炎天下で探検に向かうだけです。

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或夏

「うるせえええええええええええ!!!!!!」

 

「いや、お前のがうるせえよ」

 

 鬱蒼とした木々が生い茂る夏の山中。四方八方から全身に浴びせかけられる蝉時雨に耐えかねて、友が発狂した。どこかで聞いた話によれば、怒りと暑さには密接な関係があり、脳が熱によって、怒った時の感情と同質の状態になるとか何とか。そうでなくてもコイツの頭は常時沸騰状態だが。

 

「てめーなんでそんなに冷静な面してんだよ、叫べよ。叫べば気持ちよくなれるぞ」

 

「人は自分よりやべーやつがいると嫌でも冷静になるんだよ。流石にそんな恥も外聞もない真似は嫌だ」

 

「外聞はないだろ」

 

 こんな山奥なんだから、と奴は滝のような汗を拭いながら言った。ここは某県某所のド田舎。最寄りの駅から車で一時間という限界集落から更に一時間歩いた秘境に、俺たちはいた。何故そんなところにいるのかといえば、目の前の馬鹿が言い出したからである。

 

 

 

「暇じゃね?」

 

 白シャツ一枚にハーフパンツというザ・田舎と言わんばかりの格好で、奴は頬杖をつきながら言った。同じ卓袱台に顔から寝そべってた俺は、温くなった水を一杯だけ飲んで「まあ、そうだな」ととりあえず同意した。

 

「どっか行かね?」

 

「どっかって、どこ行くんだよ」

 

 都会人には見慣れず新鮮な場所とはいえ、幼馴染にくっついて毎年来れば流石に慣れるし、そもそも大して見るような場所がない。何もないから田舎なのである。田園も農園も山も川も平原も、もうお腹いっぱいなのだ。

 

「うむ、まあ聞け。私に考えがある」

 

「勿体ぶらずにはよ言え」

 

「爺ちゃんからこの前聞いたんだけどさ、裏山の奥に出るって噂の廃墟があるらしい」

 

「……で?」

 

「肝試ししよう」

 

「却下」

 

 即答すると「なんだよ、怖いのか?」と馬鹿にするように煽ってきた。確かに怖いよ、お前のばあちゃんが。

 

「もう高校生なのに日が暮れるまでに帰らなかっただけで心配して小一時間説教くれるばあちゃんだぞ、バレたらこの夏ずーっとこの家に軟禁されること間違いなしだね、それは流石に嫌だ」

 

 僕たち客人のために買い出しに行ってくれている老夫婦の顔を思い浮かべる。血の繋がらない俺を実の孫と同じくらいに可愛がってくれるような、とてもいい人たちではあるのだが、如何せん過保護というか心配性なのだ。肝試しなんかしたら帰った後に幽霊よりも怖い目に遭うことは確実なので、その性質を知っている以上御免被りたい。

 

「あー、それは気にしなくていいぞ。肝試しって言っても、行くのは昼間だから」

 

「……それ、肝試しじゃなくね?」

 

「いやいや、昼間だって十分怖いだろ。山奥なら昼間でも暗いかもだし、山登るの危ないし、廃墟ってことは中歩くの危ないし」

 

「お前試す肝間違えてるぞ?」

 

 とはいえ暇だし、まあまあ面白そうだったし、何より刺激に飢えていたので行くことにした。僕が水筒を用意している間に、奴はワンピースに着替え、麦わら帽子を被り、如何にも夏の田舎の少女という出で立ちで現れた。反応を気にするような様子が鼻についたので、無視して『夕方までには帰ります』という置き手紙を残し、家を出た。畦道を通り、裏山までの道を進む。真上から突き刺してくる直射日光が暑い。アスファルトからの照り返しが厳しい。坂を上って山道に入ると、木陰で多少はマシになったものの、今度は肌に纏わりつくような湿気と、纏わりついてくる虫が鬱陶しい。正道を逸れて獣道にも近い、山菜獲りの漁師が使う道を進み続けて、現在に至る。

 

「おい、あとどれくらいで着くんだよ」

 

「知らねえよ、私だって初めて行くんだから。この道真っ直ぐ進むと着く、ってことしか知らん」

 

「いやある程度は把握しとけよ」

 

 横目で睨むと同時に、友が「あっ」と短く声を上げた。つられて前を見ると、木々を抜けた先の緩やかな坂の上に、古びた洋館が見える。もしかして、と呟くと奴が静かに頷いた。

 

 

「思ったより綺麗だな」

 

 開きっぱなしになっていた立派な門を潜り、正々堂々正面玄関から中に入る。奴の言った通り、確かに廃墟とは思えない程度には小綺麗だった。カーペットが煤けていたり、階段の手摺などに埃が溜まってきてはいるものの、よくアニメなどで描かれるような、蜘蛛の巣が張り詰めていて、謎の絵画がこちらを睨んでいて──というような状態にはなっていない。年月が経って生活感が薄れてはいるものの、確かに人がいたことがわかる程度の廃墟だ。奴の後に続いて、螺旋状に伸びる階段を上る。二階に上がると同時に、目の前をネズミが横切った。

 

「まあまあ広そうだな」

 

「部屋数も二桁はゆうにあるだろうな」

 

「めんどくせーから手分けして回るぞ、その方が肝試しっぽいし」

 

 友の提案に従って、奴は二階、僕は一階を探索することになった。最初からそのつもりなら上がる前に言え。

 玄関ホールまで戻り、とりあえず右手側の扉から見ていくことにする。ギィと高い音を立てながら開いた先は食堂だった。恐らく十数人は座れるであろう大理石の食卓に銀の食器、燭台など、凡そ一般人が想像しうるようなアイテムが並んでいる。

