妖怪にまで零落した女神と契約して、異世界へ布教に行く話【完】 作:ノイラーテム
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嵌め手と言う言葉がある。遊戯盤においては危険を伴う大掛かりな罠にかける事だ。
これが陰謀になると『クレバーな手段を取る限り、抜け出せない罠』と言う事になる。どの選択肢をとっても最終的に、指し手の意向に沿うようになっているわけだ。
今回の一件で言うと『西領の奪還』がソレに当たるだろう。魔女狩り問題を誰が仕組んだかは別にして、最大級に利用している西の大公がソレを望んでいるからである。
「西領を奪還する事に異議はない。だがな、誰もが銀殿の様に懐が温かい訳ではないぞ」
「厳しいのは僕もですよ。ですので今回の肝はいかに準備時間を得るかです。我々は少しでも時間が欲しく、中央からすればさっさと攻めさせたいでしょうから」
武門の筆頭である緋二広ですら苦言を呈する現状。
僕らが所属する緋家はアンデッド湧きを食い止め続けて青色吐息であった。過去形になってはいるがようやく持ち直したばかりで、僕の領地が黒字なのはあくまで新興でそれまでの借財が無かったからだ。肝心の人口からいえば、他の領主の半分以下である。
本当のことを言えば誰も出兵など口にしたくもない。しかし魔女狩り問題から確実に逃れる手段が西領奪還を口にすることなのだ。隣人を邪神の徒であると疑い自らも疑われるような状況になるよりも、西領を奪還する計画を建てる方が健全なのだから仕方があるまい。
「それは判る。しかし時間稼ぎなど認めぬだろう。銀殿が口にするように、西……中央としては一刻も早い旧領回復が目標なのだから」
「ですが成功度という点では如何でしょうか? その点を突いて五ヵ年計画を提唱します」
「五ヵ年計画?」
ここで僕は五本の指を立て、同時に簡単な計画書を全員に配る。
五年の計画を五つ組み合わせて、五年x五の二十五年を掛ける計画だ。もちろんこれを全部通せるなどとは思っても居ないのだが……冒頭に、『最大計画であり、これを少しでも縮ることが目標』と記載しておいた。要するに商人が最初に吹っ掛けるのと同じと言う訳だ。
同時にもっと短いペースでの作戦も立ててあり、こちらを通すための予備計画だと言えなくもない。
「準備に最大五年で、勝利にも五年か……。これなら悪くはなかろう」
「はい悌さま。兵と兵糧の準備、そして確実に勝てる様に偵察を行います。魔物の戦力から始まり、その構成や配置を調べて勝ち易きに勝利していきます。確実に勝てるだけの戦力と情報を用意するとして、兵糧や軍資金込みで五年もあれば十分でしょう」
懐が寂しいのが今だが、五年後ならば話は別だ。
利子付きの借財は返しているわけだし、領内経営も元に戻り始めているだろう。その状態で兵糧を集めつつ徴兵する予定の領民たちを鍛えておく。途中で費やす金込みで五年もあれば問題なく用意できるし、その期間を利用すれば情報だってそれなりに集められるだろう。
要するにこの計画は緋家を始めとした諸侯の立場に立った計画である。無理せずに勝利をもぎ取り、代わりに西領奪還での功績を大きくは主張しない。主張するとしても十五年後から二十年後に掛けて回収するという、西領にとっても無理のないペースで行うと書いておいた。
「……我らとしてもこのペースならば何の異存も無いじゃろう。むしろ功績に逸る者をいかに制するかを問題とするかのう。しかし、この計画は通るのかの? 舌先に載せるのも躊躇われるが、この老骨が夢物語ではないかとあえて尋ねよう」
「五塀さんのおっしゃることも当然です。中央が急ぎたいという気持ちに真っ向から反して居ますからね」
この五ヵ年計画が認められるのはあくまで諸侯だけだろう。
西の大公もだが、場合によっては彼らの面倒を見ている東の公爵も文句を言う可能性がある。これまでのマイナスが清算出来たのはあくまで南領だけなのだ。西領は占領されたままで、東領は被害こそないが多大な出費を支払い続けているのだから。彼らからすれば最初の五年ですら長いだろう。
彼らの抗議を食い止め、説得するために本命の計画がある。しかしこのまま戦っても勝てるかどうかはともかく、損害と出費は天井知らずだ。これを食い止めなければなるまい。
「奪還に向かうとして問題なのは勝てるかどうかです。出兵したは良いが五万も集まらず魔物に敗北。二度と立ち直れなかったではすみませんからね。『戦う前から勝てないとぬかすな』と怒る将軍もおられましょうが、魔物が一万存在する場合は五万ほどでは怪しいでしょう。努力すれば五万以下に減らすことも可能かもしれませんが……決して三万を下る事はありません。まして同数では全滅しろと言うような物です」
この国が傷付いていない時ならば十万は集まるだろう。
しかし現在は穀倉地帯の西領から中央の諸候が疲弊している。西領などは占領下であり、敗残兵が中央まで後退している有様なのだ。頑張っても出征用に五万、領地を守るのに数万というのが限界だろう。諸侯が賛同しなければもっと少ないまであった。
