転生したら、終わった世界だった 作:ミコトちゃん29歳
うーんなんか悪い夢を見てた気がする。どんな夢だったか忘れちゃったけど。遅くまでFFやりすぎたかな。身体だるいなあ。一限サボっちゃおっかな。
でも出席しないとそろそろヤバいしなあ。テスト近いし。めんどいなー。でもサボってお母さんに怒られるのもだるい。
あ、そういえば夜カラオケ行く約束してたんだった。しょうがない。それ楽しみに頑張るか
「な」
目が覚めた。
硬いベッド。
窓から日が差し込んでる。埃が浮いてる。
なんだかこめかみに違和感がある。
思わず触る。なんか硬い。なにこれ。石みたい。
横に寝返りを打つ。いたたた。なんか頭に引っかかってる。向こう側の壁に、小さな姿見が取り付けられていた。
その中の人間と、目が、合う。赤い瞳が、白い鱗と角が生えた顔が、そこにある。
夢は覚めない。
3.夢の終わり
ああ、ここはファイナルファンタジー14の世界なんだなぁ。と彼女が思うのに時間はかからなかった。
目が覚めたらヒューランらしき女の人がご飯を運んできてくれて、
「起きたばかりなのもあるし、あまり豪華でなくて申し訳ないけれど……」
なんて申し訳なさそうに言いながら、ふたつのパンと多めに注がれたホワイトシチューの皿をベッド脇の机の上に置いてくれた。
起きたばかりの彼女は記憶がおぼろげで、なぜ目の前にご飯が出されているのかわからなかった。
とにかく今わかっているのは、自分がベッドで寝かされていたことと、目の前にいる女性がガーロンド・アイアンワークスのジェシーであることだけだった。
「……おいしい」
考えるより前に彼女はパンを口に運んでいた。お腹が空きすぎて、今なら何を食べてもきっと美味しいと感じると思う。ヤバ、なんか涙出てきた。
「だ、大丈夫!? 口に合わなかった?」
「ううん、ごめんなさい。ご飯ってこんなに美味しかったんだって……なんか感動しちゃって」
涙をぬぐいながら一つ一つ大切に味わうようにパンを咀嚼し、シチューを啜る。
ジェシーはそれを見て、ただやりきれなさそうに目を細めた。
(この世界ではきっともう、誰もがこんな思いをしているのね……)
社員の命を救った人に対してすら、もはやこの程度のことしかしてあげられない。
そして、誰もがその日の糧を得て、明日も生きていられるかどうか不安を抱え続けている。
彼女がそのままゆっくりと食事をしていると、バタンと勢いよく扉が開かれた。
「ジェシー! お、恩人さんが起きたって本当ッス!?」
まくし立てるような大声と共にウェッジが現れる。そして、
「ほ、本当に起きてたっスーーー!!」
口をあんぐり開けてオーバーに驚いて見せた。
あまりにもゲームの中と同じで、彼女は笑ってしまいそうになる。
その傍らに座っていたジェシーは眉間に青筋を立ててウェッジを睨み付けていた。
「ウェッジ……? 女性の部屋にノックも無く入るなんて何ごと?」
「ハッ!? すまないッス!! オイラもう心配過ぎて全然寝れなかったッスー!!」
「言い訳は結構。さっさと出て行きなさい! 彼女、まだ目覚めたばかりなのよ?」
「は、はいッス! ラジャーッス! 恩人さん、本当にゴメンッス!」
「あは、大丈夫ですよ。わたし、気にしてないので……」
彼女は苦笑してウェッジの顔を見た。バタバタした様子がおもしろくて、いつの間にか涙も引っ込んでいた。
「あの、ウェッジ、さん? あなたたちがここに連れてきてくれたんですよね? 本当にありがとうございます」
徐々に思い出してくる。
そう。わたしはグリダニアらしき廃墟を彷徨っていて、ビッグスとウェッジらしきふたりが襲われているのを見て、衝動的にモンスターと戦ったのだ。
「お礼を言うのはこっちの方ッス! あそこであなたが助けてくれなかったら、オイラたちは今頃間違いなくあのバケモンに食べられてお陀仏だったッス。ぶるぶる」
ウェッジは当時を思い出して身体を掻き抱いて身震いしていた。
「ううん、わたしもずっと何も食べてなくて……あのままだったら絶対に同じように死んでいたと思います。だから、きっとお互い様ですよ」
彼女からすればただ無我夢中でやったことだし、そもそも武術の心得などないし、運動が得意なわけでも無い自分が、あんな化け物を倒せたのかすらよく分からないのだ。
勝手に身体が動いた。としか言いようがない。
シチューをすくっていたスプーンを置いて、自分の手のひらを見た。
