妖怪にまで零落した女神と契約して、異世界へ布教に行く話【完】 作:ノイラーテム
●
あれから一カ月と少々、上層部の会議に呼ばれて資料を提供。
アンデッドの巨人やら現在の総数と分布、今後の推移を示した南群の状況を記した物は既に提出してある。今回の焦点になっているのは見積もりが終わって、まともに北上作戦を行った場合や城の再建を任された場合の予算の予想を提出していた。
緋家の城で庭に面した広い部屋にて、居並ぶ出席者の顔が全員青いのは見物というべきだろうか。こうなるのが判っていたので、ちょっとした趣向も含めてカーテンを閉めさせていた。
「銀殿。……この数字は本当なのか? 桁を一つ、いや二つ間違えているのでは?」
「ハハハ。おおかた商人が吹っ掛けた場合の数字でしょうよ。若い者にはありがちなことです」
「然り然り」
僕と親しい緋二広が口火を切ると、他の諸将も声を出し始める。
二広は嘘だと言って欲しいと願うような顔であり、連さま派というか反悌さまは空元気で文句ばかりを口にしている。そんな中で五塀老人が苦虫を噛み潰した顔なのが印象的だ。
田舎暮らしでは物々交換の差額を埋めるためにお金を使う。領主はまだ縁があるとはいえ、売り捌いた自領の産物で資金を得て、必要な物資を購入して後は活動用に貯金。場合によっては借財を返すという生活である。金貨数十枚から百数枚の暮らしをしてるのに、数万枚という予算を計上されても困るだろう。
「その辺りは御用商人たちにでもにご確認ください。おそらくは相場に寄ると返すはずです」
「……対策はあるのじゃろ? こんな額はお家どころか南領全体でもありゃせんぞ」
「一応は」
この数字は商人である南商豪に出させたものだ。
間違いなく彼は商人の論理で数字を弾き出し、長期化すると踏まえて相場の上の方で計算しているはずだ。だから対策自体はあるし、自分の領地から手弁当で駆けつけ消費し続ける事が可能ならば抑えることはできる。しかしその程度ではどうしようもない額なのだ。
だが先ほども言ったが金貨で数万枚という世界である。数百枚の無駄金を圧縮しても多寡が知れる誤差でしかない。
「聞かせてもらおうではないか。どうせそなたに任せるのだ。二羽。好きに言ってみるが良い」
「はい。僭越ながら述べさせていただきます」
ここで悌さまが僕に意見具申の機会をくれた。
既に周囲からは不満こそあれ若造だの経験不足だの文句を言い立てる者はいない。貴族と言えど戦闘経験が豊富と言う訳でもなく、今回の調査も含めた総合成績では僕の方が上である人も多い。
後は僕がアンデッドの被害を止めたり、その功績で緋家の縁者になることが決まって居るのもあるだろう。もしかしたら八大とフェーデに勝ってることも影響してるのかな。
「中央は物資の販売を優先的に売ってやれとは言っても、安く売れとは言わないでしょう。有力な諸侯に普請をさせて力を削ぐのは国のバランスを保つ常套手段ではありますから。その上で商人たちは、理屈をつけて常識範囲ギリギリで儲けようとするでしょう」
「奴らは命ではなく金勘定で暮らしておるからのう」
「さもありなん。まったく浅ましい」
五塀老人は事実を述べただけだが、周囲の連中は僕も含めて馬鹿にしている。
金勘定だの数値のやり取りで成り上がる事に不満があるのだろう。しかし殿様商売で諸侯がこけるのは正直過ぎると言うべきだ。実際、中央のお偉いさんはその数字を覆い隠して南領を締め付けようとするのだから。
「ここで重要なのは行動に要する総合期間です。商人の計算はあくまで、我々が手持ちの食料を使い果たしている。その状態で何か月、下手をすれば何年も現地に張り付けられることを計算しているのですから。よって重要なのは時間と言う訳です」
食料の無い軍勢に食料を高値で売る。
