異世界迷宮で縁壱を目指そう 作:異世界TS奨励委員会
1.千年の昼の始まり
私はかつて鬼だった。
戦国の世にて、鬼舞辻無惨のもとで鬼となり……大正の世で鬼殺隊に討ち取られ、地獄へと堕ちたはずだった。
輪廻転生……なのであろう。
平成の世に、私は生まれ落ちた。
名は、相川
女であった……。
力という面では男にはいくぶんか劣る存在。日の光に目を焼かれ、身を焦がされ、数多の命を踏みつけにした罰であろうか、かつて目指した日ノ本一の侍となるには、女の身では遥か遠い。
そして、双子の姉でもあった。今生も私は双子であった。
けれども妹には、縁壱――前世の双子の弟だ
むしろ痣があるのは自身の方。『呼吸』は魂に染み付いていた。自我の芽生えより前、前世の記憶を思い出す前より、『月の呼吸』を私は行い、痣を発現させていた。人の体が筋肉、内臓、血管まで透けて見えていた。
あぁ、だが、それは失敗だった。私は今生も神に選ばれた人間ではなかった。
『呼吸』でもたらされるそ
無論、それらは決して正常な人間に起こるべきものではない。縁壱のような存在の真似はするべきではない。
平成の世の技術により、私の余命が宣告される。それは前世で痣者の剣士たちが死んで行った二十五ではない。両親の持つ飽くほどの金で、心の臓の動きや、血管の強度など、ありとあらゆる測定をされた結果、十五という若年で私は死ぬと医者は言った。
これは生まれつき、痣を発現させたゆえに……神に愛された者の真似事をしたゆえ……太陽に近づき過ぎ、身を焼かれたと語る他なし。
命惜しさに『月の呼吸』をやめようと、考えたこともあった。だが、私は生まれつきこの『呼吸』で生きてきた。皆のような呼吸の仕方がわからなかった。
前世の記憶に頼ろうにも、五百年という歳月の遥昔。鮮烈に焼きついた怨毒の日々の憎悪と比すれば、朧げゆえ頼りにはならず。この寿命を受け入れる他に道などなかった。
なにより、死してなお、魂は何一つとして諦められてなどいなかった。
死ぬまでに、前世と同じく鬼になるべきかとも考えたことはあった。だが、かつての主たる鬼舞辻無惨の存在は掴めない。人食いの鬼の出没するという噂さえない。
私が……上弦の壱であった私が倒されたあの決戦で、討ち取られたか……、日光を克服し、念願を果たしたために不要となった全ての鬼を処分し、雲隠れしているか……どちらかなのであろう。
どちらにせよ、もう一度、鬼舞辻無惨に縋るのは現実的ではなかった。
「お姉ちゃん……お姉ちゃんは、もやもや、見えない?」
妹。妹の相川
五歳にも満たないというのに、はっきりと言葉を操っている。自我の発達が異様に早いが、前世の
前世の記憶があるゆえにか、自身もすでに自我は完成されていた。私と私の妹を、両親は気味が悪いものを見るような顔をし、嫌厭しつつあることを、私たちは知っていた。
「陽滝……。視界に靄がかかっている……? 目の病か……」
「ううん。そうじゃなく
根気強く話を聞けば、宙に幽かな
ただ、その日は、相川陽滝には陽滝にしか見えないものがあると、それだけで話は終わった。陽滝は霊の類が見える性質やも知れぬ。
***
相川陽滝、それ以外にも私には兄妹がいた。
相川
たびたび、兄とは交友がある。
寿命のことは兄に知られていた。陽滝と比べて可哀想な妹として、兄は私を遊びに誘った。
兄の誘う遊びはかつて生きた世では考えも付かぬような電子の機器を用いる遊びであり、RPGと言った。
それは画面に映し出された人形のような登場人物を操って遊ぶものであり、そこで彼らは魔法という血鬼術のような面妖な術を使っていた。
兄はよく、私にゲームを触らせて、後ろから指示を出している。そしてその指示通りに、私が画面の中の登場人物たちに指示を出すという、奇妙な構図となる。
私はこの兄妹の触れ合いに……前世で弟を憐れみ、遊びに通ったかつての日々を思い出した。
