妖怪にまで零落した女神と契約して、異世界へ布教に行く話【完】   作:ノイラーテム

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西よりの使者

 新年の行事を終えてからは対外交策や領内政治に関する進物攻勢である。

水棲種族との交渉副使として彼らが喜ぶ様々な物を送り、予算の範囲で収めて置く。この時にうちの領地で手に入る物は帳簿上だけ買ったことにして、マネーロンダリングしておいた。

 

そして緋家の領内における進物に悩んでいた所、丁度良い物が手に入るようになった。昨年から手を掛けていた砂糖と塩の精製が、ようやく上手く行くようになったのである。しかもオマケ付きで。

 

「精製塩や砂糖と引き替えに一部の通行許可か……。現金というか頃合いと言うか。まあ吊り橋も殆ど計画通りに進んでるしね」

「ともあれエルフの領域を通れるようになれば連絡も早く安全になります」

 これまで通行を許可しなかったエルフ達が意向を変えた。

彼らの領域で生産できない塩や砂糖を交易することを前提に、通行許可を出したのである。もちろん行商人など一般人は無理だが、こちらや水棲種族の使者などにくっ付いて使節団がお土産付きで往来するのは構わないという事らしい。

 

水棲種族やうちの領地との共同開発でエルフの領域にも吊り橋が幾つも建設され、行き来が楽になったと同時に、職人の往来で隠しておく理由が無くなったのだろうと推測される。

 

「それで……砂糖を贈り物にされますか?」

「それだと金持ちの領主は手に入れられるし、量を贈るとうちの産物ってバレるからね。ここはジャムの形にして贈ろう。瓶詰にするけど、妹さん『達』にも贈って良いよ」

「格別なご配慮、ありがとうございます」

 砂糖はあくまで侯爵領の向こう側で採れるので、この辺では高価である。

架橋や水路のおかげで昔よりも安価になったとはいえ高級品には違いない。迂闊にこれを向こうに派遣したうちの人間が作れることを知られると、緋家領内の連中から色々と強請られることになるだろう。推測はされるが面と向かって寄こせと言われるのは面白くないし、付加価値の問題で直接送るのは止めておいた。

 

それはそれとして黄三硯の妹宛てに送るという話は、むしろ向こうの魔術学院だか魔術ギルドの研究者の関心を引く為である。ジャムなどの甘味やガラス瓶などの機材に興味ある者が居れば、うちの領地に関心を持ってくれるだろうという算段であった。

 

「そういえば求められている買い取りの件はいかがいたしますか?」

「産物を高く買ってくれってやつだっけ? うちも余裕がないし共同組合じゃあ必要としてないしなあ。無碍に断るのも気が引けるし、来年の出兵を考えたら何とかしてあげたいんだよね」

 緋家の各領主に贈り物をするとして、その内の幾つかは赤字脱却中だった。

アンデッド対策で使い果たした懐を何とかしようという段階で、西領出兵の為にまた兵を出せと言ったら悲鳴を上げる連中と言える。他の領主も内心同じことを思っている者は居るだろうが、様子見を出来ないレベルの領主が僕に内々に連絡を入れて来たのである。

 

問題なのは彼らが売りに出したい産物も苦渋の決断で切り売りする物だということだ。食い物や薪は蓄えておくものだし、それこそ来年に出兵する場合は兵糧だって必要だ。赤字脱却のためとはいえ商人に売りたくはないだろう。だからこそ身内に売って、将来の物資として預けたという言い訳をしたいのだと思われた。

 

「贈り物を砂糖にされるのはいかがですか? アレならば現金に換えられると思いますが」

「昔の価格ならそれもアリだったけど、今となっては買い叩かれるだけだからなあ。それをやるなら『南商豪が新しい販路を手に入れた』という理由で中央辺りで売ってもらう方がまだ良いと思うよ。後は他と違う贈り物だとスネるし」

