響はともかく、翼には非常に気まずい出会いになるかもですが。
疲れ果てて眠ってしまった疾風を背負いながら二課本部へと向かっている弦十郎。
出来るだけ揺れないように気遣いながら歩いているお蔭か、疾風は先程から起きる気配も無く静かな寝息を立てていた。
(こうしていると、どこにでもいる普通の少女なのだがな……)
それに関しては他の者達も同様なのだが、疾風の場合は特に事情が違った。
予め、彼女について色々と調査をして知ってしまっているので、その思いは一塩だった。
(ガングニールの少女の方も無事に保護出来ていればいいのだが……)
物が物なだけに、翼とのいざこざが起きていないかが心配だった。
あの事件以降、翼はずっと精神的に不安定な状態が続いていた。
まるで、いつ爆発してもおかしくない爆弾のよう。
あれからもう二年の時間が経過しているのだが、まだ翼の心は晴れないままになっている。
「んん……」
「起こしたか…?」
背中にいる疾風がモゾモゾとしたので起こしてしまったかと心配したが、どうやらそうではなく、単純に寝言を言っただけだった。
「私は…一人でも…生きていけ……」
「…………」
それは、普段ならば決して漏らさない心の吐露。
同時に、疾風の中に潜む闇でもあった。
「子供は親を選べない…か…」
自分も決して親に恵まれたとは言い難いが、疾風の場合は更に酷かった。
その『酷さ』を知っているが故に、弦十郎は彼女の寝言に対して何も言えずにいた。
(…これが運命だとするならば…どうしてここまで疾風くんに残酷な現実を叩きつけるんだ…!)
もしも…もしも疾風がごく普通の家庭に生まれ、ごく普通の少女として生きていたのなら。
考えても仕方がないと分ってはいても、そんなIFを想像してしまう。
右腕も左手の指も失う事も無く、翼たちとも普通の友人として知り合って…。
「……ままならんな」
大人だ、司令だといっても、一人の少女すらも救う事が出来ない。
己の無力さに対して、ほとほと嫌気が刺す弦十郎だった。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
外部には極秘になっている専用の通路を使い、地下にある本部へと降りていく。
その際にかなり勢いのあるエレベーターに乗らなければいけないのだが、そんな中でも疾風は普通に寝ていた。
常人ならば手すりを使わなければ立っている事もままならないのに。
「寝ていても、その超人的な肉体は健在…か?」
弦十郎がエレベーター内でそんな事を呟いているが、この場に他のメンバーがいたら声を揃えてこう言うだろう。
『お前が言うな』…と。
「ついたか」
チーンという音と共にエレベーターが目的地に到着するが、それでもまだ疾風は起きない。
もしかしたら、昨夜は夜遅くまで起きていたのかもしれない。
「さて…あいつ等はどうしているか……ん?」
司令室の扉が自動で開かれ中に入ると、そこはまるでパーティー会場のようになっていた。
いつの間にか用意されていたテーブルにはジュースやら大皿に盛られた料理やらが並べられ、その中心には例の少女が困った顔で歓迎されていた。
「あ~…なんだこれは?」
「弦十郎くん。おかえりなさい。さっきの子は?」
「背中で寝ている。というか、これは一体何の騒ぎだ?」
「響ちゃんの歓迎会をやっている所よ」
「歓迎会? それに響というのは……」
状況が飲み込めない弦十郎の元に了子がやってきて説明をする。
その手にはしれっとシャンパンが握られているが。
一応、まだ勤務時間の筈なのだが…。
「響ちゃん。うちのボスが帰ってきたから紹介するわね。ほら」
「あ…はい! 初めまして! 立花響と言います!」
「は…初めまして。二課司令の風鳴弦十郎だ」
取り敢えず、礼儀として握手をしておくことに。
片腕でも十分に疾風の事は支えられているので問題は無い。
「この響くんが例のガングニールの少女か…」
「その通り。で、もう一人の子が…その背中の子ね?」
「あぁ」
「あらまぁ…可愛い寝顔ですこと」
了子が面白半分に彼女の頬を軽く突くと、それに反応してゆっくりと疾風の瞳が開かれた。
「起きちゃった」
「……誰?」
御尤もな質問。
目を覚ましたら、全く知らない女性が目の前にいるのだから当然だ。
「あぁ~…弦十郎さん。目的の場所には着いたって事でいいん…だよな?」
「…一応な」
キョロキョロと辺りを見渡してから素直な一言。
「…弦十郎さんの職場は娯楽施設か何かなのか?」