感慨深いものがあった。
相川渦波は、私のことを哀れんでいた。
相川家は、あらゆる芸を子に習得させ
いま、相川渦波は剣
「……っ……!? ひ、陽滝……っ!?」
相川渦波は、私の隣の陽滝を見つけるなり、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「…………」
対して陽滝は、兄のことなど気にも留めない様子であった。まるでいない者のように、その他大勢と同じように、その視線で特別に捉えることはなかった。
体験と称され、私たちは竹刀を大人と打ち合うこととなった。
心拍数や体温の問題を心配され、運動は基本的に禁止されている。ただ、今回ばかりはと無理を通して、自身も竹刀を握らせてもらう。
「……あぁ……」
懐かしい感覚だった。
どうしても、今、どれほど動けるか、試しておきたかった。
呼吸を深め、剣を振るう。
その動作に淀みはない。何百年という歳月により魂に刻まれた剣術は、その肉体を変えようと、劣化はなかった。
「……――っ! ――!?」
「……ふぅ……」
三振りにて、打ち倒した。
子供の力ゆえに、前世と全く同じとはいかない。けれど、かつての
「…………」
場が、静まりかえっていることがわかる。ここにはたとえ子どもでも、富裕層
自身がやったのは、かつての弟の真似事だった。このような反応を招くことを分かってはいた。
碌に運動もしたことがない病弱な娘が、大の大人を剣で破ったのだから。
その静寂の中、不意に、体が震える。
「……は……っ、は……!? ひ……っ、ひ……ぃ」
息が乱れる。
まだ身体ができていないままに、無理に使った呼吸がゆえの代償だった。無理は重々も承知だった。けれど私は……弟に……。
「お、お姉ちゃん……!?」
陽滝が近寄ってくる。
だが、それを私は手で制した。ここで妹に助け起こされては、上の者として立つ瀬がない。
息を整え、自分の力で立ち上がる。
「今のは、ひ、陽滝……? いや、あの痣は……み……理河なのか……。
兄は独り言を漏らしていた。
兄ならば下の者に、手を差し伸べるべきだろう。だが、相川渦波には見るからに余裕がない。余裕のない者からの助けを当然とするのは、酷な話だ。
この兄の余裕のなさには理由がある。
痣に、寿命のある自身はその時点で落第だったのだろ
そして、兄の相川渦波が私と遊んだときにこぼした話だが、兄、相川渦波は、妹、相川陽滝に一度として勝てていない。いつもいつも、次こそはと漏らしていたが、負け続けだった。
さらにこれは、陽滝と話してわかることだが、陽滝は兄のことを歯牙にも掛けていない。それどころか、兄の相川渦波と競っている認識さえなかった。
ゆえに兄の相川渦波には余裕がない。双子の片割れであり、駄目な方な妹の、相川理河
年端のいかない――十にも満たない子どものはずであるが、労しい限りだった。
「陽滝……私に構うな……」
「分かったよ……。今度は私が……」
妹が、竹刀を持って前に出る。
妹は私の強がりを理解してであろう。気を遣うことはしなかった。
竹刀を持った妹が立ち、何か雰囲気が変わったようにも思える。『透き通る世界』で、その筋肉の動きを仔細まで観察する。しなければならない気がした。
妹の相手になるのは、私が倒した大人とは違う大人だった。筋肉の付き具合から、さきの大人よりも強い。
双子の病弱な方に負けてしまったゆえ、なのであろう。今度こそは負けないという意気込みさえ感じられる。
「……ふぅ……」
それは、真似だった。
妹は、形ばかりか私の構えの真似事をしていた。
「――……! ……っ!?」
勝負は一瞬だった。
これもまた、私の打ち合いをなぞるかのように陽滝は敵を倒してみせる。
戦慄する。妹の陽滝の動きに、私は驚愕で動けなかった。
「…………」
皆が皆、私に続け、妹の陽滝も大人を倒してしまったからか、押し黙ってしまっていた。