 プライドの問題は非常に面倒くさい。

領地の窮状を訴えたいわけでは無く『余剰物資があるから買えないか?』と必要もない事を口にすることで、婉曲的に困ってるから資金が欲しいと伝えているのだ。それをぶち壊す上に、資金交換が可能な物資を渡したとなると怒り狂う可能性があった。

 

かといって南商豪ことキリー・グラントには親族から監視が付けられているだろう。砂糖の交易を始めてその資金で何をやる気なのかせっつかれても困るのだ。

 

「ひとまず開拓地に難民を雇うことで領内の治安回復を図り、翌年の生産を上げることを目標とする。という言い訳であっちで買い取ろう。向こうならまだ余裕はあるし、人手が欲しいのは確かだからね」

「承知しました。手紙の草稿を用意しておきます」

 緋家の軍師であり開拓長官であり、ついでに監督官でもある。

その辺の権限を混同するのは良くないが、今回に関しては西領奪還に向けての行為という言い訳が成り立つので目を瞑っておこう。少なくとも帳簿上は右から左に物資とか金が動くだけである。簿記原理による二重明記なんか他の連中はやって居ないので、これでも明朗会計な方だろう。

 

しかし転生してまで簿記をやらされるとは思いもしなかったよ。上層部からのツッコミ対策としてありがたく使わせてもらってるから文句は言えないけどね。

 

 そうこうする内にキリー・グラントが白南終の名義で戻って来た。

要するに交渉正使として赴いた帰りであり、この地に留まって物資やら手配している僕との顔合わせと情報交換と言う事だ。

 

そしてその使節団の一部に一緒に付いて来た水棲種族と、こちらでは見慣れない日に焼けた肌の男たちが居た。

 

「ラー・フー。こちら流に直すならば羅虎というところか」

「遊牧民の統領でしょうか? お目通り叶い恐悦し極です」

「世辞など必要ない。あの女の息子が会ってやれと言うから来ただけだ」

 ひどくぶっきら棒に挨拶されたが、統領であることは否定しなかった。

おそらくは遊牧民の一集団を率いる頭で、副頭目に任せても困らない程度の格と信頼関係なのだろう。でなければ重要な密談のためとはいえ上位者が自ら来るとは思えないし、周囲が出させないはずだ。

 

そしてこのやり取りから伺えるのはキリーの母親と親しい人間であり……。こういう物言いを止めない段階で、僕にも察しろと彼が配慮しているのだろう。

 

(沿岸部の独立都市まで来ていた遊牧民で、場合によっては婚約者だったってところかな? 大公さまが姫を奪ったのはその辺の同盟関係を成立させない為ってのもあったのかも)

 都合の良い妄想でしかないが、そうだとするならば納得はできる。

自分の領地で独自の動きをする部族が居るのは気持ち良い物ではないし、都市規模とはいえ他勢力を組み込む余裕があれば狙いたくもなるだろう。一石二鳥のチャンスであると同時に、そのチャンスを逃せば遊牧民が沿岸部に居座って強大な戦力となる危険もあるのだ。もし大公にその気があるならば動いても不思議ではなかった。

 

そしてこういった背景を僕に教えるのは、そうだと思わせたい罠ではないのであれば、何らかの譲歩を引き出したいからだろう。それこそ大公の勢力と対抗させることができるぞ……と。

 

「単刀直入に要求を言おう。食い物がない」

「はっ?」

「聞こえなかったのか? こちらの要望は食料だ」

 あまりの率直さに首を傾げた僕に羅虎は改めて要求を突き付けた。

こちらから何を要請するにしても、食料が必要だと明快に告げたのだ。とはいえ、はいそうですかで終わる話ではないし、食糧事情に余裕がないのはこちらも同じであった。

 

少なくともどうして必要なのか、どういう規模でどの程度の期間必要なのかを見極めなければなるまい。

 

