そのウマ娘、星を仰ぎ見る   作:フラペチーノ

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「サイレンススズカさんが皐月賞と菊花賞を出走回避されたのには、何か特別な理由があったのでしょうか。また、逆に日本ダービーに対して特別な思いをお持ちだったのでしょうか」

「いえ……特には……。トレーナーさんに『好きに走っていいよ』と言われたので、なんか走って気持ちよさそうだなってレースを走りました」

引用 : 「トゥインクルシリーズの名バを追う。」月刊トゥインクル,20XX,p33


【スターの日常】担当ウマ娘の実家に招待されたら ~今回はずっとテイオーのターン~

 トレーナーとは、重い責任がのしかかる仕事である。

 トレセン学園に通っているウマ娘たちは、主に中等部から高等部の学生。

 そう。忘れてしまいがちだが、彼女達はまだ「未成年の子供」なのだ。

 トゥインクルシリーズは言ってしまえばただ「走る」だけなのだが、そこには子供だけで解決できない問題は多い。

 一番大きいところだとトレーニングを見ることだが、レースの出走手続き、メディアへの対応などなど……。

 この世界の一大コンテンツを担っている以上、問題は無限に山積みになっていく。

 本来学業へ励む学生のところに「トゥインクルシリーズ」というキャパを抱えているのだから、大人のサポートが必ず必須となってくる。

 ウマ娘が人生を懸けて走っているのなら、彼女たちが一番いいコンディションでレースに臨めるようにするために、文字通り何でもする仕事。

 それが「ウマ娘のトレーナー」だ。

 

「いや、トレーナーも未成年じゃなかったっけ」

 

「……それ言われたらあれだけど。確かに学歴的には中卒になっちゃうのか、俺は」

 

「トレーナーって経歴バグってるよね。歴代最年少でトレセン学園のトレーナーって凄すぎだよ」

 

「テイオーのレース結果ほどじゃないから……セーフ」

 

「そのレースに勝てたのもトレーナーのおかげなんだけどね。ボクが、ここにいるのはボクだけの力じゃないし」

 

 さて、話を戻そう。

 そんな「未成年の少女」を「大人」の世界に引き込むのに対して、一番心配するのは誰か。

 これの答えは「そのウマ娘の両親」である。

 自分の子供が本当に怪我無く問題なく、トゥインクルシリーズという大舞台を走り切れるのか。

 一番多感で大切な青春を駆けるウマ娘を持つ親が、その点を心配するのは当然のこととも言える。

 だから──トレーナーとは、ウマ娘の両親から信頼を勝ち取らないといけない職業でもあるのだ。

 娘さんを私に預けさせてくださいと、名乗り出るくらいには。

 

「そんな心配しなくてもいいと思うけどなぁ……。パパもママも優しいよ?」

 

「ここまでずっと挨拶してなかったのは流石にマズいって思ってな……。今、レース前より緊張してるかもしれない」

 

「大丈夫だって! トレーナーの事情も分かってると思うし、ボクがここまで走ってこれた。それが何よりの証拠だよ?」

 

 そんな会話を隣に座っているテイオーとしながら、俺は深く椅子に腰をかける。

 ここはいつもいる、トレセン学園のトレーナー室では無い。

 窓の外を見てみると、一面真っ青な空間。地面が全く見えないはるか空の上。

 そう。俺はテイオーの実家に行くために、飛行機に乗って東京からはるか先の九州の方へと向かっていた。

 

「……これ、あと何時間だっけ」

 

「えっと、あと一時間くらい? 国内線だからそんな時間はかからないと思うけど……トレーナーってもしかして飛行機苦手?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだけど……飛行機、乗るのが初めてだから……」

 

「そっかぁ。じゃあボクが手を繋いであげよう! ボクは空を飛べるからね! びゅーんって飛んで行ってあげよう!」

 

