平塚先生と結婚する話   作:Asarijp

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9 平塚先生と結婚する話(最終回)

「……逸見(へみ)先生に本当は結婚する気なんてなかったんじゃないかと言われてからずっと、私はどうして今まで結婚しようという姿勢を取っていたのか、考えていました」

 

 平塚先生は恥じ入るように自分の手元に視線を落とした。

 

「20代の頃から、もともと結婚したいとは思っていたんです。ほら、よく言うでしょう。『高校生になったら恋人ができて、就職したら結婚するとなんとなく思ってた』って。その願望はだんだん強くなってきて、それが決定的に変わったのは30になったときです」

 

 30歳というのは誰にとってもひとつの小さな転機なのかもしれない。俺も30になった頃に、いろいろなものの見方が変わり始めた気がする。

 

「もちろん世間体もありましたし、親の目もありました。でも一番の理由は、寂しかったんだと思います。……逸見先生。30を過ぎると、だんだん自分の人生の着地点がどのあたりか、自分の人生でどこまで行けるのかがわかってくるでしょう?」

「ええ」

「もう自分の人生の可能性は限られて、この後の人生で起こることはたかが知れている。……そんな中で、一人で生きていくということが絶望的に寂しく感じられるようになったんです」

 

 平塚先生の言うことが、俺にはよくわかる。わかってしまう。

 

「このまま結婚せずに高校教師を続けて私が50代かそこらになったら、もう親は介護が必要な年になります。私が定年退職したあたりでおそらく親を見送り、私は一人になる。やがて私も年老いて介護が必要になり、そして死ぬ」

 

 平塚先生は無表情のまま、紅茶で口を湿らせた。

 

「平均的な寿命を生きるなら、私が死ぬまであと50年以上あることになる。それなのに、このまま行けば、私の残りの人生に起こることはたったこれだけなんです。私の人生はたったそれだけで終わりを迎える」

 

 もちろん、教師として生徒たちを教え導いて世に送り出すのはとても意義深いことだし、友人たちとの付き合いだって楽しいことだろう。

 だが、仕事は自分という個人を受け止めてくれはしない。友人たちには友人たちの人生があって、同じ人生を歩んでくれるわけではない。

 平塚先生が言いたいのは、おそらくそういうことだ。

 

 自分の手元を見ていた平塚先生が、急に視線を上げて俺を見据えた。

 

「だから、私は一緒に生きてくれる人が欲しくなったんだ。今思うと、私は焦っていました。……あるとき、ふと自分の手の甲を見て、私が子供の頃の母の手みたいだなと思ったんです。子供だった自分よりも肌のキメがずっと荒くて、細かな筋が見えるその母の手に、今の私がなっている」

 

 平塚先生は再び視線を落とし、自分の手の甲を見つめながらそう語った。

 

「私はもう老い始めている。そう気づいてしまったら、とても怖くなりました。逸見先生が褒めてくれるように、私は容姿には自信があるほうです。でも、このまま年老いて自分の容色が衰えてしまったら、私はもう誰にも選ばれないんじゃないか……」

「だから、大学時代の想い人を吹っ切らないまま婚活していたということですか」

「……おそらくは。そんなだから、表面上は『結婚したい』と言いながら数を撃ってもうまくいかなかったんでしょうね。……逸見先生も、最初はそういう『数を撃った』相手の一人でした」

 

 最初からわかっていたことだが、俺はそれでもうれしかった。

 

「最初は……とても失礼な言い方ですが、『逸見先生()いいや』と思っていました。年も職業も同じで、顔もまぁ嫌いじゃない。性格も穏やかだし信頼できる。結婚相手としては適任だと。何様のつもりだと言われても仕方ない考えですが……」

「そうですね。……でも、平塚先生にはそう振る舞える魅力がある」

 

 平塚先生は首を横に振った。

 

「仮にそうだとしても、私はそうするべきではなかった。そういう私の傲慢さが、逸見先生を傷つけたんですから。……逸見先生。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 話の急展開に、思わず平塚先生を見る。

 

「それは……どういう……」

「逸見先生は以前、生まれ育ちの違いで私を妬ましく思うと素直に言ってくれましたが、それでも逸見先生は私を好きでいてくれている。だからこそ、私を妬ましく思うことが逸見先生自身を傷つけている。……そうではありませんか?」

「……そうかもしれませんね」

「私はあなたの気持ちを振り回して傷つけたような、そんなどうしようもない人間です。だから、私はあなたに怒ってほしいんだ。そして、私を思う存分妬んでください」

「おっしゃる意味がよくわかりません」

「……これは完全に私の押し付けがましい願望にすぎませんが、私はあなたが押し殺している感情をすくい上げたいんです。私にだけは、あなたの一番深い感情を吐露してほしい。あなたのそういうものを、私は受け止めてあげたいと思っている」

「僕は別に……」

 

