妖怪にまで零落した女神と契約して、異世界へ布教に行く話【完】   作:ノイラーテム

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とある些細な公共事業

 先ほど考えた人虎事件の様相はあくまで可能性の問題だ。

所詮はデータを見て適当に判断しただけで、現地で調べてみたらまるで違うという可能性もある。

 

しかし水棲種族と腹を割って話し合い、コッソリ裏を取って穏便に済ませるならば今の内だけだ。今ならばお互いに良い関係だし、誰かが迷惑を駆ける前に鎮火できるのだから。

 

「初めまして。船旅はいかがでしたかな?」

「非常に満足できました。仲間の中に船酔いした者が出ましたが、人間の中には合わない者も居ますから仕方ないものと思います」

 僕は腹芸が得意ではないので、出来るだけストレートに話をするつもりではある。

しかし今回の話は推測が当たっていたとして、誰も得をしない話なのだ。変な話の持って行き方をすると相手を刺激してしまうので、ある程度は出方を探る必要があった。

 

何しろ農奴はいても奴隷制度の無い国である。代官は不正を見逃し、村人ならば子を売り、一部は町の一角に遊女なりになっていると思われるが……水棲種族ならば労働力として子を買い取ったという話になる。実際には奉公の勤め先だろうが、風評的によろしくないのは同じだった。ある程度はオブラートに包んで話すか、性格を見定めてからジックリ腹を割って話しても問題ないかを見極めないといけない。

 

(本当ならばここまでする必要はないんだよなー。でも放っておくと方々で延焼しそうだし、この辺で消火しておかないと)

 何が最悪かといって、全部明るみに出ると侯爵家の問題になる。

ソレを暴いたのが緋家に所属する二広とあっては侯爵さんも良い顔をしないし、代官を始めとした役人たちは立場を無くすだろう。不正を暴いてくれてありがとう……となるわけがなかった。

 

だからこそ少しずつ対策を立て被害を抑えにかかる。もし本当に魔物だったら胸を撫でおろして討伐に行くレベルだろう。獣頭人身の種族だったら……それはそれとして静かに暮らしてたのだろうし、やっぱり迷惑な話だよね。

 

「ふむ。何か御不満なり御懸念でも?」

「いえ、そういう訳でもないのですが……。時に龍頭の水棲種族の方に聞くのも失礼なのですが、人身御供を捧げられて困ったことはありませんか? 僕も旅の途中で困った申し出がありまして」

 話の切り出しに困った僕に龍学才さんが伺って来た。

せっかくなので流れに乗り、僕の体験談として話をする。まあバザーとかでも持ちかけられた話でもあるので、あながち嘘でもない。

 

「ホッホッホ。それは大変ですな。我々も似たような経験がありますぞ。人の肉など食わぬし異性に催さぬというのに贈ってよこされたという」

「善意だから断り難いのですよね」

 何度も言っている様に龍頭の水棲種族に特殊能力などない。

しかし、ありがたがる人間はそれなりに居るし、人身御供を捧げられて困った事もあるそうなのだ。何しろ彼らは人間を食う事も無いし、種族が違い過ぎて性癖に刺さらないとか。その例に今回の話を引っかけてみた。

 

そういえば有名な冒険小説でも、主人公の女魔導師が敵の魚人にそんな事を言われたことがあったっけ……。

 

「僕は神職なのですが、旅の途中で助けた村にお礼として村人を神に捧げられるとか言われて、正直困ったことがありました。それを今回の途中、バザーで他国の商人に戦争奴隷を勧められた時に思い出しましたが……何分、この国では奴隷売買は禁止されていますから」

「それはそれは……」

 細部は違うがそれなりの形に整えて話してみた。

多少強引なところはあるが水棲種族には無関係のラインで攻めてみる。実際にはバザーで戦闘奴隷を売っていたのをチラっと見た程度で、売り込みなど掛けられてはいないのだが……。

 

此処で重要なのは、この国では奴隷売買は問題だという事だ。

農奴が奴隷同然とかいうオチは置いておいて、水棲種族が他国と同じ価値観であるならば気が付いていない可能性もある。此処に居ないとか売られた方も納得した上で居るならば良いが、もし戦争で捕まって奴隷になった者のように隙あらば逃げ出そうとする者が居たら面倒なことになるだろう。

 

「私の方からも懸念事項がありましてな。別に龍頭でもないのですが、親しくして居る者たちが同じような話で難儀しております。断るに断れず、どうしたものかと」

 ここで竜学才の方も強引に話を変えて来た。

僕があげた事例を用いつつ不自然でない程度に投げ返して来る。主語は水棲種族でもなく奴隷でも奴隷商人でもない曖昧な状態で、親しくしている者が何をさせたいかという目的もあえて入れていない。

 

