異世界迷宮で縁壱を目指そう 作:異世界TS奨励委員会
画面を見つめていた。
兄、相川渦波に誘われての遊楽。RPGゲームなる遊戯をしていた。
「ここはいったん引こう。ボスの部屋っぽいけど、もうちょっとレベルを上げてからの方がいい。あとはちゃんとアイテムを買ってからだ。さっきの雑魚敵に回復薬を使いすぎた」
「…………」
敵の大将の居所を掴んだ。残りは準備を万端にするのみ。
指揮官を倒せばこの軍勢は崩壊する。
勇者なる称号を持った主役が、敵軍に単騎で斬り込み、大将の首を次々と刈り取っていくという話だった。
兄の相川渦波は、これに類似したような筋書きのものをよく遊んでいる。
「それと……まだ行ってない場所もたくさんあるな。マップも埋めないと」
「…………」
「あ……っ、レアモンスター! 経験値がたくさんもらえるから、逃がさないよう、必殺技で一撃で……!」
「承知……」
兄は部屋に閉じこもるようになったが、ときおりこうして私を遊びに誘ってくることがあった。この習慣は、私がまともに動けるようになってもなぜか変わらなかった。
最初は、私を憐んでいたから、誘っていたことは間違いがないのだろう。だが、その憐れまれる理由がなくなった今、どのような心境で、兄の相川渦波が、私のことを誘っているのかわからなかった。
「ふふ、兄さんたちは本当にゲームが好きですね……。今日もファンタジー系のRPGですか」
「あ、あぁ……」
私についてまわる陽滝は、隣に居て横からその画面を眺めている。普段は繊細な兄を刺激しないよう、兄とは何も喋らない私と陽滝だが、なぜかこうして遊んでいるときだけは話になった。
けれども、陽滝の言葉には違和感があった。
基本的に私以外をないものとして扱う陽滝だ。それは実の兄でも例外ではない。
ただ、今回は
「兄さんのやるゲームには、いつも魔法がある。兄さん……、――もし、魔法が使えるとしたら、兄さんはどうしますか?」
「陽滝、なにを言っているんだ……っ」
陽滝は薄ら笑いを浮かべていた。どこか昔に似たような笑みを見たことがある。
あれは確か、鬼舞辻無惨から、鬼にならないかと誘われたときだったか……。
ちらりと、幾本かの『白い糸』がひらめく姿が目に入る。運命さえ操る糸。それは兄へと繋げられていた。
「現実に魔法が使えるなら、兄さんは使ってみたいですか?」
「そんな馬鹿な話があるわけ……」
「はぁ……。実際に使ってみせた方が早いですか」
そう言うと陽滝は、『白い糸』を操り、物を軽く持ち上げてみせる。
それだけでなく、血鬼術のような力の源のモヤを輝かせ幻想的な光景を広げる。部屋の温度を変えるものや、音を発するもの、おそらく陽滝が試してきた、ありとあらゆるそのモヤの使い方を兄へと見せつけている。
「はは……ははは……」
相川渦波は笑い出した。
その心境には共感できる。私がかつての弟に、人の体が透けて見えると言われたときと同じだろう。
理の外にいるとしか思えない力に、圧倒され、言葉もでず呆然とするほかない。
そうしてしばらく、笑っていたあとにだった。
「ははは……はは……。嘘だろ……っ! こんなの嘘だ!!」
「実際に見たでしょう?」
「でも……だったら……っ! くそっ……こんなの……!」
顔を歪ませ、俯く。
その事実を受け入れられずに一度は否定してしまったが、受け入れるしかないと理解したのだろう。
二人の話は間違いなく長くなる。
今のうちに果たしておこうと、冒険の記録をとり、敵の大将の待ち構える居室へと突撃する。もし兄が見ていたならば、もう少し準備をした方がいいと苦言を呈するであろうが、やむを得まい。
「兄さん……。兄さんは魔法を使ってみたいですか……?」
「僕に教えてくれるのか……?」
敵は触手のようなものが背中から生えた男だった。毒のある攻撃をばら撒き、相手を毒の状態異常にしつつ、自身はその再生能力で耐え抜く。時間を味方につけ、長期戦でズルズルと相手を倒すやっかいな男だった。
往く道で拾った回復を封じる薬を投げつける。回復の動作ができなくなったその隙を突き、一気呵成の攻勢に出る。
「……ふぅ」
相手の体力を削り切り、一息つく。
戦闘では倒した。けれども、戦闘画面が終わったのち、千八百の肉片に分裂して逃げ出したと表示される。物語の筋書きの上では倒されていないということなのであろう。
そのあとにやってきた登場人物には、「生き恥を晒してまで生にしがみつくとは……」「ポップコーンみたいに逃げた!」と好き勝手に言われているようであった。
