異世界迷宮で縁壱を目指そう 作:異世界TS奨励委員会
日間ランキングに載ったので勢いに乗って投稿です。
7.偽物の『救世主』
「ここは……」
魔法陣とでも言えばいいか、そんな幾何学的な文様が描かれた上に、私は立っていた。
ローブを羽織った何人もの大人たちが周りを囲んでいる。いかにも魔法使い、とでも言うような出立ちのものたちだった。
刀を抜くか、しばし、悩む。
この者たちが敵がどうか、判断がつかない。なにやら、私には理解できぬ言語で、私についてを喋っているようであった。
「お姉ちゃん!」
悩んでいると、胸に陽滝が飛び込んでくる。
私よりも先に異世界へたどり着いていた。次の世界を選んだ結果、世界の救世主の召喚に割り込むと話してからすぐ、いなくなってしまったのだった。
「陽滝……ここは、どこだ?」
異世界だとはわかっていたが、不審に思われないように陽滝へと尋ねる。ここにいる者たちの誰かが、こちらの言葉をわかる可能性を忘れない。
「あぁ、それならあの人たちが」
三人。
陽滝の飛び込んできた方向には、他の者たちとは違うと一目でわかる三人の者たちがいた。子供、年若い女性、老人と、年齢に性別はバラバラであったが、見た目のみの違いか。
三人は人とは思えぬほどに異質な筋肉のつき方、内臓、そして魔力の流れ。醸し出す雰囲気にどこか厳かなものを感じる。
まず前に出たのは、三人のうち、老人の姿の者であった。
「ここはお主たちにとっての異世界じゃ。落ち着いて……まずは本当に落ち着いてじゃ……、話を聞いてくれぬか?」
落ち着いてと、念を押されるように繰り返される。
陽滝の顔を覗けば、えへへとはにかんで、私を抱きしめ続けていた。
「……『異世界』と言ったが、どういうことだ」
「この世界は今、危機に瀕しておる。……この召喚陣により、『異世界』からの『救世主』の召喚をおこなったが、召喚されたのがそこの陽滝じゃった」
「そう! でも、肝心の召喚された陽滝は、お姉ちゃんって、泣き叫んで、ぜんぜん話にならなかったわ!」
年若い女性の者が、どこか呆れたようにそう語った。それに、老人の者はため息をつく。
「まだその歳では無理もなかろう。それで、急遽、陽滝の願いに添い、姉であるお主を召喚したといったわけじゃ」
「これで、やっと話ができるのね! 感動よ」
「おい、シス……」
年若い女は、どうやら一言多いよう。三人のうち、少年の姿をした者が諌める。
陽滝が泣き叫んだのは、十中八九演技であろう。とうの陽滝といえば、満足げに私の腕に抱きついている。
「話はわかった……。だが、一方的に呼びつけておきながら……世界を救えと要求を飲ませるのは……礼儀を欠くものではないか……?」
「えっ? 世界を救うのよ? 世界を救って永遠に名を残す。それってとても名誉なことでしょ? 喜んで身を捧げなさい!」
「シス、お前は黙っておいた方がいい」
先程よりも少年の姿の者の言葉は強い。
老人の者も、ややその女性には呆れているようであった。
「そうじゃな……こちらに用意できるものもある。……陽滝の体質じゃが……周りの『魔の毒』を集める体質で、その『魔の毒』により、こちらに召喚された際は、ほぼ死にかけておった……。シスがその時はなんとかしたが……約束しよう、わしらに協力する限り、陽滝は死なせない」
「死にかけ……?」
小声で陽滝に尋ねるが、そういうことになっているとでも言うような澄まし顔であった。
「そちらの世界では、『魔の毒』に対する知識がなく、治療法がなかったと聞く。こちらの世界ならば、この『魔の毒』に対しても研究がある程度は進んでいるゆえ、治療法も見つけやすい。むろん、わしらも全力でその治療法を探すと約束しよう。悪い取引ではないと思うのじゃが」
「違うわ! あなたたちは、この正義の使徒シスの手駒となって、世界のために――」
「いいかげん、お前は静かにしておけ」
この三人の仲は、あまり良くないように思えた。
病と、協力するべき理由が作られていることから、陽滝はこの話に乗りたいと考えているに違いないか。
「陽滝の病が治るなら、是非もないか……。私は良いが……陽滝」
「ふふふ。お姉ちゃんは私のためなら、なんだってするから。大好きだよ」
茶番だった。
即興で陽滝の書いた台本を演じるだけ。このやりとりに、大した意味はないだろう。