 テイオーが言うと、なんだかめちゃくちゃなこともどこか信じられてしまう。

 俺はそう言って差し出された彼女の手を握らせてもらうと、目的地へと降りたつために深呼吸をするのであった。

 

~~~~~~~~

 発端は、昨年。菊花賞よりも前。

 トレセン学園恒例と言われていた浜辺での合宿を無視して山へと向かった俺たちは、海で泳ぐという機会が無かった。

 そのためトレーニングではなく遊びで、メジロ家のプライベートビーチへと団体で向かった思い出がある。

 その時にテイオーと、とある約束を交わしたのだ。

 

 ──ねぇ! いつかボクの家に来てよ! パパもママも歓迎してくれるからさ! 

 

 あの時は三冠が取れたら一緒に報告しに行こうなと言ったのだが、色々な出来事があってドタバタといつの間にか年が変わってしまい。

 有馬記念も終わり次に出る予定の大阪杯まで時間があるこのタイミングで、テイオーの親御さんへと挨拶しにいこうとなったわけである。

 出来るならばもっと早く挨拶に伺いたかったのだが、こうしてしっかりと時間を取らないといけない理由が意外なところにあった。

 

「まぁ、ボクの実家九州だしねぇ。ボクも久しぶりに帰るや」

 

 それは単純に、府中から物理的に距離が遠いという問題。

 初めてテイオーの実家の場所を聞いたときには、それは気軽に帰れないなと返事をしたものだ。

 こうして東京から飛行機へと乗って地面から浮くこと、一時間四十分程度。

 テイオーの実家のある九州──鹿児島まで、俺は初めて上陸することになった。

 ベルトコンベアで流れてくるキャリーケースを受け取って、空港の駐車場へと移動すると近くにあったベンチへと二人で腰を下ろす。

 

「二年ぶりくらいに戻ってきたー! って言っても、ボクの実家はここから移動いるんだけどね」

 

「本当に良かったのか? 送迎まで頼んで」

 

「いいっていいって! 頼んだら喜んで迎えにきたがってたし!」

 

 最初は公共交通機関を駆使して自力で向かおうとしていたのだが、調べたらなかなかに乗り継ぎが多く大変なことが明らかに。

 ここで俺がまだ18歳未満で、免許を持っていないことが裏目に出た。

 俺が運転できるのであればレンタカーでも借りればいいので、そこまで困る問題でも無かったのだが……。

 

「一応来年から免許取れるんだっけ? ……トレーナーやってて取る時間あるの?」

 

「正直怪しい。車の免許があると、行動範囲広がるから取っておきたいんだけどな」

 

 やはりいくら日本の発展している公共交通機関にも限界はある。

 夏合宿の時も桐生院さんに頼んでしまったし、どっかで時間を捻出できないものか……。

 そんなこと考えていると、隣に座っていたテイオーがぴょんと立ちあがり大きく手を振り始めた。

 そんな彼女の元へ向かってきた一台の車は、音を立てずにゆっくりと停車する。

 このタイミングからして、俺たちが待っていた迎えのだと思うのだが──

 

「……これ、間違えてないよな?」

 

「へ? なんで?」

 

 目の前に止まった車は、一般人が見ても分かるくらい存在感を放っていた。

 普段俺たちが目にする軽自動車や普通自動車ではない。

 後部座席が長く、高級感のある黒さと大きさ。

 ドラマやアニメの創作の世界でしか見ないような、いわゆる「リムジン」と呼ばれるタイプの車が俺の目の前に停車している。

 俺が声が出ずに口を小さく開けてしまっていると、運転席の方から真っ黒なタキシード姿の渋めのおじいさんが出てきた。

 

「じいや! 久しぶり!」

 

「お久しぶりでございます。テイオーお嬢様」

 

 そんなおじいさんに対して気さくに声をかけたのは、我らがテイオー。

 高級車から執事が出てきて担当ウマ娘がお嬢様と言われるという、あまりにも情報量が多い状況を目にした俺は混乱状態に陥ってしまう。

 そうして動けないでいると、テイオーが肩をぽんと叩いてくいっと腕を引っ張ってきた。

 

「トレーナー、ほら乗って乗って!」

 

「え、うん……。あっ、荷物」

 

「こちらで既に回収しております。ご安心してお乗りください」

 

 いつの間にか、二人のキャリーケースは既に車のトランクへと積まれている。

 まるで自分が一国の重鎮のような扱いを初めてされて戸惑っている中、俺はテイオーと一緒に後部座席へと乗り込むのであった。

 ついでのように、執事が車の扉を開けてくれるという実績を解除しながら。

 

~~~~~~~~

「トレーナー何飲む? にんじんジュースでいい?」

 

「……いや待ってくれ。何で車の中に、ボトルに入った飲み物とワイングラスがあるんだ……」

 

「リムジンだからね~。あっ、コーラとかもあるよ?」

 

「えっと……じゃあにんじんジュースで……」

 

「りょーかい!」

 