記録をとり、電源を切る。
再び、話す兄と妹の二人に意識を向ける。
「えぇ、兄さん。この力を兄さんに教えてあげます」
「ほ、本当なのか……? そうしたら僕もお前たちと……」
兄の相川渦波は、私たちに勝てるかもしれない可能性に、わずかだが顔を明るくしてみせる。
それは淡い期待であろう。もともと、これは人間の扱う力ではない。陽滝が異常だっただけの話だ。私が使えるようになった理由は、おそらくは偶然の類いのもの。
兄と、陽滝を繋ぐ『白い糸』に触れる。
「……お姉ちゃん?」
「あっ、
「……私の病は……陽滝のこの力により治癒いたしました」
「ええ、兄さん。姉さんの病気を治したのは私です」
「そ……そうか、陽滝が……。だからだったんだな……」
不治の病と、そう言われていたものが治癒してしまった。兄としてもそれには違和感を覚えていたのであろう。
この理外の力により、私の病が治ったと言われたのならば、辻褄が合う。もはや陽滝の力について、兄は疑いようもない。
「ええ、では、兄さん。まず、この世界に満ちる『力の源』……この魔法のような力の源ですから……」
「……あぁ、『魔力』だな」
よく遊んでいたゲームの馴染みある言葉に、兄は言い換える。
「『魔力』。……いいですね。では、まずは、その『魔力』を感じ取ることから始めましょう」
不気味に笑う陽滝であった。
そうして、兄――相川渦波の鍛錬が始まっていく。それは、陽滝の敷いた流れに沿っての出来事であろう。だからこそ、その行き先も決まっている。
部屋に張り巡らされた『白い糸』に操られ、決められた未来へとただ筋書きをなぞる。先程まで遊んでいた、遊戯の登場人物のよう
***
「陽滝……兄の……兄の鍛錬の調子はどうだ?」
「調子……? 兄さんの魔法の鍛錬なら、もうやめちゃってるけど」
「…………」
あの日から、数月は経っている。陽滝がついているのならば、わずかでも進歩があるのではと思い尋ねた。
「兄さん……全然『魔力』が感じ取れなかったことが面白くなかったみたい。これも、
「陽滝……それが、お前の狙いなのか?」
この妹は、物事の結果がわかった上で行動を起こす。無駄なことを決してしないのは分かりきっていることだった。その上で、これから何が起こるのか、想像がつかない。
「ふふ……兄さん。最近は学校に行くのが楽しくて楽しくて仕方がないみたい。まるで『たった一人の運命の人』と出会ったみたいに」
脈絡のない台詞であったが、この妹が、意味のないことを言うはずがない。わかるだろうと些細な説明を省いているだけ。必ずこの話は前の話と繋がりがある。
「それは、どこまでお前が仕組んでいる?」
「えっと……これは兄さんがそう願ったから……。あの魔法の鍛錬の時に満ちた魔力で、『世界』に届いてしまった願い」
「その鍛錬は途中でやめている……いや……」
中途半端な鍛錬ならば、中途半端な結果しか訪れない。
兄がその力により引き寄せた都合の良いその運命は、きっと、半ばで終わってしまうのであろう。
どこまでもこの妹のてのひらの上だ。その上で、この妹が何を求めているのかは……。
「兄さんのことは、もう少し、見守っておこう。お姉ちゃん」
「…………」
妹は、手段を選んでいないのだとわかる。
中途半端な鍛錬しかできなかった兄に、どんな結末が訪れるか、それを試している……いや、おそらく結末は分かりきっている。であれば、目的はその先……。
ひと月、ふた月と時間が経つ。
水瀬湖凪という少女がいた。妹の言う言葉を借りれば、相川渦波の『たった一人の運命の人』。
「あなたたちは……いつも二人だけの世界もいいですけど、もう少し周りに目を向けることも考えてみたらいいと思いますわ」
陽滝と同じ時を過ごす中で、兄の相川渦波について、共通の話題として、よく話しかけてくる少女であった。
変わったのは、その少女の存在だけではない。
気がつけば兄が、父と、母と和解していたのだ。両親にはいないものと扱われていたが、もう居場所があった。
兄、相川渦波は現れた少女のおかげにより荒んだ心から、すっかりと立ち直っていたのだ。家族と向き合う勇気が持てるほどに。
「父さん、母さん……!」
「あぁ、俺たちが間違っていた。渦波、お前たちさえいてくれればよかったんだ……。大切なものはこんなにもすぐそばにあった……これからは、みんな一緒だ」
「ごめんなさい、
何もかもが、出来過ぎていた。
兄に都合がよく物事が進んでいる。これが中途半端な鍛錬の結果ならば、おそらくそれは、最後まで果たされない。
