妖怪にまで零落した女神と契約して、異世界へ布教に行く話【完】   作:ノイラーテム

40 / 118
紅来川の街にて

 侯爵家の御料地である紅来川。

その地に入って感じた事は『未来』である。街道にの一角に位置し、港町とも連なるその土地には活気ある風情が見て取れた。

 

何より一目で領地のあらましが判るという事が、その発展性を如実に表している。

 

「侯爵家の御料地とあれば当然と思いますが流石ですね。これからドンドン発展していきそうです」

「判るか?」

「ええ」

 二広が同行した今回の度に関しては色々あったが……。

僕が貴族の……と言うか武家の価値観を理解するには役立った。民衆にとって良く分からない事を貴び、良く分からないことに目くじらを立てる。前世の知識故にある程度は判るが、知識と経験は違うものだ。

 

彼の同行を押し付けられたことや増えた用事は迷惑だったが、得られた経験には感謝しておくとしよう。

 

「通常、領地の構成は防衛を念頭に置かれます。平地だからと言って……いえ、平地だからこそ普通ならば目につく物です。しかしここの町並みは利便性を重視した造りになって居ます」

「そうだ。侯爵家は、紅家はこの百年以上に渡って脅威と言うほどの害にさらされたことがない」

「だから街道が直線的なのですね」

 車の時速と、距離・道のりという言葉で説明すると判り易い。

時速100kmで動く車があったとして、町中で100km向こうに1時間で着けるなんてことはまずない。道は曲がりくねっており、実際には100kmどころでは無いからだ。

 

こういった距離と道のりに関しては小学校で習ったと思うが、高校の授業でも出てこない領域として、領地防衛問題が出てくる。普通の城下町は真っ直ぐにお城へ向かえない様になって居ると言ってもよい。そういう無駄のない土地がどれほど好条件か判るだろう。

 

(ここの地形には敵を誘導する為の構成が無い。流石に旧市街は別なんだろうけど、全体が京都みたいな町割りになってる。というか防衛施設もないだけでも羨ましい)

 縦横を直線的な道で構成し、移動の利便性が優れていた。

もしこの町で移動に時間が掛かるとしたら、通行客や商売上の荷物が山となっている場合だろうか?

 

もっとも現在は中央からの交易がアンデッド問題で途絶え気味と言う事もあり、南領の中での交易が主体だ。港での荷揚げは直接かかわらないとしたら、それほど混雑することは暫くないだろう。

 

「双羽殿ならばどう対抗する? 無論、戦いと言う意味ではないぞ」

「対抗しない事が対抗策ですね。侯爵家で生産しない物を売り込む方が早そうです。もちろん防衛戦力も商品と言えるでしょう」

「ほう?」

 平地にあって防衛施設の不要な町と、馬鹿正直に経済戦など出来ない。

僕の領地だと平地など雀の涙の山間部であり、生産物の量で戦えば間違いなく敗北する。というか勝負にもならないだろう。この周辺の農家はただひたすら生産すれば良く、売り込み先も南領ではれば問題なく売り捌ける。港町から西領なり、春から夏ならば北領の凍結港に持って行っても良いだろう。

 

前世で言うと東京から神奈川、あるいは熊本から長崎に近い地形なのに、周囲に敵がいないという好立地である。早期に縁深い身内や義理堅い同盟者で周囲を固めた、侯爵家の先祖が持つ手腕が伺える。

 

「防衛戦力が商品と言う意味は分かる。現に中央からの流入を防ぐのは我らが緋家であるからな。では他に何を売り込むのだ?」

「小麦などは中央で好みのある作物に絞るか、いっそ金を使わない為だと割り切ります。その上で油を絞るための豆や、衣服の為の綿花でしょうか? もっと平和に成れば花などの嗜好品も良いでしょうけど」

 侯爵領が平和なのは、四方を縁深い貴族や同盟者が固めている事だ。

東は幾つかの小貴族を挟んで同盟者であり縁戚のある伯爵家がガードしており、中央から流入するアンデッドなどの魔物をシャットアウトしている。南北も同様の諸侯が固めており、縁戚関係もあって陸地では安泰なのだ。

 

