妖怪にまで零落した女神と契約して、異世界へ布教に行く話【完】 作:ノイラーテム
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西領を奪還したばかりで豊かな食材などはない。
これから始まるのはあくまで軍議や朝議の延長上に過ぎなかった。それでも本来であれば初陣を勝利で華々しい飾った皇太子殿下を褒め称える宴でもあっただろう。しかしそれすらもなく、行われることも現状の報告会に近い物であった。
そんな中で僕もまた発表を行う事になっているのは、情報収集の量と『西領の為』になる内容があるからだ。
「銀双羽。皇太子殿下の御前での発言を許す」
「もったいなくもこの機会を授けられましたことを感謝いたします。用意いたしましたのは西領における問題点、食糧事情や遊牧民などの情報にございます」
「「ほう……」」
基本的には大公も諸侯を動かす材料として遊牧民を扱っている。
だから国境付近に現われている規模が多かったり移動せずに滞在している異常性を伝えはしたが、それ以上の情報は渡してないとのことだ。ゆえに諸侯としては詳しい話を聞きたいという者も多かったに違いない。場合によってはこの後にでも戦わねばならないのだから。
とはいえそれを馬鹿正直に口にすることは大公も望んで居ないし、こちらも前振りで重要な情報を渡せない。だからあくまで遊牧民の話は中レベル、重要性としてはさらに下がる。
「まずは西領の民がどう扱われたか、国境沿いの街を含めてどのような物であったかを説明せねばなりません。暫しお付き合いください。民は奴隷とされ食料は魔物を増やすために取り上げられ、町を修復するための資材は夏朝に対する砦の為に使用され……」
感受性が高く善良な貴族や騎士は悲しんでるがそれだけだ。
自分の領地でなければ同じ方面の民衆でも基本的のノータッチなのだから仕方がない。頭のおめでたい貴族に限っては、大公たちに恩を売れるかもしれないと思って居るくらいだろう。
僕は用意した巻物型の資料を少しずつ広げながら説明を続けていく。
「……以上で西領そのものに関する報告は終わりますが、ここで重要なのが遊牧民の問題です。夏朝に取り戻した西領に関して、諸賢ならば具体策を思いつかれるでしょうが、その前に遊牧民の情報と合わせて判断せねばならないでしょう。まず彼らは食料問題を抱えております」
「そういう事か」
「なるほどな」
既に何人かが遊牧民の目的だけではなく、大公がどうして僕なんかに発言させているのかに気が付いた。地位としては水棲種族を動かす為の副使だとか、南領の兵を監督する軍師格とかその辺でしかない。しかしその過程で集めた情報があれば、僕が諸侯を動かして西領を支援させられると気が付いたのだ。ここまでの前振りで僕が入念な情報収集を行って先行していることは皆判って居るし、その有益性にも気がついて居るに違いない。
それと同時に誰が言い出しても揉める支援物資の問題を、低位の貴族に押し付けることができるのだから。足りない発言力を大公が利用したという形になるだろう。……それこそ『形』だけは間違いがない。
「遊牧民は現在、大王が居ない時期ですので複数の統領が合議を来ないます。このために個人の善良さよりも民族としての総意がしばしば優先されるとか。そして問題となるのが、『力を貴ぶ風潮』と『食料が足りていない』という現状、そして『西領で夏朝の問題がある』ということです。つまり個人として信用できる相手であっても、民族全体が『今は攻めるべき』と思っている間は注意が必要となります」
ここまで来れば大抵の者にも意図は伝わって来る。
西領を可及的速やかに元に戻し、豊かとはいえずとも十分に戦えるように、また生産性も向上させなければならない。それらの出費は西領に賄えるはずがなく、各領から膨大な資金と物資を送り込まねばならないだろう。中には僕に対して『余計な事を吹き込みやがって』とでも言わんばかりに睨みつけている者も居た。
おそらくはここまでは大公の予定通りだろう。僕にヘイトが向いたところで魔族殲滅に失敗した事や、勝手に遊牧民と交渉しようとした件で叱責。南領に財源と国境警備でも押し付ける気だろう。それで諸侯はいくらか落ち着く……という算段だ。