「言葉もその意味も分かりますが、経緯を聞かせてください。統領自らと言う事は重要かつ規模が大きいという事ですよね?」

「お前が解放したという土地。あそこは穀倉地帯だったのは知って居るな? それを買っていたのは我々も同じだ。後の意味は判るだろう」

「それは……」

 相手も馬鹿ではないので全ての情報を開示したりはしない。

こちらでも知っている内容だけで概要を説明した。要するに穀倉地帯がアンデッド湧きによって塞がれてしまい、この国ではロクな食糧生産が出来なかったのだ。そして輸入によって食糧供給の補助を行っていた隣国も同様と言う事だろう。

 

西領の西、国よりも西部方面全体で食料が慢性的に不足しているという事だ。足りなくなる判ったら獣なども先に確保してしまうだろう。そしてそのサイクルが徐々に獣自体の数を減らしたに違いない。

 

「聞いたかもしれませんが目下のところ我々にも目的があります。それと引き返えにするには、相応の取引ができると思って期待して良いのでしょうか?」

「ほう……。それが判って居て取引と来たか。なるほどお前が言うだけの事はある」

「でなきゃ連れて来てねえよ」

 意味が分からないかもしれないが、食料消費の絶対数よりも用途の話だ。

これから西領奪還に向けて食料は多い方が良いのだし、他所に援助する様な余裕もない。しかも一年・二年ではなく暫くの間は続ける必要が出て来るだろう。

 

問題なのは彼らが西領の向こうに居る民族ということだ。他にもセントール族と言う半人半馬の種族も居るらしいが、彼らは戦力であると同時に消費者でもある。要するに『敵の敵は味方』とも言えるし、『敵の敵もまた敵』という理屈になるのだ。放っておけば西領を攻略して、そこにある食料を根こそぎ奪いに来るだろう。

 

(参ったな。大公閣下たちが急ぐはずだよ。今を逃したら、何時雪崩込んできてもおかしくない。上層部からすれば一刻も早く領地を取り戻して備える必要があるということか)

 西領を占拠しているのは魔族というのが状況をおかしくさせている。

この夏王朝は魔族を駆逐する力が無いという事であり、そこを開放して土地を自分の物にしてもおかしくはないという理屈だ。仮に魔族への攻撃だけが容認されて土地を返すという事になったとしても、遊牧民たちは費やした以上の食料を持っていくだろう。そこに残る人々の事などおかまいなしだ。

 

もし遊牧民の中に土地を返さずに奴隷を使って耕作させよう……などという者が現れたらもっと厄介な事になる。何しろこちらは魔族と連戦して彼らと戦う余力などないのだから。

 

「我らは第三者だが潜在的な敵でもある。それでも食料を渡すと?」

「可能性を論じてお客を敵に回したら、潜在的どころか民族的な戦争になってしまいますよ。ただ村一つ二つ分なら何とでもなりますが、それどころではない量を暫く提供するには双方に理由と利益が必要です。だからこそ取引ですね」

 話が難しいのは彼らが言う様に潜在的な敵だからである。

下手に食料を渡してもそれはただの利敵行為だ。では魔族を攻めるために援軍を派遣する見返りだったとしても、そのまま居座る可能性があるのだから中央が頷く筈がない。大丈夫だったとしても、それこそ僕らを処刑する良い言い訳でしかなかった。陸上が苦手で占拠できない水棲種族とは違うのである。

 

それゆえにちゃんとした取引を行い、双方にとって利益のある内容にせねばならないだろう。




 と言う訳で西の西から人が来て交渉という感じですね。
素直に食料を渡してもダメ、戦力を求めてもダメ。そもそも余裕も多くはない。
と言う状態。そしてそれこそが中央が圧力をかけて僅か数年で奪還が必要だったという理由です。

●名前
 他愛ない話ですが、外の国の名前はモデルをもじっています。

・大通連(バーレイ) → バリー
・南商豪(キリー・グラント) → キャラゲンダ
・羅虎(ラー・フー) → ラーフ

これらは四大阿修羅王の名前からとっています。
そのうちにビマチトラという名前の人物も出て来るかもしれません。
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