異世界迷宮で縁壱を目指そう   作:異世界TS奨励委員会

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12.剣の頂

 このフーズヤーズの地を離れる前に、私はやっておかなくてはならないことがあった。

 

 基本的に、病である私は、フーズヤーズの城から外には出られない。

 外に出られたとしても、誰か一人、必ず付き添いがいる。

 

「じゃあ、俺はあたりをふらついている」

 

「了解いたしました」

 

 私に付き添っているのは、私たちを召喚したうちの三人の、子どもの姿をした者であった。

 

 ――愛と正義の使徒シス。

 ――知と中庸の使徒ディプラクラ。

 ――力と混沌の使徒レガシィ。

 

 この世界の危機に際し、『主』なる者から生み出された三人の使徒。

 姿こそ、年若い女性、老人、子供と異なってはいるが、三人が三人とも生み出されたばかりであり、人の世を学んでいる最中であった。

 

 ディプラクラは、特に兄と仲がよく、共同で私たちの治療や、『魔の毒』についての研究をおこなっていた。シスは、その少ない人生経験から、簡単に唆すことができるのであろう、陽滝が話しかけることが多かった。

 

 そして、残る最後の使徒レガシィは、私と共に今、北の国々をまわっていた。

 

「いつもの通りの時間で落ち合おう。じゃあな」

 

「はい……」

 

 病の私との付き添いという使命を放り投げ、雑踏の中へと消えていく。

 それが、この旅好きな使徒の()()()であった。

 

 たとえば、使徒シスは、とても世界を救うという使命に忠実であろう。

 今は他の使徒へと対抗意識を燃やしており、私の陽滝、ディプラクラの渦波、レガシィの理河と、彼女の中で対立図式を作り上げているくらいであった。

 

 翻って、この使徒レガシィは、まるで、世界を救うという使命にやる気を感じられない。

 今のところ、こうして、好きにフーズヤーズの周辺を旅しているだけであった。

 

 そして、私がこの使徒レガシィに同行し、旅をしているのは理由があった。

 

 目的地へと、歩き、向かう。

 私は、噂に聞いたある男へと尋ねに来た。

 

 このレガシィとの旅の中、『異世界』での剣技についてを私は学んでいた。

 今の私の『呼吸』を用いた剣技をさらなる段階へ押し上げるための修行とも呼んでいいだろう。私はこのフーズヤーズ周辺の国に住まう高名な剣士を討ち倒し続けていた。

 

 無論、兄にはこのことは黙り、フーズヤーズや周辺諸国への政治的な調整に出かけていると建前を告げてある。

 武を示すことで、ある程度の効果があるゆえ嘘ではない。

 

 当たり前であるが、前世の弟のような者はいなかった。

 前世の記憶にある、鬼殺隊の柱ほどの猛者も見ない。

 

 身体能力で言えば、ただの人よりも、『魔の毒』の影響で体が変質し、怪物のような特徴の現れた『魔人』の方が強力であった。

 この『北』のフーズヤーズよりも、『南』のヴィアイシアの方が『魔人』が多く、精強な者が多いか。

 

 ようやく目的地へと辿り着く。

 そこは寂れかけた屋敷であった。かつては隆盛を誇った一族の屋敷のようであるが、手入れが行き届かず、外壁や塗装が剥がれている。

 その、好き放題に草の生い茂る庭で、剣を振るう青年がいた。くすんだ茶髪の男だ。

 

「…………」

 

 ただ愚直に剣を振るう。

 その動作は純美にして流麗であった。

 

 決してその肉体が人間離れしているわけではない。その剣を振るう速度は並とも言えるであろう。

 だが、その一つ一つの動作からは、すべての無駄が削ぎ落とされ、敵の首を取るという目標に最適化されている。一つの剣技の完成形とすら思えるものだった。息を呑む他ない。

 

「……? なにか用か?」

 

 その男の視界には入っていなかった。並の人間なら、気配も感じられなかったはずであろう。

 そのはずだが、男は私の存在を認識している。

 

 つまりは、『透き通る世界』、またはそれに準ずるなにかを習得しているとわかる。

 期待はしていなかったが、思わぬ使い手の登場に、身が引き締まる。

 