病的に色素の薄い肌はもはやかつての自分自身のものではない。そして手首から腕にかけてこびり付くように広がる白い鱗。
(寝ても起きても、ずっとこのまま。何も変わらない……)
そんなふうにじっと自分の手を見つめているのを見かねて、ジェシーができるだけ穏やかな声音で話しかけた。
「ところで……あなたの名前を聞いてもいいかしら? わたしはジェシー。で、そこの声がうるさいのがウェッジ」
「よろしくッス!」
勢いよくサムズアップするウェッジを見やりながら、ふと考える。
「わたしは……」
高崎明梨、と名乗っていいのだろうか。
何も分からなかった。
だから、一瞬だけ悩んで、自分の中でいちばん角の立たなさそうな選択をした。
「……サクラ。サクラ・アマモリです。よろしくお願いします」
それは、ゲームの中におけるわたしの名前。
サクラは戸惑いを隠すようにできるだけ笑って、ぺこりと頭を下げる。
病的な白い肌に、ほっそりとした首と腕。
静かに力なく名乗るその姿は、気づけば消えてしまいそうなほど儚く見えた。
※
久々のご飯を食べ終えて、ジェシーとウェッジに案内されたのは雑然と機械類やモニターで埋め尽くされた、まさに研究室というイメージそのものの部屋だった。
中央には一際大きなテーブルがあり、その上には設計図らしきものやメモ書き、地図など、様々な書類が雑然と広げられている。
そして、そこには光の戦士であれば誰もが見慣れた顔がいた。
「サクラさん、話は聞いてるぜ。俺はシド。ウチの社員たちを救ってくれてありがとう。この恩は決して忘れない」
目の前で、ガーロンド・アイアンワークスの会長に頭を下げさせている。
サクラはもともとただの大学生で、もちろんこんな風に年上の大人に頭を下げられた経験なんてない。だから、この光景になんと答えていいかわからずただおろおろしてしまっていた。
「あっあの、わたしが勝手にやったことですから。こちらこそご飯いただいちゃって、ありがとうございます。あ、あとサクラでいいです」
「礼なんていらんさ……あの程度の食事しか出せず、本当にすまない」
シドは沈痛な面持ちを崩さなかった。サクラがどう声をかけようか迷っていると、奥から肩をすくめながら挑発的な声がかけられる。
「ハッ、いつものショボくれた食事で恩を返したつもりとはな。ガーロンドォ、弊社もいよいよ経営が厳しいと見える」
「ネロ、お前は黙ってろ! ええと、サクラ。この男の言うことは一切、気にしなくて、良い。客人にはとても聞かせられん皮肉しか言わん男だ。出来れば聞かないでくれ……」
「は、はあ」
(ネロさン、普通にガーロンド・アイアンワークスで働いてるんだ……)
サクラはなんとも意外に思った。シナリオの感じでは有事の時だけ突然帰ってくるだけの神出鬼没の社員ってイメージだったけれど。
ついサクラがまじまじとネロの顔を見ていると、ネロは意地の悪い笑顔を浮かべた。
失礼だった、と思った時には既に遅かった。
「おい女。ずいぶんとオレの顔に興味があるみたいだな?」
「アッ、いえその、友達に似ていてつい。失礼、でしたよね……ごめんなさい」
「フン、それなら謝りついでにひとつ質問に答えて貰おうかね」
「質問?」
サクラは首を傾げた。そして重大なことに気づく。
そういえば、どこから来たのかって聞かれたらわたし何て答えればいいんだろう!?
ええとアウラだから東方? ひんがしの国? クガネ? 怪しくない!? 大丈夫!?
「ネロお前、まさか……!」
シドがはっとしたように目を見開いてネロに食ってかかる。
ネロは鼻で笑った。
「オイオイ、シドよ……。らしくねえぜ。オレはお前がやろうとしていたことを代わりに言ってやってるだけじゃねえか。それとも本当に社員を助けてくれてありがとう、で済ますつもりか? まず最初に確かめなきゃならんことがあるだろ」
「待て、それはもっと落ち着いてからだな……」
ネロはシドを無視してサクラの顔を意趣返しするように見据えた。
それは見つめているというよりは、ただじっと水槽の中の生き物を観察しているような冷たい瞳だった。
「なあ……念のため聞くが、お前は本当に“人”か?」
「―――え?」
サクラは言葉に詰まった。
予想だにしていなかった質問だった。
いつもだったら、何かの冗談だと思うし、そうに決まってるじゃん。なんて答える。
でも。
今のわたしは。
わたしの身体はこんなになってしまったのに、本当にそうなのだろうか。
いまのわたしは本当に、わたしなんだろうか?
今のわたしって……何?