会話の流れ的には不自然ではないが、その部分だけ抜き出したら何の事か分からない言葉である。

 

(投げ返されたけど皮肉じゃないから、対処法を尋ねてるって意味で良いんだよね? でもどっちの対処なんだろ)

 相手の話をそのまま返す『お前もそうだろ?』という皮肉があるらしい。

しかし今回は僕の方で奴隷押し付けられても困るよね……という話だったので、反射する意味がない。つまりはそのパターンではないという事だ。

 

僕はこの手の会話をした経験が少ないので良く分からないが、『奴隷を持っているけど何か対処法はないかな?』という意味であると思われるが、『今回の件で水棲種族と似たような部族が困っている』という意味かもしれない。前に予想したが、獣人族が居たとして代官に悪者を押し付けられている可能性があるからだ。

 

「期間を定める年季奉公の契約や、本人たちも納得する程度な用事を済ませれば解放するなどはいかがでしょう。例えば何年後に契約を終えるとか、遠方への往復を何度か繰り返せれば契約終了ということですね。もし獣頭人身の方々ならば生活環境に留意は必要でしょうけど」

 腹の読み合いは得意ではないので、もう直球で行く事にした。

まずは年季奉公の契約か遠方への使いで遠ざけろと提案しておく。さっさと腹を割って話し合った方が早いだろう。僕の方にこの件で稼ぐ気はないので、忠告をするだけしておけば良い。話を聞かないならばそれまでだ。

 

それはそれとして獣人が関わっている場合は、海の上に移動すると目立つとか、そもそも会場が苦手という可能性があるので対処が必要かもしれない。

 

「おお、まさにまさに。実は方々が路頭に迷うて、自身を買うてくれとおっしゃっておるのです。しかし付き合いが長いゆえにどうしたものかと。無碍には出来ず、かといって山ほどの財宝を持っておるわけではありませぬ。それに遠方への使いと申しましても、色々とありましてな……」

(あー。本当に獣人居るのね。しかも一番面倒くさいパターンだ)

 おそらくはその領地全体が貧困に喘いでおり、獣人一家も子供を売る羽目になった。

しかし今回の件で人買い問題が明るみに出た上、獣人が居るという事もバレてしまったのだろう。そして何よりの問題が、売り先に困るということだ。水棲種族が引き取ろうにも事件となっては難しいし、高跳びさせたり匿う程に予算があるわけでもない。

 

何が一番困るかって、やはり事件となった以上は追及の手が伸びるという事である。獣人達全体が捜索される訳だし、匿ったら水棲種族も確認される可能性があるのだ。もし一人・二人ではないのであれば、複数人の移動がおきれば悪目立ちしてしまうだろう。そうなったら追及される可能性どころか、確実に調査の手が入るに違いあるまい。

 

(うえー。どうすれば良いんだこれ? 僕の勘違いだった方がマシなパターンだぞ)

 何が問題かって、誰もが得をしない事件に僕が首を突っ込んだら火傷をしかねない事だ。

傍観者ゆえの気楽な助言は出来ても、親身になって引き受ける程の予算や名望があるわけでもない。そもそも動き出した事件である以上、二広程度ではどうしようもないだろう。

 

止められるとしたら紅包さまか、それとも侯爵さんか。いや……役人の発言力が強い現状で、それも難しいだろう。無かったことにするとしたら彼らに譲歩する必要があるし、侯爵さんからすればむしろ追及して役人たちを叩きたいまであるはずだ。それゆえに侯爵さんに伝える事が出来ても、事件を無かったことにはできない。

 

 事件を無かったことに出来ない以上、どうにかして獣人を匿う必要がある。

食料やら日々の暮らしに関しては水棲種族を中心になってカンパしつつ、何かの形で回収できれば問題ないだろう。それこそ労働を押し付ければいい。

 

ここで水棲種族に頼って海に出れないのは、そもそも種族的に難しいのか、あるいは慣れない仕事では不安と言うのもある。できればその辺も解決したいところだが……単純労働で何か『不自然ではない仕事』を見つけるしかないだろう。

 

「もうここまで来れば腹を割って話し合いましょう。ひとまず重要なのは名目です。彼らが離れても不自然ではない理由が」

「腹芸は疲れますからな。しかし名目ですか」

 極論を言えば、追跡調査が無いならば何とでもできる。

人食いの化け物ならばいざ知らず、ただの種族であるならその後に被害など出ないのだ。しかしこれまでの人買い事件を押し付けられた以上は、最低限の調査が入るはずである。

 

調査が入った時に何家族かが姿を消して居たら怪しいどころではない。その後の調査自体は『成果なしで打ち切り』という事になるとしても、最初の数回は追求をかわす必要があるのだ。

 

