妖怪にまで零落した女神と契約して、異世界へ布教に行く話【完】 作:ノイラーテム
●
軍の再編成に時間を掛けているフリをして、白紗奪還戦から続く抗争への備えをしておく。
大公は馬鹿ではないしむしろ恐ろしい程に悪賢いので、さすがに軍を率いて皆殺しと言う事は狙わないだろう。動員された一般兵はともかく、諸将が『奴らは裏切った、皆殺しにしろ』なんて命令を素直に聞くとは思えないからだ。
しかし勝手に想像するのはいかにもマズイ。よく策士がパワーで殴り倒されて酷い目に合うのは、相手が暴力に訴えて来ないと過信しているからだ。それに奪還戦自体は行うので、情報収集や潜入工作に意味はあるしね。
(大公だけならともかく、何人か居る息子とか側近とかは注意しないとなあ)
これらの配置で重要なのは、絶対多数の心理だろう。
大公はともかく側近や直属の将軍たちはどうだろうか? 大公が公爵たちだけで良いと言っても、自分が成り上がるために僕らを害してしまうかもしれない。そうでなくとも攻撃し易い状況だったら思わずやりかねないのだ。同じことが遊牧民にも言える。
友人である君を信頼している、疑わしくとも最後まで信じる……なんて綺麗ごとを許されるのは宮廷で握手しあっている将官たちだけだろう。上で差配する僕らが無防備でいてはならないのだ。遊牧民だっての前線部隊を構成する部族の統領が『チャンスだから』と勝手に攻め入る可能性だってゼロでは無いのだから。
(地形情報を見極めてまずは白紗戦の対策。次に殲滅し易い地形を避けて布陣ってとこかな。それが終われば白紗内部の構造だ)
ここでの判断ポイントは遊牧民対策である。
中央の国軍に『なんでそんな場所に布陣したのだ?』と問われておかしい場所ではいけない。別にこちらから軍隊を率いて戦う必要はないのだし、向こうの奇襲を避けられる場所ならば何処でも良い。その上で理由としては『遊牧民が動いたら即座に動ける体勢』を維持しているのだと思える場所が良いだろう。
大多数が広く浅く駐留する場所と、それとは別に遊牧民に対して備えている後ろ備え。そんな構図が当て嵌る場所でありさえすれば良かった。
(城の方で怪しいのは王族専用の通路だったエリアかな。『貴人はここを通るのです』と昔ながらの慣習で言われたら断るのも変だし。警備もし易いって事は、兵を伏せて置けるってことでもあるもんね)
西領は元は夏朝が成立する前は独立王国だったので、色々風習がある。
現時点で怪しいと睨んでいるのは、キリーが教えてくれた王族時代の通路だ。居住区格から他人の目に触れずに通る場所と、民衆を鼓舞するために手を振りながら通る場所があるとのこと。周辺は兵と塀に囲まれて安全ということだが、門扉を閉ざされたら孤立してしまう。あるいは矢で打ち殺すのもありだろう。
この通路は奥まった場所にはあるが、城の防衛上あまり意味がないので奪還戦で壊れている可能性は低い。何気なく観光を兼ねた案内されて、閉じ込められて密殺というのが可能性としてはあり得た。
(ここを使う場合は門を閉められないように気を付けるか、周辺に誰か潜んでもらうしか手が無いな。暗殺するだけなら謁見の間だろうがどこだろうが出来るし、ホント頭が痛い)
大公がその気になったら暗殺できる場所はあまりにも多い。
ゆえにその都度のタイミングで気を付けるか、あるいはこうやって危険地帯というべき場所を先に潰すしかないのだ。もちろん先に工作するわけではなく、『工作しようとする何者か』を見張るのが重要だ。
迂闊に何かするとバレる可能性が高いので、『大公が何処を有力ポイントにしているか』を見定めて重点的に対処するしかない。直前まで魔族が奪っている事もあり、こちらが潜入する痕跡は消せるだろうし、大公も利用するならば確認くらいはさせるはずだった。
●
そういった事前情報を掴みつつ、稼いだ時間を有効利用。
国境沿いで草刈りすること自体はだいぶ前から自然にやらせているので、工作のお時間と言う訳だ。こればかりは剛盾がいないのが残念だ。
そういう意味で規格化がここでも活きて来ることになる。予めどんな具合になるのか判って居るし、中には別の使い道をしておいて再利用可能な物もあった。