では西にある港町周辺はどうかと言うと、半島の中にある入江なので守り易いのだ。山伝いで侵入できる西領に至っては、中央とどっこいどっこいの規模で魔物が暴れまわっており青色吐息である。水棲種族や周辺豪族と共に海の魔物を退けてからは、港町の防衛さえしっかりやって居れば何の問題も無かった。

 

「しかし豆や綿花も平地の多いこちらには叶わぬと思うが?」

「そこは考え方次第です。緋家に所属する荘園群・貴族領では農地の多くが荒らされ、農家にも被害者が出ました。大きな区割りにし集団で効率的に経営させれば、難民たちでも作業ができます。……もちろん伝統ある農家に立ち退けとは申しませんが」

 僕の荘園だと、新しく増えた北のエリアではそうしている。

まあ住民が居ないから、手が足りないのでそうせざるを得ないというのも大きな理由なのだが。しかし区割りを大きくして、全員で耕せばアっという間に作業ができるのも確かなのだ。

 

そうするうちに元の荘園に居た農家の中にも、その利便性を羨ましがって土地の統合や交換を申し出て来た者もいた。こちらも働き手が減ったことで、効率化を求める声が大きかったのもあるだろうが。

 

「農地の統合だと?」

「畑の一面毎に細々とした作付けをして、それぞれ管理するのは大変みたいですね。ですが集団で一斉に開墾し、交代で管理すれば難しくはありませんし、未経験者でも誰かに相談できますから。ただ苦労して入植した思い出のある者には、配慮が必要だと思います」

 僕がやった事を解説しながら説明すると驚いたようだ。

まあ集団農業などこの時代は存在しないか、奴隷を使った大規模農家くらいだろう。奴隷は厳しく扱っても甘やかしても効率が落ちるので、買えたとしても扱いたくはないものだ。

 

そして伝統ある農家が文句をいうのは前世と同じであり、その辺は武家が領地替えを嫌がるのと同じ理屈なので、ちゃんと配慮しているとオブラートに包んでおいた。

 

「緋家の方々ですな? 主人がお待ちしております」

「「ご丁寧に」」

 やがて城のある旧市街地に着くと、来客を出迎える役人が現れた。

寄り親の郎党であるがゆえに、こちらも遠慮して馬車を降りる。本来であれば城付近までは馬車で乗り入っても良いはずだが、礼法上の問題があっても困る。それに悌さまとの話し合いではないが、別館なり大きな商家を借り切って内々の話という線も無きにしも非ずだ。

 

だがその折に、僕の馬車に使っているガラスの窓に目を向けて居たのを見つけた。透明度のガラス自体は高炉を設置すれば行けるが、この時代ではまだガラス窓なんか付けないからね。少しだけ気分が良かった。

 

「不躾な往来へのお詫びに御家へ贈り物を用意したのですが、お引渡しをいたしましょうか?」

「念のために拝見させていただきますが、それには及びません。後程、正式な物が預かることになるかと」

 せっかくなので念の為に見分をしてもらっておく。

こんな所で偽家臣や持ち逃げする横領犯など居る筈もないが、逆にこちらが妙な物を持ち込んで居ないというのは確認してもらう必要がある。ここで確認してもらえば、後の見分は短い物になるだろう。

 

ガラス製の長櫃に紅の布を被せた初見。

布を取り外せば最新式の甲冑が現れるのだ。武芸に興味のない役人でも、これは驚くだろう。

 

「……総鋼造りの甲冑でありますか?」

「いえ、部分的に別の素材を使って動きを確保しております。必要でしたら製作者に説明をお願いしますが」

「その必要はありませんとも。失礼をいたしました」

 この甲冑の本質は実用的な軽装鎧と、オマケに分かれるのがメインだ。

しかし全体構造自体に特異性がない訳でもない。まず鋼は高炉がないと作れないので、おいそれと出回る物でもない。普通ならば見分ける事から苦労するが、役人なのに理解できる辺り、侯爵領では機会がない訳でもないのだろう。

 

そして全身の形状にも流線形にして外観と防御力を上昇させ、、鱗状部分・鎖部分と使い分けることで可動域を保っている。全体的には西洋鎧なのだが、ショルダーアーマーとスカートアーマーは和風鎧をイメージしているので異質さも伺えるはずだった。兜なんか鮭をイメージしてるしね。

