転生したら、終わった世界だった   作:ミコトちゃん29歳

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2.答えは未だ見えず

 目の前で人が大きなモンスターに襲われていた。

 助けなきゃ、と思うと勝手に身体が動いた。恐れもなにもなかった。

 

 普通なら怖くなって立ちすくむか逃げているはずなのに、何も感じなかった。まるで別の誰かが自分の身体を動かしているみたいだった。

 

 習ったことなんて絶対にない滑らかな動きでわたしはガンブレードを操る。意識しなくても身体に染みついた動きが勝手に目の前の化け物を切り刻んでいく。

 

『クアアアアアアアアアアアアアアア』

 

 化け物が気持ち悪い白濁した体液をまき散らしながら地獄めいた悲鳴をあげた。花の中心にぽっかりと空いた穴からそれは放たれていた。

 

 うるせえ。静かにしろ。

 

 リボルバーに込めたソイルが過熱する。何故かそれがわかる。ここを攻撃すればこいつは死ぬ。わたしは迷いなく穴の中に剣を突き刺した。

 

 そしてモンスターが痙攣して動かなくなったのを確認すると、死体から飛び降りて数メートル先で呆然としている2人に向かい合った。ララフェルとルガディンの2人組だ。顔はガスマスクみたいなの付けてて見えないけど、そのくらいはわかる。

 

 ……えっと、こういう時なんて言えばいいんだろ。大丈夫ですか? かな。なんでこんなところにいるんですか? ううん、ここはどこですか? とか?

 

 考えていたら、突然身体に力が入らなくなった。お腹が凹むくらいの空腹感がいきなりわたしに襲いかかる。

 

 あ、もしかして意識できなかっただけで、ろくに何も食べてなかったから身体は思ったより限界だったみたい……。

 

「お」

「「お?」」

「おなか……すいた……」

 

 それだけ呟いてわたしはぶっ倒れた。

 死ぬ前の言葉がこんなのだったら、ホントにヤダなあ……。

 

 

 

 

2.答えは見えない

 

 

 

 

 

 唐突に倒れてしまった恩人を肩に背負い、釈然としない思いを抱えながらビッグスは帰路を急いだ。あんな化け物がほかにもいないとは限らない。また襲われる前に船で離脱しなければ。

 

 ふと自分の顔を覆っている、開発したばかりのエーテル停滞阻害ガスマスクに触れる。ちらりと肩口から気を失っている恩人の顔を見た。何も被らず生身のままだ。何度も確認したが息はしている。

 

 黒薔薇で汚染された地帯では人は呼吸をするだけで死ぬはずだ。このグリダニアだって同変わらない。本来ならばこの場所にいるだけで死んでいなければおかしい。なのにこの女は生きていた。

 

「このヒト、なんで普通に生きてるんッスかね……」

 

 隣を走るウェッジがぽつりと呟く。2人とも考えていることは同じだった。生きているのもそうだが、そもそもこの女はなんでこんな場所にいる? なんのために? なにもかもわからない。ビッグスは首を振った。

 

「考えてもわからんな……だが確かなのは、この人は俺達を助けてくれた。だからこそ」

「今度は自分たちが助ける番、ッス! お腹空いたって言ってたから、絶対にたらふくご飯を食べさせてあげるッスー!」

「ハハッ! 俺達はしばらく飯抜きかもな」

「へへ! ちがいねえッス!」

 

 黒薔薇によって様々な作物や魚、モンスターが人間にとって毒物へと変異した今、日々の食料ですら貴重品だ。でも自分たちに配給される食糧をこの人に食べさせるくらい、安いものだ。ビッグスとウェッジは顔を見合わせて笑った。

 

 かつて黄蛇門と呼ばれていた寂れた門を抜けると、やがて停泊させていた飛空艇が見えた。特にモンスターに襲撃された痕もない。

 