「こうも、すんなりと説得できるとは……。双子というのはそういうものか……」
「いいえ、私たちが特別なだけです。姉さんと私は、これからも、いつまでも、『ずっと一緒』ですから」
敬語になり、陽滝は目の前の老人に訂正を入れた。私以外と話す時、兄や両親も含めて、陽滝はいつも敬語だった。それはこの異世界でも変わらないか。
「そういえば、あなたたち二人は仲がいいけど! あなたたち以外に兄弟はいないの?」
そこから兄弟の話になる。
私たち二人が固い絆で結ばれているという話から、他の兄弟についても気になったのだろう。
「兄が……一人おります」
ひりついた雰囲気の緩和と、妹が敬語で話したことにより、私もへりくだった喋り方になる。
ふと視線を感じれば、陽滝が、僅かながらに不快感の滲んだような表情を浮かべて、私を見つめていた。
「そうか、兄が……その兄は……どんな性格じゃ……?」
「兄さんは、とても臆病で、困難から簡単に逃げてしまう……。生まれ持った才能はあるけれども、心がとても弱く、脆い。そして、大抵のことはうまくいくけれども、大切なところでいつも失敗してしまうような、そんな人間なんです。それだけに、同じ弱者のことを深く理解できる」
陽滝は、兄のことを的確に表現していた。
何度となく、負け、失敗をし、ついには何もかも投げ出してしまった兄のことを、的確に表現していた。
「よし、ならば、その兄も召喚することにしよう」
「いいの? ディプラクラ」
「いくら召喚の条件が心が強いものとはいえ、女児二人では不安じゃろう。それに、これから、
「そうね……ええ。たしかに、そうね」
含みを持たせた会話だった。彼らにしかわからない、まだ説明されていない事情があるのだろう。
「すまぬが……今日は部屋で休んでもらえぬか? ききたいことは他にもあるとは思うが、後日、召喚が全て済んでから、一度に説明させてもらいたい。申し訳ないが」
「お姉ちゃん。行こう」
「ああ……」
妹に促されて進む。いろいろと問い詰めたいこともあったが、陽滝はもうあきあきしてしまっているよう。
あまり目の前の三人のことを、陽滝は目に映していないようであった。
尋ねたいことも、この三人ではなく陽滝へと尋ねた方が早く済むだろう。
陽滝に手を引かれたまま、見知らぬ建物の中を進んでいく。
***
石造りの、日ノ本ではまず見かけないような造りの建造物であった。
その規模から考えて、城と呼ぶべき建物であることは間違いない。幾つもの用途の部屋が並んでいる。そんな中、おそらく客を歓待するためであろう部屋が、私たちの泊まる場所であった。
「陽滝……『
彼らがおこなったのは世界の『救世主』の召喚。けれども、実際にやってきたのは相川陽滝――世界を『終わらせる者』だった。
そして私たちにとって、この世界が終わるという結末は決まっている。問題は、その終わるまでになにをするかだ。
「『救世主』ごっこ?」
「趣味が悪い……」
わざわざ『救世主』の召喚に割り込んだのだから、陽滝にそのつもりがあるというのは間違いがない。
世界が救われるという希望を見せられた後に滅ぼされると言うのならば、この『異世界』に生きる人々は不憫でならなかった。
「それじゃあ、『救世主』の部分は、後から来る兄さんに任せようかな」
「兄……か……」
この『異世界』に兄が来るという予定はなかった。《
「ねえ、お姉ちゃん。私たちの家族は私たち二人だけ……。あの人は……」
「兄弟と尋ねられたゆえだ」
ぞんざいな返答に、陽滝はそっぽを向いた。明らかに機嫌を悪くしている。
後ろから抱き寄せ、その髪を優しく梳く。
「はあ……いいけど……。そのせいで、兄さんに、手を加えるしかなくなっちゃったね」
陽滝は『白い糸』を靡かせる。それはこの『異世界』から、世界の『切れ目』を通じて、『元の世界』まで繋がっていた。
こうして『元の世界』を陽滝は喰らい続けている。
その中の『糸』から、兄に繋がる一本を選び、陽滝は動かす。
「それはそうと、陽滝……。病とは、どういうことだ」
「この、私の『魔力』を『吸収』し続ける体質が、病。世界を滅ぼし続ければいいから、困ってはないけど。死にかけなふりをしたおかげで、お姉ちゃんをスムーズにこっちへ呼べたんだよ」
相手は世界を救うことを第一に考えているようであった。病にかかったものでは、万一があるために、代わりが欲しかったというところか。
