双子系Vtuber、はじめました。 作:えびんす
何故、人は言葉を交わすのか。
地球に生命が誕生して以来、これほどまでに多種多様な鳴き声を操り、コミュニケーションを図る生命体は、ホモサピエンスという霊長類の中でも体毛を失った変なサルの仲間以外にはいないだろう。
ヒトは仲間との情報伝達を円滑にするため、備わった声帯とグネグネと動く口や舌を巧みに使い、「言語」というコミュニケーションツールを編み出した。
そして火を味方に付け、道具を生み出し、徒党を組んで大物を狩り、やがて数を爆発的に増やし、社会性を学び、今日の地球の大半を闊歩する、二足歩行の変なサルの仲間。
身体能力など、様々な面では、かのネアンデルタール人に劣っていたホモサピエンスが唯一勝っていたのは、「群れ」を苦にしない社会性、そして当時最も洗練された言語を操ることだったという。
つまり何が言いたいかというと、だ。
「兄者ぁぁ……妹者はもう帰りたいのじゃぁぁ……」
「落ち着け妹者……ここが我が家じゃ……」
「何でわざわざコミュニケーションなどといふまだるっこしい方法をとらねば人間は意志疎通がとれぬのじゃ……」
「全くもってその通りである。げに恐ろしきは人間の群れに対する忌避感のなさよ」
「なんと恐ろしきかな」
「恐ろしい」
「くわばら」
「くわばら」
現時点で、同時期にデビューした同期とのコミュニケーションを恐怖し、回避しようとする我々柳瀬兄妹は、ホモサピエンスとして異端であるということなのだ。なんでテレパシーとかそっち系のコミュ方法を伸ばそうとしなかったのですか我らが祖先よ。
嗚呼、何が悲しゅうて見ず知らずの他人と、サウンドオンリーとはいえ言葉を交わし、あまつさえ親交を深めようとしなければならないのか。これが社会の洗礼か。コミュ障にとっては決して脱せぬ
要約すると「話したくないでござる! 絶対に話したくないでござる!」みたいな感じである。我が儘と言うなかれ、これがコミュ障を拗らせた奴の思考回路だ。
こんな現実逃避を続けていても解決しないのは重々承知ではあるが、思い返してほしい。我が同期共のキャラクターの濃さを。下ネタフルスロットル教師と清楚の皮を被った腹黒ドSシスターとゆるキャラ魔王という個性お化け共を。
たかが双子であることが唯一の強みである、吹けば飛ぶような貧弱個性の俺達にどう対抗せーっちゅーねん。かち合う前から白旗掲げて華麗に被害スルーするしか道はない。没個性と呼ばれてもこの際気にするか。なにがなんでも平穏にやり過ごしてやる。
……などと不平不満をつらつらと書き連ねてみたはいいが、それで解決するわけでもなく。
「遥香、いい加減ボイチャ繋げるぞ」
「ふえぇ……お兄ちゃん厳しいよぅ……」
「いい年してぶりっ子は痛いだけだからやめろ、俺も居たたまれなくなる」
「うるせーやい、もうボイチャでもボイパでも何でも来いってんだバーローテヤンデーチクショーメ」
「チ○太かおめーは」
自分なりに緊張を解そうとしているらしき愚妹の狂言を話半分に聞きつつ、Wishcodeのボイチャを起動する。
『あ、やっと来たあ~。やっほぉ~、聞こえてるぅ~?』
マイクの電源を入れ、音量を確認していると、先に入っていた同期のうち一人に声をかけられた。
…………かけられたはいいが、誰だ? 少なくとも俺達が知る同期に、こんなゆるふわテンションな女声の持ち主はいない筈だが。え、マジで誰?
『あ~そっかぁ、直接話すのは初めてだもんねぇ~。
私、小鳥遊セレナだよぉ~』
…………なんですって?
『『はあああああ!?』』
俺と遥香の絶叫がシンクロした。
いや、ちょっと待ってくれ。小鳥遊セレナって、あの下ネタ全開女教諭だよな? 口を開けば放送コードに引っ掛かりそうな発言連発するあの小鳥遊セレナだよな?
その倫理観ゆるキャラで、女性としては低めのハスキーな声のお下劣教師の中の人が、こんな下ネタのしの字とも無縁そうな存在感ゆるキャラ声の人と同一人物だって?
『あっはははははは! やっぱギャップがすごいよねぇセレナの中の人のキャラってさ!』
『まあ僕たちが言えた口ではないんですがね』
そこへ更に別の女性の声、続いて男性の声。男性は口調こそ異なれど、独特な渋い低音域の声の特徴そのままだったので察しはつくのだが、もう一人のなんだか鼻にかかったような癖のある女性は、まさか…………。
『…………あの、もしやとは思いますけど』
『ああうん、自己紹介がまだだったね! 初めまして、自分は鮎川聖だよ!』
『そしてお気付きかとは思いますが、僕はギルバルト五世です』
『『嘘だろ!!?』』
いや全員が全員ライバーと全然キャラが違うってどう言うことだよ!! 下ネタ女教師がゆるふわで、腹黒ドSシスターが快活元気系で、ゆるキャラ系魔王に至ってはなんでそれでやらなかったと言いたくなるほど落ち着きのある理知的な口調って!! 頭バグるわ!!