 感情を押し殺してなどいない。

 そう言おうとして、自分の中で引っかかるものを感じた。

 

「いいえ。あなたは押し殺している。……それが悪いと言っているんじゃないんです。社会人として人付き合いをするなら、むしろ感情をコントロールできなきゃいけない。でも、逸見先生はそれがうますぎる。あなたはいつも論理や合理性を優先している」

「そんなこと……ないですよ。僕のことを買いかぶりすぎです」

「じゃあどうして、あなたは私が好きだと言いながら自分から離れていこうとしたんですか」

「それは……」

 

 反論しようとしたが、言葉が続かない。

 確かに平塚先生の言うとおり、俺は合理性を優先しているかもしれない。

 

「私は逸見先生のそういうところを好ましく思います。周囲に対して自分の感情よりも合理性を優先させることができるところが私は好きだし、尊敬します。でも、私の前でだけはあなた自身の感情を優先させてもいいと思ってほしいんだ。……私を、あなたの心の内側に入れてくれませんか」

 

 そんなことを言われて、断れるはずがない。

 

 なんだか気恥ずかしくなって、じっと俺を見つめる平塚先生から視線を外し、頭をかく。

 

「平塚先生は……どうして僕にそこまで言ってくれるんですか? 僕には魅力を感じていなかったはずでしょう」

 

 答える代わりに質問を返すと、平塚先生は苦笑した。

 

「それはちょっと行き違いがあります。……あのとき、私は『男性として魅力を感じていない』と言いました。これもとても失礼な言い方ですが、本心に違いありません。現時点では、私は逸見先生と積極的にセックスしたいとは思っていない……というか、男性としてあまり意識していないというほうが近いかもしれません」

「それなのに、どうして平塚先生は僕と交際したいと言うんです?」

「逸見先生は、お付き合いや結婚をするには性愛が必ずあるべきだと考えているのではありませんか。セックスしたいと思わない女性とは交際したり結婚したりはできないと」

 

 思わず言葉に詰まる。

 

「男性は一般的にそういうものなんだと思いますし、私もそれが嫌だとかおかしいとか言うつもりはありません。ただ、私はそういうふうには考えていないんです」

「つまり、性に対する考え方が違うと?」

「というより……単純に私はわからないんだ。人としての心のつながりさえあれば、私は交際相手に女として求められなくても満足してしまう。実際、私が20代の頃に付き合っていた相手ともそうでした。身体を求められれば私は確かに悪い気はしなかった。でも、求められないからと言って相手との関係が切れてしまったとは思わない」

 

 平塚先生の言いたいことはわかってきたが、そこの食い違いは致命的なものになってしまうのではないだろうか……。

 

「逸見先生が私を好きだと言ってくれるのは、私を女として魅力的に思って、私とセックスしたいという意味も含んでいる……と考えていいんですよね?」

「はい」

「先に言っておきますが、私はあなたにそう思ってもらえてうれしいし、その欲望を受け入れてあげたいとも思う。……だから教えてください。どうしてあなたが私とセックスしたいのか、どうして性愛が交際や結婚に必要なことなのかを、あなたの言葉で聞かせてほしいんだ」

 

 話のボールを投げられ、すっかり冷めた紅茶で喉を潤す。

 

 そんなこと、考えたこともなかった。

 

「なんと言ったらいいのでしょうか……。まず、僕は男女交際や結婚にセックスは関係ないという考え方に触れたことがなかったんです。それはそういうものだと思って生きてきた。だから、端的にこういう理由ですと答えることはできないと思います」

 

 平塚先生は黙ってうなずき、俺の言葉を待った。

 

「でも……ああ、これは言うのに勇気がいることですが……僕は、平塚先生に『この男とセックスしたい』と思ってもらえないなら、平塚先生とお付き合いしてもそれに満足することはできないと確信しています」

「……はい。なんとなくそうなんだろうなとは感じていました」

 

 この話をすることで、俺は平塚先生に拒絶されるかもしれない。

 そういう予感が俺の口を重くしたが、この問題を乗り越えずに平塚先生と深い関係になるのは無理だし、この問題を横において付き合ったり結婚してもいずれどこかで破綻するだろう。

 

 結果がどうなるにせよ、今日で平塚先生との関係は決定的に変わる。ここまで来たら腹をくくるしかない。

 

「……僕はたぶん、あなたを僕だけのものにしてしまいたいんだ。あなたを独占したい。あなたが僕に夢中になってくれたらいいと思っている。あなたのすべてを知りたい。死ぬまで僕と一緒にいてほしい。そういう感情の中に、あなたとセックスしたいとか、あなたに僕の子供を産んでほしいとか、そういう思いがあるんだろうと思います」

「は、はい」

 

 平塚先生は驚いたように目をしばたたかせた。

 