 俺が初めて乗ったリムジンの中は、もはや部屋といっても過言ではないくらい広かった。

 足を伸ばして横になれるくらい広くふかふかの座席に、氷の入った巨大なドリンクホルダー。

 そしてバーなどで見そうな明らかに高級そうなボトルに入ったにんじんジュースを、透明なワイングラスに並々と注ぐテイオー。

 この空間が車道を走っていることが信じられなくなるような光景が、目の前に広がっていた。

 

「……うっま」

 

「おいしー! いやー、このジュース美味しいんだけどちょっとお高めだからねぇ」

 

「因みにいくらか聞いてもいい……?」

 

「えっ……そのグラス一杯で、はちみーの二倍くらい……?」

 

「聞かなかったことにしとくか……」

 

 俺はちびちびとにんじんジュースを舐めるように飲みながら、テイオーがお嬢様だということを理解させられていた。

 

「どうかした?」

 

 こんなところで、彼女の実家の大きさを再確認することになるとは思ってなかった。

 元気で活発な彼女だが、紅茶の銘柄を見分けるのが得意だったりピアノをすらすらと弾けてしまう特技があったりする。

 そんなところが、無意識に出る素養の良さに繋がって来るのだろう。

 そんなこてりと不思議そうに首を傾げるお嬢様に、俺はなんでもないぞと返事をする。

 

「まぁ、緊張しないでね? ちょっとびっくりさせちゃったかな。トレーナーを驚かせたいんだけど~って相談したら、じいやがノリノリになっちゃってさ」

 

「お嬢様が大好きな方なのです。こちらも盛大におもてなしをしないと失礼に当たるものでしょう。こちらのジュースもお嬢様が大好きなものをわざわざ取り寄せた、とっておきです」

 

「ちょっと! それは秘密にねって言ったじゃん!」

 

 テイオーが少し頬を膨らませながら、運転をしている執事さんに対してぷんすこ文句を言っている。

 その姿を見るだけで、テイオーが彼に対して全面的に信頼を寄せて仲がいいのは伺えた。

 もやりと嫉妬心が浮かんできそうになるが、彼女が俺をおもてなしをしてくれるために頑張ってくれた姿だと思うと微笑ましい。

 

「ありがとうな、テイオー」

 

「どういたしまして!」

 

 俺がお礼を言うと、彼女は嬉しそうににこりと大きな笑みを浮かべて尻尾を振っている。

 彼女の頭をよしよしと撫でていると、テイオーが犬のようにじゃれついてくるりと纏わりついてくる。

 そんな様子をバックミラーで見られたのか、執事さんから「仲が大変よろしいようで幸いでございます」と言われる始末。そしてテイオーが満足そうにむふーっと、鼻の下を伸ばしていた。

 こうしてリムジンで快適な移動をすること、約一時間程度。

 いつの間にか車はゆっくりと速度を落として、駐車場へと停車していた。

 

「でっか……」

 

 車から出る際も当たり前のようにドアを開けて貰いつつ外に出ると、視界に入って来たのは広大な敷地に広がる豪邸。

 流石にトレセン学園よりは劣るが、ここで一家族が過ごしていると考えるととんでもない広さだ。

 更に駐車場の近くにはしっかりと整備されたターフがあり、複数人のウマ娘が走っているのが見えた。

 

「ここのターフ、誰でも入れるようになってるんだよね。ボクもトレセン学園に行くまで近所の子とずっと走ってたよ。ま! ボクが一番速かったけどね!」

 

 ターフというのは、基本的に整備しないと悪化していってしまう代物だ。

 どのレース場もそうだが、専門の人が手入れしないといけない分管理コストがかかる。

 そんな競技レベルのターフを一般開放するというのは、ウマ娘からしたら嬉しいなんてものじゃないだろう。

 そんな自分で考えられるスケールをはるかに超えていることに、驚きながらも感心しているとターフの方で走っていたウマ娘たちがこっちに駆け寄って来るのが見えた。

 

「あー! テイオーだ!」

 

「マジ? テイオーちゃん、帰って来たの!?」

 

 こうして集まったレースが開催出来るくらいの人数のウマ娘たちは、わらわらとテイオーをあっという間に取り囲んだ。

 どうやら全員テイオーの地元での知り合いらしく、「久しぶり~」や「元気にしてた~?」などと仲良さそうに挨拶を交わしている。

 

「こっちに帰って来たのいつなの? 連絡してくれたら迎えに行ったのに!」

 

「ボクもさっき帰って来たばっかでさ。お土産は預けてあるから、じいやから貰ってね~」

 

「よっ! 流石G1ウマ娘! 太っ腹!」

 

