妖怪にまで零落した女神と契約して、異世界へ布教に行く話【完】 作:ノイラーテム
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第一陣は橋頭保の確保に成功したものの、奥深くに入る段階で失敗したらしい。
おかしいと気が付く前に魅了され一気に盤面をひっくり返されたそうだ。幸いだったのは意志や行動力が鈍るらしく、異常を感じて無事だった者が引き気味だったこともあり、即座には攻撃されなかっただけらしい。
「当初は快進撃であったそうです。外延部から中心部に移る段階で、それほど被害を受けなかったとか。しかしある程度の距離を進んだ段階で魅了されました」
「状況からして魅了と判断したのは判るけど、確証の理由は?」
「精神支配を無効化する加護の者たちが居りましたので」
蝦衛視の説明はある程度は納得がいくものだった。
精神操作系の魔法や特殊能力の類は結構あるが、その中で最も頻度が高く見受けられるのが魅了系だ。敵と味方の尺度や親愛度を入れ替えているだけで、『味方になったから攻撃しない』という行動は即座に判断できるが『これまでの味方を攻撃しよう』とは命令されない限り即座には思わない物だ。
そういう意味でハーピーが喋れなくて良かったと思うべきだろう。もし言葉が存在したのならば、即座に命令されて攻撃行動に出たはずなのだから。
「上位個体が魅了の能力を持っているのは間違いないとして……。どう攻略したものか」
精神操作系の中でも魅了が突出して目撃例が多いのは単純だ。
生物にとって異性にアプローチするのは当然のことである。魔物が上位個体に成る段階で生来持っている能力を強化していくとして、肉体を強化するのではなく、アピール力を強化して居る個体が出てもおかしなことではないだろう。その辺が魔法を学習するのとは違う所である。
だから能力を持っているのは当然とした上で、対処を考えていくことにする。まずはどう仕掛けているのかを探り、そこから方法を考えるべきだろう。
「これから上陸するまでに時間があると思います。その間にできるだけその時の状況を調べてください。視界の暗さとか、音の伝達ですね。できれば部隊の中で魅了に掛かった者の進軍状況、男女の差や頭部装備などを調べて頂ければ」
「承知しました。銀大人。可及的速やかになされるでしょう」
海流が緩くなるので本来ならばすることがない。
しかし水棲種族は泳いで移動できるため、伝令役がドボンと飛び込めばさほど時間を変えずに伝達してくれるだろう。その時の返事次第である程度対策が変わって来る。
まず天候や地形の情報を調べるだけでもかなりの事が判る。見た者を魅了するのか、見られる事が魅了するのか、それとも声を聴かせる事で魅了するのかが判明するだろう。
「魔法は効果が一定ですが、魔物が持つ能力は個体によって違います。魔眼や容姿で発動するならば視界が関係してきますので、その時の天候や地形で大きく左右されるでしょう。音の方が可能性が高いと思いますが、その場合は反響度合が雨音や森での反響次第になるかと」
「なるほど。だとすると雨天を突いたのは幸いだったかもしれぬな」
「仔細を伝え、心利いたる者に調べさせます」
説明すると紅包さまや蝦衛視も方法を理解したようだ。
曇天になるほどの雨ならば相当に視界が遮られるし、そもそも森なので視界が通らない。それを考えれば音による魅了の方が可能性が高いだろう。とはいえ『一度見ただけで永続効果』みたいな状況もありえるので、早合点せずに聞き取り調査をしおく。
そして紙を二枚ほど取り出して対処案を簡単に書き込むことにした。
「視界を塞ぎながら戦う場合は、色ガラスなり兜の庇。あるいは鏡の様な物を使用します。音の場合は耳を塞いだり鳴り物を使って戦う事になりますので、ハンドサインやドラムサインを決めて進軍する全員が把握しておきます」
「より効果が大きい方を対処し易いというのは苦笑するしかないな」