ただ、私が驚いたのはそこではない。妹が私と同じく大人を倒したという事実ではない。私の剣術が寸分も違わず真似をされていたからでもない。
――私の『透き通る世界』で見た陽滝の筋肉量では、今の動きはできなかったはすだ。あんな筋肉の動き方では、あれほどの速度を出せるわけがない。
「……陽滝」
「どうしたの?」
「お前は……『目に見えない筋肉』を持っているのか……?」
何か『見えないもの』が妹の動きの補助をしている、そうでなくては説明のつかない動き方だった。
そうでなければ、『呼吸』を馴染ませた私の剣技の真似ができるはずがない。
まるでそれ
「あぁ、やっぱり……お姉ちゃんは気付くんだ……」
この人が多くいる中で、陽滝は言う。無論ながら、注目は大人たちを倒した私たちに向けられていた。けれども、その呟きは、私だけに聞こえていた。
***
相川家では、一人一部屋、自分の部屋が与えられていた。
あの剣道の見学の後、妹である陽滝の部屋に、私は呼ばれていた。
妹、相川陽滝は特異な存在だった。
間違いなく、生まれながらに選ばれた存在だった。
「私には靄が見える。これを使えば、筋力や思考を強化できる。私にしか見えないから、この靄はぜんぶっ私のもの……!」
「そうか……」
妹は、人の身でありながら、鬼のように、血鬼術を扱うことができたのだ。
思い出した。かつて、弟が、人の身体が透けて見えると言ったときのことだ。
同じだった。目の前の妹は常人ならざる視界で世界を捉え、それにより世界の理を乱すほどの力を振るえる。
身震いが起こる。
よもや、縁壱の生まれ変わりではあるまい……。神に愛されたと言うべき天性は、もはや前世の弟と同じと言っても過言ではないだろう。
「ふふ……っ、だから、みんな私には勝てなかった。あぁ……【相川陽滝には誰も勝てない】……」
人生が楽しくてたまらないというような表情であった。この世の全てが自らのものだと信じて疑わない声色であった。
相川家という上流階級の家に生まれ、金に困ることもなく、さらには理外の才能さえもを授けられた。
彼女の傲慢とさえ言える物言いに、実が伴ってしまっている。
「……陽滝……」
「お姉ちゃん……お姉ちゃんは私の双子だから、私と一緒でこれが見えるんじゃないかと思っていたけど……違った。でもお姉ちゃんは、『目には見えない筋肉』って言った……どうしてわかったの……?」
妹は、私に秘密を明かしていた。そうである以上、自身もある程度の秘密を明かすのが道理。上の者である以上、手本にならなくてはならぬ。不義理な真似などできるはずがない。
「私には人の身体が『透けて見える』。筋肉や臓物の動きから、次の一手が予測できるが……陽滝は竹刀を振る動作と筋肉の動きが合っていなかった。……ゆえにだ」
「透けて……見える……? 今も……?」
「……あぁ」
陽滝は、信じがたいものを見るような目で私のことを見ていた。私の周囲をくまなくと言っていいほど、その黒い深淵のような瞳で観察している。
「あは……あははっ……。ふふふ……っ、ふふ」
突然に陽滝は笑い出した。
可笑しくて可笑しくてたまらないような笑い方だった。
「陽滝……」
「お姉ちゃん……勝負しよう? だって……私と勝負になるのは
違和感のある台詞だった。
まるで、家族は姉しかいないと、父や母、兄を家族として数えていないかのように陽滝は言った。
「…………」
「【私に敵うのはお姉ちゃんだけ】! お姉ちゃんさえいれば、私
双子の妹だ。続く言葉は言われずとも理解できた。
あぁ……今生も……。
なぜ妹が自身のことをそれほどまでに気に入ったかはよくわからない。気味が悪かった。
頬の痣を摩る。当主争いがないゆえに、幾分かは気が楽だろう。私は、この妹と戦い続けなければならない運命にあることを悟った。
妹様は姉上に対等な相手として敬語を使わない方針です。