妖怪にまで零落した女神と契約して、異世界へ布教に行く話【完】 作:ノイラーテム
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永き時と共に習合と分離が続いていく。
九天玄女と呼ばれた神もまた、西王母の一側面と言われ、王母の派遣した九尾の狐とも習合や混同を受ける。今もなお信仰が残るヴェトナムの地では敵対側の蚩尤とすら混同されているとか。
教え導くのは使命であり信仰を受けるための糧であり、時に神を時に仙を時に英雄を時に悪漢を導いていく。軍師であり使者である者に善悪はなく、だからこそ善悪のいずれかで見られれば、容易く移ろい混同されていくのだろう。
『わらわは九天玄女。正確にはこの地に住まう者に使命を授け、教導する為に訪れた分霊である』
日本のとある場所、とある時。
九天玄女は拾いモノをした。九尾の狐と習合し妖怪にまで零落した彼女を正しく神と識っている、今では珍しい存在だ。封神演義か水滸伝でも愛読書なのだろうか?
ともあれ玄女はこの機を逃さなかった。
正確には他に幾名かの候補者が居り、目を掛けはしたのだが……星の運行の問題で都合が良い相手はこの者だけであったのだ。この機を逃すわけにはいかぬと動いたわけである。
「……その、僕を助けてくださって? ありがとうございます」
『まだ助けてはおらぬな。そなたは一度死んだが、使命を受け入れるならば別の世界で生きられるようにしても良い。簡単に言えば異世界への転生と言うべきか』
死んだと聞かされて動揺する者と、まるで動じない者が居る。
その魂は中間と言えるだろう。死んだのは困るが、転生できるならば助かったと思えるタイプの人間である。理由があって拾い上げたにしても、玄女に感謝しても良いとすら思える位には殊勝だった。
そして玄女がその魂を選んだ最後の理由もそこだろう。落ち付いて現状を確認し、おかれた状況に対して前向きに対処できる存在である。
「どのような使命なのでしょうか? さすがに世界に散った魂を集めて来いとか言われても困りますが……それともお力を授けていただけるのでしょうか?」
『使命そのものは他愛ない。わらわに感謝するその気持ちを持ったまま、異世界で信仰を広めてくりゃれば良い。ただ……授ける力には『現時点』では不足して居る』
玄女はまず、使命自体が大事ではないと説明した。
最初に問われたからでもあるが、それこそが重要だったからだ。ほぼ信仰の途絶えた日本ではなく、異世界へ行ってやり直す為である。もとより九天玄女は異邦神であり『あらゆる世界』を名前に抱くだけに世界の差など問題なかった。
そして言葉に力はないが、力を授けることは出来ないと言い切る。
『口惜しいが、秋津洲では既に我が信仰は絶えて久しうてのう。今や混同された妖物の方が有名で信仰心など得られぬ有様よ。すまぬが生まれ変わったそなた自身の保護と、今もっておる記憶の保護が精一杯という事か』
「いえ。僕なんかを選んでいただいただけでもありがたいですよ。それに転生後に放置される訳でもないようですし」
ここで殊勝かつ前向きな魂を選んだことが活きて来る。
玄女の目に留まったモノの中には、十年に一人ないし一芸であれば百年に一人というモノもいた。だがいずれも星の配置が悪かったり、声を掛けても我が身可愛さで話を聞かなさそうなモノが多かったのだ。
そして授ける力が無いという事は、本人の力量のみで生きねばならない。それだけの事を喜び、感謝する性質と言うのは今時珍しかろう。
『そうじゃ。転生して問題なく、生き抜く環境と自由くらいは選んでやれる。金銀財宝が余る人生ではなかろうが、そなたが『こうありたい』と望めるまでは不自由なく暮らせるであろう。そして何より……』
「何より?」
玄女の言葉をその魂は待った。
今までの内容の中で思い付くことは幾つかあったが、せっかく説明してくれるならば待った方が良い。それこそ思い違いはありえるし、玄女がすでに理解しているなら不要と説明半分で切り上げる可能性もあったのだから。
『そなたは六韜三略やら孫呉を覚えておろ? いや、諳んじる必要などない。その事実が重要なのじゃ。それは我とそなたを縁付けるには十分、授ける前から所持しておる者に助言して何が悪かろう。この事は異界渡りの掟に抵触せぬゆえな』
「もしかして、僕の覚えている知識を怯えてくれるって事ですか?忘れてる知識も込みで」
その魂は玄女が言いたいことを良く理解していた。
何せ世界はインターネットの時代である。ウェブ・サーフィンで様々な文献を漁りはするが、到底覚えてなどは居られない。検索神と冗談交じりに入力することはあるが、そこで調べて覚えている事など余程インパクトの強いことくらいだ。
だが逆説的に、そういった忘れている事のサルベージをこの女神は行えるという。
