妖怪にまで零落した女神と契約して、異世界へ布教に行く話【完】 作:ノイラーテム
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遊牧民の統領は本当に余計な事は話さなかった。
報酬として要求すれば別だったのだろうが、要求しなかったので向こうが勝手に満足できる範囲で他の報酬を押し付けて来た。だから西領における情報は今もって判らない。
だが推測自体が不可能な訳ではない。『どこの勢力も首脳陣は馬鹿ではない』という原則が通用するならば見えて来るものがある。
「中央との境全体に3、西領の中心である白紗に6、その他の巡回に1ってとこかな? 人間の占領軍ならあり得ないけど奴らは魔族だからね」
「まあそんなとこか」
駒のサイズは様々あるが、詳細な情報はないので千単位の大駒だけを配置していく。
人間なら千で大駒はあり得ないし、巡回やら各町を抑えるにはまるで足りないはずだ。しかし魔族は配下に魔物を抱えており、戦闘力から言っても恐怖で押さえつけられるという意味でもこれで十分なのだと思われる。
そして遊牧民というファクターを加えると、この状況が俄に推移していくのだ。
「羅虎さんが説得したとしても、いきなり侵攻案が頓挫する訳でもない。また食料の調達ルートを見つけて発言力が増したとしても、彼が表立って中止させることは無いと思う。チキンだと思われると、止めることも出来ないからね。だから国境線の調査は徹底的に行うと思う。なので……」
西領の更なる西に当たる場所に、駒をいくつか配置していく。
そうすると雑多な巡回部隊の1を連れて、白紗から1が動いて2の軍勢になった。結果的に中央に3、白紗に5、他国との境に2となる。この構図でもまだ戦力は厚い。少なくとも中央との境に援軍を派遣できないようにする必要があるだろう。できるならば白紗を取り返すために、そこから更に減らしたいところではある。
これに対して南領が沿岸部に到着すると、白紗から更に2~3ほど割き、確実に中央方面には援軍が送れないし白紗も手薄になる状況とするのが今回の作戦ではあった。
「君が生まれる頃まで独立していたという事は、白紗から結構離れてるんだよね? なら先に沿岸部に到着すれば少し多めに来るかな。大公閣下も情報を流すだろうし中央に3、白紗に2、沿岸部に3、国境沿いに2。更に……こうするのが中央の大戦略だと思う」
「西部出身者で浸透突破。町を解放して回るって訳か」
国境線だけではなく沿岸部にも気を取られれば、流石に各町を警戒する余裕はない。
そうなれば巡回やら圧制している魔族は少ないだろうし、忍びこむことも説得して回ることも可能だろう。奴隷にされた民衆を地元出身が助け出し、民兵として徴用するのは話の筋としてあり得る話だ。僕らが行くよりも、よほど町の人に信用されるし地形だって知っているだろう。
何よりこの展開であれば、功績は中央や沿岸部で戦う他領の連中には渡らないのが良い。命を掛けさせておいて、自分たちは少ない出血で領地を取り戻すという訳だ。他領の兵には犠牲が出れば出る程に良いだろう。
「逆に中央から先に出兵してしまうと、援軍が集まる上に沿岸部から奪還されて彼らに発言権も功績もなくなってしまう。こっちの方が確実だとは思うけれど、政治を考えたらこう動くだろうね」
「俺としてはこのタイミングで独立したいところだが。いや、それも含めて予想されてるのか」
成功率だけを問うのであれば、中央を先にして援軍を出させて拘束。
沿岸部に顔だけ出して様子見に来た偵察隊を撃破。そのまま白紗を目指しつつ、チャッカリ沿岸部の押しを制圧してしまう方が確実だ。戦力の減った白紗ならば、住民の援護をこちらに付ければ確実する事が可能だろう。