「僕も平塚先生に『私は女としてどうですか』って言われてすぐの頃は、平塚先生とセックスすることを妄想したことがあります。平塚先生の大きな胸に顔をうずめたい、手入れされた長い髪を撫でてみたい……」

 

 俺の言葉を受けて、平塚先生がぼんやりと自分の髪に指を通す。

 気持ち悪がられるかと思っていたが、平塚先生は少し頬を上気させて呆けたような顔で俺の話を聞いていた。

 

「でも、あなたと一緒に時間を過ごしてあなたに惹かれていく中で……うまく言葉にできないんですが、こう……そういう性欲がどんどん『平塚先生を独占したいし、平塚先生に受け入れられたい』という気持ちに変わっていったんです。受け入れられたいというのは、僕とのセックスや性欲をという意味ではなく……陳腐な言葉ですが、『僕自身』を、僕のすべてを受け入れてほしいという意味でです」

「……なるほど」

「僕はあなたにそういう欲望を持っている。だからそれが満たされないなら、あなたと人生を共にすることはできないと思います。……とりとめのない話でしたが、これで平塚先生の質問に対する答えになりましたか?」

「……ええ。とてもよくわかりました。逸見先生がどんなふうに私を想ってくれているのかということも」

 

 もう俺の人生で平塚先生以外の人にこんな話をすることはないだろう。平塚先生に俺の心からの言葉を受け止めてもらえたのは、驚くほどの安堵感があった。

 仮にいい結果にならなかったとしても、後悔はない。

 

「ありがとうございます、心からの話を打ち明けてくれて。そのことが、私はまずうれしい……本当に。逸見先生は、そんなふうに私のことを想ってくれていたんですね……」

 

 平塚先生はしみじみとそうつぶやき、冷たい紅茶を口にした。

 

「紅茶、淹れ直しますね」

「え? あ、はい」

 

 自分の言った言葉に影響されているのか、平塚先生の挙措に言い知れぬ色気を感じてしまい、変に慌ててしまった。

 紅茶を淹れ直した平塚先生が俺の前にカップを置いてくれたが、そのときに平塚先生の長い髪がサラサラと流れるのをついつい見てしまう。

 

 礼を言って、そんなふうにおかしくなっている自分をごまかすように熱い紅茶をすする。

 向かい側に座った平塚先生が、そういう俺を見て微笑んだ。

 

 

 

「ねぇ逸見先生。セックスしましょっか」

 

 

 

 思わず紅茶を噴き出す。

 

「なに言ってんですか突然……」

 

 ティッシュの箱をもらってテーブルを拭きながら平塚先生に尋ねると、平塚先生はいたずらっぽい笑みを浮かべていた。

 

「だって、気持ちの面では私たちの間に問題はなさそうですし、実際にヤってみたら相性がよくて案外私がコロッと逸見先生の男性としての魅力にハマるかもしれないじゃないですか」

 

 相性がいいとか生々しいこと言うな……。

 

「そりゃそうかもしれませんけど……」

「あ、でも勘違いしないでください。まだ逸見先生と積極的にセックスしたいと思ってるわけではないですよ。今はまだ単なる好奇心です」

「……しかし急に言われても、いろいろ準備ってものがあるでしょう」

「そこはまぁ……もう準備ができてる……というか……」

 

 平塚先生がモジモジしながらそんなことを言った。

 

「……え? 平塚先生、もしかして最初からその気だったんですか?」

「シャワーじゃなんですし、お風呂いれてきますね」

 

 平塚先生は俺の言葉を無視して席を立つ。

 

「え、いや、ちょっと、僕まだなにも」

「したくないんですか……?」

 

 俺に振り返った平塚先生がうるうるとした目で尋ねる。

 

「したいですけど……」

「じゃ、決まりですね」

 

 平塚先生はにっこり笑って意気揚々とリビングを出て行った。

 

 意識してコミカルな雰囲気作ってたけど、「セックスしましょっか」のあたりからずっと耳まで真っ赤だったな平塚先生……。

 

 

 

 

 

 5分ほどで平塚先生が戻り、風呂をいれている間に俺が作ってきたブッシュドノエルを食べようということになった。

 冷蔵庫に入れてもらっていたブッシュドノエルをテーブルで開ける。

 

「あれ、逸見先生、これ買ってきたんですか?」

「え? いや、僕の手作りですけど」

「え? これが……? 手作り……?」

 

 平塚先生がブッシュドノエルと俺の顔の間で視線を何度も往復させる。

 

「今日休みだったんで、ネットで作り方を調べてちょっとチャレンジしてみたんです」

「……大学時代にケーキ屋さんでバイトしてたとか?」

「いえ、そんなことは」

「……逸見先生。結婚しましょう」

「気が早いですね」

「私のために毎朝味噌汁を作ってください」

「その前に……」

 

 椅子に座り直し、姿勢を正す。

 それを見て平塚先生も真面目な話をするらしいと気づいてくれたらしく、表情が引き締まった。

 

