転生したら、終わった世界だった   作:ミコトちゃん29歳

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4.せめて前に進みたい

 晴れた青空の下、いろいろな人とすれ違う。

 

 鎧を着て武器を背負った冒険者たちはもちろん、戦いを生業にしているようには見えない「普通」に暮らしているような人たち。

 広場で追いかけっこをしている子供たち。その風景を見ながら赤ちゃんを膝に乗せ、ベンチで休んでいるミコッテの母親。

 

 ずいぶん賑やかな街だと思った。

 

(……ゲームで見たモードゥナより、なんていうか)

 

 広い気がするし、人が多い。

 

 もちろんゲーム内の街はある程度簡略化されているし現実の縮尺に当てはめるのもおかしな話だけれど、それでもここはサクラがゲームの中で見てきたモードゥナより発展しているように見えた。

 

 目線を上げれば塔のように積み重なった石造りの建物と、クリスタルが剥き出しになった崖には増築を繰り返したような木造の建て屋が細い通路を介してへばりつくようにずらりと並んでいる。

 ゲームの中のレヴナンツトールはもっと整った街だったはずだけれど、今サクラの目の前にある風景はどこかスプロールじみていて無計画に拡大を続けた結果、混沌としているように思えた。

 

 一歩先を案内するように歩いているウェッジが振り返ってサクラを見上げた。

 

「サクラはレヴナンツトールに来るのは初めてッス?」

「え!? え~っと……まだ記憶があやふやで思い出せないかな、って」

「あ、そうだったッス! オイラのしたことが……ごめんッス~」

「その、だいじょうぶです、じゃない。だよ。朝にも言ったけど気にしてないからね……?」

 

 ウェッジは申し訳なさそうな顔をしてあたふたする。

最初は敬語で話していたのだけれど「サクラは命の恩人ッス! 敬語はいらないッス!」と元気よく言われてしまえばそういうわけにもいかなかった。

 

 そしてウェッジがレヴナンツトールの案内をしてくれるというので、言われるがままサクラはこうしてただウェッジに付いて歩いているのだった。

 

 そもそも騙しているのはこちらだ。いや、ゲームの中でしかレヴナンツトールに来たことは無いので完全に嘘ではないが、サクラは嘘をついているような気がして心が痛くなる。

 

「この街も第八零災があってからずいぶん変わったッスよ。前は冒険者サンたちが出入りするための街だったのに、今じゃ普通の民間人のヒトがたくさん住み始めて人口も爆増してるッス」

「第八霊災……」

 

 サクラは重く呟きながら、ついさっきネロとシドと話した内容を思い出した。

 ネロの詰問に対しては「記憶があやふやでよく分からない」と言ってひとまずは乗り切ったけれど、その後にふたりから教えてもらった情報がサクラの心に大きな影を落とすことになる。

 

 この世界は第八零災が起きた後の世界だ。

 

 ファイナルファンタジー14ではかつて世界が一変するほどの大災害が七度起こった。それを零災という。

 

 そして大型パッチ『紅蓮のリベレーター』の最終章にてやがて起こることが判明した第八霊災、その正体はガレマール帝国が開発した悪魔的兵器《黒薔薇》の投下による世界の崩壊である。

 

 さらに《黒薔薇》によりファイナルファンタジー14の主人公である《光の戦士》そして彼が所属する組織《暁の血盟》のキャラクターたちも全て戦死することが明かされた。

 

 その第八零災が起こる未来を変えるための旅路。

 

 それが大型パッチ『漆黒のヴィランズ』のストーリー、だった。

 

 それなのに。

 

 サクラが今いるこの世界では既に第八零災が起こっている。

 

 サクラが聞かされた事実。

 

 目を覚ました場所は2年前にガレマール帝国の毒ガス型エーテル兵器《黒薔薇》によって滅んだグリダニアの跡地であり、普通のヒトなら即死するほどの霊極性のエーテルが未だに残留しているということ。

 そして追究されたのは何の対策も無くその真っ只中で生存しているサクラは一体何者なのか、ということだった。

 

(そんなの、わたしの方が知りたいよ)

 

 ゲームをしていて、気がついたら自分のキャラの姿そのものになってあの場所にいた。

 そんなことを正直に話した方がよほど怪しいだなんて自分でもわかる。

 

『まあ、オマエが何かを隠しているか……あるいはただの特異体質なのかは知らねえが、帰る場所もねえってンならここに置くしかねえってこったな。どうせ弊社の恩人殿を放り出すワケがねえンだろ、会長殿はよ』

 