「全く違う…のだが、この光景を見ればそんな感想が出ても仕方がないか…」
弦十郎だって、まさか少し目を離した隙に司令室がこんな事になっているとは思ってもみなかった。
というか、疾風よりも弦十郎の方が衝撃は大きかったと言える。
「もう降ろしてくれてもいいよ。目は覚めたし」
「そうか? では……」
腰を屈めてから、ゆっくりと疾風の事を降ろす。
そこで初めて、二課の者達は彼女の体をちゃんと見ることになった。
「ふーん…成る程ね」
ざっと見渡しただけで何かを察したのか、疾風は目を細めてから静かに呟く。
視線を移動させていると、そこで彼女の視界に明らかに場違いな少女が映る。
戸惑いと緊張が滲み出ている顔をしている私服の少女。
どう見ても、ここにいる連中とは空気が違う。
まるで、ある日いきなり異世界にでも迷い込んだラノベ主人公のような顔をしている。
「弦十郎さん。この一般人丸出しな奴は誰なんだ? まさかとは思うが、こいつもここのメンバーってわけじゃ……」
「いや、彼女…響くんはまだ違う。ある意味では、君と同じような立場の存在だ」
「まだ…ねぇ……」
その言葉の意味するところを理解した疾風は、同時にこれから自分に降り掛かる事もなんとなく想像した。
「えっと…さっきまで司令さんの背中で寝てた子…だよね?」
「司令? それって弦十郎さんの事か?」
「うん」
やっぱり普通の人間じゃなかったのか。
そんな意味合いの視線を送ると、気まずそうに顔を逸らした。
「わ…私、立花響! よろしくね!」
「…………」
周囲が大人ばかりで余程緊張していたのか、響は安心した様子で自己紹介をした後にさっきと同じように握手を求めてきた。
だが、疾風はそれを見て固まったまま無表情になっている。
「…神疾風。自己紹介は別にいいが、その手は握れない」
「ど…どうして?」
「見てわからないか?」
疾風はワザと身体を揺らして、何も入っていない右袖を指差す。
それを見た響は、途端に物凄くバツが悪そうな顔になった。
「あ…ごめんなさい…私、よく見てなくて……」
「分かってくれたらいいさ。そんな訳で、握手をしたいのなら右手じゃなくて左手で頼むわ」
「うん!」
右手を引っ込めてからすぐに左手を出し、疾風は改めてその手を握った。
実際には左手の方も指が二本足りないのだが、敢えてそこには触れないでいた。
「…で、私がこの『特異災害対策機動部二課』に所属している専属研究者の櫻井了子よ。よろしくね、疾風ちゃん」
「特異災害…ってことは、つまりノイズ災害に特化した組織って訳か」
「あら、そこまで分かっちゃう?」
「まぁな。取り敢えずはよろしく」
これまた差し出された左手を握る疾風であったが、響の時とは違って彼女の目は鋭く光っていた。
(この女……)
疾風の中の勘が告げていた。
この女に気を許すなと。決して油断だけはするなと。
その根拠は疾風の心の中にだけ潜ませて。
「ところで専攻は?」
「考古学…その中でも特に古代から存在している謎の異端技術『聖遺物』を専攻しているわ」
「聖遺物…ねぇ……」
考古学と聞かされ、疾風の眉がピクリと動く。
勉強好きという事もあって、歴史や考古学と言った事にも興味があった。
「んで、その二課の司令ってのが弦十郎さんなのか」
「そうなる。…今まで黙っていて済まなかった。だが……」
「分かってる。名前から察するに、この組織は日本政府の直轄とかなんだろ? だとしたら、容易に自分の身分は明かせないのは当然だ。弦十郎さんは悪くはねぇよ。寧ろ好感が持てたね。情に流されずに職務に忠実なのはいい事だよ」
「「「「「…………」」」」」
まだ何も言っていないのに察しが良すぎる。
響の時は全く違う反応に、逆に大人達は戸惑っていた。
「ね…ねぇ…弦十郎くん? この子…冗談抜きで何者?」
「だから言っただろう? 天然の天才児だと」
「そう…みたいね……」
天才である事とはまた違うような気もするが、それでも普通の子供とは全く見ている景色が違う。
一体どんな経験をすれば、ここまで大人びた少女になるのだろうか。
「政府の人間だったってのは少しショックだったけど、同時に納得も出来た。多分だけどさ、ここって町中の監視モニターとかに直結して様子とか見れるんだろ? 道理でさっき、弦十郎さんが私がいる場所に来れた筈だ。弦十郎さんの場合、野生の勘でなんとかしそうな気もするけど」
「確かに、ここで街中の様子を見る事は出来る…が」
「野生の勘の方は?」
「やってやれない事は無いぞ?」
(((((出来るのかよッ!?)))))
