双子系Vtuber、はじめました。 作:えびんす
(さて…………どう解釈したものか)
株式会社フロートのオフィスの一角。デスクに置かれた二枚の履歴書と、一枚の便箋を見ながら、末吉珠緒は考えた。
ライブラフ第三期生オーディション。全国から寄せられた多数の応募の中から、珠緒が目を引かれたのは、とある一本の動画だった。
「双子で歌ってみた」。歌動画は少しでも歌に自信があるのならば、比較的題材にしやすい。
実際、ライブラフに限らず、Vtuberはある程度歌唱力のある者が多く、歌を生配信するのも人気のジャンルで、再生数を稼ぎやすい。
故に、オーディションに応募してきた人たちの大半は歌動画だった。中には有名な配信者からの応募もあり、これらは優先的に合格者候補に回すように上からも指示がある。
というのも、配信経験者というのは即ち、こういった動画編集スキルや整った配信環境を最初から所持していることが多いのだ。特に機材に関しては、配信者が気に入ったものを厳選しカスタマイズしている場合が多く、素人も少なくないこの業界においてその辺りの教育をスキップできるのは有難い。
いわゆるコストカットだ。機材を用意する必要がないのは経営的に楽なのだろう。
だが、それらを抜きにしてもこの動画に目を引かれたのは、「双子で」という点だ。
こういったオーディションの応募は普通、1人で行うものだ。必然歌動画に関しても「ソロ」で出すのが当たり前であった。
それをこの、柳瀬という応募者は、双子ということで「デュオ」で応募してきたのだ。今までに前例がなかったため、どうしたものか戸惑ったが……。
(応募動画だから、見ずに退けるのもアレだし……)
珠緒は動画を再生することにした。オーディション担当者としてしっかり確認しなければならなかったし、それに……。
それに何より、個人的に、なにかこの動画に惹かれるものがあった。例え双子であったとしても、それぞれ別に動画を出せば良いところ、わざわざ二人で一つの動画を出してきたのだ。一体何が飛び出すのか、気になって仕方なかった。
新鮮だった。
男女の双子であったのが少し意外だったが、いやまあ珍しいことでもないだろうと一度首を振り、動画に集中する。
楽曲は、ずいぶん前にゲラゲラ動画で再生数を集めていたボカロ楽曲だった。コミカルな曲調とテンポの良い歌詞が人気の曲だったはずだ。そういえば、これの原曲で使われているボーカロイドも双子設定があったような……? これも含めて選曲したのなら自分達の武器を良く分かっている。
動画の方も、少々拙いが一生懸命さが垣間見えて微笑ましい。粗削りだが、磨けば光るものがあるだろう。
歌に関してもそうだ。まだ素人の域を出ていないものの、少しトレーニングを行えばいい線いくのではないだろうか? 音域もどちらも素人ながら、かなり広いと思う。訓練次第でもっと拡げられるのでは?
そもそもの声質もいい。快活ながら透明感のある声を出す女性と、落ち着きがありながら奥行きのある声を出す男性。ボイス販売したらかなりいい数字が出るのでは…………。
「…………」
気がついたら、この双子の可能性について延々と考え込んでしまっていた。まだ他にも見なければいけない動画が沢山あるというのに、つい時間を忘れて物思いに耽ってしまっていたのだ。
柳瀬遥斗と、柳瀬遥香。これは……かなりいい人材なのでは?
「…………」
珠緒はもう一度双子の動画を最初から再生した。というのも、この動画の冒頭には、彼ら兄妹の簡単な挨拶が顔出しで録画されていたのだ。
『初めまして、こんにちは! 今回三期生オーディションに応募させていただきました、柳瀬遥香です! そして?』
『初めまして、同じく三期生オーディションに応募させていただきます、柳瀬遥斗です』
『『よろしくお願い致します!』』
『あたしたち、双子の兄妹ということで! これがオーディションにおいて強みになるんじゃないかと思い、この動画を応募しました!』
『拙いながら、簡単な動画も入れてありますので、是非聞いて下されば、そして良ければ、俺達の動画を心の片隅にでも留めて下さっていれば幸いです』
『いや遥斗それ、挨拶固すぎっていうか謙遜しすぎじゃない?』
『誠意と謙遜を忘れなければ百戦危うからず、っていう戦国の名将「
『いややりすぎて墓穴掘ってんじゃんそのドマイナー武将!! むしろ誰だよそれ!? あたし日本史苦手だけど聞いたことないわ!』
『おう、俺が今作った架空武将だからな』
『…………ふざけやがってぇ! あたしを弄んだな兄者ァ!!』
『むしろなんでこんな見え見えの嘘に騙されるんだ妹者よ……』
『あたしをバカって言いたいんだなぁ兄よ……戦争じゃあ……これは日本全国の兄を持つ妹に対する
『なんてしょうもない聖戦なんだ……だがまあ、あくまで己の過ちを認めず、あまつさえ歯向かうというのならいいだろう! 教育してやるまでよ! 兄より優れた妹など存在しえぬことを!』
『…………はい、というわけで、歌ってみた動画やっていきます!』