「アレイス家三代目当主ローウェン・アレイスとお見受けいたします。剣ばかり振るっている貴族がいると聞き及んだゆえに、こうして馳せ参じました。どうか、一手、立ち会いを所望いたします」

 

 うやうやしく一礼をする。

 そんな私に、ローウェン・アレイスは困惑したような顔を見せる。

 

「た、立ち会い……? 君の名前は?」

 

「相川理河と申します」

 

「ミチカ……ちゃん?」

 

 私の年齢から、そう敬称をローウェンという男はつける。

 だが、油断は一切感じられない、それどころか、警戒の色を濃くしている。

 

「どうか……」

 

 腰に佩いた剣へと手にかける。

 おそらくは、このローウェンという男、簡単に倒れてはくれないであろう。私ほどであれ、一手一手、死の危険が付き纏う勝負となる。

 

「わかった。私はアレイス家三代目当主――ローウェン・アレイス。アレイス家の当主として、その勝負、受けて立とう」

 

「『異邦人』相川理河」

 

 最悪の場合、了承されずとも斬りかかろうと思っていたが、そうはなりはしなかった。

 

「……ふぅ」

 

 息を整え、『呼吸』を深める。

 この『異世界』の剣士たちは、この一手ですべて終わらせてきた。

 

 ――《月の呼吸・壱の型 闇月・宵の宮》。

 

 踏み込みから、何度も鍛錬を繰り返した型を打ち出す。

 並の者には反応することも難しい速度の一撃。

 

 すでに防御の構えをとった、ローウェンの剣に防がれている。

 ローウェンは、一歩後ろに下がりながら、勢いを受け流す。私の攻撃を、体勢を崩さずに受け切った。

 

「すごいな……」

 

 その褒める言葉と同時に、殺気の伴う鋭い視線が私の首元へと向けられる。同時に放たれた剣技は、腕を切断するためのもの。

 初歩的な騙しの一撃に、身を引き、躱す。この男が、目に頼らず動けることを知っていたゆえ、引っかかる余地などなかった。

 

 距離を取り、仕切り直し、もう一度、型の構え。

 

 ―― 《月の呼吸・参の型 厭忌月・銷り》。

 

 身に宿る『魔力』を用いて、『月の力』でもって作り出された月の刃が剣から舞う。不規則に大きさを変化させるそれと共に切り込む二連撃。

 

「そんな技が……!」

 

 驚きつつも、ローウェン・アレイスは剣を振るう。

 最適な動きで、月の刃を弾き飛ばしつつ、本命の私の剣にも丁寧に対応する。

 

 刀を弾かれるがままに、上へと切り上げる。

 隙と見て、ローウェンは踏み込むが、そうはできない。

 

 ――《月の呼吸・弐ノ型 珠華ノ弄月》。

 

 私の剣の刃から降り注ぐ月の斬撃が、それを通さないからだ。

 躊躇しているその隙にも、一振り、二振りと切り上げを加え、剣そのものでの攻撃を避けられながらも、月の刃の密度は増した。

 

「――っ!?」

 

 だが、ローウェン・アレイスという男は目の前にいる。雨の中を縫うように、月の刃をすり抜けて、刃を私へ届かせようとしていた。

 咄嗟に、守りの構えをとり、防ぐ。勢いのまま背後へ下がったことにより、月の刃の稠密地帯からは抜け出される。

 

 そのまま鍔迫り合いに発展――

 

 ――《月の呼吸・伍ノ型 月魄災禍》。

 

 ――はしない。

 

 刀身から、月の刃の斬撃を放つことにより、相手の剣をこちらの剣で封じつつ、一方的に攻撃を加える。

 ローウェンは、大きく横に飛び退くことでそれを躱していた。

 

 広く距離が空いたゆえに、息つく暇を与えぬよう、踏み込み、すぐさまに次の型を繰り出す。

 

 ――《月の呼吸・陸ノ型 常世孤月・無間》。

 

 作り出した月の刃で高密度の追撃を行う。

 万全な体勢から放たれたそれには、人一人通れる隙間などない。間合いから離れることもできぬ速度。

 

