私という男の今までの記録?のようなものです。

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真っ当

真っ当な人間にならないといけないと使命感をもったのはいつからのことだっただろう?

小学生のころ?保育園児のころ?それとも物心というものがつく前から?

私は、洗脳を受けていた。

「自分で働いて自分で食う」将来これができればどんな職業でもいい、犯罪はやらなければ

母はなんどもなんどもなんどもなんどもそう言った、

しかし、それは逆に考えれば働かぬものは食うこと、つまりは生きることは許されない、私は子供心にそう解釈した。

そして、母は仕事ができる人間であった。だからその言葉に説得力もあった。

そして、ちょくちょく上司の文句を笑い話のように言ってきた、それが母とできる数少ないコミュニケーションでとても嬉しかった

が...それが私の地獄のはじまりだったのかもしれない。

 

小学生のころニュースでニートの生活に密着するといった趣旨のコーナーをみた。

当時のうちにあるPCはwindowsもXP、時代もyoutubeも認知はされてきた程度でPCがあるとはいえログインをしなければいけない

全盛期のニコニコ動画も小学生がみるにはハードルが高かったので私の娯楽はテレビだった。

このころ父も母も仕事が忙しく学校から帰ってきたら自宅のテレビでニュースや過去のテレビドラマの再放送なんかをみることが日課になっていたので、なんとなくそのコーナーをみた

その時私は「だらしがない」「なぜ働かないのか?」テレビに映っている彼ら彼女らをバカにした、蔑んだ

彼らが真っ当に生きれない、なんでそうなったのか?気にはなったがその部分は放送されなかった、その時私は彼らは弱いだけだと思った。

そんなときに父の仕事がなくなった、後にリーマンショックといわれるやつが原因で派遣切りにあったのだ。

父はつねに家におり酒をよく飲むようになった、幸いそれで暴力にあったということはなかったがあのニュースでみていた彼らと父が同じになるとは夢にも思っていなかった。しかし、家に帰ると父がいるそれはそれで小学生にはうれしいものだったが、そこから歯車は少しずつ狂いだした。

 

数年後父は新しい就職先をみつけ、中学生になった私はあの大震災を経験した

自宅は壁のタイルがとれひびが入った。

電気が復旧したのは翌日のことで、復旧してすぐテレビのニュースをつけ、初めてそこであの大きな津波の映像をみた、9.11や新潟県中越地震それこそいろんな災害やテロ、事故の映像は中学生まででもみてきたが、実害をうけあんな津波の映像をみたのはそれがはじめてで、衝撃をうけたし人というものは簡単に死ぬし弱い生き物だということを肌で実感したような気がした。

そして、中学生のころ私は軽いいじめのようなものを受けていた

今でこそそれがいじりくらいのものであると理解はしているが当時の私はとても苦しんでいた、

それに加えて部活動がとても厳しかった、

そんなときに震災がきた、部活動は全て中止となり

学校も午前で終わるようになった。

私にとっては願ったり叶ったりだった。

新学期になり学校は通常どおりのスケジュールに戻った、

いつも通りの学校いつも通りの部活動そんな生活を1ヶ月くらい続けたころ私は体調不良を理由に学校を早退した。

今思えばそこでなにかの糸がプツンと切れた

その日を境にわたしは体調不良を理由に学校からほぼ毎日早退し、夏休み明けからは学校にすら行かなくなった。

最初は罪悪感というものがあった、何をしているんだとも思った、しかし2週間を過ぎたあたりからどうでもよくなった。

そこから毎日何かから逃げるようにPCでアニメをみた

当時も確か非合法であったはずなのだが

当時はアニメを無料でみれる違法アップロードサイトがたくさんあったのでそれで色んなアニメをみた

それは今でも楽しかったし、後悔はない。だが、道を踏み外す第一歩であったことは間違いないだろう。

学校から逃げたのだから

そんなときに手をさしのべてくれた人がいた、担任の教師である。

みなが受験勉強のために部活動を引退し始めた時期に連絡をし、私のやりたいことを元に進路を探してくれていた。

私はこんな状況でも真っ当に生きるため、当時調理の道に進みたかった。なので手近な調理科のある学校に入学したかったのだが、それは出席日数という壁で無理なのは百も承知だった。

これからどうしようかそれを考えたときに担任の教師がもってきたのが、高校卒業資格がとれる専門学校の案内だったしかも、学科の入学試験が体験入学にいけば免除されるというとんでもない条件つきの。

当時から、学校には行っていないものの定期テストは別室で受けて全体の半分くらいをキープしていたので、勉強自体にはそこまで困っていなかったのだが、受験勉強をしなくていいにこしたことはない。

その案内にとびつき、受験して合格し、高校卒業資格がもらえる専門学校に入学するのだった。

 

専門学校に入学し高校生活がはじまった、宿泊オリエンテーションというものが、入学してすぐあったのだが宿泊というのが嫌でバックレてしまった。

昔から準備して規律を守る、宿泊学習というのは苦手であった。

だから逃げた、中学生ころから逃げ癖というものはあったがここまでちっちゃいことも逃げるようになったのかと当時は自分にあきれてしまった。

しかしそこからの学校生活は仲間に恵まれた、同級生の皆に助けられた、同じ目標に向かう人同士話もそれなりにあったし、まあぶっちゃけ学力不問の学校だったのでヤンキーは多かったのだが、そのヤンキー達も音はいいやつばかりだった素行が悪いだけで...