だがその方法では南領だけが功績を得てしまう。仮に住民を味方に付ける工作をしたとしても、西領総軍としては功績が稼げず他領ばかり名をなさしめる。それは戦後統治にすら影響を与えそうなので受け入れる事は難しいと思われた。
「だがこのままじゃあこっちも旨くないぞ。いや、クソ親父の事だ。報酬を独り占めにしかねん。俺には約束していた領地を無かったことにして、あんたらも大量の兵に犠牲を出したのにタダ働きだ」
「まあそうだね。だから……筋書きを乗っ取る事にするよ」
この懸念自体は前から抱いていた事なので承知している。
中央貴族や官僚を抑え西領の亡命者を抱えている大公閣下の計画には反対し難い。東領や北領のメンツも全てに反対するわけではなく、例えば一足先に息を吹き返した南領が損耗する事自体には賛同するだろう。だから計画を正面切って反対するのも妨害するのも無理なのだ。
そこで大公閣下の計画(推定)の脇にその予備案と彼ら望み、こちらの望んでいる事と予備案を列記していった。
「乗っ取る?」
「うん。流れに則り、主導権を乗っ取る」
大公閣下の計画で第一は西領奪還、第二が遊牧民対策、南領損耗は第三以下でしかない。
他にも……もし宮廷での地位を今のまま望むというのもあるが……、次席のまま据え置かれている東領の公爵を何とかするか、歴史に残るくらいの活躍をしなければならない。この国の掟では皇帝の外戚が大公として主導し、皇太子の外戚が公爵として次席につくのだから。
しかし東領の公爵や皇太子が愚かにも背中を晒すとは思えない、ゆえに大公の目標はその三つになる『はず』だ。一応は。
「大公閣下の圧力が一定方向に強力に流れているのは、今のところ彼の目的がその方向だからだね。一刻も早く本領を奪還し、攻めて来る可能性が高い遊牧民に備える。南領はその過程で使い潰し、もし損害少なく生き残ったら遊牧民にぶつけるという感じかな。全部上手く行けば救国の英雄とはいかずとも、権勢を据え置きで遊牧民に備えることも可能かもしれない」
「そう上手くはいかないと思うが、それがクソ親父の理想形だろうな」
全ての労力がこの流れの為に費やされているので、対抗し難いように見える。
裏の陰謀も表の交渉も戦闘すらもその方向に誘導して居るから、これを全て覆すのは無理だ。しかし一つ一つを早回しにしたり遅くしたり、別方向から潰すこと自体は可能だろう。例えば遊牧民との抗争は、食糧問題さえ解決できれば問題がなくなるのだから。
だから遊牧民に関しては羅虎さんの教えてくれた方法を取りつつ、大公閣下が全てを掌握する前に国境線から偵察部隊を引かせればもう問題はないだろう。この時点で大公の政権維持の可能性は無くなると言っても良い。
「この流れを掌握して前後左右に色々と挟むんだ。例えば南領の損耗に関して消極的賛成な東の公爵閣下も、この流れで政権維持されるのは困るから話を持ち込めば協力してくれる。使いどころに困るから、まあ遊牧民との戦端を開かせないようにするってのがメインではあるけれどね」
「なるほど。南と東が手を組めばこっちから開戦は挑めないからな」
国境から遊牧民の偵察隊が居なくなれば、開戦の理由がなくなる。
地域住民やこちらの偵察隊に『魔族と協力していた』と証言させるにしても、国境に無ければ証言としては微妙だ。ここで東の公爵までが開戦反対に踏み切れば、まず戦争は起きないと思われた。彼の望みは『順番通り政権を受け継ぐこと』で『南領の損耗』はかなり低いので、ほぼ協力体制が維持可能だった。
そして遊牧民との戦争が起きなければ南領が心配すべきは、目の前の魔族だけになる。
「その辺は良いさ。じゃあ俺の領地とお前さんの利益の保証はどうなる? まさか黙って我慢しようとか言わんよな?」
「そうだな。僕や緋家はともかく、君と紅家に関しては補足が必要かもね」