 だが、ローウェンは、後退しつつも、剣を振り抜き、正確に、必要最低限の動きをもって、月の斬撃すべてを捌き切る。

 

 不規則に収縮、拡大を繰り返しているはずの月の斬撃を、確実に躱し、あるいは剣で受け切っている。

 ローウェン・アレイスが見ている世界は、私の『透き通る世界』となにか異なっているのやも知れぬと、思考が逸れた。

 

 遠くへと離れた相手に、剣を構え直し――( )

 

 

 ――刹那、首元へと届きかける刃がある。

 

 

「な――っ!?」

 

 間合いの概念が消失していた。

 

 その攻撃は突きゆえに、刀身に指を添えながら、剣の腹で受け、そのまま流す。

 次の瞬間には、私の首元を穿ち抜こうとしていた刃は、光の粉となり、既に散っていた。

 

 私の『透き通る世界』をもって、その攻撃を解析する。

 光の粉は『魔力』ゆえ、先ほどの刃は、『魔力』を刃の形に固めたもの。それを剣へと纏わせて、その刀身を伸ばしていた。

 

「アレイス流『剣術』の奥義だ。君みたいに斬撃を遠くまで放つことはできないが、こうして間合いを伸ばすことならできる」

 

 得意げに、ローウェン・アレイスは語る。

 その技術は、言ってしまえば、ただ間合いが伸びるだけ。しかし、それは恐ろしいことでもあった。

 

 この男は、『呼吸』などの身体を強化する術は用いていない。ただの『剣技』で、ここまでの戦いを演じている。

 その基礎の剣技、誘導の手管、体捌き、隙の突き方……どれをとっても極まっていると言っていい。さらには、私の『透き通る世界』に近いがどこか違う技術で、予測できるはずのない月の形の刃を躱す力もある。

 それがローウェン・アレイスの『剣術』。

 

 間合いが伸びれば単純に、どこにいようと、その究まった『剣術』を捌かなければならなくなる。

 距離を取り、遠距離からの攻撃で誤魔化し、体勢を整える時間さえなくなるという。

 

「なりふりなど、構ってはいられぬか……。ふぅ……」

 

 さらに呼吸を深める。ホオオオ、という呼吸音が、あたりに響くほどに大きくなる。

 加え、剣を指でなぞり、『魔力』を用いて形を変える。

 

「それは、剣か……?」

 

 剣と言うには大振りで禍々しいか。

 刀身からは、左右に枝分かれするように、三本の刃が生えている。前世では、己が肉体で作り上げていたそれを、この『異世界』の『魔力』で再現をする。

 

 私の『月の呼吸』の本領が発揮される。

 

「――参りましょう」

 

 ――《月の呼吸・漆ノ型 厄鏡・月映え》。

 

 横薙ぎに刀を振るう。

 放射状に、大きく五つの斬撃が、地を抉りながら進んでいく。

 

「く……っ」

 

 すぐさまローウェンは、躱すが、大きな直線的な斬撃に隠れた小さな蛇行する斬撃により、わずかに傷を受けている。

 息つく暇を与えるつもりなどない。

 

 ――《月の呼吸・拾ノ型 穿面斬・蘿月》。

 

 襲い掛かる斬撃は、ひときわ大きい。

 地を砕きながら、人の背丈の数倍はある鋸歯状の三連の刃が、それよりも比較的小さな、されど大きい月の刃を数多とともなって、標的へと無慈悲に進む。

 

 単純に、大きく、広いゆえに、逃すことはない。その範囲は、今までと比べるまでもないほどであった。

 

 

 ――あぁ、だが、天が裂ける。

 

 

 その一振りは、そう表現するほかなかった。

 ただの一振りで、私の仕掛けた刃の数々が消え去っていた。

 

 月の雨を晴らされて、降るのは雪だ。

 

 私の刃を形取った『月』の『魔力』が砕けている。ローウェンの伸ばした刃を形取った、おそらくは『無』であろう『魔力』が砕けて散る。

 私の『月』の魔力は特に太陽の光を反射する。『無』の『魔力』は、光を受ければ白く輝く。『魔力』の雪が舞い散ると言える光景だった。

 

 その光の中に、やはり男は立っている。こちらを見据え言い放つ。

 

