妖怪にまで零落した女神と契約して、異世界へ布教に行く話【完】 作:ノイラーテム
●
水棲種族との交渉が上手く行って、近隣に住む紅家からも交流の使者が送られることになった。
対外的にはこれを理由として、武芸者でもある紅包さまが同行する。もちろん南領が海路で攻め込むための下準備という側面を見せる為でもある。
実際にはこの旅路が果たされると同時に条約締結が本決まりになっており、水棲種族を食らう魔物の島を討伐するという名目で出兵することになっていた。
「今回の旅で一番重要なのは敵味方にスケジュールを悟られない事です。大公閣下は確実に南領の出兵を漏らすでしょうしね。バレるのは構いませんが、できるだけこちらの任意でタイミングをコントロールしたいものです」
「身内に敵を抱えて戦争か。全く笑えないな」
「同感だ」
紅包さまと白南終ことキリー・グラントは割りと仲良くなった。
どちらも公子であり末っ子なのだが、親に恵まれ過ぎて身動きが取れない過保護な紅包さまと、むしろ親と犬猿の中であるキリーは対照的だった。しかし武芸と商売はベクトルがまったく別の才覚であり、無関心の延長で『悪くない』というところなのだろう。
今後に二人の仲が進むかは別として今は良い相談相手になっているようだ。
「そういえばアイツはどうした? 今回の旅では前線で戦うんだろう?」
「青悟さん? 実は船酔いする体質らしくて上でゲーゲー吐いてるよ。川が多い東領なのに変だよね。まあだからこそ伝道師になって飛び出たのかもしれないけれど」
キリーが目ざとくこの場に居ない青悟に触れた。
彼は東領の公爵さんとツテがあり、これまでも現地エージェントとして行動していた。公爵さんと仲次をしてもらう為もあり、今回の件で水棲種族と無事に条約が結ぶことを見せておきたいのだろう。
こちらの陣営が仲が良く情報や援助を引き出せるならば、東領の盟主としても悪い同盟相手ではない筈だ。水棲種族経由で連絡も取れるし、次の大公として公爵さんを押し上げるという既定路線を守れるのだから。
「そういえば君と彼は同じ聖職者と聞いたが、能力は異なるのかな? 秘奥で無ければ教えて欲しいものなのだが」
「そうなりますね。……同じ武芸者でも紅包さまたち御三方の得意分野ほどの差があるでしょうか」
侯爵の息子である紅包さまと、緋家の将である緋二広、そして無頼漢の大通連。
彼らは面白いほどに得意分野が違うのだ。紅包さまはこの都市でジョブチェンジする余裕があり、軽戦士から魔法戦士へクラスチェンジしている途中だが基本的には槍技を極めんとしている。二広はあくまで武将であり前線を支える耐久型重戦士であり、最後に大通連は様々な武器のコレクターでもあり、その場に応じた多芸な戦闘法を持っている。
共通するのは同じ師に付き武芸を習った事だが、得意不得意や神の加護の差が大きいからだろう。
「青悟さんは伝道師で旅立つ者の行く末を守るのが役目であり能力の根幹です。僕が告げなくても航海の知識なんかも知って居ましたし、色んな根菜なんかもしっているでしょう。そしてその過程を守る為に、霊威を宿らせます」
伝道師専用の上級魔法はその過程に対する対象が広い。
悪霊から身を守り剣に魔を払う力を持たせるほか、病疫などからも守られたはずだ。試練に打ち勝つまでという制限はあるが、汎用性が高く影響範囲も広い能力と言える。
ゲーム的には『誓いに対する行為の最中、抵抗力+2。魔法の品扱い』というところだろうか? 欠点としては場所に掛けたりすることは出来ず命中やら威力は上がらないし、本人の認識やら司祭の認識など、どちらの視点で終了条件が満たされても終わるという儚い部分もあるのだが。
「僕は神職ですので状況の維持、礎を守る能力ですね。例えばこの船に水が浸食しないという効果を一日、または酒樽へ一週間、書籍ならば一カ月ほど掛ける事が出来ます。秘奥というわけでもありませんが、いわゆる斎場であればもっと効率よく可能です。先ほどの例で言えば、伝える書籍を百年くらい守るとかですね」