「よかったぁー! 飛空艇までさっきみたいなバケモンにやられてたらと思うともう恐ろしくてしょうがなかったッス!」

「ああ、そしてリスクを背負って来た甲斐もあったってもんだ」

 

 ビッグスはポケットから不気味に白光りする何かを取り出した。ついさっきカーラインカフェだった建物の壁からはぎ取った白いツタだ。それを見たウェッジは思わずのけぞる。

 

「ビッグス! そ、それ持って帰ってきたッス!?」

「当然だろ。貴重なサンプルだからな」

 

 にべもなく言うビッグスにウェッジはげんなりした。見ただけでさっきの白い粘液をまき散らす化け物のことを思い出しそうだ。

 

「ウゲェー。絶対それ危ないヤツ……ろくなもんじゃないッス」

「心配すんなって。船にある保管ケースに入れて無害化しとくからよ」

「絶対ッスよ!? カバンの中にそのまま突っ込んだりしないって約束するッス!」

「ウェッジお前、あの化け物にシュワシュワケトルが通用しなかったのが相当堪えてるみたいだな……」

 

 ウェッジはびくりとした。そしてオーバーに両手をあげる。

 

「そ、そんなことはないッス! 次のXXVI世は火属性攻撃以外にも対応させてみせるッス!」

「図星じゃねえか……ま、このサンプルを解析すればそれもできるかもしれんだろ」

「ハッ! それは確かにそうッス!」

 

 いつもの調子が戻ってきたウェッジを見てビッグスは苦笑した。船に乗り込むと布を敷いた上に慎重に恩人の身体を寝かせる。さっきは気づかなかったが、よく見ると随分と華奢なアウラだ。涼しい顔で化け物を切り刻んでいたとは思えない。

 

「ベッドもソファもなくてすまねえが、しばらく我慢してくれよな」

 

 呟くとビッグスは耳のリンクパールを起動しつつ舵輪へ向かった。黒薔薇のエーテル停止による通信の断線を改善した新型である。

 

 帰るのはレヴナンツトール。この世界で汚染されていない、数少ないまともな人間が住む地域。

 

 『親方、ビッグスです。グリダニアでの調査無事完了しました。ウェッジも無事です。それでですね、色々とお伝えしてえことが……』

 

 

 

 

「バカな……その一帯は今も超高濃度の光属性のエーテルで溢れてるんだぞ! その中で生身のまま生きていられるわけがない!」

 

 レヴナンツトール、石の家に併設されたガーランド・アイアンワークス本社の研究室にてビッグスの報告を受けたシド・ガーロンドは到底信じられないような声をあげた。

 

『親方が信じられねえのもわかります。目の前で見てる俺達も信じられねえ。ですが現に俺達は彼女に助けられました。とにかくそちらに連れ帰りますんで、詳しい話は後ほど』

「ああ、わかった……とにかくビッグス、ウェッジ! お前達が無事でよかったよ」

『バリバリ元気ッスー! 帰ったら早速マスクの増産に取りかかるッス!』

 

 シドはほっと胸をなで下ろした。開発したばかりの対黒薔薇エーテル停滞阻害ガスマスクの有用性を図るという意味もあったが、黒薔薇の蔓延地に赴く以上、今回2人に課された任務は特に危険だった。新たな発明にはその開発チームが責任を持たなければならないという観点から、今回の調査に立候補したのがビッグスとウェッジだった。

 

「わかっていると思うが、念のため飛行中も警戒を怠らないでくれ。盗賊に出会わんとも限らんからな」

『了解です。それで……親方。ちょっとお願いしてえことが……』

「なんだ? もしやなにか調査中にトラブルでもあったか!?」

 

 ビッグスは言いづらそうに押し黙った。何か問題があったのではないかとシドの心がざわつく。そしてそれはウェッジの一言で打ち消された。

 

