖野!沖野君なぁ……」

 

理事長の声のトーンが露骨に下がる。いや立場を考えれば分かるけども。

沖野トレーナー 彼も男と鎬を削ったトレーナーの一人だ。ウマ娘の脚に対する目は全国一と謳われた名トレーナーだ。

トモに触れればそのウマ娘の適性・状態まで分かる魔法のような手も持っていたが、時代が悪かった。

一部のウマ娘から痴漢行為で訴えられ、理事長が事態の鎮静化をはかるためトレーナー養成学校へ異動させたのだ。

それを聞いたかつての担当ウマ娘達は揃って「昔はともかく今はねぇ」と、当時の彼を責める者こそ居なかったが擁護する者も居なかった。

沖野トレーナーの最高傑作とも言われる「日本総大将」スペシャルウィークも、最初の出会いは沖野が勝手にトモを触った事だと聞いている。

「悪い人ではないんだけどねぇ」とは学園生時代に沖野と面識がある男の嫁の感想だ。それはさておき。

 

「みんな活躍する舞台が変わったでしょう?気づいたら同世代は居なくて後進は葵や他の若いのが居る。今が引き際だと思う次第ですわ」

 

「トレーナー君……」「おじさん……」

 

秋川やよいと桐生院葵は説得が難しい事を悟った。それにプライベートでも付き合いが長いたづなが先ほどから一切説得しようとしていない。

つまりそれだけ彼の意志が固い事を察しているのだろう。そう思っているとたづなが口を開いた。

 

「トレーナーさん、一つよろしいですか?」

 

「なんでしょう?」

 

「チームのトレーナーを辞する事は承知しました。その後の予定についてお伺いしても?」

 

そういえば辞める事は聞いたがその後どうするかは聞いていない。内容次第では学園に残ってくれると二人が男に期待の眼差しを向ける。

 

「うーん……決めてないんですよねぇ。ただ」

 

「「「ただ?」」」

 

「わがまま言って良いならトレセン学園でやりたい事はあるんですよ」

 

なんと!東条ハナや南坂と違い去る訳では無い!秋川やよいの調子が再び上がる。

 

「歓迎!君は今日まで多大な貢献をしてくれた!理事長として可能な限り融通しよう!」

 

何がしたいかは分からないが男は非常に常識的な人物だ。我がままといっても大した物では無いはずと承諾する。

桐生院葵も男が学園に残るなら何でも良いやと首肯し、駿川たづなは何かを察したようである。

 

「今トレーナーが付いているウマ娘って多くは無いでしょう?」

 

男は理事長に確認するように問いかける。

 

「肯定!才あるウマ娘を見出し、トレーナーはその能力を十全に引き出す事を求めている!」

 

秋川やよいの弁は半分本音、半分建前だ。URAの予算は当然ながら有限である。

その為ウマ娘の人数に対していつの時代もトレーナーの数は不足していた。

また男や東条ハナのように大所帯なチームを組むトレーナーばかりなら良かったのだが、目が行き届く事を優先し少人数である事にこだわるトレーナーがそれなりに多かった。

こればかりは改善しようと思ったら石油王でも味方につけないと改善できない、昔から続くトレセン学園の課題である。

ではトレーナー達の手から零れたウマ娘はどうするか。自主練習で自らの能力を伸ばすしかない。

しかしトレーナーが付いていない自主練習では体を壊す事態が予想される。そのため学園は怪我の発生を避ける為に、教員に持ち回りで監督を務めさせていた。

一般の学校で例えれば部活の顧問である。専門性がある訳ではないので指導は無く、事故を避けるために置かれた監督者。

夢見てトレセン学園の門を叩いた彼女達にとって、そんな環境は果たして幸せといえるのか。

 

『すべてのウマ娘が幸せになれる。そんな世の中を目指したい』

 

男は万能ではない。彼女の夢に触れたあの日から今日まで、変わった事はトレーナーとしての経験値が増えた事だけだ。

男は石油王でもない。だからトレセン学園のためトレーナー達を雇い入れる事も出来ない。自分が出来る事をして夢を追う。

すべては無理だ。しかし、しかしだ。せめて見える範囲に居る娘達は笑顔で学園を卒業してほしい。

ここに通って良かったと。そう思って学園生活を終えてほしい。

 

だから────

 

「トレーナーが居ないウマ娘達の面倒みたいんですよ。いま教員が持ち回りでやってる自主練習の監督、私にやらせてもらえません?」

 

皇帝に導かれ始まった旅は終わりを告げ、あの日見た夢のかけらを追う新たな旅が始まろうとしていた。

 




まだ序章の序章といった所ですが、いかがだったでしょうか。
「愛が重馬場」は今後の展開として予定しているので、あらかじめタグに入れておきました。
感想、評価お待ちしてます。執筆継続の励みになります。
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