『おい! さっさと頭を垂れろよ、父上に言いつけるぞ』とか言ってたせいで殺されそう。ヤバい。

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慈善活動してみる

 

 

 

 この世界に生まれる前の記憶を取り戻したのは、齢十歳の誕生日を迎えた時だった。

 

 目が痛くなるようなステンドグラスが張り巡らされた大きな屋敷で、ワインに酔ってゲラゲラと下品に笑う父親の隣でオレンジジュースを飲んでいた時、ピコーンと頭の中で突然前世の記憶が蘇ったのを覚えている。

 

 別段大切な記憶があったわけでもなく現代知識で無双できるような教養も無かったが、人間として失ってはならない常識が今の俺からは欠落していることを前世の記憶のおかげで自覚することができた。

 

 そんでもって頭を抱えた。

 思いやり、助け合い──なにより()()というものが俺には備わっていなかったのだ。

 

 常に金ピカの頭が悪そうな装飾品を身に付けて庶民を見降して生きている悪徳貴族な父親に、それはもう甘々に甘やかされ過ぎて砂糖になるレベルで甘やかされて育った俺は、当然父親の真似事をしながら傲慢に成長してきたわけで。

 

『いいのか僕に逆らって? 父上に言いつけるぞ?』

 

 これが口癖である。多分一日に五回以上は言ってた。庶民をいびる為に下町に行ってわざわざこのセリフを吐いてた。暇人すぎる。

 

 そういった経験を前世の庶民だった自分と照らし合わせた結果、俺は重大な事実に気づいてしまった。それはもう驚きすぎてひっくり返って頭が地面に埋まる程度には重大な事実だった。

 

 

 ──俺、貴族のバカ息子じゃね?

 

 

 いや全くもってその通りだったんだよな。ビックリするぐらいバカ息子。父上を後ろ盾にして踏ん反り返るお山の大将。

 

 嫌味な取り巻きのガキども連れて庶民の子供たちに嫌がらせしてたからね。庶民どころか町はずれの貧乏集落に赴いてまでわざわざ同い年の子供いびってたからそりゃもう大変。

 

 

『僕に逆らったら父上にお願いしてお前の親の仕事を奪う事だってできるんだぞ?』

『まぁ金を払ったら街に入れてやるよ。もちろんその薄汚れた服じゃダメだけどな』

『おい! さっさと頭を垂れろよ。逆らうと父上に言いつけるぞ?』

 

 

(誰このクズ……いや俺だわ……) 

 

 

 記憶を取り戻してから一週間を費やして、凝り固まった貴族の息子としての無駄なプライドを粉々に破壊してようやく俺は庶民の持ちうる道徳を取り返すことができた。

 

 そして冷静に自分の状況を分析した結果、とある考えに行き着いたのだった。

 

 

(生き方を改めないと! このままだと俺、いつか恨みを募らせた誰かに刺されて死ぬ……!)

 

 

 そういうわけで、齢十歳にして数多の罪滅ぼしを背負った人生がスタートしたのだった。

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 まずは庶民たちからの『性格最悪のゴミで救いようがない程のクズなバカ息子』というレッテルを返上しなければならない。さもなくば父上もろとも暗殺されてしまう。

 

 既に俺の家は各方面の下級貴族や庶民たちに凄腕の暗殺者を寄越されてもおかしくない程度には恨みを買っているので、少なくとも父上がぶっころころされるのは確定事項だ。

 

 育ててくれた事に関しては父上にも大変感謝しているが、それを補って余りある悪行を裏で行っているので殺されるのも致し方ない。

 違法奴隷売買とか人体実験とか賄賂とか人間サンドバッグとかその他諸々やってるし、この前なんて野菜の収穫量が少なかった農民に靴を舐めさせてた。ここまで来ると本当に申し訳ないがその命は諦めてほしい。救えぬ命もあるのだ……。

 

 だが俺自身は何が何でも死にたくない。目指すは「お前だけは見逃してやろう」であり、何としても父親と違って息子は殺すほどの悪ではないと庶民たちに知らしめなければならない。

 

 

 とりあえずは身近なところから始めようということで、今日はゴミを入れる布袋を持って下町に訪れた。

 

 お察しの通り本日の活動はゴミ拾いである。この程度じゃ悪徳貴族の認識など一ミリも変化しないだろうが、ゴミ拾いはボランティアの基本なのでまずはここから始める。何事も最初の一歩は極めて地味なのだ。

 

「出発だ、往くぞゴリラ」

「仰せのままに」

 

 俺一人だけで行動するとチンピラや怖い人といった『死』の危険が近づいてくる為、ムキムキの武闘派ゴリラ執事を一人だけ連れてきた。比喩抜きでゴリラの姿をした獣人の有能執事だ。

 

 ただ執事はあくまで護衛として連れてきているだけなので、俺のことを見守らせるだけで彼には何も手伝わせない。有能執事に仕事やらせたらゴミ拾いとか秒で終わるしな。

 

 よーし、がんばるぞ。

 

 

「えっさ、ほいさ」

 

 

 大通りや路地裏などを散策していればゴミを見つけるのは容易だった。時々庶民たちの厳しい視線をチクチクと感じたが、この程度ではへこたれない。

 

 夕方頃にはゴミでパンパンになった袋を三つほど抱えてひーこら言いながら歩いて帰ったが、その重さはなんだか心地よかった気がする。

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 今日は下町よりも離れた場所にある貧乏集落に訪れた。ここは中央の街や下町と比べても特に貧相で、荒れ果てて碌に作物も実らない僻地で細々と暮らす人々が多い場所だ。

 