『…………どうも、御簾納優斗の中の人です』
『御簾納里奈の中の人です…………』
それに比べて俺達のキャラクター性のなんと捻りのなさよ! ザ・没個性! 平々凡々普通ストレートど真ん中! 見てくれも中身も全くと言っていいほど個性がない俺ら! 逆に個性になるかもしれないという逆ざや状態! どうしてこうなった!!
『おお~、生の御簾納兄妹ボイスだぁ~、そのまんまだぁ~~』
『どちらかと言えば自分等がキャラ作りすぎだな!』
『まあそうしないと、地が出てズルズルボロが出そうですからね。彼らの立ち回りが上手いんですよ』
これ、誉められてるってことでいいのか? というか俺に言わせてもらえれば、ライバーと素で全く違うキャラクターを演じられるあなた方のほうがよっぽど凄いと思うんですけど。
『演じるのって結局疲れますからねえ。こればかりはもらったアバターの方向性ゆえ、仕方ないかと』
『セレナの見た目と私じゃあ、キャラが違いすぎるから違和感出るんだよねぇ~。でもぉ、練習したから演技は自信あるんだあ~』
『自分はセレナが聖やった方がいいんじゃないかと思うんだけどね。まあこれも経験だと思って頑張るさ』
『なるほど…………あれ? でもギルバルトさんは素のままで十分いけると思うんですが、何故あんなキャラに……』
『僕も最初はそうしようと思ったんですが……ほら、お二人と違って、我々はあらかじめ顔合わせをしているので、素の状態を知っているものですから。今日の配信であの演技を見せられると、僕も捻りを入れねばと思ってしまい、思わずあんなキャラに……』
『…………これから大丈夫そうです? それ』
『早くも後悔してきました……早々にキャラを変えるかもしれませんね』
ギルバルトはどうも良識はあるようだが、どことなく流されやすいらしかった。
と、ここで最後の人物がボイチャに入ってくる。我らが珠緒さんだ。
『お集まりですね皆さん。では、三期生初配信の反省会…………という名の打ち上げを始めていきましょう』
『わ~~』
『どんどんぱふぱふー!』
『ええ…………』
なんか唐突に始まったんだけど。なに打ち上げって。
『まあ打ち上げというか、優斗さんと里奈さんのお疲れさま会みたいなものですね。お二人の事情を鑑みて、他の三人といきなりの顔合わせは難しいと判断しました』
『ああ、だからか……あたし達除け者にされてるのかと思っちゃった』
『滅相もありません。お二人の負担が減るよう配慮したつもりだったのです』
実際有り難かった。面接の時の珠緒さん一人であの調子だったのだから、三人も初対面の人間がいたらパニックになっていたかもしれない。
『それで、今日の配信後に、皆さんの時間を少しだけ割いていただきまして。まずは顔は出さず、声だけで慣れていってくれれば、と』
『聞いたら二人が最年少だったんだよね。だからまあ年上としてリード出来たらなーとは思うよ』
『うん~、お姉さん出来るかは分かんないけどぉ、気軽におしゃべり出来るぐらい打ち解けたいな~、って』
『僕が最年長なんですよね。中身は冴えないおっさんですが、何かあれば相談に乗りますよ』
『みんな……』
顔も知らない人たちが、今日会ったばかりの俺達を気にかけてくれている。それは素直に嬉しかった。
実際はどうだか知らないが、という余計な注釈をつける俺の心。そういうとこだぞ俺。警戒心MAXじゃ打ち解けられる訳がないだろ。
『じゃあ、改めて自己紹介するねぇ~? 私は小鳥遊セレナをやってる、
『自分は鮎川聖改め、
『僕は
各々が本名と職業を明かしてくれた。大丈夫なのかと思ったが、珠緒さん曰く「事務所の同僚には明かせる範囲で明かしても大丈夫ですよ」とのこと。まあ仮にも企業なんだから情報保護はしっかりしているだろうし、俺達もそれに倣おう。
『えっと、俺は御簾納兄妹の兄の方、御簾納優斗改め柳瀬遥斗です。今年成人しました。今は外部委託の事務作業をやっています』
『御簾納兄妹の妹の方、御簾納里奈改め柳瀬遥香です。今年成人した家事手伝いです』
『ニートとも言うな』
『やめろぉ気にしてんだよぉ!』
俺達の挨拶で笑いが起こる。うん、何とか会話できているのではなかろうか。
『ちなみに、皆さんがライバーになった理由ってなんですか?』
『私はぁ、たまたまオーディションを目にして~、面白そうだったので~』
『自分は友達に勧められたんだよね。まさか本当になれるとは思ってなかったけど』