「つまりは強き国として夏朝が立ち直り、遊牧民も食料を手に入れるためには和平でなければならぬと思わせる必要があるという訳だな? よろしい」
もう用済みと判断したのか、大公が立ち上がって結論を述べた。
西領の長としてではなく『夏朝の最高権力者として』西領復旧に力を注げと言う為だ。形の上では疑問形だが、自分で答えを言う気なのでもはや僕には問うていない。
呉越同舟の共同路線、西領と遊牧民問題に関しては終わったという事だろう。
「概ねその通りでございます。残る西領で起きている夏朝における陰謀をくじけば平和がもたらされるかと」
「陰謀?」
「魔族ではなく?」
ここで僕は先ほどの『西領で夏朝の問題がある』ではなく『陰謀』だと言い換えた。
よく見れば巻物はまだ六割ほど、明らかに重要な続きがあるとでも言わんばかりである。だがしかし、大公が結論を出そうとした様に報告書ではそこまでしか書いてはいない。ここから先は白紙を使ったハッタリで、弁慶の勧進帳の様なものである。後で問題になった時は、悌さまと緑青貴公子に渡した紙を使う事になっていた。
そして大公は僅かに首を曲げ、側近たちや官僚の方に目を向ける。僕から話を聞いているか……いや、むしろ『新しい問題が見つかったのか?』という推論の方が正しいだろうか? 即座に話を終わらせず、僕に口を挟む余地を残したことになる。
「手前はこの西領を奪還する際に海路より先行せよと命を受け、予め斥候を派遣しておりました。そこで夏朝を揺るがす大いなる陰謀とその証拠を発見してしまったのです」
「……あやつは何を申しておるのだ? 何か聞いておるか?」
「そんな報告など……」
一応は嘘ではない滑り出しだが、この時点でもはや遅い。
海路から攻める話も先行して囮に成れという話も向こうが勝手に押し付けたことで、任務ではないのだが、まあ完全な嘘ではない。だからこそ留める事が出来ないし、夏朝を揺るがす陰謀を掴んだというのに止めたら逆効果である。
大公は口を開かずに代わりに側近が官僚を締めあげているが……大公が馬鹿とは思えない。既に察し始めているのではないだろうか? どこまで自分の陰謀を掴まれたか、そして僕の背後に悌さま以外の誰が居るのか……を全てだ。
「そのような奏上など予定にないぞ。在りもせぬ詮議は……」
「良い。予、自らあえて尋ねよう。その陰謀とは?」
「おそれ多くも皇太子殿下を捕らえ、謀反の濡れ衣を着せてから処刑することであります。噴飯物の戯言にしか聞こえぬでしょうが、皇帝陛下を暗殺しようとしたという名目でならば可能となります。そして……捉えて斬り捨ててしまえば、濡れ衣を着せることも難しくありませんから」
ここからは出来レースで、話をスムーズにするために誰かが出て来るはずだった。
筋書きと違うのは皇太子殿下自ら下問されたことで、本来ならば僕程度の下級貴族では口を利くことも許されない筈だ。だが皇太子が許したことを官僚やそこらの貴族程度の存在が止められるはずもない。この段階で半分ほどは成功したと言えるだろう。
大公自身はともかく側近たちは慌てふためき、キリーやそのお兄さんとかが苦笑しつつも面白そうなのが対照的であった。まあキリー達には教えられないけど、彼らは彼らで針の筵だった筈だしね。
「ホウ、この夏朝においてそのような邪悪な企みがあろうとはな」
「世迷言でございます! 誰か、誰か止め……」
「ウワーハッハハ! 面白い。面白いぞ。……殿下には失礼ながらワシが問おう。何者が西領でそのような企みを考えておるのだ? 事と次第によっては無礼を許せぬが」
後は大公の罪であると問おうとした時だ。
慌て蓋めく側近と違って、大公自身はふてぶてしく笑い飛ばした。まったく大した胆力であり機転である。笑い話にしつつプレッシャーを掛けて来ることで、流れを引き戻したのだ。もし僕が証拠を掴み切れていない場合は、文字通り反論しつつ切って捨てるつもりだろう。
上級貴族には椅子が用意されていたが、立ち上がって小姓から宝刀を受け取って見せる。