「平塚先生、僕が挙げた問題はまだ残っています。金銭感覚と生活水準の話です。本当に結婚するなら、絶対に避けては通れない」

「……そうでしたね。食べながら話しましょう」

 

 ブッシュドノエルを切って平塚先生の皿に盛り付ける。

 

「ちょっと甘すぎるかもしれませんが……」

「いえいえ、しっかり甘いほうが食べた気がしますから」

 

 平塚先生が一口目を食べている間に、俺は自分の分を皿にとる。

 

「逸見先生、これ、おいしいです!」

「ありがとうございます。甘すぎたりはしませんか?」

「全然!」

 

 持ってきたワインと同じように、社交辞令でなく本心から気に入ってくれたようだ。うまそうに食べてくれている。

 実を言うと何度か失敗して、朝昼とその失敗したブッシュドノエルを食ってきたので飽きているが、喜んでいる平塚先生を見ながら食うのも悪くない。

 

「……逸見先生。それで本題なんですが」

「はい」

「もちろん、以前おっしゃったように、私と逸見先生で金銭感覚と生活水準は大きく違っている。でも、解決することは難しくないと思っています」

「つまり、平塚先生が生活水準を下げるということですか? そんなに簡単なことではないと思いますけど」

「逆です。逸見先生が私に合わせて生活水準を上げてください。つまりですね」

 

 と、そこで平塚先生は言葉を区切り、立ち上がって俺のフォークを持つ手を取った。

 

「同棲しましょう。お金は私が出します」

「……はい?」

 

 またしても平塚先生が突飛なことを言うので、思考がフリーズした。

 

「ですから、同棲しましょう。ほら、例えばこの部屋なら二人で暮らせば家賃浮きますよ。部屋は余ってますから逸見先生の個室も作れます。金銭感覚の違いだって、一緒に暮らしてみてどう違うのかちゃんと確認しないと擦り合わせようがないでしょう?」

「いやいや……あの……本気で言ってます?」

「もちろん」

「しかし……そうだ、それじゃあ僕が平塚先生に一方的にお世話になることになってしまう」

 

 対等な相手に世話になりっぱなしでお返しができなければ、いずれその関係はうまくいかなくなる。そういう話をあの別れ話のときにした。

 しかし、平塚先生はそれを当然考慮の上だったようで、大きくうなずく。

 

「だから逸見先生、私を助けてください」

「助ける、とは?」

「私は料理も家事も全然ダメだし、金遣いも荒いし、生活リズムだって休みの日はめちゃくちゃで、昼から酒を飲んだりしている。……まぁ言ってしまえば生活能力がない人間なんです。だから、助けてください。私は逸見先生、他ならぬ()()()()、助けてほしいんだ」

 

 平塚先生はまっすぐな視線を俺に向けている。

 

「逸見先生はさっき、私を独占したいし、私に受け入れられたいと思っているって言ってくれたじゃないですか。私はそう思ってくれるあなたにこそ、面倒を見てもらいたいんです」

 

 ふっと笑って緊張を解いた平塚先生は、俺の手を放してまた椅子に掛けた。

 

「……これはたぶん、愛情とか献身とか、そういう綺麗な話じゃない。私はあなたをお金とセックスで自分に縛り付けようとしている。その代わりに、逸見先生も私を料理と家事で縛り付けてください。そういう……『共通の利益』とか『相互依存関係』みたいなものをついでに作りたいということです」

「……なるほど」

「逸見先生は『互いに想い合っていればすべてうまくいく』なんて()()なことは思ってないでしょう。私もそうです。人間、どうしたって時には喧嘩もするし、対立することだって必ずある。そういうときに決定的に決裂してしまうのを防ぐのはこういうものだと思うんです」

「……決定的に決裂してしまわなければ、その後どこかで関係修復の糸口が見つかるはずだということですね」

 

 平塚先生の言い分には説得力がある。

 感情面だけの結びつきは、感情の上で対立してしまったら簡単に壊れてしまう。しかし関係を続けることに実際上の利益が関わるとすれば、感情が対立してもすぐに関係が破壊されるとは考えにくい。感情のまま突っ走ってしまうリスクを減らそうということなのだろう。

 

「もちろん、互いに信頼関係を築こうとする姿勢を持っていることはいつだって大切です。その上で、私たちの関係にこういう保険をちゃんとかけておきたいんです。私は逸見先生とできるだけ長く一緒にいたいと思っています。結婚だって本気です。だからこそです」

 

 すぐに生活水準や金銭感覚を合わせることは難しい。しかし擦り合わせる努力を始めることはできるし、その用意も覚悟もあるということか。

 

「最後に……」

 

 平塚先生は穏やかな表情で続けた。

 

「最後に、万が一の話も少しだけ。……逸見先生。この私の告白があなたに受け入れてもらえたとして、そのあと私の気持ちがあなたから離れてしまったとしたら……その時は必ず、明確な言葉で『別れたい』と伝えます」