「そんな……、湖凪ちゃんが……」
水瀬湖凪が事故に遭った。死という最悪な結果は免れたものの、意識不明。二度と目覚めないかもしれない状態だった。
少なからず、付き合いのあった私たち二人も、兄とともに見舞いにいく。寝台の上で安らかに眠る少女の傍らに、兄は膝を突いて咽び泣き、みっともなく悲しんでいた。
「兄さん……これは『代償』です」
そんな兄の耳もとに、陽滝は悪魔のように囁いた。
「な、なにを言っているんだ陽滝……っ! ま、まさかっ!」
「そうです。あの日、兄さんが『この先に、希望が欲しい』と願ったから……払った奇跡分の対価をと……世界が取り立てています」
「そ、そんな……っ!! じゃあ、湖凪ちゃんは……!」
「運命をねじ曲げられ、兄さんの『魔法』に巻き込まれた。『代償』はおそらく、『たった一人の運命の人』の死です。けれど、湖凪先輩は兄さんの『たった一人の運命の人』足り得なかった……」
「だ、だから意識不明で……」
「いいえ、違います。今回は私が手を加えたのでこれで済みました……けれど、なにもしなければ間違いなく……。今、先輩が目覚めないのは私の力によってです。もし、目覚めて、兄さんと心通わせたら……次は……」
「……っ!? 僕のせいなのか……だったら、僕が湖凪ちゃんともう会わないようにすれば……」
「そうしたら次は父さんと母さんの番ですね。『たった一人の運命の人』を取り立てるまで、これからは兄さんの親しい人から、順に不幸が起こっていきます。『親しい』というだけで、です。それなのに、『想いが完全に通じ合った相手』が死ぬまで、それは止まらないんです」
「そんな……! どうして……!? 湖凪ちゃんが、こんな目に遭ったのに……まだ……。僕のせいで、誰かが……」
兄は絶望をした顔を見せる。理不尽な世界の流れに、嘆くことしかできずにいる。あまりにも、哀れな姿であった。
「そ、それなら……! 陽滝! お前なら……っ! お前の力なら、これをどうにかできないのか……っ!!」
「そうですね……まず、父さんと母さんを遠ざけましょう。兄さんから心が離れるように手を加えますので……その後は海外で新しい暮らしをしてもらいましょうか」
「ひ、陽滝……!? 違う……そうじゃなくて……。そうだ、理河……! 陽滝
陽滝と親しい私ならば、今の陽滝を説得し、違う方法を引き出せる可能性があると考えたのであろう。縋るように、こちらを見つめる。
「…………」
首を振る。
たとえ陽滝といえども、なす術がないこともある。それは一度色の染みた紙から、その色を取り除くようなことなのであろう。
「そんな……」
「兄さん。すみません、私の力不足で」
妹の、陽滝の謝罪は届かない。
もはや、兄にできることはなく、無力感に打ちひしがれ、体から力が抜けていくようであった。
「あぁ、嫌だ……。こんなの嫌だ……。少しだけ……少しだけで良かったのに。ほんの少しでいいから希望が欲しかったんだ……。湖凪ちゃんも、父さんも、母さんも……僕の魔法に心を操られていた……? あの言葉も、全部嘘だったんだ……。僕がそう願ったから……。願ってしまったから……。それで、最後には殺されるだなんて……。あんまりだ。あんまりじゃないか……。それにこれからも、僕と親しくなる人は、みんな……」
地べたに這いつくばり、絶望を口にする兄の姿はひどく情けないものであった。
陽滝は、周りの空気を操り、その声が外部に漏れ出ないように気を配っている。
「陽滝……理河……。僕はどうすればいい……? もう、なにもかもわからない。僕のことすら……僕はどうすればいいんだ」
涙を流しながら、年端もいかない妹たちを頼るその姿は、見るものが見れば異常にうつる。
「はぁ……。兄さん……もう一度、魔法の鍛錬をしませんか……? 始まりが未完成な魔法だったのなら、完成をさせれば少しは……」
「無理だ……! 僕には無理だったんだ! 間違っていた。きっと、次はもっと酷いことになる。僕には、お前たちみたいに才能はない。『魔法』には関わるべきじゃなかったんだ!!」
兄の心は、もはや折れてしまっていた。
なにをしようとも、悪い方向に進む想像しかできないのであろう。こうなってしまえば、かける言葉も無意味であろう。
「兄さん、頑張りましょう。今度こそ、本当に希望が見つかるかもしれません。幸せを掴むために兄さんが努力を重ねたこと、私は忘れていませんよ?」
「や、やめてくれ! 陽滝!! 結局、僕には無理だった。もう、忘れてくれ……!」