陽滝は笑う。褒めてほしいと言わんばかりの笑顔で、振り返り、こちらを見つめていた。
少し呆れるが、こちらの頬を陽滝の頬に擦り付けて、望む通りの言葉を伝える。
「良くやったな、陽滝」
「えへへ……。じゃあ、このまま……〝召喚される前の私は、ある日、突然倒れ、この病で病院から一歩も動けなくなっていた。お姉ちゃんは、幼少の頃の病がぶり返し、十五という余命が近づくが、それを言い出せない〟……そういう設定にしようよ」
この『呼吸』に今も寿命が蝕まれているというのは本当のことだ。『元の世界』に繋がる『朱い糸』により、私の身体への負担は軽減されているが、それがなければ私は長くは生きられない。
「二人とも……死にかけか……」
「〝そして、私たちの兄さんは、私が病に倒れ、入院してしまったことを強く後悔する。下の妹が倒れるまで無理をしていたことに気が付けなかった自らの愚かさに深く傷つく。さらには、上の妹の寿命が迫っていることにも気がついてしまう。医者とお姉ちゃんとの会話を聞いてしまったのだから。このままでは妹が二人とも死んでしまうと、そう絶望した矢先に、二人が失踪する。『異世界』への召喚だった〟」
そう言って、陽滝は兄の記憶を改変しているようだった。
そこに私がなにか口を挟む余地はないだろう。
「ふふふ、これから兄さんが二人の妹の命を助ける方法を探しながらも、世界を救っていく壮大な物語が始まる」
〝あぁ、だが、『本当の敵』は妹たちだった。世界を救った相川渦波は『本当の敵』との戦いに、最後の最後で敗れてしまう。次の世界、その次の世界と繰り返し、全てをリセットされながら、また同じ英雄譚を繰り返していく〟
そして、その物語の辿り着く場所が見えてしまう。完全に陽滝は兄のことを玩具としか見ていなかった。
結局は自分が勝つ物語の筋書きを、陽滝は執筆していく。とてもつまらなさそうに。
「お姉ちゃん……次は何をして遊ぼう。あぁ、【私に敵うのは、お姉ちゃんだけ】だから」
陽滝の関心は、いつも私と『対等』に戦うこと。その陽滝との『対等』を叶えるために、私には全てを犠牲にする覚悟があった。
――二度と、遥か彼方に置いて行かれはしない。
それは魂への誓いだった。
理を乱すような、縁壱のような存在は、
外道だと言われようとも、どんな手を使ってでも、私は強くならなくてはいけない。
それが私の望みであるのだから。
実際に、世界の一つを滅ぼしておいて、私はなんの罪悪感もなかった。
「あぁ、お姉ちゃんがいて、よかった。ああ、本当によかった。
いま、陽滝に『対等』な相手とみなされていることが私の全て。私の存在価値はそれゆえにある。
「
「あぁ、
世界を一つ滅ぼし、この『異世界』にやってきて、何か一つ枷が外れてしまったような気分に浮つく。
愛おしげに、数えきれないほどの『白い糸』が私の肌を撫でているとわかる。その『白い糸』に、私の『朱い糸』を絡ませれば、混じり、溶け合うような感覚に浸れる。
「……っ……」
「ふふ、あはは……」
強く抱きしめ合う。取り乱して笑う陽滝の顔を、なぜか私は見つめることができなかった。
今、まさに陽滝の言う『ずっと、一緒』が果たされているのだとわかる。
溶けるような『太陽』の熱に侵され、そのおぞましさに心が震える。それは、どこか感動にも似た情動だった。
この妹だけは絶対に離さない。前世から続く妄執により、私は自らで妹のことを掴んでいる。
そんな中、陽滝を『いつでも、助ける』という願いが心に湧く。その瞬間、抱きしめる陽滝が一瞬だがひくついていた。
異様な『魔力』が満ちていることがわかる。
無意識にそれらが変換された『魔法の輝き』は、明るく、そしてキラキラと滞った。なにかを祝福しているような煌きだった。
「あぁ、だから、これがエピローグ」
もし、物語が『元の世界』で終わるのならば、これが相川陽滝の物語の
だが、陽滝が目指したものは永遠。ならばそれは、ずっと、どこまでも、永い。
道は終わらない。
強くなり続ける陽滝に、……私は姉として……陽滝に負けないほど強く……。
妹様は『対等』な相手を手に入れ、もうゴールに辿り着いて、勝った気で、終わった気でいます。
次回かなみん。
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