僕は貴族の初心者だし、今を乗り切って二群を充実させれば問題ない。
放っておいても様々な技術のどれかが実を結ぶだろうし、今回の戦いで南領の軍師として活躍すれば発言権だって何とでもなる。ソレを目的に商人も便宜を図ってくれと言うだろうから、今から断る方法を見つける方が難しいくらいである。緋家に関しては断絶した領主や開拓地の再統合によって、それなりに以前よりも発展するはずだった。
とはいえ紅家は先行して発展した為、これ以上は上があまりない。そしてキリー・グラントと言う名前の方を呼んでくれと言うほどに大公閣下と仲のよくないこの男からみると、切り捨てられる可能性を払拭せねばならないだろう。
「そこは交易という手段を使おう。紅家の赤色港と君の領地になる沿岸部で『お互いの得になる交易を行うという約束』をする」
「何だと?」
放っておいても交易商人は活躍するだろう。
西領を奪還してそこの産物が手に入るようになるし、足りない機材は何処かで調達せざるを得ない。様々な文物が南領から西領に流れるだろうが、おそらくは沿岸部が主体になるだろう。もちろん中央からもドっと流れ込むのは確かなのだが。
しかしそういった約束をお互いの領主が約束すれば、関税とか色々と優遇ができる。加えて文物だって今からジャンルを絞って開発しても良い。
「紅家から見れば何が起きても現状維持しかないんだ。少なくとも皇太子殿下が即位するまではね。だからお互いに無い物を交易しつつ、場合によっては水棲種族も巻き込んで利益を確保する。そうだな。前に提案したあの港湾都市の話……東の公爵さまにも持ち掛けたらどうかな?」
三角貿易でとにかく利益確保を目指す。
それで十分に紅家にもリターンができるはずだ。現時点で西領に伝手はないが、この男を後押しすれば縁ができる。いずれ再興する西領との取引の窓口になってくれれば、旧来の姿勢をそれほど崩さずに交易が可能だろう。
そしてこの案の薄い部分である確証に関して、東領を巻き込むわけだ。
「水棲種族はともかく、東の公爵がどうして俺を支援する? クソ親父の足を引っ張る以外で手を貸すとは思えんが」
「水棲種族が居るからさ。むしろ大河の多い向こうの方が複数の氏族がいる可能性があるだろうね。手を組んでる可能性もあれば、同時に反目している可能性がある。そこで港湾都市を作る時に得られた良い面や悪い面を教えて、向こうの問題があればこっちで可能な限り助言したり、引き受けると言うんだ。提案するチャンス自体はあるわけだし」
東領は川が多いのが特徴だ。それゆえに魔族の被害も少なく肥沃な大地も魅力である。
こういった地形である以上は水棲種族が居ないわけではない。その上で一つの氏族だけで繁栄している可能性もあれば、逆に小さな氏族が複数で一つの部族を構成している可能性もあった。どちらにせよ何かしらの縁が東領と出来ていると見るべきだ。
そこで良縁であればこちらの良い成果を提供し、悪縁であれば助言すると言えばよいのである。それこそ新機軸の港湾都市のデータなどは良い話になるだろう。
「まあどちらにせよ、何らかの手札を増やして面会しておくのが良いと思うよ。さっきの足を引っ張るって話だけど、向こうから見れば君の訴えを聞いて、独立するなら援助すると言うかもしれないしね。大公閣下の前で君が領地を持つことを喜ぶフリくらいはしてくれると思うよ」
「なるほど。敵の敵は味方と言う奴か」
公爵さんからみれば、大公が約束を守らないという事は攻撃材料になる。
水棲種族の件が使えなかったとしても、足を引っ張る証言としては使ってくれる可能性が高い。流石に交易相手としては微妙かもしれないが、少なくとも積極的に反対をしてくる相手とも思えなかったのだ。
という訳でそろそろ足場を固める話は終わりです。
次くらいに魔物退治に向かう話になるかと思います。