「平塚先生……?」

「これは私の一方的な宣言ですが、どうしてももうダメだというときは……逸見先生にも同じことをしてほしいと思っています」

「……わかりました。まぁ、別れるとするなら僕がフラれる側だと思いますけどね!」

 

 穏やかな表情のまま暗い話をした平塚先生に、俺は敢えて明るく返す。

 

 始まりがあるものには終わりもある。平塚先生との関係が死ぬまで続けばいいと俺は思っているし、平塚先生もそう思ってくれていると思うが、意思だけではうまくいかないこともあると俺たちは知っている。

 

「私のこと2回もフったくせに、なに言ってるんですか」

 

 平塚先生は笑いながらそう言って俺をなじった。

 

 ひとしきり笑い合って落ち着いた後、俺は平塚先生の説得に答えた。

 

「……平塚先生。僕にはあなたのお世話は負担が重すぎるかもしれないし、平塚先生が僕のすることに不満を持つこともあるかもしれない。僕自身が平塚先生を充分助けることができているとはどうしても思えないかもしれません。それでもあなたがそう言ってくれるなら、僕はそれに賭けてみたい」

 

 平塚先生は肩の荷が下りたというように息をつき、顔を綻ばせた。

 

「よかった……逸見先生、これで結婚を前提にお付き合いしていただくハードルは全部超えられたと思うんですが」

「え? ああそうか、そういう話でしたね」

「忘れてたんですか? ひどいなぁ……」

「平塚先生が突然セックスしようとか同棲しようとか言うからでしょ」

 

 軽口を叩いた後、姿勢を正し、ネクタイを締め直して静かに平塚先生の目を見つめる。

 

「……平塚静さん。もう何度も言っていますが、僕はあなたが好きです。そして、あなたの言葉に説得されました。実を言うと、僕はまだあなたにふさわしくないんじゃないかと自分で思うところもありますが、そこは今後努力して変えていきたいと思っています。……これからもどうか、末永く、よろしくお願いします」

 

 しゃちほこ張りながら頭を下げる。

 

 俺が頭を上げたとき、平塚先生は泣いていた。

 

 

 

 

 

 

「平塚先生は、どうして急に『セックスしましょう』なんて言い出したんです?」

 

 平塚先生を腕枕しながら、なんとなく気になっていたことを尋ねる。

 

「静」

 

 平塚先生は俺の問いには答えず、かわりに下の名前で呼べとむくれて見せた。かわいい。

 

 深い仲になったのに互いに「先生」呼びは興ざめだろうと下の名前で呼び合うことにしたのだが、慣れるまではしばらくかかりそうだ。

 

「あー……静さん」

「さっきみたいに呼び捨てでいいのに……」

「それは……雰囲気ってものがあるでしょ」

 

 平塚先生が、もとい静さんがむぅ……と口先をとがらせ、それをなだめるように俺は腕枕をしているほうの手で静さんの髪を梳く。

 

 そうしていると、不意に静さんが俺から顔を背けた。

 

「……グッと来ちゃったんですよ。(たくみ)さんが『あなたを僕だけのものにしてしまいたい』とか『あなたを独占したい』とか言うから」

「そ、そうですか」

「確かに展開次第ではそうなるかなと思っていろいろ準備はしてましたけど、普段は恥ずかしがり屋の巧さんにあんなに情熱的に口説かれたら……そりゃうれしくなっちゃうし、グッと来ちゃいますよね」

 

 そう言われてすごく恥ずかしくなってきた。今の俺、たぶん耳まで赤くなってる。

 

「もちろんそう言われたこともうれしかったんですけど……『ああ、今この人は本当に本心を吐露してくれているんだな』って思えたので」

「平塚先生が……」

「静」

「……静さんが『あなたの心の内側に入れてくれ』って言ってくれたからです。じゃなかったらあんなこと、とても言えない」

 

 そう言って静さんの顔を見ると、静さんはニヤッと口角を上げ、俺の肩口に頬を擦りつけた。

 

「私もね、あなたを独占したいと思ってるんです。……いや、正確にはいつの間にか独占したつもりになっていたというほうが近いかな」

「へぇ?」

「前に私と食事したりデートするのが楽しかったって言ってくれたでしょう? 私も同じですよ。私もあなたと食事したりデートするのが楽しかった。ずっと続いてほしいと思った。たぶんそのあたりからです」

 

 静さんは突然、自嘲するように鼻で笑った。

 

(はるか)に……覚えてます? 結婚式で会った」

「ええ。大学時代のご友人でしょ?」

「その遥に、あなたに独占欲を持っているけど男としては見ていないという話をしたら、『それじゃママじゃないか』って言われてしまいました」

「『ママ』……」

「でもまぁ、一理あるんでしょうね。……私は」

 