そしてこの数字は居並ぶ諸卿が漠然と感じている数字である。急な出兵で五万も集められれば上出来、場合によっては三万ほどで取り返せるだけ取り返せ。先方は比較的無事な南領から出させよう……その時の戦力は出兵なら一万が精々だろう。
「だ、だが相手も無事とは限るまい。魔王が倒され一万は居たとして精鋭は既に居らぬはず。殆どが下級の魔物なのではないか?」
「その保証はありません。弱兵を突くとして、その為にも情報が何より重要なのです。相手がゴブリンばかりならば同数でも勝てるでしょう。しかしオーガが混ざればこれも怪しい。もし精霊やら死霊が千居たらどうします? 千の為に我々はなす術なく倒されるでしょう。情報さえあれば勝てるのにです」
「精霊……雁どもと同じ存在か」
判り易い例で精霊を持ち出した。
精霊は物理攻撃が通じないので、千も居たら一万どころか五万居たとしても死体にしかならない。そして何よりこの緋家がある緋雁原には炎の精霊が名物なのである。少し遠出すれば見かける事も出来るだろう。
結論から言えば出兵までに何より情報、その間に兵糧と軍資金の準備は絶対に必要だ。そして精霊やアンデッドを蹴散らして対処して来た僕の経歴を考えると、『精霊や死霊がそれだけ居る筈もない。居る筈もない魔物に覚えるとは愚の骨頂』というのは難しいだろう。
「言いたいことは判った。情報が重要として……どうやって集める? 手段が無ければ上を説得も出来ぬが」
『戦闘よりも探索を得意とする冒険向きの傭兵を中心に送り出します。僕は冒険者と呼んでおりますが、それぞれの得意とする技能や魔法を示し合わせた分隊のようなものですね。魔将の能力までは調べる必要はありません。重要なのは部隊の配置分布と、その性質なのですから」
ここで僕は思い付く限りの魔物の情報を伝えた。
この世界で見たことのある魔物は確実な情報として、見たことの無い魔物は噂として書類に一括記載してある。おおよその戦闘力を兵士換算して、ゴブリンで民兵一人分、オーガならば正規兵五人から民兵十人以上としたわけだ。もっとも精霊などは特殊能力が重要過ぎて、物理攻撃が効かないとか魔法主体と言う程度なのだが。
こうした会議を繰り返し、諸卿を説得して出来るだけ準備期間を取る。敵兵は侮らないという事で一致した。それ以上は中央の意向次第なのだ。
そして……大問題が僕を呼びつけるのはこの暫く後である。
「叙勲……ですか?」
「ああ。正式な男爵位に加えて低級ながら将軍並の参謀格を示す勲章。それと南方鎮台付きの軍師としての紹介を行うそうだ。嬉しいか? 我が世の春に見えなくもない」
「空虚で無ければですね」
緋家の組下の寄子としての男爵格ではなく、正式な男爵。
千人隊長レベルの下級な将軍に匹敵する軍師としての称号。それらはこの国がまともだったら意味があるものだ。ガタガタなので意味はなく、南方鎮台に至っては再建中であり兵士など提供できもしないのだ。
こんな物を貰って嬉しいはずもなく、そのために中央へ呼び出されるとしたら迷惑と言う他はなかった。しかも断るわけにはいかないのが輪をかけている。
「ボヤくな。それでどう思う?」
「大公閣下の思惑は出兵論に火を点ける事でしょう。同時に南に居る者を叩いておきたいというところかと。悌さまや侯爵さまを叩くと後始末が大変ですが、僕ならば幾らでも理由をでっちあげられます。でっちあげない代わりに積極論に切り替えろと言う事でしょう」
今回の流れは西の大公が利用していた。
彼からすればこの国全体が西領を取り返しに向かい、自分の目の黒い内に故郷を奪還。そして元の豊かさを取り戻せれば良いのだ。逆にいえば僕が何をしようと、最初から彼の掌から一歩も出ていなかったと言える。何しろ魔女狩りを抑える一番の方法は、西領出身者が持つ帰郷の念に訴えかける事だったのだから。
断ったら魔女狩りを止めさせようとしたのは、僕が邪神の徒に他ならぬと断定する気だろう。悌さまは庇った罪で隠居、嫡子を弟の連さまに譲れと言うに違いない。そして僕を斬り捨てることで、その命令を撤回するということで妥協させるはずだ。
「ではどうする? どうやっても来年中に出征するのは無理だぞ。他ならぬ二羽自身が申しただろう?」
「本命の作戦案を提出しますよ。海から攻めればあの計画は半分で済みますので」
前に少しだけ口にしたと思うが、西領もまた海に接している。
紅家と同じかそれより大きい程度だが、領土のある程度を海に面しているのだ。仮に水棲種族の協力を得て、陸路と同時に海から攻め込めばどうだろうか? 少なくとも主力を一方面に張り付けるのは不可能だろう。他国の力を借りると後が大変だが、陸上が苦手な水棲種族ならばそう危険ではない。
そして彼らを説得できるコネがあり、同時に現時点で彼らに生じている問題に提案ができる人間はそれほど多くはなかった。もし処刑されそうになった場合でも、保険にはなるだろう。
と言う訳で南領での騒ぎにケリをつけ、中央に呼び出される感じです。
今回は長期プランと、本命の短期プランになります。
短期プランの方は確実で経過時間は短くてすみますが、絶対に今すぐ出撃できないのも特徴。