妖怪にまで零落した女神と契約して、異世界へ布教に行く話【完】   作:ノイラーテム

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南蜃砂の戦い:後編

 沿岸都市である南蜃砂は地形に恵まれた街だ。

海とオアシスが程ほどの位置にあり、基本的には平坦な中にも山が幾つかあって飛び飛びながら影を伝えば砂漠を越えてき易いのである。名前はこういった地形から、蜃気楼が出来易いことから付けられたらしい。

 

とはいえ恵まれた地形ゆえに狙われ続け、遂には併合されてしまったらしいのだが。

 

「山の稜線に投石器を隠し、見ただけでは山を使って守っているように見せます。柵を立てて反対側と山の一部を防御してください。山の兵は相手が来たら駆け下りて攻撃するくらいのつもりで」

「心得た」

 できれば谷を挟むとか森に隠れるとかしたかったのだが、そんな物はない。

小川くらいはあったが防御には全く意味が無かったレベルなのと、水棲種族を援軍に呼べる位置でもなかったので諦めておく。山の方も全軍で登り傾斜を利用して戦いたかったがそこまでの山は遠かったので妥協した結果である。

 

五千の兵が山を盾に隠れ、弱兵を守って精鋭を用いて前面を固めているように見せるのが意図だった。

 

「再編した部隊は山の後ろで完全に隠れていてください。敵が崩壊した場合の追撃、あるいは万が一にもこちらが破れそうな時に投入して崩壊を防ぎます」

「了解した。その時は任されたい」

 上陸戦以後の戦いで負傷し療養の終わった兵をまとめて後ろに配置。

必要に合わせフリーハンドで投入予定とする。これまで五千ほどを維持しながら早めに交代で戦っていたため、療養が終わった兵だけで五百を超えていた。

 

魔族は南蜃砂に残した兵を除けば二千強、相手の方が強いのでこちらが五千では勝ちきれない可能性もある。そこで伏兵とした彼らを山の裏手に潜ませ、こちらが負けそうなら直線距離で、こちらが勝ちそうなら山を迂回させて投入するつもりだった。

 

「義兄上。先の戦いで負傷した兵の一部がまだ戦えると言ってるのですが、どうしましょう?」

「……現地志願兵と共に南蜃砂付近へ潜ませましょう。彼らを守って都市の解放を手伝ってもらいます。その条件で良ければ参加を認めるとお伝えください」

 本隊到着後の戦いで負傷した兵士たちに関しては体力・気力のアンバランスが問題だった。

ここで下がると本格的な戦いには間に合わない。だが治療魔法で直してもらって即復帰できる傷でもないという塩梅のはずだ。主に彼ら自身ではなく、連れて来た主人の騎士が納得してないというのが厄介である。

 

そこで都市攻略戦への先兵と言う事で理屈をつける。ここに至るまでの街で解放したり都市から逃げて来て、志願した民はゼロではないのでその護衛役だ。連れて来た兵は活躍し、その騎士は面目を施したという言い訳が可能になる。

 

「ただ大公の手勢が勝手に火をかける可能性があるので、町の住民に手を掛ける者は人間に見えても容赦するなと伝えておいてください。略奪の許可は出せませんが、代わりに褒章を用意しておきますとも」

「その辺はみんな疑って居ませんよ。きっとね」

 古来、戦争に連れ出される時の役得は略奪である。

近代戦争では禁じられるようになっているが、勝者の傲慢は常に見逃されているものだ。ゆえに報奨金と酒を用意してこれを収める用意をすると同時に、町の住民に手を出すなと言う命令は誰もが見える所で厳罰だと言っておかねばらない。連さまはともかく、その部下が『そんなことは聞いてない』とナアナアで済ませる可能性もあるからだ。

 

もっともこんな建前が通じるのは補給が順調な事と……貧困に喘いでいた西領の女たちの一部が、『人類最古の職業』に手を染め自主的に協力を申し出ていたこともあるだろう。彼女たちには補助金と軍医のケアを付けて、もし残り難いならば戦後は別地域で暮らせるようように手配すると話を付けていた訳だ。

 

 さて色々とあったがイザ開戦である。できれば最後の戦闘にしたいものだ。

魔族の指揮で突撃して来る魔物を退けながら、まずは戦いを膠着させておく。投石器を放ってないのはまだ早いからで別に命令無視されてるとかスパイに壊されたからではない。

 