 静さんが俺を見上げ、そして再び視線を下げて苦笑いを浮かべた。

 

「私は、結局のところ……きっとあなたに甘えたいんだ。私だけを見てほしい。私を助けてほしい。私を愛してほしい。……確かにこれじゃ親に甘える小さな子供だ」

「いいですよ」

「へっ?」

 

 上ずった声を上げて静さんが俺を見上げる。

 

「そういうことを言ってくれるのは(ひら)……じゃなくて、静さんも心の内側に俺のことを入れてくれたみたいで、なんだかうれしいな」

「なに言ってんだか……とっくの昔からそうですよ」

「……ねぇ静さん。俺はあなただけを見てるし、あなたを助けたいと思ってるし、あなたを愛してますけど、俺のことは男としてどうですか?」

 

 俺が尋ねると、静さんは火が付いたように顔を赤くして顔をそむけた。

 

「そうやって直球で来られると……その……やっぱり照れる」

 

 思わず悪い笑みが浮かぶ。

 

「なんだその嫌な笑い方……。もう巧さんなんて知らん」

 

 そう言って静さんは俺から顔を背けるが、離れていこうとはせず、むしろさらに身を寄せてきた。かわいい。

 

「ごめんごめん」

「明日の朝ごはん作ってくれたら許す」

「わかった……そうだ、静さん、明日仕事でしょ? いつも何時に起きてるの?」

「明日は休みだよ。巧さんとうまくいってもダメでも、どっちにしろ仕事にならんだろうと思ったから」

「じゃあ朝もゆっくりできるんだ」

「今晩もな」

「そりゃうれしい。それで、俺のことは男としてどうですか?」

「しつこいなぁ……み、見てればわかるだろ?」

「言葉にしてほしいんですよ」

「……やだ」

 

 静さんはまた俺から顔を背けた。

 

「子供かよ」

「そのかわり行動で示すことにする」

 

 顔を赤くした静さんにのしかかられ、口づけをされた。

 

 今年のクリスマスイブの夜はとても長かった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

「……総武高校で過ごした日々は、私にとって大切な思い出です。私は2学年担当でしたから新3年生のみなさんの卒業を見送れないのが心残りですし、新2年生のみなさんがこれからどう成長していくのか見たくもありましたが、みなさんの今後のご活躍を転任先から祈っています。ではみなさん、どうか体に気を付けて、お元気で」

 

 一礼し、体育館から起こる拍手を背にステージ上のパイプ椅子に戻る。

 逸見(へみ)先生の名前が呼ばれ、私と入れ違いに壇上に向かう。

 

「総武高校は私の教員生活で2校目の高校でしたが、着任初日は前任校との雰囲気の違いに戸惑ったことを今でもよく覚えています……」

 

 私は今年度でほぼ間違いなく転任となるのを予測していたが、逸見先生も今年度で転任というのは意外だった。もちろん転任先の高校は違うが、県内でもそれほど離れてはおらず、同棲しようという私の言い分は成就することになった。

 

 しかし、一色も比企谷も、離任間際になってプロムだのなんだのと爆弾落としてくるんだからたまらなかったな……。生徒会担当の引き継ぎは胃が痛かった。後任の先生に本当に申し訳なくて……。今年度の生徒会予算とか絶対やばい。

 

 離任者の挨拶が終わると司会の先生から閉会の言葉が述べられ、離任式は終わった。あっさりとしたものだ。

 

 この後は比企谷と雪ノ下が実質的に主催する合同プロムがあるが、私たち離任者はその前に職員室でまた挨拶やら挨拶回りやらをやらなければならない。宮仕えしていると横のつながりはけっこう大切なので、これも重要行事だ。

 

「しかし逸見先生も平塚先生も転任となると、寂しくなるのう……」

「厚木先生が残念なのは仕事が増えるからでしょ。二人揃ってすごい量やってたからね」

 

 厚木先生が残念がってくれたが、学年主任からツッコミが入る。

 

「まぁそれもありますわ! ……でも、お二人と一緒に仕事ができてよかった。平塚先生も、逸見先生も、達者でな! 平塚先生、飲みすぎて肝臓悪くしたらいかんで!」

「ええ、気を付けます。……こちらこそ、本当にお世話になりました」

 

 逸見先生と並んで頭を下げ、私たちの挨拶回りは終わった。

 既に新年度が始まっており、総武高校の職員室は新年度特有の緊張感と慌ただしさに満ちている。私の席はもうここにはない。

 

「平塚先生?」

「逸見先生。私、プロムまで奉仕部を見に行こうと思います。先に帰っててください」

「わかりました。……今日は雪ノ下と飲みに行くんですか?」

 

 後半は顔を近づけ、ごく小声で逸見先生が尋ねてくる。ここで言う雪ノ下は姉のことだ。

 