「まさかテイオーが三冠ウマ娘になるとはねぇ〜。サイン貰っておこ~」

 

「いつかやると思ってました。まさか、あの時同級生だった彼女が今はあんな風になるなんて……」

 

「それ、ボクがなんかやらかした時の言い方じゃん!」

 

 そんな話をしながら、テイオーを中心にどっと笑いが巻き起こる。

 トレセン学園にいる時とはまた違った、仲のいい身内の中での笑いというべきだろうか。

 テイオーが軽い冗談を言い合えるような姿を見るのは新鮮だなと思っていると、彼女たちの視線が一斉に俺の方を向き始めた。

 

「もしかして、あなた様は! 今話題のテイオーのトレーナーさんですか!?」

 

「本物じゃん! やば、有名人!!!」

 

「かわいい~。白毛きれ~。まつ毛なが~」

 

 先ほどまでテイオーに向いていた視線が急に流れて込んできて、俺はピンと尻尾を張って固まってしまう。

 俺は「トレーナー」としてウマ娘に接することはあるが、同世代として接することはあまりない。

 彼女たちからしたら、普通に仲良くなってお友達になりたいとかなのだろう。

 だが友愛に近い感情を向けられてしまうと、逆にどうしていいか分からなくなってしまう。

 俺が助けを求めるようにテイオーに目線を送るが、何故か彼女はにこにこしながらこの様子を見守っていった。

 だがそんな状態も、とある一人のウマ娘が発したセリフによって破られることになる。

 

「こんな美人のトレーナーさん、私も欲しいなぁ。テイオー、くれない?」

 

 次の瞬間、テイオーの顔が見てわかるように凍る。

 その言葉を聞いた周りのウマ娘も、明らかに「あいつやらかした」と表情に出てしまっていた。

 本人もわざと言ったわけではないのだろうし、本気で言って無いのは俺でも分かる。

 ただそれが、テイオーの耳に届いてしまったというだけで。

 

「ちょっと? トレーナーは『ボク』の、なんだけど?」

 

「思った以上に独占力強かった……」

 

「何か文句あるの?」

 

「なんでもないです……ごめんなさい」

 

「ならよし。許してしんぜよう」

 

「寛大な心に感謝します……テイオー様」

 

 ペコペコとちょっと芝居がかった声でやり取りをする、テイオーと失言をしてしまったウマ娘。

 普段から仲の良いヒト同士でしかしないようなやり取りを見て、本気で怒ってるんじゃないんだなと安心していると、テイオーが俺の方に急接近してきた。

 そしてここにいる全員に見せつけるように、尻尾と尻尾を絡めたかと思うと俺の腕をぎゅっと抱え込んでくる。

 

「じゃあ、また後でね! ボクも数日はここにいるからさ!」

 

「あいつー! 中央の強さを見せつけてきてるぞー!」

 

「結婚でもするのかー! お父さん許しませんからねー!」

 

「残念でした! ボクはもうトレーナーと結婚したもんね!」

 

「!?」

 

 テイオーが余裕の表情を浮かべながら、彼女の友達にとんでも発言をしていくがこれには俺もちょっと反論したくなる。

 

「いや、待て。あれは結婚式のリハーサルというか、体験みたいなもんだろ」

 

「いいの、いいの。ウエディングドレスを着たのは変わらないんだし」

 

 本人がいいと言っているのなら個人的には構わないのだが、これでは俺がテイオーと夫婦だと思われてしまう。

 ちらりと後ろを振り返ってみると、テイオーの知り合いは全員啞然としていた。

 違うと否定しようとするが、隣の彼女は有無を言わさぬ力強さで俺を引っ張って来た。

 まぁ、彼女たちには後で教えてあげればいいか。

 こうしてこの場を諦めた俺は、彼女から貰った蒼い星型のネックレスを揺らしながら歩き始める。

 テイオーに引っ張られながら連れていかれた俺が到着したのは、屋敷に入るための豪華な扉。

 一般家庭のドアとして見るには不釣り合いなドアを執事さんが開けると、そこにはホテルのようなホールが広がっていた。

 

「中まで凄いな……」

 

 白を基調とした内装に、左右対称に二階へと伸びている二つの階段。

 洋風の屋敷を想像したらこれが出てくると言ったような光景が、俺の目の前に広がっていた。

 

「お荷物こちらでお預かり致します」

 

「ありがと! あとはボクがトレーナー案内するから大丈夫だよ!」

 

「かしこまりました」

 