「アレイスの剣は、魔を断つ剣だ。たとえ万の魔が並ぼうとも、我が剣は折れぬ」

 

「これは『剣術』だ……」

 

「は……?」

 

「『剣術』だ……」

 

 私の『月の呼吸』だ。

 たしかに、術は使っているが、かつて前世の弟を目指し、『剣術』として鍛錬をしてきたものだ。陽滝の言う『魔法』ではなく『剣術』だろう。

 

「それだけ強く言い切るなら、もう『剣術』でいいか……」

 

 そうして、ローウェンは、私の技を剣術として認める。

 気を取り直すように、剣を払い、構えを取る。

 

「アレイス家として……剣の頂である誇りを持ち、汝の前に立つ。さぁ、我が剣を越えるというならば、かかってこい」

 

「言われずとも、そのつもりだ……」

 

 ()()()

 いい響きだった。

 

 前世では、日ノ本で一番の侍を目指した身。()()()()()()()()()()()。私はそうでなくてはならなかった。

 

 ――《月の呼吸・拾陸ノ型 月虹・片割れ月》。

 

 高揚感のままに型を振るう。

 範囲ではなく威力に特化した型だ。

 

 ひとたび私が剣を振るえば、空からは、鋭い刃が突き立つように降り注ぎ、大地を皹割れさせながらも穿ち抜く。

 今までの攻撃よりははるかに速くはあるものの、面ではなく、空からの点の攻撃ゆえに、難なくローウェンは躱していた。

 

 その間にも、ローウェンの剣が伸び、袈裟がけに振り下ろされていた。

 届く前に、『魔力』の刃を叩き折って、無力化する。再度、一瞬で伸ばし直されてしまった刃に服がわずかに破られた。

 

 一歩も引かぬ『剣術』の応酬だった。

 互いの刃から舞い散る『魔力』で、空間は、まるで別世界へと変容を遂げてしまったようであった。

 

「ふふっ……『私は世界(あなた)を置いていく』」

 

 ――それは『詠唱』だった。

 兄の技術がここまで広まっていると、まず頭をよぎった。だが、私の本能が、それを否定する。

 

 ――道を究めた者が辿り着く場所は()()()()()

 

 答えはすでにわかっていた。

 空間が歪む。

 

「――『拒んだのは世界(あなた)が先だ』『だから私は(つるぎ)と生きていく』」

 

 紡がれた詩だ。

 だが、『呪術』が成立する。『透き通る世界』が捉える。『魔力』の動きは一切なかった。

 

 けれど、まるで――

 

 ――()()亡霊の一閃(フォン・ア・レイス)

 

 誰が呟くでもなく、そんな声が聞こえた気がした。

 

 ローウェンの剣戟が世界から消えたとわかる。『透き通る世界』でも捉えられない。ローウェンは()()()()()()()()()だというのにだ。

 

 ただ、私も剣士である以上、起こる現象は、すでに分かっている。

 その『詠唱』を聞かされて、どこかこのローウェン・アレイスという男に、同情する部分があると気がついてしまったゆえにだろうか。自然と体が動いていた。

 

 剣が飛ばされる。本来ならば、胴体が泣き別れになった一撃であるはずだったが、剣だけで済んだ。『詠唱』を理解し、心動かされたゆえなのだろう。

 ローウェンの放った、ただ剣を振るうだけの一閃は、時間も空間も超え、私へと届いていた。

 

「今のは……『()()』か……?」

 

 兄の開発した『詠唱』を代償とした『呪術』と比べるまでもなく、ずっと重く、ずっと美しく……もはや『()()』以外に、表す言葉がないのであろうと思えた。

 

「ま、魔法……? 今のは魔法なのか……!? ただ剣を早く振っただけなのに……魔法? 私は憎き魔を使っていた……?」

 

 私の言葉に、ローウェンは困惑していた。

 魔を使ってはならぬ理由でもあるのであろうか。

 

「剣を振っただけならば、『剣術』でございましょう」

 

「『剣術』……!? 『剣術』……あぁ、そうか。君の言う『剣術』は、なかなかあてにならないと思ったが、そういうことなのか。これは『剣術』だ。うん、アレイス流『剣術』の最終奥義。そういうことにしよう」