中央にも他の諸領にもあまり穀物はない。だから高額で売ることは当然だし、その額を出さないと諸領から余剰の穀物を引っ張って来れないというのもある。大量購入すると安くなるのは前世でも近代のような大量生産社会になってからの話だった。
だから作戦のキーとしては時間にポイントを置かざるを得なかった。仮に三年から五年掛かる作戦であれば、半年以内で決着を付ければ良いのである。
「電撃的に戦果を挙げる、あるいは最低数の軍勢で勝利を納めてしまえば良いのです。いえ、アンデッドが農閑期に増えるのであれば、速攻で解放する方が安全確実ですらあります」
ここで新しい資料として二枚の紙を配る。
一枚目の紙は全軍で電撃的にアンデッドを掃討するパターンと、あるいは最小限の部隊で駆逐しつつ周囲がソレを助けるというパターンの構図だ。
二枚目に用意したのはそうやって時間経過を抑えるか、精鋭部隊だけで行動して手持ちの食料を長持ちさせる場合の予算推移である。食料を買わなければそもそも費用は対して掛からないし、その後に城の再建を任されるとしても最低限の購入で済む。その場合は商人だって相場から高すぎない程度に抑えるだろう。
「しかしそんなことが可能なのか?」
「可能だとして維持できるのか? アンデッドは幾らでも湧くのだぞ?」
「ですので浄化儀式によりアンデッド湧きを止めます」
アンデッド最大の脅威は疲れを知らず補給も要らず、それが幾らでも湧くことである。
よって今回の北上作戦はかなり前からの段階で、浄化儀式を念頭に入れている。術者というかコネに当てがあったので計算に入れるのは当然の事だ。
「浄化の儀式……だと?」
「はい。既に大地母神の神殿は協力を約束しております。作戦概要の提案が通った時に根回しを行っておりました」
「何時の間に……」
荘園をもらう前から青悟に声を掛け、悌さまたちには最初の段階で計画を伝えている。
だから正確に言うと大地母神の教団に対して、青悟が上層部との交渉を終わらせたのがこの間だと言うべきか。まあ青悟の方もゴーサインが出たから正式に了承を得ただけで、根回し自体はとっくに終わらせていたのであろうけれど。
「費用は? 莫大な寄進を要求されるのではないか?」
「その辺りも交渉しました。彼らは危険な矢面に立たず浄化したという名声を得て、危険に対しては我々が戦います。今後も我々に協力するならば彼らに儀式実行役を推薦し続ける。と言う事で話が付いております。大地母神の教団もこの国ではまだまだ肩身が狭いですからね」
「それならば……」
この国では魔物との戦いが激しかったために光の神の勢力の方が強い。
大地母神は悠長な開拓が可能になってからようやく勢力を伸ばし始めた為、身近であるがそれほど権益は強くないのである。それゆえに神職や神殿騎士などよりも伝道師の方が遥かに多く、青悟もその一人として右往左往している。
名声を挙げて上に行きたい青悟や、勢力を伸ばしたい大地母神の教団。彼らとの取引が上手く行ったのもそう言った事が背景にあった。少なくともアンデッド騒ぎに関しては常識以上の寄進を求められることはないだろう。
「これが前半部分。戦闘面に関する対処策です。持ち出す戦力を控えてローテーションなり物資提供を行えば、南領全体での出費は抑えられるはずです」
「次から次に現れるアンデッドさえおらねば確かに全軍は不要か」
一カ月に百・二百の消費だから問題なのだ。十ならば身内の供出で何とかなる。
ローテーションを組む段階で戦力を出せない領地からは多めに食料なり物資を提供してもらい、南領全体で出兵組を支えれば良い。そうすれば余計な買い物をしないし、大量購入と言う無茶をしなければ相場が上がる事も無い。
もちろんこれでは片手落ち、あくまで出費抑制なのでもう一枚切り札がある。まあこのまま終わると、以前に出した計画書のままだしね。
「しかしそれでも城の再建は膨大ですぞ。領地を貰えるなら何年か掛けても回収できますが……」