「たぶん。遅くなるかもしれませんし、夕飯も食べちゃっててください。帰りは運転代行使うんで、お迎えもいいですから」

「了解です。じゃ、気を付けて。……早く帰ってきてくださいね?」

「ええ」

 

 逸見先生との所帯じみたやり取りを簡潔に済ませ、職員室に戻って奉仕部の部室の鍵を借りた。

 

 奉仕部の部室には当然ながら誰もいなかった。既に関係者は合同プロムの開場準備に向かっている。

 部室内は散らかってはいたが、それは直前までプロムの準備が行われていた活気を感じさせた。

 

 教室の後ろに積まれた机と椅子を見やる。

 奉仕部ができた当初は雪ノ下が使う椅子以外のすべてがここに積まれていたのに、今や多くの椅子が部室内に雑然と置かれ、使われている。

 窓際の机には電気ポットとティーセット、そして雪ノ下妹が読んだのであろう文庫本が積まれている。悪いとは思ったが、なんとなく好奇心が勝って一番上の1冊を手に取った。

 

「いいチョイスじゃないか……」

 

 文庫本は三島由紀夫の女性向け恋愛指南エッセイ集だった。雪ノ下も彼女なりに「恋する乙女」をやっているらしい。

 私が本を開いたとはわからないように元に戻し、部室を出る間際にもう一度室内を見渡す。

 

「あっという間だったな」

 

 独り言が出た。

 部室を出て、扉を閉め、鍵をかける。

 

 なんだか感傷的になってしまったが、この後は彼らの晴れ舞台があるのだ。それを見届けに行かなければ。

 

 

 

 

 

「ここにいたか、雪ノ下」

「平塚先生」

 

 合同プロムという宴の後のウッドテラスで、雪ノ下妹は事務作業をやっていた。

 

「姉や母と一緒にもう帰られたのかと思っていましたが」

「ああ、陽乃とはこの後飲みに行くが、その前に君にちゃんとお別れを言っておこうと思ってな」

「お別れ……」

 

 雪ノ下は私から視線を外し、独り言のようにつぶやいた。

 

「雪ノ下。君は……」

 

 雪ノ下にかけてやりたい言葉が怒涛のように湧き上がってくる。しかし実際に言葉として出たものはなにひとつなかった。

 彼女はもう私の生徒ではない。単に私が転任したということ以上に、私が奉仕部を作った理由はもうなくなっている。雪ノ下雪乃から去年の春に見せていたような鋭く美しい脆さは影を潜め、不格好でもしなやかな強さを身に着けつつある。

 

「……君は、幸せになれたか?」

「質問の意図がわかりかねますが」

「言葉どおりの意味だよ。去年の春と比べて、君は幸せになれたかね?」

「そうですね。一般的な意味では……まぁ、そうなんじゃないでしょうか」

「そうか……」

 

 あっ、やばい、めっちゃ泣きそう。

 年をとると涙腺が緩くなっていかんな……。

 

「あの、平塚先生?」

 

 上を向いて熱くなった目頭を押さえていると、怪訝そうに雪ノ下が声をかけてくる。

 

「雪ノ下、幸せになれよ」

「ええ、ですからもうそうなっていると……」

「これからの人生のことだよ。……時には不幸があるかもしれないが、君の人生が幸福に満ちたものになることを願っている」

「ありがとうございます。……今までお世話になりました」

 

 彼女には言ってやりたいことは山ほどあったはずなのに、こんな通り一遍のことしか言えない自分が恨めしくなる。

 それでも、彼女には私の思いのほんのわずかでも伝わっていることを祈りたい。

 

「雪ノ下。元気でな」

「平塚先生も、お元気で。……さようなら」

「ああ。さよなら、雪ノ下」

 

 別れの挨拶を済ませ、その場を立ち去ろうとしたが、ふと思い立って私は足を止めた。

 

「ああそうだ、比企谷はまだ会場にいるかね? あいつにも挨拶しておこうと思ってるんだが」

「ええ、完全撤収前の見回りをしてもらっていますが」

「そうか。……雪ノ下、最後にひとつだけ。思っていることはちゃんと言葉にしてやりたまえ」

「……それは比企谷くんに、という意味ですか?」

 

 雪ノ下に向けてうなずく。

 

「私はそれができなくて10年後悔したよ。……それではな。君が20歳になったら、酒でも飲もう」

 

 

 

 

 

「……ってカッコよくあのときは別れたのに、再会は意外と早かったな、雪ノ下」

「そうですね。……平塚先生、ご結婚おめでとうございます」

 

 結婚式前に、元奉仕部の三人が新婦控室に挨拶に来てくれた。

 

 元生徒を結婚式に呼ぶのはどうかとも思ったが、彼らももう大学生になったことだし友人として招待していいのではないかと逸見先生……(たくみ)さんが言ってくれた。

 

「平塚先生、すっごい綺麗……」

「ありがとう由比ヶ浜。……ちょっと派手じゃないかな?」

 