あまりに早く投石器を使ってしまうと、かなりの数を山越えに使ってきかねないし迂回されて後方が突かれる可能性もある。相手の方が強いので、僅か数十でも混乱しかねないからね。

 

「二時間後に射撃開始。騎兵またはオーガが投入された場合は予定を短縮します。諸卿にはその事に付いて注意しておいてください」

「心配せんでも突撃などせぬわ」

「頭の上に食らいたくはないからな」

 決まり切ったことを繰り返しているようだが、徹底しないと無視される可能性がある。

前にも言ったが騎士たちには裁量権があるので、敵前逃亡や密通などの直接的な罪にならない場合は処断し難いからだ。先に功績を立ててしまえば後は知らぬという者も多く、こちらも時間設定で勝手に石を降らせると告げておかねば責任問題なるのだ。

 

問題は動きが判り易いオーガよりも、足の速い騎兵……コボルトライダーやゴブリンライダー等がいる場合だった。

 

「しかしこの辺りで狼など居るのか?」

「斥候によると割りと居るようですよ。問題なのは魔族は平然と他の地域から連れて来て使い潰しかねないことですね。仮に馬になる狼が死んでも、彼らは天然の軽歩兵であるのが厄介ですから」

 魔族が主に騎乗生物として使っているのは狼だった。

砂漠狼がどれだけいるのか、ゴブリンたちがどれだけ飼いならせる時間があったかは分からない。他所の地方の狼を連れて来たら返って弱体化するだろう。しかし居ないと断言して良いのは前線指揮官の騎士だけで、軍師である僕や司令官クラスが勝手に推測するのは厳禁だ。

 

輸送の問題でこちらには騎兵も居なければ長槍の予備もあまりないので、油断するわけにはいかない。

 

「それよりも始まりましたよ。なにかあれば手当をしなければ」

「そういう所は年相応だな。戦の始まりと言う物はまるで変わりないか、最初から劇的であるものだ。そなたが投石器を最大に活かす為、最初から使わぬようにな」

「……失礼しました」

 やってくる魔物はゴブリン主体の雑軍だ。

こちらは土地持ちの上級騎士に率いられた小隊一つが対応しており、副官である騎士引きいる分隊と呼応している。今ごろは分隊を連れていない腕利きの騎士や専業の兵士を中心として戦っているところだろう。彼らが健在なうちは動員された民兵も問題なく戦える。

 

転機が訪れるとしたら、やはりオーガか同等クラスの魔物をまとめて投入してきた時だろう。ゴブリンは狼を騎乗用として飼いならすこともあるが、大型化した狼を魔獣として投入することでも知られていた。

 

「うむ。今のところは順調な様だ。やはり相手が焦れて来る数時間後が山場だな。交代要員は待機させておるのだろう?」

「はい。山の裏手から外側へ、車輪が回るように追加して順次休息を行います」

「では暫くそのまま見ておれ」

 今のところは騎士や専業の兵士が多く優勢だが、それでも疲労をするのが戦場である。

そこで流用したのがいわゆる『車掛かりの陣』であるが、この陣形は攻撃用として考えるのが一般的なので、机上の空論として創作の産物と呼ばれている。しかし防御用として解釈し直せば休息しつつ、相手の攻勢を支える役には立つのだ。もちろん相手と常に圧迫し続けるような戦いでは使えないのだが。

 

改良したのは伝承通りに回転し続けたりはしない。正面に立つ部隊は疲弊したところで外向きに移動。同じ位置を別部隊に任せ、脇を守る形で休息を取る。万が一があれば突出して脇を突くが、何も無ければ再編する予定であった。後方を厚くした斜線が、いつのまにか三角形となっているというわけだ。戦場で余計な移動をする余裕なんかないのでこうなったとも言える(というか、迂闊に移動すると敗北したと思って逃げる雑兵も居るので)。

 

「む……もう時間が経ったのか? いや、敵が主力を投入したのに応じたのか。焦れおったな」

「魔族は短気な者も多いと聞きますしね。近隣の兵を殆ど動員したことからも、攻撃型の司令官なのでしょう」

 まだ二時間経過して居ないのに既に投石器が放たれ始めた。

本陣からは良く見えないが、山の上に配置した見張りにはおそらく複数体のオーガ見えたのだろう。前衛の前を空けてこちらの部隊と豪傑たちが入れ替わり易いようにしたのだと思われる。

