異世界迷宮で縁壱を目指そう 作:異世界TS奨励委員会
兄は召喚されてすぐに逃げてしまったよう。
兄の性格を考えれば、予想のできる範囲内のことであった。
ティアラ・フーズヤーズ。
その名の少女と、相川渦波は、物語の書き出しとも言えるほどの劇的な邂逅を遂げる。目を離した隙に、兄は、このフーズヤーズ国の王女の一人である少女に匿われ、短いながらも心に焼き付くような交流を経ていた。
繋がる『糸』からの情報を陽滝の『思考』を借り、読み解き、兄のだいたいの状況を知ることができる。
知ることのできた情報には、陽滝がどのように兄の記憶を弄り、どういう状態にあるかも含まれていた。
そして、今、城に仕えるものたちに引き連れられ、兄が目の前に姿を表す。
「ひ、
明日も見えないような暗い表情で、城のものたちに囲まれながら歩いていた兄だったが、私たちを見つけると、途端にその顔が明るくなる。
「兄さん……。はぁ……」
陽滝はまず、呆れたようにため息をついた。それは召喚されてそうそう、逃げ出してしまった兄に対するものだとわかる。
「どうして……? 陽滝……顔色も良くて……? いったい……」
「兄さん。そうですね。兄さんが心穏やかに、話を聞けることが重要ですか……。私の病気のことなら、そこにいるシスさんが、ここに召喚されてすぐ、なんとかしてくれました」
陽滝に改ざんされた兄は、妹こそが第一であった。病に苦しむ妹が、回復した姿を見せたともなれば、なにを捨てても喜ばずにはいられない状態にある。
「そうよ! 私が……! この正義の使徒シスが、なんとかしたわ! この私がね!!」
陽滝に名前を出されたゆえか、激しい自己主張のもと、私たちに付き添っていた三人のうち、年若い女性の者が兄に迫る。
「とはいえど、急場を凌いだのみ……。まだ完治には至ってはおりません……」
「姉さん……。私が完全に治らなかったのが不満なのはわかりますけど、今は動けるようになったことを喜びましょうよ」
この年若き女性の発言により、兄が勘違いをしてしまわぬよう進言をしたが、陽滝に諌められてしまう。
この『異世界』へと召喚された際の陽滝は、死にかけという話だった。そこから助けられたというならば、応急処置とはいえ、命の恩人ともとらえられる。
「でも……どうやって……! あのときには、もう……ほとんど……」
兄の記憶にある陽滝は、ただ、死を待つほかにない状態だったゆえか、目の前の現実に疑いの眼差しを向けている。
「その病についてじゃ
老人の姿をしたものが、先日私たちにしたものと同じ説明を兄へと繰り返す。
大気中の『魔力』――『魔の毒』を陽滝は吸い寄せる体質で、その対策がこの『異世界』では発展しているという話だ。
「あぁ……だから、陽滝は……! ありがとう……! ほんとうにありがとうございます!」
感涙し、兄は三人に感謝の言葉を告げていた。
兄は妹たちが第一にと調整されている。ゆえに、自身の命の恩人であるかのように、あるいはそれ以上に礼を、陽滝に処置を施した女性へと告げていた。
「え……?」
困惑する女性に、ありがとうは感謝の言葉だと、老人の男が伝えていた。
この女性にとって、感謝の言葉は聞き慣れないものであるのであろうか。
使徒として、世界のためにやったことで、感謝される謂れはないと、彼女は兄へと答えて言った。
それでも兄は、女性へと感謝を伝えて、押し問答が繰り広げられる。
「どういたしまして……?」
こういう時は、どういたしましてだと老人の姿の男に伝えられて、女性は恐る恐ると口に出した。
「ありがとうございます……本当に……」
礼が伝えられて、三人のそれぞれが悪くないと口々に呟いている。
そんな様子を兄はどこか温かく見つめていた。
この話し合いの場で、雰囲気が最初よりもずいぶんといい。
「それで……理河の病気の方は……?」
「え……?」
空気が凍りつくようであった。
隣にいる陽滝が、驚愕に顔を染めて、私を見つめていることがわかる。私を煩わせる『痣』の寿命の問題は知らなかったという
私たちを異世界に喚んだ三人も、驚きを顔に浮かべていた。
「姉さんが……病気……?」
「い、いや……陽滝……! 陽滝の病気が良くなったならって……あぁ……違う……違うんだ……」
「兄さん……! 何か違うんですか……っ!! ちゃんと説明してください!!」
厳しい剣幕で妹は兄を睨みつける。
兄は妹に一度たりとも勝てていない。力関係では、明らかに妹の方が上だった。
「いや……陽滝……それは……。み……理河……!」