(何が面倒くさいかって、二広に調査をすべきだと提案したのは僕なんだよな。公式記録の調査から、傭兵を雇った裏の調査までしてるだろうし。いっそ紅包さまに頼っていてくれないものか)

 少なくとも代官が不正に行方不明者を隠している所までは調べている。

その行方不明事件を『人虎がやった』ことにしているのが問題なのだが、いずれ税率やら何やらで追及されるだろう。幾ら何でも必要以上に高い税を取りながら、その事がバレない筈はないからだ。

 

ゆえに数年ほど匿えば問題は無いし、もしその間に見つけた仕事が順調ならば戻す必要もない。だが現状では集団で移動するだけで目立ってしまうのだ。

 

(移動するのに不自然じゃない理由ねえ。でも普通は移動しないからこそ、僕も事件の裏側に気が付けたようなもんだし……どうしたもんか。日本だったら『お伊勢参り』と『租庸調』に『公共事業』あたりが定番だよね)

 社会コミュニティの成り立ちからして、田舎では人の移動がまず存在しない。

だから何かしらの大きな行事に関して、理由を付けて移動するのが定例である。しかし僕がやりたいとしたら『お伊勢参り』のような神殿関連の奉納旅行だが、うちの神様ではネームバリューが無いので問題だ。青悟に借りを作った上に、大地母神の信者が増えるという得にもならない方法は却下である。

 

次に『租庸調』だが、昔は税金を納めるのも命がけの仕事であった。都に持って行くことも含めて税金の一種であり、そういった理由があれば人はおかしいとは思わない。ただし代官が代行業務を一通りやってる村でそれをやるのも妙な話だ。

 

「何らかの公共事業を起こすのはどうでしょうか? 昔から人を募って公の行事をやり遂げるのは良くありました。紅家辺りに話はつけねばなりませんが、神殿を造るなり大型船を作るなり、あるいは港湾の整備でも良いでしょう。問題の村で石材なり木材が切り出せれば上等です」

「それならば理屈は通りましょうか。しかし……大事ですな」

 最後の一つである公共事業は昔からある非常手段だった。

ピラミッドも公共事業の一つで、奴隷が働いていたものの食事とビールが提供されて割りと待遇が良かったそうだ。日本で言うと大仏やらお寺の造営などになるが、村々から数名ずつあるいは少数の村から大規模に集めることがあった。

 

この件で問題があるとすれば、幾らなんでも大事過ぎ。

紅包さまを経由して侯爵さんに認めてもらうにしろ、必要性のある工事でなければ予算が降りまい。

 

「龍学才さんでも不自然とは思わないのですよね? ではもう少し規模を下げて河川の堤防造りや……。待てよ? 要するに公の命令なら何でも良いんだから……」

「なんぞ名案が浮かびましたかな?」

 元ネタとして公共事業にこだわって考えていたが……。

よくよく考えれば移動する理由があれば良いし、政府機関がその理由を提供すれば問題ないのである。

 

究極的に言えば、役人一行が適当な理由で獣人たちを人足として徴発すれば良いのではなかろうか? その後に別件で用事を押し付け雇ってしまえば良いのではなかろうか。

 

「幸いにも今回の件で事件解決を頼まれた緋二広には話がつきます。ですので山狩りに『彼ら』の力を借りましょう。そこから他の領地に隣接する場所まで移動するとして、食料その他は出しておきます」

「なんと! 疑われている当人たちに捜索を頼むとは!」

 公共事業と言う程ではないが、山狩りも公から下々に下す役目である。

主に猟師たちを動員して森や山を捜索する訳だが、別に探されている当人たちを動員してしまっても構わないだろう?

 

そして今回の件を頼まれたのは二広であるし、彼が事態解決に乗り出すのも選択肢の一つとして常にあったはずだ。後は予め根回しした上で、獣人たちを雇ってしまえばよいのである。

 

「その上で、別件の人足の仕事でも用意しておきましょう。雇われても良し、雇われずとも良し……と『彼ら』以外の山狩り参加者全員に声を掛けるのはいかがでしょうか?」

「ホッホッホ! 面白いですな! 彼らへの話は儂の方から付けておきましょうぞ」

 こうしてありもしない事件を解決する道筋は立った。

後は各方面に根回しをして確実に最後まで被害者抜きでやり切るだけである。




 と言う訳で獣人種族が居るけれど、無関係だからこそ困っていたというオチ。
そしてその追求を始めたのは主人公で、だからこそ困ったという流れですね。
そしてここまでやるなら、最後までマッチポンプで事件を収束させます。

●龍学才
 赤色港に駐在する龍頭の水棲種族。頭が良く留学経験もある老人。
頭が龍だからといって特に特殊能力はないが、人間はありがたがる。
こういうのを利用しつつ長年の経験もあって有能な外交官。
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