野生の勘で相手の居場所が分かればナビも何も必要ない。
どこまで人間離れすれば気が済むんだ。
「んで、そこにいる隙が全く無い優男っぽい奴は誰だ?」
「慎次のことか?」
「しんじ?」
ずっとニコニコ笑顔でいたので妙な違和感を感じてはいたが、それは彼の極端なまでの隙の無さから来ているのだと判断した。
向こうもこちらに気が付いたのか、音も無く歩いてきた。
「初めまして。あなたが司令が仰っていた疾風さんですね。僕は二課所属の緒川慎次といいます」
「こちらこそよろしく。ところでさ…」
握手をした疾風の目が細くなり、その口がうっすらと笑みを浮かべた。
「アンタ…強いだろ?」
「さぁ…どうでしょうか?」
「……成る程ね。緒川さんつったっけ」
「慎次でいいですよ」
「んじゃ慎次さんよ。あんたさ…昼行燈って呼ばれてるだろ」
「いえ…そんな風に言われたことは無いですね」
「そっか」
でも、彼という人間を表す最も適切な言葉でもある。
少なくとも、弦十郎を初めをする二課のメンバーは全員がそう思った。
「ところで……」
髪を大きく靡かせるようにして振り向き、端の方にてずっと壁に背中を預けながら自分の事を凝視している少女に視線を向ける。
「さっきから、ずっと私に向かってガンつけてるのが…風鳴翼か?」
「「「「「!!!!!」」」」」
二課に所属しているメンバーは全員が疾風の体がこうなった原因を知っている。
知っているが故に、ずっと気を使って翼の話をしないように心掛けていたのに、あろうことか疾風本人から話を振って来た。
特に弦十郎は珍しく表情を崩す程に焦り、どうしようか必死に考える。
誰もが黙り込んだ中、疾風は静かに翼の方へと歩いていく。
普段ならば真っ先に動こうとする響でさえ、今の疾風の雰囲気に飲まれて身動きが出来ないでいた。
翼もまた、そんな疾風から視線を外さずにずっと見ている。
「初めまして。神疾風だ」
「風鳴翼よ……」
そこで会話は途切れる。
だが、両者の間には何とも言えない空気が流れていた。
「どうして、さっきからずっと私の事を見てたんだ? いや…違うな。正確には、見てたのは私の事じゃない。私の身体…いや、この『右腕』のことかな?」
「……っ!?」
図星を付かれ、明らかに動揺する翼。
だが、そこで手を緩める程、疾風は良い性格はしていない。
「きひひ……もしも機会があったら、一度でいいからアンタとはじっくりと話をしてみたいと思ってたんだよ。まさか、こんな形で巡って来るとは思ってなかったがな」
「わ…私は……」
「まぁ…いいさ。多分だけど、これから話をする機会はたっぷりあるだろうしな。だから、ここで無理矢理に話そうとは思わないよ。…今はな」
「……………」
遂には翼は顔を伏せて黙り込んでしまった。
事情を知っている二課の面々は何も言えないし、事情を知らない響もまた空気に飲まれて何も言えないでいた。
「そういや、ここに来ればさっきの私の格好についても教えてくれるって話じゃなかったか?」
「そ…そうだったな。すっかり忘れていた」
「おいおい…頼むぜ? アレに付いては聞きたい事が山ほどあるんだ」
「そうだろうな。了子くん」
「はーい! さっき響ちゃんにも同じような事を説明したけど、おさらいの意味も込めてもう一回、疾風ちゃんの為に説明してあげるわね」
いつの間にか手に持っていた指示棒片手に、了子による説明が始まったのだった。
翼に対して色々というのはまた別の機会に。
流石に最初からは…ね?
次回は主人公がシンフォギアなどについて知る所からです。
主人公の疾風とのカップリングは誰が良い?
-
響
-
翼
-
クリス
-
未来
-
マリア
-
切歌
-
調
-
まさかの弦十郎
-
まさかまさかの慎次