 

 剣を究めた先にあるものは、『剣術』で構わないはずだ。

 納得したように、ローウェンは頷いて言った。

 

「それで、まだ戦うか?」

 

「無論……」

 

 剣は手から失われたが、『魔力』を固めて刀を作り、構える。

 

 今の『()()』について理解を深める。

 先ほどの『代償』は『詠唱』だけではなかった。強いて言えば、人生そのものか……人生を『詠唱』することによって、『代償』にし、今の結果が世界から引き出された。

 

 ならば、私も、後に続けぬ道理はない。

 

「『瞳を灼き、心を妬き』――」

 

 自然と言葉は口からこぼれた。

 

 もう、終わったはずの人生だった。届かぬものに手を伸ばし続けて、自分で自分を捨てていき、何もかもが残らなかった、そんな人生を詠っていく。

 

「――『私は焦がれる光に燃え墜つ迷い子』『世界(あなた)を見つめることもなく』」

 

 思い浮かんだのは、ローウェン・アレイスの()()。焼き付いた《亡霊の一閃(フォン・ア・レイス)》。『透き通る世界』に異様な感覚が足されていく。その異様な感覚に導かれるままに剣を振り抜き――( )

 

「――()()天降る月、届かぬ日を(リバース・サンライズ・ロウ)》」

 

 先に受けた《亡霊の一閃(フォン・ア・レイス)》が再現される。

 一閃が、世界から消え、防御不能の一撃が届く。《亡霊の一閃(フォン・ア・レイス)》とはそういう魔法だった。

 

 ゆえに、私の剣戟も、世界から消え、目の前で相対するローウェンへと届く。そう思った。

 

「……っ!?」

 

 ローウェンは、身を翻して躱していた。

 本来の《亡霊の一閃(フォン・ア・レイス)》は回避不可。私の『魔法』によって掴んだはずの『理』がそう言っていた。

 

 明らかに不完全。

 いや、そもそも、私の人生が……『()()』がその程度。 ()()天降る月、届かぬ日を(リバース・サンライズ・ロウ)》は、対象を()()()()()模倣する『魔法』だと理解する。

 

「い、今のは、私を真似たのか……? 一度受けただけで……」

 

 不完全なそれを受けて、ローウェンは驚愕に目を見開いていた。

 ()()とはいえ、真似られるとは思っていなかったのであろう。だが、()()()()だ。そしてこの『魔法』によって、ここから本物に迫ることもないと理解できる。

 

 砕けそうなほどに強く、『魔力』でできた刀を握り締めていた。

 

「ふふっ、あぁ……。あぁ……『私は世界(あなた)を置いていく』――」

 

 だが、待ってはくれない。

 ローウェンはもう一度、『詠唱』を繰り返す。次の一撃で、この勝負の全てが決まると分かった。

 

「『瞳を灼き、心を妬き』――」

 

 ()()でも『詠唱』をするしかない。

 次は剣だけではすまない。

 今の私は頚が斬られたところで死にはしないが、そうなれば、この『異世界』での目標の達成に、大きく影響が生まれるとわかる。

 この力で迎え討つしか方法はない。

 

「―― 『拒んだのは世界(あなた)が先だ』『だから私は(つるぎ)と生きていく』」

 

「―― 『私は焦がれる光に燃え墜つ迷い子』『世界(あなた)を見つめることもなく』」

 

 正面からぶつかってしまえば、私が負けることは目に見えていた。

 私の持つ力の全てを利用する。『元の世界』から繋がっている『朱い糸』から最大の支援を引き出す。さらには『月の力』を限界まで引き出していく。

 

「――()()亡霊の一閃(フォン・ア・レイス)》」

 

 繰り返される『魔法』と、充満した『魔力』により、空間が捩れ曲がってしまっている。視界で捉えるだけでは、まるで万華鏡のようで、相手がどこにいるかさえわからない。

 

「――()()天降る月、届かぬ日を(リバース・サンライズ・ロウ)》」

 

 ただ剣を振るうのみではない。

 剣を振るうだけで敵わないのはいつものことだ。

 