『すくなくとも三千の竹簡に刻める程度の事は造作もない。何よりそなたが既に得た知識ゆえな。当面はそれで勘弁せよ。そなたが信仰を取り戻すにつれ、少しは何某かを授けられよう。そうじゃな……』
「荷車……? いえ、これはもしかして指南車ですか!?」
玄女は簡単な図を示して見せた。
それ自体も記憶から掘り起こした物であり、その魂が知っている事ゆえ違和感なく思い出させることができる。これ自体は機構を使った絡繰りなのだが……。
玄女は笑ってイメージを修正した。
『よいか? これはカラクリじゃがそなたが身を守る為に身に付ける術を使えば、コレを再現する事が出来る。コレは南ではなく設定した対象の方向を示すモノ。上手く使えば本陣であろうが敵陣であろうが霧の中で見つけよう。言いたいことは判るかの?』
「応用と言う事ですね? ゲームで言う結界とかを使うだけじゃなく、応用すれば便利な力がある……」
こういった裏技あるいはコツこそが九天玄女が授ける叡智であろう。
それゆえに軍師の神であり、技術をもたらす使者なのだ。そして応用に使い知識というのは、異世界渡りの掟とやらに縛られぬに違いあるまい。
そして暫しの別れがやって来る。
『それでは暫しの別れじゃ。たとい力を異世界で有さぬとも、わらわはこの知恵だけで渡って見せる。唯一の信徒にして使徒たるモノよ。息災にな』
「我が女神様に感謝を」
元より星の配置にそれほどの余裕があるわけでもない。
正しい刻限の一瞬ならば余計な力を使わぬが、時間が過ぎればそれだけ浪費する。
この日、この時、この瞬間に死した魂の中で……その魂程に九天玄女の事を知り、信仰を捧げられるモノはそうは居るまい。
やがて時が過ぎ……銀嶺山脈の本村に連なる支邑、双子の邑に子供が生まれる。
その子は猟師の家に生まれ、隣に住む薬師の家と同い年であった。あるいは一人では寂しかろうと九天玄女が隣人のある家を選んだのかもしれない。
『銀や。その力は無闇に付こうてはならぬ。上手く使えば僅かな力でずっと身を守れるゆえな』
「ですが娘々。物凄く寒くて死にそうなんですけど」
銀双羽と名前を受けた少年が外に出るようになると、九天玄女は姿を表すようになった。
時折に助言を与え、時折に記憶を掘り起こして手助けを行う。その数も少ないが、信者がたった一人とあっては仕方があるまい。
だが確実に、今の様に死にかけた時は感謝を捧げるに値する素晴らし助言者ではあった。
『温度を保って命を長らえるのは良い。だがお前に教えた通り、その力は周囲と違えば違う程に浪費するものよ。せめて変化の少ない場所に使うが良いぞ。例えばあの洞穴とかのう』
「あ……あんな所に……気が付かなかった。双葉、双葉、行こう!」
とある冬の日、不意に訪れた来客のせいで食料がなくなった。
父親たちは兵役やら傭兵として稼ぎに出ており、仕方なく子供たちが猟に出る。そのくらいには腕を上げていたのだが……この日は生憎と吹雪が出たのだ。
子供たちは哀れ雪山で遭難することになる。
もし九天玄女が存在の危機を押して現れなければ、一環の終わりだったかもしれない。
「双羽……さむいよー」
「直ぐに寒くない所に行くからね。……獣とか居るでしょうか?」
『居らぬとは限らぬが……そなたの見える範囲からは痕跡は伺えぬの』
あくまで使徒が見聞きした範囲で助言するのみ。
その制限に歯がゆくなるが、いまは我慢する他はない。獣の危険よりも凍死の方が先だろう。
そして子供たち二人はなんとか洞穴に辿り着く。
『入り口ではなく、風が通らぬようになった場所で温度を保全するが良い。風さえ吹かねば力は削がれぬ。外よりも余程安全じゃし、子供は体温が暖かい故な』
「……判ってます。ごめんね、双葉」
「う? おふろ入るの?」
風も通らぬ洞窟の中、子供二人は肌を寄せ合って峠を越えた。
もちろんこの峠とは山の事ではなく、山場と言う意味だ。思えばこの洞穴との短い様で長い付き合いも、この時から始まったのだろう。
顔色に出さないようで意識し始めた双葉の方にとっても、思い出の場所なので秘密基地といういまいちピンと来ない単語でも我慢することにした。
『また訪れる時があれば、獣が嫌う臭いを用意しておくが良い。それを置いておけば迂闊に入り込んだりはすまい』
「はい。ありがとうござい……ます」
子供たちが寝入って、それでも体温が急変動しない。
その事を見届けてから、九天玄女の分霊もまた眠りについたのである。次に現れる時はもう一人の信者が増えた後の事であったという。
と言う訳で過去の話をチョロっと。
第三部の前に過去編をやるのか、それとも思い出したように外伝を入れるのかはまだ不明です。
内容的には「転生物で転生者を選ぶ理由」を付けた感じですね。
相性が良かった、神の加護無いけど文句言わない人を選んだ。
そもそも力が無いので、信仰心を増やすためだったとか。