『親方! ご飯を用意して欲しいッス! 自分たちの恩人にお腹いっぱいご飯を食べさせてあげたいッス! 2日間……いや1日ご飯抜きでもいいッスからー!』

『おいウェッジ! 言い方! はあ……まったく。でもウェッジの言うとおりです。街に迷惑はかけません。俺達のメシはいいんで、それを回してやってください』

 

 慌てる2人の声を聞きながらシドはぽかんと口を開けた。なんだこいつら、そんなことで言いづらそうにしてたのか……。自然と口元に笑みがこぼれる。

 

「はは、まったくお前達ってやつは……。ビッグス、ウェッジ! お前達の恩人だというならそれはガーロンド・アイアンワークス社そのものの恩人に変わりない。2人だけに負担は押しつけないさ。社を挙げてもてなすと伝えてくれ!」

『『了解、親方!』』

 

 2人の元気のいい声を聞き、シドはリンクパールの通信を切った。

 

 そしてすこし安心したように息を吐く。振り向かないまま、背後の机に肘を突きながら思考を巡らせている痩せぎすの男に声をかけた。

 

「ネロ……お前はどう思う?」

「黒薔薇が効かねえ人間ねえ……たしかにそういう奴もいるかもしれねえなあ。億に1人ってとこだろうがな」

「可能性はあるのか」

「まあな、たまにいるだろ? なンもしてねえのに何故か流行り病にかからずケロっとしてる奴がよ。そういう手合いなんじゃねえのか……しかしエーテル放出能力が低いガレアンすら殺すあの黒薔薇の中でピンピンしてるたあ相当なタマだぜ」

 

 ネロ・トル・スカエウァはやや大げさに手を広げながら肩をすくめた。そんな態度も気にせずシドは気づいたように目を見開く。

 

「それならその生存者に手伝ってもらえば黒薔薇への特効薬が作れるかもしれん!」

「オイオイ、ガーロンドォ……。そんなもんができたところで生きていけると思うか? もはやこの世界にはまともな食いものがほとんどねえンだからよ。今じゃどいつもこいつも資源の取り合いだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()() それが、現実って奴だ」

「…………くそっ」

 

シドは奥歯を噛み締めて押し黙った。それが、決して認めたくないこの世界の現実だった。どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 

 ふと壁に飾ってある写真を見た。暁の血盟とガーロンド・アイアンワークス合同で宴会をした時の集合写真である。浮遊島アジス・ラーにて発見された古代アラグの遺産の中に撮影システムと呼ばれる玉状の機械があり、試しに使ってみようと思って撮ったものだった。

 

「この中の半分も、もはや生きてねえとはな……」

 

シドの目線に気づいたネロがひどく面白くなさそうに溢した。

 

 暁の血盟の賢人たちは既にほぼ亡く、ガーロンド・アイアンワークスの社員も大半が犠牲になった。自分たちが生きていることも単に運が良かっただけだ。いや、最早生きていることが良かったと言っていいのかわからないほど世界は荒廃している。

 

 獣と化した人と人の生存競争など止めることができない。このレヴナンツトールは運良くいまだ社会性を保っているが、これ以上世界の環境が悪化すればどうなるかわからない。明日には資源を求める組織からの攻撃を受けるかもしれない。

 

 この世界は間違えて、歴史の袋小路に入り込んでしまったのかもしれないとシドはうすうす思っていた。

 

 ガーロンド・アイアンワークスの社訓。技術は自由のために。しかしこの世界にその余地が残っているのだろうか? もう、この世界は終わりに向かっているのではないか?

 

 もはや、何をしても世界は良くならないところまで来ているのではないだろうか?

 

 写真の中心には「彼」が恥ずかしそうな顔をして写っていた。光の戦士、彼が今ここに生きていたなら、一体なんと言っただろう?

 

「教えてくれ……この世界で俺達は何を成せば良い……?」

 

 それは生き残った誰しもが思っていることだった。しかしその答えは未だ誰にも見えない。 

 

 


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