見ない訳にはいかないので魔眼や姿による魅了は防ぎにくいが、遠くには届かない。
一方で音による魅了は遠方まで届く代わりに、耳栓だけで済むので対策自体はし易いのだ。今回は相手に魅了持ちがいる事なんか想定していなかったので大変なことになったが、もし判って居ればさして困らなかっただろう。現にメモに必要なサインをザっと書いて皆と相談できるほどだ。
進軍・停止・撤退。上位個体出現・増援要請・足止め……他にも色々あるが最低限必要なのはこの辺だろうか。ここから相談することで使用例から定めて行き、必要なら到着までに足せばいい。
「現時点で問題は大通連です。最低でも次の出撃では彼を取り戻すとしましょう。紅包さまなら抑えられますよね?」
「それは難しくないが、どうやって取り戻す? 何処にいるかも判るまい」
「場所に関しては相手の性質に掛けますよ。音の方は遮断するだけなら何とでも」
音は放射状に広がり反響で変わるので、魅了された部隊の形状から相手のおおよその位置が判る。
その上で手に入れた駒の位置は、基本的にその場を動かないか外延部だろう。なにしろ魔物同士で縄張り争いをすることもあるのだ。仲間だと思わせるくらいでは、群れのボスを決める争いの延長で挑んでくることもあり得るだろう。だから自主的に何かできないほど意志が混濁するか、さもなければ敵対者を駆逐すべく外へ外へと移動させるに違いない。
言葉が通じないので、この辺はこちらのハンドサインとあまり変わりはない。警戒を示す警告音で外へと意識を向かわせるか、さもなければ最初から強力な魅了でその場を動かなくさせてしまうだろう。
「何よりあの大通連ですからね。所属がハーピーになっただけだと思って敵を求めてうろつきまわるか、さもなければ自分と群れのボスのどっちが強いか挑もうとして何もするなと言われてそうです」
「ハハハ。それは違いない。ともあれアイツだけなら任せておくが良い」
こうして作戦を決めるとハンドサインを修正。
上陸までに徹底して作戦の第二段階を始めることになった。緩やかな海流にイライラするが、ここで上陸ボートを水棲種族に引いてもらうという戦術はとれない。もし魔族が見ていたら面倒な事になるからだ。
この段階では何もできないので、この島からボートで西領を目指すことは出来そうだなと思うくらいであった。
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詳細の情報を仕入れると、やはり予想通りなのが判った。
剛盾に耳栓を作ってもらいながら、作戦の細部を詰めて決行する。まずは鳴り物を用意した兵がガンガン音を叩きながら進軍し、敵の目を引き付けると同時に音による魅了を妨害していく。
この後ろからロープを持った兵が隠れて追い掛け、魅了された兵が追いかけて来るのを待つことになっていた。
(銀大人。来ました)
(了解。予定通りに)
暫くすると音を聞きつけたのか、ハーピーと兵士たちがやって来るとサインを貰った。
見た感じ兵士たちは俯きがちだが、慣れない生活で疲労しているのかそれとも魅了で精神状態が悪いからなのかは判らない。ただ動きが単調なので罠に引っ掛ける事は難しくなさそうだった。
適当に戦って注意を引き付けている間に準備を終え、予定通りに部隊が引くとそれを追いかけて次々に罠にかかっていく。問題だったのは大通連との戦いの方だ。
「出て行け―」
「出て行け―」
「戦おうぜー!」
兵たちが嫌々戦っているという風情なのに対し、大通連は喜色満面で襲い掛かって来る。
食事内容も全く気にして居ないのか、生で鳥かなんかを食べたらしい。口元を真っ赤に染めているのが印象的だ。おそろしいことに体の動きは衰えていないようで、彼の代名詞である刃の付いた盾を投げつけて来る。
それを叩き落とすのは一本の魔法の槍だが、落としたのにフワリと浮いて持ち主の元に戻るのはあの盾『大通連』もまた魔法の武器だからだろう。
「こいつでどうだ!」
「来い!」