 

(昔はこういう装備を自前で揃えて戦うとか憧れたなあ。……どう考えても僕の体力じゃ無理って判っちゃったけど。もし将来に付与魔術師を呼べたら、軽量化の魔法でもかけてもらおうかな)

 役人の見る目が変わったが、おそらく田舎者から扱いがランクUPしたのだろう。

まあ冒険者あがりの荘園主の扱いなんてそんなものだ。陳情に来た名主とか商人たちと比べてどっちがマシか分からないものである。

 

しかしこれからは一段くらいは扱いが良くなるだろう。

緋家の縁者になる事でも同じ扱いになるだろうが、それでも自分が調達した産物によって扱いが変わるというのは気分が良い。

 

その後は登城して面会となったのだが、ちょっとしたアクシデントというか笑い話があった。侯爵さんが描いた一幕なので、茶目っ気というべきだろうか。

 

「大層な鎧をいただいたそうだな。まずは礼を言っておこう」

「いえ。御家ならば鋼の鎧などその気になれば誂える事など造作もない事。増長をいたしました」

 最初は互いに譲り合う、良くある光景だった。

仲の良い家からの進物を受け取るのは当然だし、そこにイチャモンを付けることはない。そして紅家ほどの裕福な家が、高炉さえあれば生産できる鋼の装備を揃られるのも当然だ。面倒だし平和だから不要なので、生産体制を用意してないだけである。

 

お互いに譲り合いはするが、侯爵家の方が遥かに上だと主張してこの話は終わるはずだった。だがしかし……。

 

「だが足りぬな」

「え? ……いえ、失礼いたしました。ご無礼を承知で申し上げますが。何を用意すれば……」

「はっはっは。こやつ忘れておるな?」

 ニヤリと笑って侯爵さんは冗談であることを示しつつ続けた。

驚くこちらや、目録を探そうとする文官を制して思うがままに立ち上がる。

 

そして僕らと言うよりは家臣たちの方を向いて話しかけたのだ。

 

「確かその方、毎日風呂に入っておるそうではないか。それどころか民たちを労役させた日には楽しませているとか。その設計図を持ってくると言っておらなんだかな?」

「し、失礼しました。どこぞの別邸の設置する大きさが判れば早急に提出させていただきます」

 確かにそう話したが、まさか覚えているとは思わなかった。

それどころか本気にしているとも思っても居ない。以前に逢った時は青悟の仲介で顔を売りに行った程度だったが、ちょっと開明的な事を口にしたつもりだったのだ。

 

というか侯爵さんの城にしても別荘にしても風呂など幾らでもあるし、命令すれば毎日入ることは可能だろう。鋼の鎧と同じで、その必要がないからやって居ないに過ぎない。

 

面白い風呂が必要ならば、用意しますよとだけ伝えつつ、僕はどうしてこうなったかを考え始める。

 

(というか間違いなく青悟のせいだよね。大通連と話し込むとは思えないし、そもそもあいつ風呂好きでもないし。それを考えたら青悟しか居ない)

 いちいち覚えているとも思えないし、調べる筈もない。

ソレを考えたらうちの荘園に来ている奴が話したとしか思えないのだ。そして侯爵さんに面会できたコネは青悟の物だったので、他に候補は考えられなかった。

 

そこまでは何とか考え付いたものの、どういう意図があってこんなジョークを交えたのかが、この時は想像もしなかったのである。

 

ともあれ謁見は終わり、僕らは当初の予定通りに行動することになった。




 と言う訳で侯爵家での話は終わり。
領地の解説とか侯爵家にも色々ある事を臭わせつつ、
お偉いさんとの会話自体は繰り返してもしょうがないのですっ飛ばしました。

●紅来川
 ルビーが流れて来た浅くて広い河を中心に栄えた街。
その山を北端に北の守りとして、東は街道と伯爵家がガード。
西は半島の内側にある港町があると、とても恵まれた土地です。
日本で言うと関東平野に平安京があって利根川からルビーが流れて来る。
と言う感じですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。