(上手いな。流れを引き戻した上に、警備兵を動かす口実を得たのか。もはや公爵さまたちが何人かの上流貴族を抱き込んだことに気付きながら、少しでも味方を増やしつつ、稼いだ時間で兵を増やして押し潰す気か。もしかしてこの人、逆境の中の方がキレる人なんじゃないかな)
大公が狙ったのはイニシアティブを握り直しながら、同時に大義名分を得る事だ。
ちゃんと論戦で勝てば『これは陰謀だ』と諸侯を納得させることができるかもしれない。その上で公爵さまたちを捕えれば、どっちつかずの貴族や、当主を抑えられた兵たちが全力を発揮出来無いのは確かなのだ。
しかし大公をここで暗殺し、出来るだけ被害を出さずに終わるためには、むしろこちらにとっても好都合な展開と言えるだろう。
「どうなのだ? ワシに遠慮はいらん。申してみよ」
「証拠も証言もありますし『真偽判断』の魔法を証言者に使用されても構いません。しかしこれが正しいのか、証言者も騙されたのか? 陰謀とそこに至る最初は純粋であった理想について語った方がよろしいかと思われます」
「理想だと? 陰謀に?」
「素晴らしい理想を抱いている方こそ、理想通りにならぬと手段を選ばぬものかと」
ズイ! と、にじり寄って抜刀する仕草すらしてみせる大公。
役者としては十分以上だし、茶目っ気を考えればキリーによく似ていると思う。妾の子供でロクに接したこともないと聞いていたが、親に子は似るということだろう。
しかしこれで大公自ら一歩分、対決姿勢を見せる事でこちらも一歩。合わせて二歩の距離が縮まり暗殺し易くなったので結果オーライだ。
「その人物は最初、諸候の力が強すぎ皇帝陛下の意見すら通らぬことに憤りを持っておいででした。正論を正論として口に出来ず、場合によってはなかった事にされる。この事を問題視した方は諸侯の力を排除し、より強い国家を目指して中央集権国家を目指そうとされたのです。しかし、純粋な思いもいつかは歪むモノ。途中で自らの権力を押し通し、この国を我が物とする事へと変遷してしまったのですよね? 大公閣下」
「「……」」
調べてみると状況証拠のみながら、おおむねこんな事情が推測出来た。
この国の体質は昔からだし、西領が魔族に奪われた時は外戚である大公を心配して皇帝陛下もかなり奮闘されたらしい。しかしいつしか敬して遠ざけられ、『出来もしないことをおっしゃらないでください』みたいな論で打ち消されたようなのだ。自分の力になろうとしたばかりに、かえって発言力すら無くした陛下を見て大公はどう思っただろうか?
そして大公に残されたのは、残り僅かな権力者としての時と、理想が今にも叶いそうなこのタイミングだけであった。正直な話、ここで逃れても次に中央集権国家を狙えるタイミングはもはやあるまい。
「このことが判明して、改めて一部の諸候に確認を取りました。『同じ思いをしたがゆえに判る。正直に話してくれれば協力しても良かった。だが……』、というご意見が多数。今の大公閣下は私利私欲に走られているがゆえに、協力できないと皆様おっしゃられておいででした。閣下、貴方は道を間違えられました!!」
最後の詰めとして大公の心をへし折る事にした。
彼には彼の野望と、その根底に中央集権国家という理想があるのだ。ゆえに最後の機会であり、陰謀の露見したこのタイミングを逃すはずがない。僕は巻き物の最後の段まで白紙を進め、まるでそこに大公の意見に半分だけは納得している者の名前があるかのように装ったのだ。
そして……。
「ふ、ふ、フハハハ! 何故だ! 何故このような時になって現れる! もっと早く貴様のような奴が増えて居れば……だがもはやこれまで! 反乱軍を捕らえよ! 逆らう者は切り殺しても構わぬ!」
大公は最後の最後まで僕を否定はしなかった。
貴様さえ居なければ……ではなく、僕や意見交換に応じる諸侯が居れば話は早かったのにと落胆するだけだ。その上で野心を微塵も隠すことなく、ここで味方しない者を全て殺すつもりなのだろう。
もちろんこちらとしても大人しく殺される気は無い。ではここからが反撃の時だ!
と言う訳で、最後のキカケは大公の理想でした。
中央集権を狙うならば、これが最期の時だと焚きつけることで
向こうから挙兵を促した感じですね。
なお遊牧民との戦争はないので、次回が最終戦になります。