 ネロはサクラのことを怪しんではいたけれど、意外にも深く追求することは無かった。

 そして話を向けられたシドはサクラさえ良ければという前提のもと、ガーロンド・アイアンワークスの客分として迎えることを提案したのだった。

 

『……あの、いいんですか? 自分で言うのもなんですけど、わたし、怪しくないですか?』

『ハッ、この街にいる奴らなんぞ殆どが訳アリだろ。怪しくないヤツを探す方が難しい』

 

 ネロはそう鼻で笑った。

 出自も殆どわからない冒険者たちが寄り合う、特定の国に依存せず誰もを受け入れる拠点。

 それがレヴナンツトールの始まりだった。

 

「……だからこんなにすごい無理矢理な建て方してるんだ」

「そうッス。あの《黒薔薇》で住んでいる土地や国を失ったヒトたちもたくさんここに住んでるッス。今もできるだけ逃げてきたみんなを受け入れられるように急ピッチで住居を作りまくってるッスよ! これからは壁の外にも街を広げようって話が出てるッス」

 

 壁の外、というと崩壊したキャンプのことだろうか。

 街を出て西に少し行くと、今のレヴナンツトールの前身だった《崩壊したキャンプ》という場所がある。第七零災によって崩壊したらしいけれど、サクラは旧版*1をプレイしたことが無いので情報としてしかそれを知らない。

 

 ウェッジの話を聞きながらきょろきょろと周囲を見渡しているサクラの目線に一際背の高い細身の男性が写った。

 

 ララフェルの背の低さにもびっくりしたけれど、その逆だってある。

 日本では殆どお目にかかれないほどの身長に目が奪われる。ほっそりとした超長身の民族、エレゼン。

 細長い耳に切れ長の瞳。いわゆるファンタジー作品における「エルフ」を踏襲した種族だった。

 

 さらにウェッジに視線を移して、現実と「違いすぎる」身体的特徴を実感する。

 

(まあ……わたしも同じか)

 

 サクラは自分の耳から生えた乳白色の蟹の腕みたいな角に指を添えた。

 どうやらこの角が耳の代わりをしているようで、耳が無くても音や声が普通に聞こえるのだがいまいち違和感がぬぐえない。

 そして尻尾の感覚もぞわぞわする。当然意識すれば尻尾を動かすことはできるのだけれど、元々持っていなかった器官が急に生えてきた感覚はただ、気持ちが悪い。

 

「サクラ、どうしたッス? なにか気になることでもあったッス?」

「ううん、この街はいろんなヒトがいるんだなって思っただけ」

 

 サクラはそう言って薄く笑った。

 こんなよく分からない身体なのに、表情筋は都合良く不安に思う心を隠してくれた。

 

 

 

 

サクラが一通り街を案内してくれたウェッジと一緒に石造りの社屋へ戻った時のことだった。

 

 

「おい! ガーロンド社がグリダニアに調査へ行ったというのは本当かと聞いているんだッ!」

「ですからそれは社外秘ってヤツでして……申し訳ないんですけどお答えすることができないんッスよぉ……」

 

 ガーロンド・アイアンワークス本社。

 

 玄関扉を開けたロビーの受付にて、フォレスター*2の青年が強い剣幕で、青い制服を着た事務員に詰問していた。冷や汗をかきながら対応する事務員は困ったように声が上ずっていた。

 

「それに何だお前、そんなふざけた眼鏡かけやがって! 何が申し訳ないだよ、俺を馬鹿にしてんのか!?」

「ふ、ふざけた眼鏡!? これはエンドレスサマーグラス*3という、眩しい日光をカットしつつ夏を感じられる素晴らしい由緒正しい装備ッスよ! けしてふざけてなんていないッス!」

 

 パリピじみた白いサングラスをかけた事務員。頭からは特徴的な長い兎の耳が生えている。ヴィエラと呼ばれる『漆黒のヴィランズ』にて追加された比較的新しい種族である。

 

 サクラはその姿に見覚えがあった。

 リリヤ・シアサリス、南方ボズヤ戦線*4においてガーロンド社の新入社員として登場するNPCのひとりだ。

 

 すかさずウェッジがふたりの前に進み出た。

 

「リリヤ、一体何ごとッス?」

「ウェッジ先輩! そ、その……ウチがグリダニアへ調査へ行ったかどうか教えろって、このヒトが聞かなくて」

「お前たちがシラを切ってもこっちは分かってるんだ! いいか、ガーロンド社がグリダニアへ入る手段を開発したのなら、それは俺たちグリダニアの民に最初に提供されるべきものだろう! それなのに何をコソコソやってる!?」

 