「……言われてみれば本領の神殿には伝来の書があると聞いた覚えがあるな。我が師の教えを記した書と比べて驚いたものだ」
こんな感じで紅包さまと話をしたり、グッタリした青悟を看病しながら現地へと急ぐ。
途中で水棲種族の兵を拾い、水兵ではなく精鋭である海兵主体で集めてもらっているのでちょっとした軍隊である。
そして彼らが付き添い、最悪の場合でも紅包さまだけは陸に連れ帰るという約束があるからこそ、腕利きとはいえ公子さまを連れ出すことが出来たのだ。もちろん身内が命を掛けたことを、水棲種族に見せる為ということもあるだろうけれど。
「銀大人。現地では今ごろ雨の予定です。止まないのを確認し次第に、鯨防人やバーレイ殿たちが先行して上陸作戦を開始する予定です」
「盾とボーラーは十分にあるんだよね? 無茶は禁物だと言っておいて」
「承知しました」
蝦衛視が遠方に光る発光信号を読み上げると、頷いて地図を取り出した。
予め作っておいた六分儀モドキを使い、おおよその角度を割り出してだいたいの位置を特定する。人間の船乗りに聞いた話だと直通便でも早くて二十日以上掛かる行程なのだが、僅か一週間で目的地付近まで来た計算だ。途中で海流が緩くなるので誤差も入れて最終的に十日ほどで到着するだろう。
「一両日中に到着し、見つかり難いコースを取りますので比較的に緩い海流に乗ります。そこから彼らが牽引するボートに乗り換えて二日後に上陸可能になるでしょう」
「早いな。だがこの時を心待ちにして居たぞ。その意味では感謝を幾らしても足りぬ」
どうも武芸を試したいのに閉じ込められている事が相当なストレスなようだ。
紅包さまの立場を考えれば仕方がないのだろうが、過保護であると同時に他の武芸者からのヤッカミが大きいのだろう。実際にキリーあたりは『甘やかされて羨ましいこった』などと軽口を叩いて睨まれている。
ともあれここからは詰将棋である。水棲種族に任せておけば確実に上陸できるだろうが、魔族に見つからないように勝ち抜かねば何の意味も無いのである。
「蝦衛視。回収部隊は手配してある?」
「はい。空を飛んで逃げ出した魔物の死体のみならず、ご指示いただいた通り血の流れを止める網も用意いたしました。鮫除けも当然用意しております」
「結構」
こちらは水兵で十分なのだが、死体と血をできるだけ回収したい。
陸地へ大量に流れ着いては意味がないし、血は雨で流れるにしても、量次第では危険かもしれない。『かもしれない』『大丈夫』で済ませるわけにはいかないので、オイルフェンスみたいな仕掛けを作って上澄みだけでも減らす予定であった。嵐になれば意味はないが、その時は血も流れるので問題はない。
「ここまでは順調ってとこか?」
「そうだね。魔族も雨の中でいつも見張りをしてるわけでもないし、大量の血に呼ばれて鮫が山ほど出て来るって事態にでもならない限りは大丈夫だと思う。問題は島の中心部にいる上位個体次第かな」
「上位個体か。悪いが私としては楽しみにしている」
こういってはなんだが、同じ島で生息地域を分け合っているのはおかしいだろう。
魔物もまた生き物である以上は、食料その他を確実に狩るために縄張りを持つものだ。それにしては生息している目撃数が多すぎるので、明らかに上位個体がボスとして統率している事が伺えた。できれば魔族が操ってい無ければよいのだが。
なおこの問題は杞憂であるが、半分くらいは当たることになった。厄介な能力を持つ上位個体が存在したのである。
「申し訳ありません銀大人。上陸部隊が撤退に失敗しました。損害は少ないのですが……」
「何があったの? 対策を立てたいから出来る限りの情報を教えてくれると助かる」
「魅了されました。バーレイどのも帰還しておりません」
いわゆるチャームをつかえる個体が居たらしい。
困ったことに大通連という大駒を奪って持ち駒にしたようだ。魅了されると命令を聞くまで思考力が落ちるらしく、被害が少なかったのが不幸中の幸いだったという。
と言う訳で最初の一報は敗戦報告です。
いきなり飛車落ちと言う展開になります。