「兄さん……」
「忘れる……? あぁ、そうか……全部忘れてしまえばいい。今までのこと、全て」
その心の苦しみは、忘れてしまえば全て解決できる。問題は解決しないが、心だけは楽になれる。
「……兄さん。……私になら、記憶を焼いて、二度と思い出させないよう全てを忘れさせることができます」
「記憶を焼く……? 陽滝、いいのか? ああ、魔法なら、そんなことが……。やっぱり僕は……」
「ただ、兄さん……記憶を消すことは死ぬことと変わりがないと、そう思う人もいます」
「むしろ、死ぬくらいがいい……。そうでなけれ
自暴自棄に兄は言う。
それは贖罪か、自分に罰を与えたいのか、あるいはただ逃げ出したいだけなのか、私にはわからないことだった。
「はぁ……。そうですか……なら、消したあとは……」
「いいんだ、僕はもう誰とも関わらなくて……。適当なところに放り出してくれればいい。みんなから忘れられて……陽滝なら、できるだろう?」
「じゃあ、後は
「あぁ、構わない……」
陽滝は笑った。薄く、邪悪に。
その心の弱さに付け込む手口は、かつての鬼舞辻を連想する。けれど、それと比べれば、
ただ、この取り付けられた約束で、これから相川渦波は、ろくな末路が与えられないのであろうと、冷静ならば想像がつく。
兄はもう頭がまるで回っていないのであろう。目の前に垂らされた甘い救いの糸に縋るしかない。
「理河……理河の病気が治ってから、よそよそしくなってごめん。ただでさえ、陽滝に負け続けて、それで理河にまで負けてしまったから……僕は……。こんな最低な兄でごめん……」
今生の別れのつもりなのであろう。涙ながらに謝罪の言葉を兄は口にした。
私の病気が治り、兄が部屋に閉じこもるようになってからも、遊びに誘ってきたのは、兄としての最低限の矜持であったのだろう。
下の兄弟への嫉妬に心を狂わす。それでも取り繕い、私に接し続けていたことに、同情の念が湧き上がる。
前世の弟のことが嫌でも思い出された。
「兄上との交遊、かけがえのない楽しい時間でした」
その見栄に応えるべく、短く、気持ちを言葉にする。
「ありがとう、理河」
私に言い残した後に、陽滝へと向き直った。
その顔には、これで終われるとばかりに、少しの安堵の色が見える。
兄と妹の間には、何本もの『白い糸』が繋がれていた。
記憶の消去はすでに始まっているようであった。陽滝の操る『太陽の熱』に兄は顔を歪めている。
「あぁ、陽滝……僕は、弱かった……。だから、
……あぁ。
まるで、前世の私のうつし鏡のようにさえ思えてしまう姿に、感情を動かされる。
けれど、すでに意識を失う兄に、言うべき言葉はなかった。
「ふふふ、お姉ちゃん。これから、この人に
このためであろう。兄の悲劇は、このために妹によって仕組まれていた。
「陽滝……。なぜ、兄だった」
陽滝の力ならば、誰にも気が付かれずに、例えば身寄りのない浮浪者に対して実験を行うことができたであろう。
こんなにも回りくどい手を使って、兄を地獄へと引きずり落としたのは、きっと意味があるはず。
「この人には少なくとも普通の人よりも才能があった。いろいろ試すにも効率が段違いだから、ちょうどいい人だった。お姉ちゃんも、好きにいじっていいよ?」
陽滝が、数えきれないほどの『白い糸』を繋いで、兄の何かをいじっている。私にも、繋がっている『白い糸』から、陽滝の得た情報が流れて来ていた。
「そうか……」
私の『呼吸』についても、未知のことばかりであった。前世では、このように、誰かの身体を弄り回し、実験をするという発想はなかったが、合理的な手段なのかもしれぬ。
ややもすると『日の呼吸』への道が開ける。そんな淡い期待を抱いて、兄に、相川渦波に私の『朱い糸』を繋いだ。
「お姉ちゃん」
「陽滝……?」
「私の家族はお姉ちゃんだけだよ? 父さんも、母さんも……ああいう人たちだから、私たちは兄さんと血が繋がっているかわからない」
「…………」
「だから、一緒に生まれたお姉ちゃんだけが、家族。『ずっと、一緒』だよ?」
「あぁ……」
もとより、この妹に勝ち続けることが前世から引きずった『未練』を叶える道だった。兄のこの終着点を見届けてからは、より、いっそう。
「私は『お前の助けになる』。『いつでも、どんなときも』」
姉らしく、妹を……。
だからこそ、いつものように。『世界』に誓うように、私はそれを口に出す。
お労しや、かなみん。
妹様の制御下にあったため湖凪さんは死にませんでした。