『楽曲はギガPで「おこちゃま戦争」、双子で歌ってみた』
『『是非、お聞きください! どうぞ!』』
そして彼らの歌ってみた動画に戻る訳だが、
珠緒は机に突っ伏し、悩ましげな声で呟いた。
「はああぁぁぁあぁあぁああぁぁあ~~~~…………ダメ、無理、しんどい、マジで顔も声もいい……反則過ぎる……なんなのこの兄妹天使なの? 神なの? 全知全能の顔の良さなの? は? これ通したら私面と向かって面接しないとなの? 死ぬが? 尊すぎて死ぬが? 私に死ねと言うのかこの世界は?」
おおよそ年頃の婦女子が出してはいけない言動を。
この末吉珠緒という女性、フロートという会社の正社員であり、Vtuberオーディション担当という肩書きを持ち、尚且つ。
「つーか宜しいんか? 私が未来のライバーを発掘して宜しいんか? 完全に私の独断と偏見と趣味120%で尊み波動砲発射するぐらい好き勝手やっちゃいますことよ? それでホンマに上は宜しいので? 責任はそっちがとれよマジで?」
顔立ちは美人なのに、Vtuberのことになると途端に人前に晒せない顔でトリップする、「Vtuber限界オタク」であった。
「うん、やっぱこの二人採用しよう、私の権限フルに使ってでも採用、決定」
実はこの珠緒という人物、ライブラフ二期生オーディションの時も関わっていたのだが、この時も一人、自身の直感だけで採用をゴリ押ししたことがある。そのあまりの熱量に、当時採用を渋っていた他担当者も押し負けたーーーーというかドン引きしたーーーーという、端的に言ってやべー女なのだ。
まあ結果的にそのゴリ押した人物が無事にバズったことで、見る目はあるとして今回の採用担当を一手に任された……というか押し付けられたという経歴の持ち主であった。なお本人は全く気にしていない。
いや、私情を抜きにしても、この二人はいける。珠緒は半ば確信めいたものがあった。
(あとはどう体裁を整えるか、ね。元配信者の面々には悪いけど、一般枠としてねじ込ませてもらうわ……)
こうしてこの珠緒という限界オタクの手により、柳瀬兄妹は一次選考を無事に通過したのであった。
そして冒頭に戻るのだが。
(あの動画からは全く想像付かないんだけど……)
珠緒は柳瀬兄妹の応募理由に、少々頭を悩ませていた。
日本人離れした顔立ちと、耳に心地よい明るく爽やかな声。どこに出ても一瞬で人気者になりそうな二人が、わざわざVtuberというジャンルに飛び込もうと言うのだから、如何なるオタクトークが飛び出すのか内心楽しみであったのだが。
(Vtuberをきっかけに、コミュ障を治したい……?)
そこに書かれていたものは、珠緒にとって予想外の理由だった。あの動画からは、そんな様子微塵も感じられなかったのだ。
兄妹らしく息の合った掛け合いと、快活な喋りを披露していた自己紹介と、応募した理由が書かれた一枚の便箋。この二つが珠緒の中で全く結び付かなかった。
これは、あれか? 私は試されているのか? こんな理由でもこの会社は面白いと思って通してくれるのか? と。
よくいるのだ。せっかく書類選考まで通したのに、応募理由があまりにも不透明だったり、面白半分でまったく合格する気もなかったという人が。
まあこんな特殊な業界だ。野次馬根性でいる者も少なくない。この兄妹もそんな輩と同じなのだろうか?
いや、ならばこれほど丁寧に制作しただろう動画を送るだろうか。こんなに楽しそうに歌うだろうか。
彼らがそんな不誠実な人間だとは思いたくないが、真意は解らない。この手紙が真実だとすれば、あの動画に感じた楽しさや懸命さに説明は付くのだが。
(……どうしてこんなに気になるのかしら)
珠緒はふと、己の思考に疑問を持った。
どうしてここまできて彼らを気にしてしまうのか、自分にも解らない。こんな気持ちになったのは初めてだ。あの二期生の娘の時だってこんなことはなかった。
会いたいと。ただ、会って話がしてみたいと思った。まるでなにか見えない縁に引っ張られるかのように。
(……疲れてるのかしら)
珠緒は自分の思考に思わず苦笑した。ロマンチストもいいところだ。まるで恋する乙女のそれではないか。いや、あの顔の良さと声質に惚れ込んだのだから似たようなものかもしれない。
(…………よし、会おう。会って、確かめよう)
どうせ面接を行うのは自分なのだ、その縁とやらに導かれてみようじゃないか。
珠緒は早速合格通知と面接場所を打ち込み始めた。
そして最終面接当日。
「は、初めまして……や、柳瀬遥斗、です……こっちは妹の遥香です」
「よっ、よろしくおにぇがいひましゅ……」
まるで蛇に睨まれた蛙のように直立不動で、目を忙しなく泳がせ、額に浮かんだ脂汗を拭いもせず、吃りまくり噛みまくりで自己紹介する件の柳瀬兄妹。
珠緒はいろんな意味で肩の力が抜けるのを感じた。なるほど、あの手紙はまったく嘘偽りなく真実であったらしい。
しかし同時に思う。
(これ……無事に面接終わったら奇跡じゃないかしら……?)
珠緒は眉間を指で揉みほぐし始めた。
こんなんでこの先大丈夫かしら(考えなし)