 ウェッジは指をさしながら興奮しているフォレスターの青年を一瞥すると、サクラの顔をちらりと見て、安心させるようににこりと笑みを浮かべた。

 心配するな、ということだろうか。サクラにはその程度しか分からなかったので、とりあえず黙っていることにした。

 

「……まず、アンタは誰にそんなことを聞いたッス?」

「見たヤツがいるんだよ。街から出たすぐのところで、ガーロンド社がグリダニア方面に飛空艇を飛ばしてたって」

「そうだったッスか……まずお答えすると、ウチがグリダニアに調査に行ったことは事実ッス。これは別に秘密にしたかったわけじゃなく……まずウチが開発しているブツの安全性を確認するまでは正式に発表ができなかったからッス。だからけしてグリダニアの市民のみなさんをないがしろにしているわけではない。ということを伝えたいッス」

 

 ウェッジが答えるとリリヤがぎょっとした。それ言っていいンスか? そんな心の声が聞こえてくるようだった。フォレスターの青年は勝ち誇ったかのように笑みを浮かべた。

 

「ほら見ろ! やっぱり思った通りじゃねえか! なら話は早い。いますぐにお前らの開発してるそのブツとやらを俺たちグリダニアの民に提供しろ!」

「それはまだ無理ッス。今のグリダニアは危険なモンスターがうようよしてて、行くだけでも危険すぎる場所ッスよ。オイラもすんでのところで死にかけたッスから」

 

 そこまで言って、ウェッジのゴーグルが剣呑な光を帯びた。

 

「―――それとも、アンタ、故郷に還れれば死んでもいいって言うッス?」

「はっ、お前らみたいな根無し草には分からんだろうさ。故郷を焼かれて、家族を失った苦しみが! 難民として扱われここに居続けることの惨めさが! 何もかも失った俺たちが今更命を惜しいと思うとでも?」

「……オイラにはアンタの苦しみは分からないッス。でも、こんな世界でも、ウチは生きるための技術を開発しているつもりッス! だからアンタみたいな死にたがりには、ウチの技術は使わせてあげられないッス!」

 

「この野郎―――!」

 

 激高した青年が拳をウェッジに向けて振り下ろした。殴られる! ウェッジはほんの少しだけ顔を背けた。

 

「ダメだよ」

 

 ぞっとするような冷ややかな声だった。いつの間にか、誰もが知覚できない速さでサクラの右手が青年の手首を掴んでいた。

 

「離せ! ッ……離せよ……!」

 

 青年はサクラの顔を見て怒鳴ろうと、した。でも無理だった。ただ、気味が悪かった。

 

 捕まれた右手首がぴくりとも動かなかった。感触は冷たかった。

 自分の腕を掴んでいるのが、こんな顔色の悪い女の細腕だとはとても思えなかった。そして当の女の瞳はただじっと無表情に自分の顔を捉えている。

 

 そこには得体の知れなさだけがあった。

 

「もう殴らない? それなら離してもいいよ」

「……ッ! わかったよ! わかったから離してくれ……」

 

 少し頭が冷えたのか、青年はサクラから顔を背けながら言う。サクラは掴んでいた手首を離した。

 

 青年は少しだけ呼吸を整えるときつく拳を握りしめた。

 

「……何が、何が生きるための技術だよ! こんな世界はもう終わってんだよ! 帰るべき場所もない、いつまで生きられるかもわかんねえ……どうしろってんだ! もはやア・ルン様*5も俺たちを導いてくださらないッ! なら……俺たちは自分たちの手で故郷に還るしかないじゃないか! クソッ……」

 

 青年はその場に膝をついて慟哭した。

 

「せめて、妻の亡骸だけでも埋葬してやりたいってのは、俺の我儘なのか……? なぁ……」

 

 ウェッジも、リリヤも、サクラも、何も言えなかった。

 ただ、この世界にありふれた地獄のひとつがそこにあった。

 

 

 

 

 その後、騒ぎを聞きつけた社員たちによってフォレスターの青年は社屋の外へ連れ出された。

 そして静かになったロビーで、机を挟んでサクラとウェッジは座っていた。

 

 ウェッジは俯いたまま口を開いた。

 

「……グリダニアには、黒薔薇の犠牲者たちがそのまま骨になった状態で散乱してたッス。サクラも見たッス?」

「うん」

「だから……あのヒトの気持ちはよく分かるッス。家族でも無いオイラですらあんな風に亡骸が野放しにされてるのは、忍びないって思うッスから。それにオイラは結婚してないッスけど……もし、自分の大切なヒトがそうなったらって思ったら、絶対に耐えられないし、どんな危ない場所でも行かなきゃって」 

 

 ウェッジはぽつりと呟いた。

 それはタタルのことなのだろうか、とサクラは思う。

 