(……ワザと魅了されたフリしてるんじゃないだろうな)
ウキウキと勝負を挑む大通連からは違和感はない。
彼の本性が戦い好きだからだろうが、こちらの陣営に居た頃から戦闘と武器コレクションしか頭にないのでそれほどイメージの差がないのだ。もし彼が戦って楽しい相手が身内しかいなければ、アッサリ裏切りそうなところもあったしね。
ともあれ動きを見る限り特に戦闘力自体は落ちてはいない。ただ基本的な動作だけならばともかく、創意工夫的な部分があまり感じられなかった。
「……途中で受け取って追撃か」
「そうさ! いいじゃねえか、いいじゃねえか!こういうのでいいんだよ!」
紅包さまが投げつけられた盾を跳ね上げ受け流すと、大通連は戻って来るところをキャッチ。
疑似的な二刀流で手に持つ剣と疑似的な二刀流を仕掛けて来る。紅包さまは弾いた後で槍を半回転させ、剣も払うと同時に穂先を跳ね上げて対抗した。
流れるような動きは以前から大通連が得意としたコンボなのだろう。紅包さまに動揺した様子はなく、慣れた調子で攻撃を捌いている。
(……さて、いつまでも見てはいられないな。そろそろ音を遮断しないと)
周囲を見渡すと魅了された兵士たちの殆どが捕縛されていた。
僕はそこに行って軽い実験を行う。耳栓をすればそれで十分だとは思うが、問題なのは動き回る格上の大通連の耳なんか塞げないという事だ。だから結界を使って誤魔化すことになる。
今回、作戦にあたって耳栓と一緒にドラムを叩いている。より強い音ならば耳栓をしていても聞こえるし、魅了の音よりも聞き取り易いからだ。耳栓も万全ではないので、二重の対策をしている事になる。
(この人に伝達する音を止める。例外なのは接触する振動音と、このドラムだ。可聴音なのか判らないからね)
結界は状態の保全、または変化の否定になる。
しかし強烈な音を防ぐとアッサリとエネルギーを消耗してしまうのだ。それゆえに大きな音であるドラムは防がないし、接触式の振動もまた変化が強いので防がないことにした。あくまでそれら消耗度の強い音以外の、その他の音を全てシャットアウトするだけである。
そしてある程度経過した所で頬を叩き、縛り上げた体の一部をトントンと指先で叩いて文字を描いていく。
(目が覚めた? 状況は判る?)
意味することはこの二つだけだ。
その動作を何回か繰り返すとトントンと叩く音に頷き、目が覚めたことに反応が返って来た。そして状況自体は判らないのか、首を振って可能な限りの反応を見せてくれることが判ったのだ。
ひとまずこの方法で正気に戻せることが判ったので、後は距離を取って大通連にも実行するだけである。ただ視界の端で何やらやっているのは見えているはずなので、罠そのものには掛かってくれないだろう。
(だから……引っかけるのは罠じゃない。沈黙する空間だけだ。そして……)
目に見えない結界を可能な限り遠くへ設置する。
紅包さまと大通連の戦っている空間の、可能な限り後ろの方。僕が戦いに巻き込まれないようにして、紅包さまに合図を出した。内容は『後方●メートル』と言う感じの内容で、どこまで下がれば良いかを前後に見せている。
そして彼らが徐々に下がりながら戦うのを見つつ、同じ合図を見た後ろの連中がちょっとした魔法を放つのを待った。
(今だ! 放て!)
「うわっぷ!? 水う? こいつは海水じゃねえか」
「目が覚めたか? 寝坊助には水が一番だという話だ」
やったのは水を移動させる魔法であった。
今も雨が降ってるが、それほど大量に浴びるわけではない。だからこそ水を大量に運び、放射すれば驚くだろう。それでダメージなんかないが、だからこそ目覚まし代わりには丁度良かったのだ。
その後は簡単にこっちに戻って、ハーピーから離れろとだけ伝えて、この日の戦いは何とか無事に終わった。
と言う訳で魅了された仲間の奪還完了。
人間の魔術師ならばともかく、魔物が偶然捕まえただけならば難しくないという感じですね。
まあ逆にそんな敵がいるだなんて、パっと見には判らないんですが。