「二羽。先ほど前半部分と申したな?」
「はい。それについては明朝、お目に掛ける資料を見れば一目瞭然かと」
残り半分に関して、いったんここでは伏せる。
会議をここで切り上げ、カーテンを広げて庭に何も無い事を殊更に印象付けた。今朝会議を始めた時と変わらないからこそ、ここで違和感を持つはずがない。
そして明朝までの時間を使い、やるべき事こそが後半部分への対策だった。
「馬鹿な……ここには何も無かったはずだ!」
「それも、建物が二つだと!?」
翌朝、プレハブをイメージして作り上げた家屋を立てておいた。
土台から弄るわけにはいかなかったので、河川沿いに家を建てる時の工法……平たい石の上に大黒柱を立てる方法を利用させてもらった。二軒も立てたのはインパクトの為である。
家一つならば人海戦術で強引に立てることも可能だが、二軒は流石に無理だ。
「なるほど。お主が木材を集めておったのはこの為ということかの」
「流石に五塀さんにはお見通しでしたか。ええ。事前に作っておいた『移築するための家屋』を分解して持ち込ませて頂きました。緋家への献上分の資金を使う許可も得ておりますので、みなさんの所に今年の決算で分配させていただきます」
度肝を抜くために同じ形状にしてあるから気が付く者は気が付く。
特に五塀老人は僕の領地と同じ河川を使っているので、流域から集めている事を見つけ易いだろう。自分の領地だけではなく、周囲からも集めるような理由などは早々ないからね。
そして全く同じ建物にしたということは、一度の説明でその効果を判り易いからである。昨日からの短い時間で建設した……というか組み上げたこともまたそれに拍車を掛けている。
「これならば職人を呼ぶ期間も、城下町や施設を再建する時間も半減できます。同じ形状の建物ばかりなので味気はないですので、見張り塔や詰め所はもう少し工夫を凝らしたいですね」
「いやはや、これは恐れ入ったぞ。銀殿」
「言ってくだされば東河川の組合からも木材を送りましたのに」
二広と七司が素直な感想を述べるが、それが追従ではないことは即座に判る。
居並ぶ諸将の全員が度肝を抜かれた顔をしており、前情報もあって落ち着けた五塀老人には胆力があるように見える程だ。
真面目な話、規格化の企画自体はそれほど儲けは出ないし技術も発展しない。あくまでうちの領地と神様のブランド化が出来るくらいである。しかしこうやって意表を突く形で示せば、何か有効な事に使えるという面白さはあった。
「中央の意向としては来年どころか再来年まで引っ張って、アンデッドが溢れた状態で我々を使い倒すつもりでしょう。しかしこれから半年で南群を電撃攻略し、派遣されてきた軍監が到着するまでに一夜城を立ててしまえば対応も変わるのではないでしょうか」
「放置すれば南群を丸ごと取られかねない。余計な事はするなと言うであろうな」
悌さまには事前に計画を全部伝えてあるが、諸将の対応を見て満足したようだ。
中央に人質として出され、軽んじられた男が自分の見出した男の動きで情勢が変わっていくのを見るのは面白いだろう。まあ僕としては警戒されて領地を取り上げられないように、悌さまへの尊敬へと周囲の感情を挿げ替えたい所であった。
いずれにせよ、方針と諸将の気持ちを一つにまとめたところで北上作戦を始める事になったのである。
と言う訳で緋家の諸将をまとめて主人公が軍師格に収まった感じです。
無理すれば今年、来年まで待てば楽勝という推測でしたが……。
予算を抑えるならば今年中、来年以降に時間をかける程に予算が膨れ上がる可能性がある。
と言う感じに『勝つことから、被害を抑える』戦いに変更されています。
これまでは消耗してでも何とか生存権を確保するという戦いでしたが
主人公の活躍で(戦闘はしてないけど)、勝つだけならば楽になりましたので。