そして、うちの学校は調理関係限定ではあるがアルバイトをすることが推奨されていた、なんでも人脈や技術をつけるためなのだとか、私も真っ当に生きるための第一歩としてアルバイトをしようと思ったのだが、

できなかった。母から言われた上司などの文句、あれがものすごいプレッシャーを私に与えた、アルバイトというのはお金をもらうということだお金をもらう以上

責任をともなう、仕事ができなければその責任を果たすことができない、それがものすごく怖かった。

真っ当な人間は責任をとらないといけないミスしたら自分の責任お金をもらっている責任

その恐怖感は拭いきれないものがあった。

そして、3年間わたしはアルバイトをおこなわず調理とは別の業界の同じ系列の専門学校に入学をすることにきめ、入学がきまった。

 

高校の卒業資格がもらえる専門学校から卒業して同じ系列の専門学校に入学して、高校の時もあった宿泊オリエンテーションに今度は参加した。

もう、大人ではないものの子供のように逃げることも許されない、ここは少しの成長である。

そこで、色々な講演を聞いた、講演は入学したばかりということもあって緊張しまくりのオリエンテーションではあったものの、そこそこ楽しむことができたし、真っ当な人間になるための参考にさせてもらおうと思った。

そこから、学校生活がはじまった、私が通った専門学校でのメインは資格をとること皆勉強をめちゃくちゃやった。

そのなかにも楽しいことはあって

昼休みや放課後にTCGや先生の目を盗んでプロジェクターでニンテンドーswitchをつかって遊んだり、資格試験終わりに飲み会したりと学生らしいことをできて楽しかったと思う。

そして、4年生の6月私は就職内定をもらった。

嬉しかったやっと真っ当な人間になれると安堵した。

これで、楽に過ごせるそう思った。

だが、私の身体は突如爆発してしまった。

4年生の11月私は学校にいけなくなった突如として不安が精神を襲った。

就職するということ自体に私は不安と恐怖を覚えたあの高校時代と同じ恐怖感を感じ学校にはいけなくなっていた。

何度自動車に轢かせ怪我をして内定取り消しをもらおうと考えたかわからない。

でも、これで怪我をしたら身体障害者の頑張っている人達に失礼だという言い訳を盾にして、実行にはうつさなかった正確にいえばうつせなかった

その勇気がないのだから当然だ。

恐怖感に勝てず怪我をする勇気もない

その時母が精神科に連れていってくれた。

そして精神科の先生にあらいざらい今までのことを話した。

先生は色々と話を聞いてくれた

そして、年が明けて専門学校の担任の教師や主任の教師と話し合い

私は就職内定を辞退した。

 

専門学校卒業後、私はニートになった、あの小学生のころ蔑んだものにまさか自分がなるとは思わなかった。

後悔もした、なぜ少し我慢して職に就かなかったのかとか

将来の不安に押し潰されそうになった。

その頃私はあるVtuberにハマった声が可愛くて歌も上手い人を元気にする力があるし魅力もきちんとある、

そんなVtuberがカラオケ配信アプリでライブをやるというのでそのカラオケ配信アプリをインストールしてみた

そしたらそのアプリはギフトを集めその上位の人達が色々特典をもらえるらしい、そのVtuberに貢ぐため、そのギフトを送るのに必要なアイテム集めをはじめた。無論お金はないので無課金で

用は色々なカラオケ配信をしているライバーのとこで一定時間いるとそのアイテムはもらえるらしい、

私は色々なライブに行くようになった。

そして、私はある女性ライバーに出会った

出会いはたまたま、新着のところに有名なキャラクターと同じ名前のライバーがいたから気になってその配信にお邪魔した。

その日は何気ない会話をしてアイテムをとったらその配信から出ていった

その次の日もその女性ライバーは配信をしていたのでなんとなくその配信にいってみた

その次の日も1日明けて次の日も彼女は配信してそれを私は見に行った、今思えば彼女にも人を元気にする力と魅力があったのだろう。

彼女と私はそれなりに仲良くなった。

そして彼女の常連さんとも仲良くなって

SNSで交流するようになった。

そして、色々とプライベートなことも教えあっていった

皆はしっかりと仕事をしているなか私は職業をうやむやにしていた。

言えるはずがない言ったら嫌われるであろう、だって真っ当な人間じゃないんだからそう思った。

しかし、私は隠している罪悪感に耐えきれなかった。

私は今の状況精神科に通っていることなどを告白した。

返信を待っているあいだ生きた心地がしなかった。

そして、皆は私を受け入れてくれたそれでもいいと言ってくれた、

とても、嬉しかった。

私は絶対に嫌われるもう、この関係も終わりになるだろうと思っていた。だけど彼女らは受け入れてくれた。

真っ当な人間でもない私を。

私は真っ当な人間とはなにかと考えた。

そもそも真っ当の定義とは、そんなものは人それぞれなのだろう。

私にとっての真っ当はきちんと仕事をこなしお金をもらうことである。

これは洗脳の結果だ、しかしこの洗脳をとかないと先には進めないと思っている。

この洗脳が、とけたとき私はどんなことを真っ当だと思うのだろう

洗脳をとくにはまだ時間がかかりそうだ。




この作品を読んでいただきありがとうございました。
めちゃくちゃつたない作品ですが楽しんでいただけたら幸いです。

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