 ふと芽生えかけた、持って帰れば金になるのでは、という邪な気持ちを振り切るように奥に進む。暖簾で隔たれた厨房を一目だけして、食堂の閉じられた扉に手をかける。ゆっくりと開くと、中は広間になっていた。窓から差し込む日光が、舞い上がる埃の存在を示しながらも、室内をどこか幻想的に照らし出している。小さな舞台があり、そこにグランドピアノが置かれている。勿体ないなあ、と思いながら検分する。数年単位、下手すれば十数年放置されていただろうに、その割に動作自体は問題なさそうだった。何だか懐かしい気持ちになりながら、軽く弾いてみることにした。

 

「きゃああああああ!」

 

 弾き始めて数秒で絶叫と、屋敷を揺るがすようなドタバタとした足音が聞こえてきた。それは扉の前で一度止まったかと思えば勢いよく飛び込んできて、「おおおおおおおい、今どこからかピアノの音が!!!」と、顔を青褪め、震えた声で言った。

 

「ああ、それは今僕が」

 

「紛らわしいことすんなよ!」

 

 グーでお腹を殴られた。思いっきり。「うごおおおお……」と悶えていると、「で? 何か戦果はあったか?」と聞いてきた。

 

「特にはないよ。なんか豪華そうな食器とかが向こうに置いてあったくらいだな」

 

「は? それは大成果じゃん」

 

「いや、平然と持ち帰ろうとするなよ。窃盗罪で捕まるぞ」

 

「そもそも既に不法侵入だよ」

 

 冷静に考えてみればその通りなので静かに口をつぐんだ。

 

「それにしても懐かしいな、オマエがピアノ触ってんの」

 

「そうだな。小学校以来だから五年ぶりか?」

 

 小学生の頃、僕はピアノの教室に通っていて、コンクールに出たりなんだりとそれなりに頑張っていた。中学に上がる際にやめてしまったが、まあそれなりには弾ける。

 

「なんだっけ今の曲、『月光』だったか?」

 

「ん? 僕は特に曲なんて弾いてないぞ?」

 

「嘘つけ、ビビらそうったってそうはいかねーぞ」

 

「いやいやマジだって。ほら見てみ? この鍵盤、僕が触った数ヶ所以外はめっちゃ埃被ってるだろ」

 

 訝しげに鍵盤を見つめる奴だったが、僕の言った通り一部の鍵盤のみに指の跡がついているのを確認して、「ひいっ」と小さく悲鳴を上げた。いつもそんな具合だったら可愛らしいというのに。

 

「どどどどうしよう、やべえよ、帰ろうよ!」

 

「いやあ、難しいだろうなあ」

 

「なんでさ!」

 

「だってほら、素直に帰してくれるか分からないから」

 

 刹那、どこからか鍵盤の不協和音が響いた。奴の叫びと相まって、即座にデスメタルみたいなハーモニーが生まれた。

 

「ね?」

 

「ね? じゃねえよ! 幽霊さん明らかに怒ってるじゃねえか!!」

 

 僕の片腕に飛びつく彼女は涙目である。暑いし、ピンクブロンドの長髪が腕にかかって鬱陶しい。ってか幽霊にさん付けって。

 

「ほら落ち着いて、たぶん建物の老朽化で壁が軋んで変な音が鳴ってるだけだから」

 

「お、おう……?」

 

「月光だって僕が録音したの流してただけかもしれないから」

 

「やっぱりてめーの仕業か! 紛らわしいことしやがって!」

 

「ちょ、痛いから殴んなって。そもそも可能性の話だから。実際はどうかわからんから!」

 

「いいやてめーの仕業だね。今日の私はそういうことにして────」友の腕が、俺の腕をガッチリと拘束した。

 

「────帰るぞ」

 

 コアラのように俺の腕に巻きついた奴を引き摺って、ようやく表に出た頃には日が傾き始めていた。

 

「やべ、急いで帰らんと暗くなって怒られっぞ」

 

「暗くなったりしたら絶対……恨みをもって付けてきてたさっきの幽霊さんに殺される……!」

 

「じゃあ今のうちに謝っとけ」

 

 二人、館に向けて黙祷した。縁もゆかりも無い霊だろうと、成仏できずにいるのは気の毒なので。

 

 

「…………で、このお屋敷はなんで廃墟になって、どうして幽霊なんぞが出るようになったんだ」

 

「それは────」

 

 目を逸らした彼女が、唇を尖らせて言った。

 

「引越し、だってよ」

 

「引越し」

 

「別荘として持ってたんだけど、家賃が高くて払えなくなったからだとか」

 

「……幽霊は?」

 

「知らん。特に事故とか事件が起きたって話はなかったし、ノリで住み着いてるんじゃね?」

 

「なんだよそれ」

 

 思わず肩を落として笑う。これでも微妙に緊張していたのだ。

 

「それにしては怖がりすぎだろ」

 

「ああ、まさか出るとは思ってなかったからついノリで……」

 

「……まあ、祟られるとかそんな感じじゃなさそうならなんでもいいや」

 

 熟れ始めたみかんみたいな色の空を眺めながら、とぼとぼと帰路に着く。足音が一人分しかないことに気づいて振り返ると、地べたに座り込んだアイツが「あのぉ……」と申し訳なさげに言った。

 

「実は私、腰が抜けちゃってぇ……おぶってもらっていいですか?」

 

「館に放置して帰るぞ」

 

 ばあちゃんに怒られたのは、言うまでもない話である。

 


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