鬼気迫る表情の陽滝の迫力に押され、兄は及び腰になりながらも、情けない声で私の名前を呼んでいた。
ため息をつき、それに応える。
「陽滝……私は病ゆえ、後数年の命だ。幼き頃、私が病でまともに動けなかったことは、知っているはずだろう? 治ったはずのそれが、再発した」
「そんな……お姉ちゃん……! どうして、そんな大切なこと……黙って……!! ……っ!?」
陽滝は自身が病であったことを、そんな自分に心配をかけさせないように、黙っていたのだと、今、思い至ったような顔をした。これ以上のない『演技』であった。
「陽滝……私が死ぬのはまだ先だ」
「お姉ちゃん……いざとなれば……私と一緒に死ぬつもりだったでしょ?」
「…………」
神妙な顔で黙り込む。
相川家での生活により、私も『演技』は仕込まれていた。陽滝とも競ったゆえに、それなりに形にはなっているはずであろう。
「お姉ちゃん……『ずっと、一緒』だよ?」
陽滝はそう言って、私へと抱きついてくる。目には涙さえ浮かべている。
少し離れて、こちらを見守る兄は、涙を袖で拭いながら、そんなことには絶対にさせないと呟いていた。
茶番だった。
「理河も病気とは……。じゃが、そう悲観する話でもないであろう。陽滝の病と同じように、そちらの世界では取っ掛かりが掴めなかったことも、あるいは……こちらの世界でならば、治す手段があるやもしれぬ」
「は、はい……っ!!」
兄は、老人の男のセリフに強く頷いた。
何に代えても妹たちの病気は治すと、決意の色が伺える顔だった。
「であれば、ギブアンドテイクじゃな。儂等に協力をしてほしい。その間ならば、二人は死なせないと誓おう」
「協力……ですか……?」
「うむ。まずは儂等の目的を話そう。儂等の目的は、『魔の毒に適応できる器』を創り出すこと、ただ一つ。そのために、お主らは【星の理】を理解する必要がある」
「……魔の毒に……器……星の理……。妹たちが助かるなら、協力は惜しみません。ですけど……」
この世界特有の語が多いため、兄は理解につまずいてしまっていた。老人の姿の男は、召喚されたばかりの兄に、前提となる知識がないのだと、気が回っていないよう。
「あぁ……兄さん。先に私が簡単に話を聞いたので、掻い摘んで説明しますね」
それが一番手っ取り早いと、陽滝が間に入っていた。
兄が来るまでには時間があったため、その間に、陽滝は三人から情報を集めていた。二度同じ話をするのは手間であるから、詳しいところは兄が来てからという話であったが、それでも、概要程度ならば、聞けはした。
この世界は、元の世界で発見されていなかった『未知の物質』に空を覆われるほど満たされていること。その『未知の物質』が溢れたことにより、多くの問題が起こっていること。
「つまりです、彼ら使徒たちの目的は、この『未知の物質除去の専門家』に、私たちになってもらうことです。『魔の毒に適応する器』はそれのことですね」
そこから、『未知の物質』の性質を理解することは自身の病の解決につながることを話し、陽滝は兄の思考を誘導していく。
「それで陽滝の病が治るなら、僕にとっても利害の一致だ。惜しみなく協力できる」
「ありがとうございます、兄さん。私たちが頼れるのは、兄さんだけなので」
「僕も、家族を……お前たちのことを失いたくないんだ。当たり前だろう」
「家族……ふふ……っ、家族ですか……」
陽滝が私の手を強く握ったことがわかった。
陽滝の『演技』に、『透き通る世界』でないとわからないほど僅かで、一瞬の綻びを感じる。陽滝はよく、『たった二人の家族』と言っていることを思い出した。
「了承が得られたならば、まず『未知の物質』について説明しようか。長くなるが、しばし、辛抱して聞いてほしい」
語られるのは、その『未知の物質』の性質だった。それは、『魔の毒』と呼ばれるもので、世界の全ての『源』だと語られる。
この『源』は、全てを形造り、寿命を迎えるとともに星に沈み、また新しい何かに生まれ変わる。『元の世界』での考え方で言えば、魂の輪廻に近いか。
だが、循環が機能していないために、空気より軽い『源』は天高く昇り、どんよりとした雲のように、空へと溜まり、覆い尽くしている。
これが閾値を超えるまで溜まると、雨のように空から降り注ぎ、大地に住む者たちへと害を与える。元の形から、別の在り方へと変えてしま
……『源』――もとの世界で、よく興じていた遊びになぞらえ、私たちが『魔力』と呼んでいたそれの性質は、もとの世界ですでに十分に理解していた。
