ウマ娘~愛の劇場~『皇と王』   作:なおたろう

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皇の孤独、王の子供

かつてトレセン学園には非公式のチーム戦「アオハル杯」が存在した。

 

芝の短距離、マイル、中距離、長距離、そしてダートのマイル。それぞれ3人1組の15人と控えも合わせた20名以上が一丸となり戦うチーム戦。

それは男が先代桐生院トレーナーのもとで学んでいる頃に廃止の議論が持ち上がり、先代からシンボリルドルフの担当を命じられた頃には廃止となった。

廃止の主だった理由は公式戦との兼ね合いが難しい事だったが、男は今でも存続するべきだったと思っている。

廃止を境にトレーナーの一人当たり担当ウマ娘が目に見えて減りだしたからだ。

アオハル杯の時代を駆けた先代を師に持つ男や同僚の東条、沖野、南坂達はトレーナーの手から零れるウマ娘を一人でも減らそうと、チームの大所帯を維持する方向で腐心した。

しかし時が経つごとに減る流れは止められず、ついには一学年一人しか担当しない者まで現れる。

このままでは良くないといよいよ焦る。

東条ハナは現状の改善には仕組みの抜本的見直しが必要とURAに籍を移した。

南坂は中央の危機感を煽る事で状況を改善できないかと、活路を地方のトレセン学園に求めた。

沖野は経緯こそ締まらないが、若き後輩達を諭すべくトレーナー養成学校の教壇に立つ。

そして男は一人残された。

 

『すべてのウマ娘が幸せになれる。そんな世の中を目指したい』

 

あの日語った夢とは遠い場所と化した、彼女が愛したトレセン学園に。

 


 

男と駿川たづなは行きつけのBarに居た。

トレーナーを持たないウマ娘を指導する希望は事前に伺いを立てなかった事もあり、詳細は後日詰める事になったのだ。しかし男が希望した内容に理事長秘書として、学園でウマ娘を愛する者として思うところがあったのだろう。たづなは男を飲みに誘った。

Barに入ってからしばらく、たづなはジョッキを次から次へと空にした。いつもの事なので男は気にせずチーズをつまみにウィスキーのロックを飲む。話題は理事長が人の話を最後まで聞かない事だったり、理事会のまとまりがいまいちだったり、男を含めトレーナー達は書類の提出が遅い事だったり、学校見学に来た小学生の案内は秘書の仕事じゃないだったり。要はいつも通りだ。なので適当に聞き流す。

そんな仕事の愚痴がつらつらと続き、お開きを検討する時間になった頃たづなが真剣な目で男に問いかける。

 

「歴史は繰り返してくれるでしょうか」

 

かつてトレセン学園は群雄割拠の様相を呈していた。少しでも何か光るものを持つウマ娘が居ればトレーナーは迷わずスカウトすた。青田買いとも言える、そんな時代が確かにあった。

非公式チーム戦の存在と圧倒的強者の不在、二つの要因が絡まり生じた戦国時代。そして現在、チーム戦は存在しないままだが間もなく発表される男の退任で一強時代は終わりを告げる。

もしかしたら中堅以下のトレーナー達が空席となった強者を目指し、かつてのように大勢のウマ娘をスカウトしてくれるかもしれない。そんな期待を込めた問いだった。

それに男は答えない。たづなも男に答えを求めない。ジョッキを開ける音だけがBarに流れた。

 

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「彼が退任を決めた、か」

 

秋川やよいからオフレコとして一報を受けたシンボリルドルフは、電話を切った後その体を深く椅子に沈める。

男が初めて担当したウマ娘は現在政治家として歩みを進めていた。しかし近年は壁にぶつかりかつて思い描いた自身と現在には開きがある。

『すべてのウマ娘が幸せになれる。そんな世の中を目指したい』かつて男に語った夢は長らく彼女の口から聞かれない。有権者からウマ娘だけを優遇する過激派と思われたら、そこで彼女の政治生命は終わってしまう。

政治の道を志した夢を諦めたくはない。しかし亀の歩みよりも遅い己に、夢のかけらすら実現は難しいと賢明な彼女の理性が語り掛ける。学園生の時分から身の丈に合わぬ夢を抱いている自覚はあった。しかし当時は出来ると思ったのだ。G1ですら滅多に負けない己に根拠の無い万能感があったからだろうか。

いま彼女が逃げ出さず投げ出さず政治家として踏ん張っているのは、あの日の己を裏切りたくないからだ。夢を応援すると言ってくれた彼を裏切りたくないからだ。その彼がトレセン学園の第一線から退く。いつか来ると理性で分かったいた事でも心へのダメージはルドルフが思う以上に大きかった。抱きしめてほしい。慰めてほしい。ルナなら出来ると励ましてほしい。

 

「会いたいよ。トレーナー君……」

 

折れそうな心から零れた小さな呟きは、誰に届く事も無く消えていった。

 


 

「お父様おっそいですわ!しかもお酒臭いですわ!」

 

駿川たづなと駅で別れ帰宅して早々、娘からお叱りの声が飛ぶ。酒臭いなら離れたら良いのにスンスンとワイシャツの匂いをかいでいる。妙な所ばかり嫁に似ると思いながら男がされるがままになっていると、

 

「この匂いは学校見学でお会いした緑の制服を着た方と同じですわ!」

 

ばっちし当てられた。ウマ娘の鼻は人よりはるかに利く。その為か面倒くさい性格のウマ娘と付き合ったら非常に大変なのはトレーナーに限らず世間にも知られた話だったり。逆に匂いで程度が分かるため、理解あるウマ娘と付き合えたら誤解を招かない。そして男の嫁は理解あるウマ娘だ。

 

「おかえり。たづなさんは相変わらずねぇ」

 

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かつて黄金世代と謳われたウマ娘達が居た。

彼女達は友としてライバルとして切磋琢磨しあい互いを高めていった。

ある者はクラシック二冠を果たし、ある者は日本ウマ娘界の悲願、凱旋門賞勝利まであと一歩まで迫った。

またある者は夏冬グランプリ三連覇という大偉業を果たし、ある者は日本総大将と謳われるまでになった。

その中で、勝利が遠くもがいていたウマ娘が居た。

 

シンボリルドルフ卒業後に男の担当バとなった彼女は、輝かしい実績を持つ母親と比較され苦しんでいた。

男もまたルドルフ時代に果たした結果と比較され、もがき苦しんでいた。

しかし彼女は諦めなかった。勝つためにあらゆる努力を惜しまず走る場所を選ばなかった。

男もまた諦めなかった。勝たせるためにあらゆる事を学び、敗北の責は全て己にあると矢面に立った。

シンボリルドルフに出会い男は理想を得た。そして彼女と出会い現実を共に歩く伴侶を得た。

 

「とりあえず水を飲みなさいな」

 

キングヘイロー 黄金世代 最後の一人。

不屈の塊と称されたウマ娘が夫の帰りを出迎えた。




ようやくキング登場です。タイトルにある通り「皇と王」が揃いました。
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