 ローウェンの《亡霊の一閃(フォン・ア・レイス)》を受ける。私の刀は一閃とぶつかり火花を散らす。

 私は簡単に押し負け、弾かれ、刀は『魔力』として散る。それは当然だった。《天降る月、届かぬ日を(リバース・サンライズ・ロウ)》によりかろうじて打ち合えた格好だった。

 

 こうして押し負けるのはわかっていた。だから、一閃ではない。《天降る月、届かぬ日を(リバース・サンライズ・ロウ)》により、この『世界』から消えたのは、『月の刃』も含めた私の型だ。

 次元を超えて、届かせる技の模倣により、次元を超えた『月の刃』が決着をつける。

 

「はぁ……はぁ……っ、これは……私の負けか?」

 

 私は《亡霊の一閃(フォン・ア・レイス)》を模倣したことにより、ローウェン・アレイスの力の一端を掴んだ。その力は、『世界』の『理』や『流れ』を理解する力だった。

 

 私は『朱い糸』を用いて、『理』や『流れ』に干渉をかけることで、月の刃の動きを掴みづらく細工をした。

 

「少し、イカサマをいたしました。『剣術』だけならば、あなたの勝ちです」

 

 倒れるローウェン・アレイスへと、私は言った。

 

 陽滝や私の『糸』は、明らかに『剣術』の範疇を超えているであろう。

 

「そうか……。だが、負けたんだな……。初めて負けた。……負けたら、全てが終わってしまうような気がしていたが、そんなこともなかったんだな……」

 

 ローウェンは、どこか満足げな、憑き物のとれたような顔をしている。

 

「……勝ち負けだけじゃない、()()()()()()()()()()

 

 そのローウェンの呟きを聞いて、妹の言っていた言葉をつい、こぼした。

 

「あぁ、たしかに……たしかにそうかもしれない。負けて叶ったものもあった……たしかにあった。私の剣は凄かったか……?」

 

「もちろん……」

 

「そうか……ふふっ、そうか……!」

 

 大きく顔を綻ばせる。人生の大望が果たせたかのように、ローウェンは喜んでいた。

 そんなローウェンに、軽く私は回復の呪術をかける。これで死ぬことはない。

 

「おりいって、お願いがございます」

 

「なんでも言ってくれ……私は敗者だ。アレイス家の誇りにかけて、なんでも、君の願いを叶えよう。もっとも、私にできることはそう多くないが……」

 

 改まって、いや、少しだけ戯けてローウェンは言った。

 その調子に、私は僅かに顔を綻ばせる。おそらくはそういう『演技』だった。

 

「私に、そのアレイスの剣を教えていただきたい」

 

 倒れているローウェンへと、手を差し出す。

 

「あぁ、勿論だ」

 

 躊躇なく、ローウェンは私の手を取る。

 

 アレイスの剣の『理』や『流れ』を感じる技に興味があった。

 習得すれば、私の『透き通る世界』がさらなる段階へと引き上げられる可能性があった。

 

 前世の弟と私では、『透き通る世界』にも違いがあったのかもしれない。

 この『異世界』で、私の力をさらに高めるための収穫があったことに喜ぶ。

 

 ローウェンと肩を支え合いながら、庭を歩く。剣と剣との戦いで、大きく傷ついた庭だ。油断すれば、深い溝や大穴に落ちてしまう可能性があった。

 

 まずは、休み、傷を癒す必要がある。

 呪術は『代償』がきつく、使うならば必要最低限だ。あとは、自然回復を待つしかない。

 

 少し、この男の屋敷に留まると、妹たちに連絡をしなければならなかった。

 

 

 

 

 

 

 






 本当の『魔法』や『詠唱』を考えてから書き始めました。リバースの部分が後日談で出てきた魔法と被ってちょっとだけ焦ったのは内緒です。いまのところは劣化コピーする魔法ですね。

 ローウェン視点だとだいぶヒロインムーブしてます。
 ローウェンがちょろいだけかもしれませんけど。

 ちなみにサブタイトルを「百合の間に挟まるローウェン」にしようと思ったけどやめました。

 次回、妹様襲来。ローウェン死す。

感想欄で掲示板形式のタグについて、感想で問題提起がされました。私も少し良くない状況だと思っていたので対応をアンケートで決定したいと思います。

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