「馬車を作る準備が出来ました。これ……本当に組み上がるんですか?」
「うん。十台分の木材があると思うけど、肝心のパーツが足りてないから五・六台ほど完成させて置いて。まずはその半分ほどで怪我人を後方基地のある島まで輸送するから」
規格化の良い所は設計通りなら何処でだろうと組み上げられること。
アンデッド浄化作戦でも利用した大型馬車による兵員輸送車両。あれを組みあげて後方基地である島まで輸送する。要するにちょっとした病院車両であり、白紗での戦いでも同行させる。もし大公が何処かに閉じ込めそうな時は、こいつを何台か突っ込ませて最低限の護衛を確保する予定だった。
もちろん使い道は一つではなく、東領の公爵さま辺りを護衛するのにも使えるだろう。できれば皇太子殿下を守らなきゃならないようなピンチにならなければ良いのだが。
(問題は銅張り鉄鋼馬車かな。銅板はこっちでも作らせることができたけど……鋼のパーツがなければ本体はともかく各部が持たないんだよな……)
大型化と規格化でその辺の馬車どころではない本隊はできた。
これに銅板を張りつければちょっとした装甲車にはなる。問題なのはそんな重量物を載せて車軸やら何やらが保つ訳はない。車輪だけなら太い物を作らせれば問題ないが、負荷が適当に掛かったところでへし折れる姿が目に浮かぶようだ。
そしてこの状況を何とかするためにこそ、剛盾に鋼の車軸やら各部パーツを製造してもらうために本土へ帰還してもらったのだ。完成し次第に水棲種族の特急便で送ってもらう手はずになっていた。
(海流を無視して泳いで送る手法は普通なら使えない。……でも今回は上陸艇で試してるから大丈夫だ。人間や完成品の大型馬車ならまだしも、各部のパーツだけならボートで輸送してもらえる)
ボートを引いたり押したりして、緩い海流や風のない場所をショートカット。
中型の高速船に載せて輸送してもらえば何とか間に合うはずである。日程的にはそろそろ届くはずなので、大型馬車を何台か組み上げずに置いているのだ。
これが数台だけでも完成して居たら、最悪の場合だが白紗を奪還後に本城の入り口をこれで封鎖ということになるだろう。そして兵員輸送車両数台に搭乗した十数名だけで、数十名は居るであろう大公の私兵と戦う事になる。
(そういう意味でも、白紗の情報が欲しいんだよな。魔力は無駄遣いできないからさ)
もし精鋭十数名だけで数十名を討ち取る場合、部屋を封鎖するのはこちらの作業だ。
大公が封鎖する予定の区画を『こちらの方が人数が多い時点』で封鎖し、相手には全力を出させずに倒さねばならない。そしてそんな事が出来るとしたら、僕が状態を保持して少しでも長く扉を固定しなければならないだろう。戦闘には殆ど役に立たない保全能力ではあるが、閉じている状態を保つだけなら一点集中で何とかなるとは思う。
だがそれには正確な情報が必要であり、魔力を注ぎ込む場所を絞らないとならないのだ。その意味でも事前に確認できる情報は重要だった。キリー・グラントは不遇だったこともあり、それほど白紗の情報知らないそうだしね。
(後はこっち側の思惑がバレてないかどうかが重要かな。紅家でも中央集権の話さえ喋ってないようだし、僕も双葉にすら話してはいない。……あとは緑青貴さまがウッカリお酒呑んで口にしてなければ大丈夫か。でも油断は禁物だな)
遊牧民対策の話ですら必要最低限にしか話してはいない。
大公が中央集権を狙って居るだろうという予想はもう少し狭く、彼が狙っているであろう暗殺への暗殺返しで対処する事は匂わせただけで口にもしてない。だがこうしたことは、ふとした拍子で漏れる物だ。場合によっては直感とか情報整理しただけで見えて来る時もある。
それこそ大公が中央集権化を狙って居る事だって、僕は前世の知識込みで判別した。東領の緑家に関してはほぼ政争の歴史だけで判定している。大公が気がついて居る可能性はゼロではないだろう。
(もし大公が気が付いたとして、どこで再介入を掛けて来るかな? 遊牧民対策はスルーして良いはずだ。だから気が付いたとしても無視して、こっちを油断させる)
僕が暗殺への流れを利用して、暗殺返しを考えたように向こうも同じ手を考えたら?