 

今ごろは大通連あたりが走って獲物を追い求めているだろう。迂闊に飛び出て敵陣を目指さないかだけが心配だった。

 

「銀殿。少し早いが手はず通りに」

「はい。狼煙をあげて第二段階を告げましょう。敵将が突撃するタイプならばいつ決着がついてもおかしくはありません」

 現時点では攻撃の要であるオーガたちが前に出て来ただけだろう。

しかし僕らが想定しておかねばならないのは、このまま状況が推移した後や逆に上手く行かなかった場合だ。状況が動いてから手配しても遅いので、山の後ろに潜んでいる部隊や南蜃砂への突入を目指す部隊に用意をさせねばならない。共に移動準備を整え、次の命令次第で攻撃を掛けるか逃げるために行動するはずだ。

 

本来であれば開戦して数時間で決着がつくなどありえない。現に上陸後は膠着する戦いが続いたのだ。しかし将軍が自ら指揮して前線に出るタイプだと、突撃時にこちらの陣形が粉砕されたり、逆に豪傑が討ち取ってスムーズに決着がついたりする事も無くはない。

 

(別に決着自体は何日掛かって良いんだよ。……問題なのは大公が余計な事をする前に都市を奪還しないと)

 大公としてはこちらを白紗に援軍として向かわせつつ、失態を記録しておきたいはずだ。

だから奪還中の都市を焼き払う事は十分にありえたし、城壁近辺で火攻めを行う事は普通なので話を通してなければ自軍が率先して行ってもあり得る話である。問題なのは都市全体を燃やされては明らかに失態だし、生き残った民衆からそっぽを向かれて大変なことになるだろう。

 

そんな事がありえるのか、可能なのか疑問に思う者もいるかもしれない。しかし考えて欲しい、僕らの出した斥候や現地民の協力者が既に都市の中に潜んでいるのだ。西領の主であった大公が同じことを出来てもおかしくはないだろう。

 

「いかんな。悪い予感は当たるものだ。あの黒雲と雷光……知恵あるトロールか何かが出張っておるぞ」

「将軍クラスのトロールですか。考えたくはないですが最悪の状況を想像するとしましょうか。全軍総掛かりの準備もします」

 どうやら相手の指揮官は攻撃型どころか最前線で戦うタイプのようだ。

トロールは魔族の中でも好戦的な種族で、大抵は異常な回復力があるだけでオーガと似たり寄ったりである。しかしこの世界にダークエルフの類がいない反動なのか、代わりに知恵のあるトロールがパワーも魔力もいかして暴れまわることがあるのだ。前世の日本で言えば、酒呑童子とか茨城童子が稲妻を放ちテレポートすらした伝承を思い浮かべると良いだろう。

 

これがどういうことかと言うと、豪傑たちと全力戦闘して即座に決着がつく物と思われた。魔王率いていた敵将でも四天王クラスは既に戦死しているので、こちらが勝つのは間違いがない。しかしあれだけの稲妻を落とす敵である。こちらの豪傑たちも無事とは思えなかった。

 

(あーもう! 白兵戦が強いタイプなら紅包さまが楽に勝てるのに……どうして一番面倒な相手が来るんだ!?)

 純戦闘型ならば同じランクの相手でも急所を突けば一瞬だし、紅包さまはそれが得意だ。

仮に持久戦になったとしても、豪傑を三人まとめて投入する以上は粘り勝ちするだろう。しかしあのクラスの上級魔法を後先考えずに連射されると、こちらも豪傑のみならず援護しようとした兵士たちに負傷者が続出するのは間違いがない。

 

ゆえにここは決着がつき次第、フォローと敵軍殲滅を兼ねて猛攻を掛けねばならないのである。

 

 

 なお、この日の戦いは豪傑たちの決戦以外は殆ど予定内に終わった。大公の手の者が余計な事をしようとしたのを含めて、都市奪還やら消火活動やらで大変だったと記しておこう。




 と言う訳で沿岸都市を巡る戦いは終わりました。
思ったよりも強い敵幹部が来ていたことが誤算だった事くらいですかね。
そのおかげでアッサリ終了しましたが、代わりに怪我人が続出した感じ。

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