『僕は元々Vuberファンでして、自分も近いうちにやってみようと思っていたんですよ。丁度オーディションがあったので、これ幸いと』
丹生さんが一番意外な理由だった。まあそうじゃなきゃ喫茶店と二足のわらじなんて履かないか。
『柳瀬くん達はどうしてライバーになったんだ?』
『……あー、その』
『コミュ障を、治したくて?』
『コミュ障……ですかぁ?』
金生さんの質問に出した答えに、棗さんが少し困惑した声色を出す。そりゃあよく分からんわなこんな理由。俺が棗さんの立場でも戸惑う。
『まあ、色々あって人間不信になりまして。コミュ障はその時併発したというか』
『でも、このままじゃダメだって思って。世良先輩の動画見て、あんな風になりたいって思ったんです』
『そっかぁ。うんまあ、深くは聞かないよ』
『人それぞれ事情がありますからね。言いたくないことの一つや二つ、みんな普通に持っていますよ』
僕も色々ありましたし。丹生さんはそう言って穏やかに笑った。脱サラして喫茶店のマスター、そして今度はVtuber。彼の言葉の重みはその人生にあるのだろう。
『私、丹生さんのコーヒー飲んでみたいなぁ~。お店どこにあるんですかあ?』
『原宿ですね。小ぢんまりとした店なので見つけにくいかもしれません』
『全然近いじゃないですぁ~! 絶対行きます~!』
『原宿なら自分も職場が近いし、顔出しますよ』
『はは、まだまだ半人前なので、味には期待しないでくださいね』
おおぅ、あれよあれよという間にコミュ強どもが会う約束取り付けたぞ。昔は俺らもこんな感じだった筈なんだが今や見る影もなし。
『柳瀬くん達も来るでしょお~?』
『お、俺達もですか?』
『そりゃあもちろん~、同期なんだしぃ、ちゃんと会ってお話ししようよお~』
『自分も会いたいなー。珠緒さんから聞いたよ、二人とも美人でめっちゃ顔がよくてイケメンで美少女なんだって?』
『……珠緒さんあたし達のことそんな風にいってたの?』
意味重複してないかそれ。
『僕はもちろん構いませんよ。店では皆さん同期である前にお客様ですから。遠慮せずいらっしゃってください』
『あ、はい、それはもちろん』
『じゃー決定ね! 今度の日曜でいい?』
『私は大丈夫ですよぉ~』
『珠緒さんも是非いらしてください』
『あ、ではお言葉に甘えて。オススメはあります?』
『パンケーキセットは自信がありますよ。他にもナポリタンやドリアなど』
『あ、ドリアいいなあ~、食べたくなってきたぁ~』
『お腹空いてきちゃったなー……あー、チートデイはまだ先なのに……』
さらっと珠緒さんまで誘っていく……これが……コミュ強……! 俺ら全然入っていけねえ……!
その後もただ質問に答えるだけのAIみたいな状態となった俺と遥香だった。こちらから質問を投げることはなかった。下手なこと言って場の空気を壊したくないんだもの。
それでも今週末に、顔合わせを兼ねて丹生さんのお店に行く約束はできたので良し。顔は知らないけど声だけでも知っていると少し気が楽だ。珠緒さんもいるしどうにかなるだろう。
『それじゃあ僕はこの辺で。お店の準備をしないと』
『はぁ~い、丹生さんお疲れさまぁ~』
『お疲れー! 自分もそろそろ寝るよ』
『では今日は解散ですね。皆様、お疲れさまでした。これからもよろしくお願いします』
『あっ、お、お疲れ様でしたー!』
『に、日曜楽しみにしてます!』
『待ってるよー。それじゃあ、お休みなさい』
『おやすみぃ~』
通話が切れる。
俺と遥香は目を合わせた。
『『っっっはあぁぁあぁあ~~~~~…………』』
本日二度目の盛大な溜め息をついた。
『疲れた…………マジで疲れた』
『もう今日は寝よう……』
疲労困憊である。これ程他人と話したのは久しぶりだ。
こんな調子で本当に大丈夫なのか日曜の顔合わせ。同期は皆いい人そうだったけど、単純に会話のテンポもテンションも違いすぎて疲れる。
以前は俺も遥香もこんな感じで会話していた筈なのに、コミュ障とはかくも厄介なものか。これで社会復帰という大目標は達成できるのか。
「兄者よ……やはりコミュ障を治す道のりは険しいな」
「そうだな妹者よ……」
「げに恐ろしきはコミュ強どもの会話に物怖じせぬ胆力よ」
「まったく恐ろしい」
「恐ろしい」
「くわばら」
「くわばら」
二人でもう一度溜め息をついた。
会話って難しい。
同期の素がこんな感じだとは誰も分からなかったろう?
俺も書くまで知らなかった。
恐ろしきかなその場の勢い。