 このウェディングドレスは年に似合わず派手すぎるのではないかと思っているが、巧さんがプランナーの人と一緒になって「これが似合ってる」と推してくるので決めたものだった。

 ……いや、確かに私も気に入ってたけど、さすがにちょっと背中開きすぎじゃないか? 腰まで開いてるの、着ててけっこう恥ずかしいんだが……。でも巧さんはそれがいいって言うし……。

 

「全然! ばっちり似合ってますよ。ね、ゆきのん!」

「ええ。露出は多めですが、先生にとてもよく合っていると思います」

「そ、そうか。ありがとう」

 

 うーん、ウェディングドレス姿を褒められるの、超気持ちいい!

 

「比企谷くん。平塚先生があんまり綺麗だからってチラチラと盗み見るのはやめなさい、みっともない」

「盗み見てねぇし……」

「比企谷、どうかね? 私のウェディングドレス姿は」

 

 雪ノ下に指摘されたように、比企谷は私を直視しようとはせず、チラチラと視線をこちらに向けては逸らすのを繰り返している。あと顔が赤い。かわいいやつだ。

 

「い、いいんじゃないでしゅか……とてもお綺麗で」

「もう少し気の利いたことが言えないのかしら……。あと噛んでるわよ」

「……うるせぇ」

「比企谷、ありがとう。三人とも、今日は来てくれて本当にうれしいよ。式の間は忙しいから君たちとゆっくり話をするのは難しいかもしれないが、楽しんでいってくれ」

「「はい!」」「うっす」

 

 奉仕部の三人と入れ替わりに、今度は(はるか)とその旦那が挨拶にやってきた。

 

「『先生』って言われてたけどなに、今の子たち、教え子?」

 

 挨拶もそこそこに、遥はそう言って私を肘で小突いた。

 

()教え子だ。今はもう大学生だよ。早いもんだ」

「ちゃんと高校の先生やってる静、初めて見た」

「今は職場でも評判いいんだぞ。……あいつら、大学のときの私たちみたいだなって思えてな。まぁ、あいつらが高校にいるときにいろいろあったんだよ」

「ふぅん……。ところで静、あんたうまくやったみたいじゃん」

 

 遥がまた私を肘で小突く。

 

「あのとき遥に背中を押してもらったおかげだよ」

「そりゃよかった。しっかし、静のウェディングドレス、大胆だねぇ。背中とかめっちゃザックリ開いてるし」

「……やっぱそう思うか?」

「思う。でもあんたには似合ってるよ。下品な感じでは全然ないから大丈夫。……あんたがそう言ってるってことはなにこれ、旦那さんが選んだの?」

「もともと私も気に入ってはいたんだが、まぁそんな感じだな。プランナーさんと二人で真剣に説得された」

「いいセンスじゃん。ねぇ、静のドレス、似合ってるよね?」

 

 遥が不意に自分の旦那に水を向ける。

 

「おう。似合ってる。ウェディングドレスのモデルかと思った」

「なに言ってんだ……」

 

 そんな褒め方をするやつがあるか。うれしくなっちゃうだろうが!

 

「あんたの顔見に来ただけだから、あたしたちもう行くわ。また後でね。……あんまり飲み物飲みすぎると、ドレス着てる間にトイレ行きたくなるから気をつけなさいよ」

「わかっている。母親かお前は」

 

 このあと結婚披露宴の最中にウェディングドレスを脱いでトイレに行くことになるのだが、それは私と巧さんと対応してくれたスタッフさんだけが知る秘密だ。

 

 

 

「静さん、もう時間みたいですが準備は……」

 

 しばらくすると、巧さんがスタッフさんを伴って私を迎えにやってきた。

 

「ああ、巧さん。……やっぱりいいな、タキシード姿。似合っている」

 

 既にタキシードとウェディングドレスで結婚写真を撮っているから一度見ているのだが、ビシッと盛装した彼の姿はやはりいい。

 

 しかし巧さんから返事がない。フリーズしている。

 

「巧さん? ちょっと?」

「……いや、静さんがあんまり綺麗だから目に焼き付けてた」

「……馬鹿。真顔でそういうことを言うんじゃない」

 

 顔が熱い。手で顔を隠そうとしたが、結婚式直前でもうメイクも済んでいることを思い出し、ギリギリのところで手を止めた。おかげでスタッフさんに照れた顔を見られてしまった……。めっちゃ「あらあらまあまあ」みたいな顔をされてる。

 

 しかし、やはり巧さんにウェディングドレス姿を褒められるのが一番うれしい。

 

「ご新婦さま、ご新郎さま。そろそろお時間でございます」

「「はい!」」

 

 巧さんが私に手を差し伸べる。

 

「行きましょう、静さん」

「ええ」

 

 私は彼の手を取って、式場への道を歩き始めた。

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