 タタル。暁の血盟の受付嬢にして金庫番だったキャラクタ-。

 ゲームにおいて、ウェッジはタタルに片思いしており、ことあるごとにその思いを伝えられずにいたことを思い出す。

 

「それでも……ウェッジはダメって言えた。すごいよ」

「そうッスかね……?」

「うん、それだけウェッジが技術に責任を持ってるってことでしょ? だから……辛くてもそういう風に言えるってことは、立派だと思うよ」

 

 サクラは素直にそう思った。でもそれはきっと自分が辛い思いをしていないから言える無責任な励ましじゃないか、とも。

 

 ウェッジは力なくサクラを見つめた。

 

「サクラ、ありがとうッス……。それにまた、守ってもらっちゃったッスね」

「気にしないで、そもそもウェッジが殴られるのはおかしいんだから」

 

 サクラはできるだけ柔らかい笑みを作った。少しでも安心して貰えればいいんだけれど。

 

「……あと、さっきはああ言ったッスけど、オイラも本当は分からないッス。生きるための技術、親方は「技術は自由のために」って言うッスけど……そんな自由に生きていける世界は、この先、あるッスかね……?」

 

 それは、質問では無かった。

 ただ、遠くに行ってしまった何かにすがるような、そんな声音だった。

 

 サクラは、漆黒秘話*6というものを読んだことがある。

 

 そこに描かれたのは、決して死ぬまで報われず、世界は変わらず、200年後の悲願に向けて、ただ信じて託して死んでいく役目を背負った世代。それが今ここに生きている人たち……。

 

 そして、わたしもまた、きっと。

 

 楽しさだけがあったMMOの世界はそこにはなくて、明日すら見通せない絶望がここにある。

 

 サクラがウェッジに声をかけようとした、その時だった。

 

「あ、あのっ! あなたがウェッジ先輩とビッグス先輩を助けてくれたっていう凄腕の冒険者さんッスよね!?」

「えっ」

「あっ、自分はガーロンド・アイアンワークスで整備士兼事務員やってるリリヤと申します! さっきの腕をバシィ、って掴んだのも見ててシビれました! クールすぎて憧れるッス! よ、よかったら握手してもらってもイイッスか?」

「えっえっ」

 

 サクラは近づいてきたリリヤと流されるままにぶんぶんと握手をしていた。

 

「リリヤ、サクラが困ってるッスよ」

「アッ! サクラさんってお名前なんスね! はぁ……お名前も美しい……」

「あっはい。サクラです。今日からガーロンド・アイアンワークスにお世話になってます。よろしくお願いします……?」

「そんな! 下っ端のアタシにそんなご丁寧に! 自分のことはリリヤと呼んでください! サクラさん!」

 

 ひたすらはしゃいでいるリリヤを見ながらウェッジが苦笑いした。

 

「その、サクラ……リリヤは良いやつッスけど、その、テンションが高くていつもこんな感じッス。だからあまり面倒くさいと思わないでやって欲しいッス」

「そ、そうなんだ」

 

 確かにボズヤ戦線でもこんな感じのしゃべり方だったなあ、とサクラは思い出した。

 でも、ちょうど気が滅入っているときにこんな人が横にいたら、きっと嬉しいだろうな。

 

 今だってそうだ。

 

 サクラはこの騒がしさにほんの少し心が救われたような気がしていた。そして、この世界に来て初めて自然に笑った。

 

「ふふ」

「す、すみません、アタシひとりで盛り上がっちゃって」

「ううん、ありがとうございます。リリヤさん」

「えっ、アタシお礼されるようなことしてないッス! あとリリヤでいいッスよ!」

「アッハイ」

 

 なんかウェッジと同じような流れだなあ、とサクラは思った。なんかしゃべり方も似てるし、似たもの同士なのかもしれない。

 

 きっと、うじうじ考えてたってしょうがない。

 なんでだ、どうしてだ、なんて思っても、何も変わらない。

 それなら、せめて前に進みたい。

 

 サクラは自然に口を開いた。

 

「ねえウェッジ、わたしに何かできることってあるかなあ?」

 

*1
新生エオルゼアより以前の旧FF14、根性版ともいう

*2
エレゼンの種族のひとつ、フォレスターとシェーダーがいる

*3
サングラス型のお洒落装備

*4
ボズヤという国を侵略支配したガレマール帝国第IV軍団とレジスタンスの戦争。光の戦士も参加できる

*5
ア・ルン・センナ。三重の幻術皇と呼ばれるグリダニアの指導者に近い存在

*6
FF14の公式サイトlodestoneに掲載されている小説形式の小話

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