この『源』の問題を解決するための試行の段階にあるのが『魔の毒に適応できる器』であり、その者は、個人単位で『源』の循環が可能であるという。
――その『器』の条件は、既に死んでいること。
「おぬしらを召喚する際に、『世界との取引』によって『代償』を決めたのじ
相川陽滝の召喚の『代償』は、『この星の危機』。
相川理河の召喚の『代償』は、『この星の存続』。
相川渦波の召喚の『代償』は、『相川兄妹が、この世界に永住すること』。
そう決まったゆえに、『元の世界』には二度と帰れぬ。『元の世界』での生を失ったがために、『魔の毒に適応できる器』となっているはずじゃな」
「…………」
兄がちらりとこちらを向いた。
困惑した顔であったが、陽滝が一つ頷くと、腹を括ったように、老人の男に向き直る。
ついで、話は『世界との取引』に移った。
その『世界との取引』とは、魔法のような何かだと教えられる。
感情や、記憶、行動や時間の対価を与えれば、相応のものが、『世界』から与えられると。
「まずは、まわりにある『魔の毒』を『別の力』へと代えてもらうわ。試してみましょう?」
年若い女性によって、そう促される。
元の世界で『魔力』によって引き起こされる現象については、わかっていた。問題があるとすれば、兄は『魔力』を理解できなかったゆえに、その鍛錬を投げ出していたことだ。
すこしばかり、兄を気にする。
「お姉ちゃん。兄さんなら、きっと大丈夫だよ?」
小声で陽滝は私の耳ともに囁いた。その顔は、『透き通る世界』を使わずとも、邪悪に微笑んでいることがわかる。
「すごい……これが……!」
私の心配が不要であったことがわかる。紫色の力が兄の周りに溢れているとわかる。
兄に倣って、陽滝も、『魔力』による、その力を解放させる。
「――っ!
太陽が具現してしまったと思えるほどの熱く、明るく。
陽滝の力は、その才能は『太陽』そのもの。焦がれてしまいそうな眩しさに、目を焼くほかない。
「熱気……? これは『火の力』? いえ、この輝きは……『太陽』? 陽滝が『太陽』で、理河の方は『月』……カナミは『次元の力』なのに……」
不思議だとでも言いたげな呟きだった。
だが、そんな女の反応に構う余裕はなかった。心が焼かれるのがわかる。言いようのない醜い感情が、心の中に浮かんでくる。
「は……っ、はぁ……、お姉ちゃん……!」
息を乱して、陽滝はこちらへとなだれるように倒れた。
その身体への『魔力』の出入りによって、陽滝は痛みを負っていた。世界を一つ飲み込んではいるが、肉体は人間のそれだ。そうである限り、その痛みは克服されることはない。
「陽滝……」
「お姉ちゃん……」
だが、その痛みは陽滝にとっては些細なことであるようだった。頬は興奮したように紅潮し、口元はゆるみ、こちらを見る目の瞳孔は開いている。
沸き立つ醜い感情に軋む。だが、陽滝の考えは手に取るようにわかってしまう。求められるがままに身体が動く。
抱き寄せて、一人にはしないと陽滝にだけ聞こえるように呟いた。
「な……なにが……! 陽滝になにが起こったんです! おかしい……絶対にこんなのおかしい……」
「た、たぶん、周りの『魔の毒』だけじゃなくて、感情まで『代償』になったんだわ……」
「感情って……っ、そんな……! 『世界との取引』って、そんなに危険なものなんですか……!!」
「危険って……ちょっと感情がどうにかなるくらいで、力が得られるのよ? むしろ、得じゃない?」
「……!? ティプラクラさん!!」
老人の男の方に、兄は顔を向けた。
ただ、苦い顔で、こちらを見つめるばかりのその男に、兄は困惑を隠しきれなかった。
「兄さん。私なら大丈夫です……。『世界との取引』は
「……っ!?」
そして、兄は陽滝に押される。
度重なる、陽滝への敗北経験がそうさせるのであろう。こうなれば、兄は強く出れない。
「兄上……陽滝は……問題のうございます」
「理河……!? 理河も……。陽滝に、理河がそう言うんだったら、きっとそうなんだろうけど……」
気がつけば、陽滝を援護する言葉が出ていた。無意識であった。
だが、失態ではなく、これは言うべき一押しだった。陽滝はとても満足げに、私を抱きしめながら、兄の方へと顔を向けていた。なにも問題はなかった。
「それにしても、カナミだけが『次元の力』……」
「陽滝の『太陽の力』に、理河の『月の力』。どちらも特殊で『星』に近い。そういう意味では、悪くはないじゃろう」
太陽と聞こえるたびにざわつく心を抑える。
兄だけが『次元の力』だったことに落胆する様に二人は語っていた。