 下町と比較しても特にウチの悪名が轟いている場所でもある為、まずはここから攻略していかねばならない。

 

「出発だ、往くぞゴリラ」

 

「仰せのままに」

 

 子供の身で担ぐには少々重すぎる大きな袋を背負い、ゴリラ執事と共に貧乏集落へと足を進めた。

 

 今回の目的はこの貧乏集落に住む人々に新しい衣類を配るというものだ。勿論嫌味に取られないよう、無駄に高級な服ではなく庶民が好む普通の衣類を取り揃えて持ってきた。

 

 この集落の人──特に子供たちはボロボロで見るに堪えない服装で生活しているため、中央街はおろか下町に入るときですら町民に苦い顔をされてしまう。農作物の運び入れや仕事が理由であっても、彼らは町にとって歓迎されない民。

 

 ひどいときは言いがかりをつけられてイジメられることすらある。商品には触れてもいないのに『汚れるから』という理由で追い払われたり、買い物すらさせてくれない店も多い。

 

 兎にも角にも服装が問題なのだ。ゆえに俺は父上を騙くらかして手に入れた資金を使って普通の衣服を持ってきた。身だしなみが整えば町民もいちゃもんはつけない筈だ。

 

 

「お金いらないぞー、好きなだけ持っていってくれー」

 

 

 俺を警戒して近寄ろうとしない農民がほとんどの中、髪の短い少年が前に出てきてくれた。

 その子は畑作業を終えた後だったからなのか顔も体も泥だらけだったので、とりあえずハンカチで顔を拭ってやってから衣服を渡した。

 

「綺麗な顔をしてるじゃないか。将来きっとモテるぞ」

 

 言われ慣れてないのか少年は顔を赤くして何処かへ行ってしまったが、少年がなかなかの美形だったのは事実だ。まだ幼さの残る顔立ちだったけど成長すれば顔だけで食っていけそうなレベルで。

 

 ああいった境遇だけが邪魔している人々がこの貧乏集落には沢山いる。見過ごすには勿体ないダイヤの原石たちが。

 そんな人たちを手助けして町へ進出させれば、きっと彼らは口々に俺の良い噂をすることだろう。

 

 息子は悪い奴じゃないぞー、殺すには勿体ないイケメンだぞー、せめて命だけは助けてやろうぜー、と。

 

 それを実現するべく俺は頑張らなければいけない。死にたくないので全力を尽くす。

 とりあえず今日は、衣服を配りに来るだけでは誰も受け取ってくれないことが分かった。結局一日中歩き回ったが服を受け取ってくれたのはあの少年だけだ。

 

 良い人になるための道のりは長い──そう思いながら、袋の重みに辟易しつつ帰路についた。

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 服だったから駄目だったのだ。もっと欲望を直接刺激するような何かでなければ人は飛びついてこない。

 

 というわけで今日も貧乏集落に来ています。行うのは炊き出しです。

 高級なものを使うと警戒されていしまうため、材料はクッソ安い野菜とかなりの安価で手に入る豚肉だけにしてきた。

 

 やっぱり炊き出しといったら豚汁でしょ。

 幸いこの世界にも味噌はあったので一安心。豚汁の作り方くらいなら俺でも分かるので、集落の目立つところにテントを設営して準備完了。

 

「調理開始だ、往くぞゴリラ」

「仰せのままに」

 

 俺がデカい鍋で豚汁を作ってゴリラ執事にそれを配らせる算段だ。直接豚汁を貰いに来る人には俺が渡して、遠くから様子を見ている人には豚汁を持ったゴリラを向かわせる。

 

 今回は食欲で勝負だ。貧乏集落ゆえに常に腹が減っているような方たちが大勢いらっしゃるし、匂いで胃袋を刺激すれば警戒も緩くなると踏んでこの作戦にした。

 

 

「おいしいぞー、おかわりもあるぞー」

 

 

 予想通り作戦は成功した。大成功というよりはそこそこ成功って感じだったが、少なくとも初日よりは警戒が薄れたように思える。

 これで多少はモノを受け取ってくれるようになった筈だし、次こそ衣服を着てもらうぞ。

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

 服装以外にも清潔さに気を使ってほしいという理由で、大量の石鹸と靴を持って集落に訪れた。

 どうやらこの集落は洗濯も風呂も全て近くの川の水だけで済ませていたらしく、畑仕事をしていなくても汚れている人が多い。

 

 町の物価が高いせいで石鹸と靴を十分に備蓄できていないとのこと。ならばそれをどうにしかしなければ。

 服だけではなく体も綺麗にしてもらわないと困るぞ。頭の上から足の裏の隅々までな。

 

「洗浄だ、往くぞゴリラ」

「仰せのままに」

 

 大人たちには石鹸を渡して回り、体が汚れている子供たちは直接俺とゴリラで川洗いすることにした。

 川の流れは非常に緩やかで天気も快晴だったため、いいシャワー日和だ。

 

 

「こ、こらっ、大人しくしていろ!」

 

 

 大変元気の良い子供たちが暴れること以外は極めて順調に事は進んだ。

 気になったことと言えば……集落へ訪れた初日に唯一服を受け取ってくれた少年が、一人だけ離れた場所で体を洗っていたことだろうか。

 

 仲のいい友人もいるみたいだし、一緒の風呂を恥ずかしがるような年齢にも見えないし……俺が彼に嫌われているだけかもしれない。悲しいなぁ……。

 

 

★  ★  ★  ★  ★

 

 

「お父上が暗殺者に狙われた、との情報が。ご無事でしたが、御身もどうかお気をつけください」

 

 ……あ、あれ?

 もしかしてあんまり時間ない?

 

 




短めに終わる予定です


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