遊牧民へ食糧を供給し戦いを不要とすることは止めても意味がない。これに関しては西側国境の草木を刈ったり、こちらが備えることで遊牧民の中で尻の軽い連中がやって来ない対策を行っているのも同様だ。南蜃砂や白紗の奪還に関しても同様だろう。邪魔する理由がないとも言える。
大公からしてみれば遊牧民や魔族対策と言うのは、自分の為にもなるから放置しても問題ない。対策を対策ではなく密通の証拠だと言い張れば良いのだから。
(確証なんか残してないし、思考誘導もやった。でも、そういうのは必要ないんだ。『自分が考えることは、相手もやってるはず』ってのは基本だからさ……。考えろ。もし大公が気が付いてたら……そう思っていたら、何を狙ってくる? 何を見張るなり始末すれば良い?)
基本的に可能性が多過ぎて特定のしようが無いように見える。
しかし似たような状況で白紗近辺での野営地はある程度だが絞る事が出来た。遊牧民対策と言うキーさえ思いつけば、同じことを大公だって予想はしていただろう。何らかのファクターがあれば彼のキーとなる思考をトレースできるかもしれない。大公だって無限にある可能性を一つずつ検証なんかしないはずだ。
例えば人物。最有力の東領関係者だと緑家や青悟あたりを張って居れば流れが掴めるかもしれない。その流れで南領だと僕と緋家……か、アンデッド浄化作戦で相当に名前を上げたそうだからね。最後にキリーや名前は聞かなかったけど将軍になった大公の息子たちというところか。
(考えたくないけど何人か重点的に見張る対象に僕も含まれていると見るべきかな? 僕は弱いから単独行動なんかしないけど、見張るだけなら簡単だ。後は機会を見て双葉を攫ってしまえば脅す事だって可能だ。キリーあたりなら同じような手段が使えるかもしれない)
以前に僕は自己評価が低いと言われたことがある。もっと自信を持てとも。
もし大公が重要人物とは言わずとも、最終リストに選んでいたらどうだろうか? 緑青貴さまと特定したかどうかは別として、緑家の使者と説得したのは確かだ。元から青悟と親しいし、キリーが西領の人間だと知っても別段に仲が悪くなったわけでもない。こう考えてみると確かにリスト入りしてもおかしくはないだろう。
こう考えてみると、色々判ってくることがあった。例えばキリーの部下が掴まって情報を抜き取られた事。それほど権限の高くない部下だったらしいけれど、その時に僕の情報やキリーの人間関係も聞いていた可能性はある。一度の情報では大公ほどの人物が注目する可能性は低くても、何度も目にすればリストの上に来てもおかしくはないだろう。
(まずやるべきは絶対に双葉が攫われないようにすること。双葉が無事なら僕は他の国でやり直しても良い。……その上でキリーが僕にとっての双葉みたいな子を人質に取られて、情報を何もかも渡してる可能性は考慮しないと駄目だよね)
そこまで考えて、注目されていた場合のことを検算していった。
遊牧民関連は、前述の利益共有で無視しても良い。次に、暗殺返しは口に出してはない。これに関しては向こうが『当然、暗殺して来る』と思うかどうかが問題だ。白紗への工作員潜入に関しては、指示して向かわせた所までは気が付かれる可能性はある。大公側の工作員が何をするか、見張ることが重要だとまでは気が付かれないだろう。
問題なのは兵員輸送車両と銅張り鉄甲馬車だろう。前者は既に完成させているし、後方へ送り出すために待機している状態だ。後者はまだ完成しても居ないので、銅板さえ盾として使って見せれば誤魔化すことはできるだろう。
(ということは大公が考えている僕の作戦は館への強襲戦かな? 兵員輸送車両で運べるだけの人数を送り込む……と考えてるのかも)
本命を見抜かれているわけではないが、次善の策を予想されているかもしれない。
となると大公が作戦を実行するにあたり、兵員輸送車両を燃やしてくるとかは考えられた。あるいは乗り込む兵士たちに毒なり動けなくなる薬でも良いだろう。それだけで強襲作戦は失敗するのだから。
こう考えてみると、大公の掌で踊るところだったのが判る。そして緑家が僕に何をさせたいのか、どうして悌さまでも侯爵さんでもなく、僕に接触して来たかも……だ。こうなるようにあえて誘導して、ワザと使者を送ったのではないだろうか?
(となると今のところ成功の確率が高いのは……大化の改新でもやるしかないのかな)
残された手段であり、不確実に見えて一番可能性の高い手段。
それは大公を僕とその場にいる上流階級数名で片を付けるという暗殺劇だ。こうなると紅包さまが負傷したことが惜しまれるが、逆に言えば可能性が低くなったと向こうが油断している可能性がある。
仕方なく僕も覚悟を決めると、魔族との最終戦を終えた後の抗争に向けて段取りを整え直すことにした。
と言う訳で作戦を決定。
後は魔族との戦いを適当に終わらせて会議を待つばかりです。