「だが、シス。なにも、そこまで急ぐ段階ではない。じっくりとじゃ」
危機的状況に陥っているこの世界であるが、まだ千年の猶予がある。召喚された私たちが『魔の毒に適応する器』となっていることを確認できたために、【星の理】に至らずとも、最悪、生きているだけで『魔の毒』が世界から減っていく、それだけでも世界の寿命を伸ばすために効果があると、彼らは話した。
「今日は終わりじゃ、疲れたじゃろう? ゆっくりと、休むといい」
そうして、部屋へと返される。病である陽滝や、召喚されたばかりの兄を慮ってのことであろう。
「ま、待ってください! 僕はまだ大丈夫です! この『魔の毒』を、僕はしっかりと理解したい!! 陽滝や、理河が、無理をしないためにも、取り返しのつかないことにならないためにも、絶対にそれは、僕がやらなきゃならないことなんです!!」
「兄の方ならそう言うと思ったわ! 続けましょう?」
「しかしな……」
苦言を呈して、老人の男は止めようとしていた。
その言葉を、兄は振り払う。
「大丈夫です、ディプラクラさん。安全第一に危ないことはしません。ただ、いろいろ試しておきたいことがあるだけなんです」
「なら、儂は陽滝の治療に移ろう。といっても、『魔の毒』を遮断する糸で服を縫うだけじゃがな……」
「……っ! お願いします……!」
そして、老人の姿の男は去っていく。
子供の姿の者は、すでに周りにはいなかったが、よく探すと、遠目で身を隠し、こちらを観察しているようだった。
「兄さん、頑張ってくださいね!」
「期待しております」
「うん、陽滝……理河も……!」
そうして、この一日で、兄は多く、この『魔の毒』で成果を残すことになる。
まず、この世界の用語を回りくどいと、身近なものに名前を変えいてく。『世界との取引』を『
「『次元の理を盗むものカナミ』ね!」
そして、『魔の毒に適応できる器』を『
――『
胸を騒つかせるような、危うげで、嫌な響きだった。
「なら、私は『太陽の理を盗むもの相川陽滝』で、姉さんは『月の理を盗むもの相川理河』ですね」
ただ陽滝は違うようだった。
自分を『太陽』とし、姉を『月』とする、そんな肩書きが気に入ったように見える。
さらに、兄は詩を詠うことで、『詠唱』という技術を確立した。
詩を詠うという行動、さらには詩の言葉に込めた心を『代償』に、『呪術』を行うという技術だった。
「――『汝、刮目し省みよ』『その命の輝きを識れ』、『我に在り、汝に在る』――」
――呪術《
その『呪術』は、体内に溜まった『魔力』を己の身体の強化へと充てる……陽滝がかつて私にやっていた技だった。
体内に変換できずに溜まる『魔力』がなくなれば、陽滝の病は解決できる。兄の目指した方向は、間違ってはいないはずであろう。
「う……っ」
「陽滝……!!」
だが、陽滝は外の『魔力』を急速に体に取り込む体質だ。体内の『魔力』をどうにかしたところで、すぐに周囲の『魔力』を吸収してしまう。
陽滝の治療は、この呪術では不可能だった。
ただ、それは陽滝が特別だからだ。
「『ティアラ』……」
「『カナミ』……」
この国――フーズヤーズの死にかけの姫には、その『呪術』が効果的だった。
この世界を脅かす、『魔力』による病。その治療の方法を、
「ふふ……」
妖しく笑う陽滝を横目に見る。
全ては舞台の上。糸に吊られた人形たちの演劇が、幕を上げる。
手間取りました。
ほとんどは原作の流れのままです。原作を知らない方がいるかもしれないので端折るに端折れず悩んでいたら、後日談で渦波さんの両親の情報がでたりで、新年に。申し訳ないです。あけましておめでとうございます。
これは私ごとですが、8巻と10巻と15巻のキャラファイングラフが届きました。オーバーラップ文庫がコミケで出店していたやつですね。私は通販で手に入れました。ショップを見たら全部売り切れているみたいだったので、なによりです。
あと、鬼滅の遊郭編も楽しく毎週見ています。
今年こそ、「異世界迷宮の最深部を目指そう」のアニメ化が叶いますように。
感想欄で掲示板形式のタグについて、感想で問題提起がされました。私も少し良くない状況だと思っていたので対応をアンケートで決定したいと思います。
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潔く掲示板部分を削除する
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かなみんが掲示板の魔法を広める