 そんな状況の中、執事さんが俺たちの大きな荷物を預かって持って行ってくれる。

 こうして身軽になった手をぎゅっと繋いできたテイオーは、軽く俺を引っ張ると正面の廊下を歩き始めた。

 

「広いでしょ? 流石にマックイーンの家ほどじゃないけどさ」

 

「ホテルかと思ったぞ。流石に住む世界が違うって感じがするな」

 

 物語に出てくるお姫様が住んでいるお屋敷という言葉がぴったりと合うような屋敷を歩いていると、どこか非現実的な場所にいるような気がしてしまう。

 だが、テイオーにとっては懐かしい実家。

 彼女が慣れたように色々な分かれ道がある中で、迷うことなく廊下を進んでいく。

 そんなテイオーに連れていかれた先は、玄関以上に開けた場所。

 大きなソファにテーブル、そして天井に釣り下がるシャンデリアが既に普通の場所とは違うということをアピールしている。

 だがそれ以外に大きめのテレビや本棚といった、生活感を出している小物があるのを見るにここはリビングだというのが見て取れた。

 そんな空間の中に、どこかテイオーの面影を感じるウマ娘と男性がソファに座っている。

 そしてその二人に、俺の手を放したテイオーが小走りで駆け寄っていった。

 

「パパ! ママ! ただいま!」

 

「テイオーちゃん、お帰りなさい!」

 

「テイオー、待っていたぞ!」

 

 ぎゅっと三人でハグをして、嬉しそうに笑顔を見せるテイオー。

 そう。この方達が今回の旅の目的にして、一番対面して緊張する相手。

 俺の担当ウマ娘の、ご両親様である。

 

~~~~~~~~

「よく来たね、スターゲイザーさん。よければ、こちらにおかけになってくれ」

 

「お茶は準備してありますからね。お菓子もありますよ」

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

「ボクもー! しかもこれ、パリの老舗の茶葉じゃん! 美味しいんだよね~」

 

 こうして二人のご両親と顔合わせになるように、俺はソファに腰をかける。

 隣にテイオーも座ったので、二対二でテーブルを挟んで向き合っているような状態だ。

 マグカップに注がれる紅茶のいい香りが部屋に漂う中、俺は両親の目を見てゆっくりと話し始めた。

 

「初めまして。スターゲイザーと申します。テイオーのトレーナーをやらせていただいてます」

 

「よく知ってるわ。テイオーから話はよく聞いてるもの」

 

 ぺこりと頭を下げて自己紹介をすると、テイオーのお母さんが優しい声で返事をしてくれる。

 鹿毛の髪をセミロングで纏めている姿は、少し年を取って落ち着いたテイオーといった感じで雰囲気がよく似ていた。

 俺はそんなご両親に対して先ほどの挨拶とは別に、深く謝罪するために頭を下げた。

 

「先に謝罪をさせてください。テイオーのトレーナーを務めていながら、ここまでご挨拶せずにいたこと。誠に申し訳ございません」

 

 トレーナーとは、ウマ娘の両親から信頼を勝ち取らないといけない職業であること。

 それは確かに考えれば本当に当たり前のことなのだが、経験の浅い俺はそこまで思考を回すことが出来ていなかった。本当に反省するべきところである。

 本来であればトゥインクルシリーズが始まる前に、こちらからすぐに挨拶をしなければいけなかった。

 今の時代、現地にいかなくてもネットを通じていくらでも連絡する手段はあったはずだ。

 だがそれをしてなかったということは、ご両親に不誠実だと思われても仕方ない。

 いくらG1を勝利しようと、三冠を取ろうと。きっと二人にとって一番大切なのは、テイオーの安否なのだから。

 

「……顔をあげてください。スターゲイザーさん」

 

 そんな俺に対して、テイオーのお父さんが柔らかい声で話しかけてくれる。

 恐る恐る顔を上げると、彼はとても優しい表情で俺の目を見つめていた。

 

「私たちもスターゲイザーさんの立場は分かっているつもりです。テイオーや雑誌の記事でみた限りですが」

 

「そう、なんですか……?」

 

「むしろテイオーの夢を叶えてくれて、こちらがお礼を言う立場ですよ。本当にテイオーをここまで導いてくれて、ありがとうございます」

 

 正直何か言われるかと思って謝ったので、逆にテイオーのお父さんからお礼を言われて俺は戸惑ってしまう。

 怒りなどの感情は全くなく感謝の気持ちだけが籠っている真っすぐな言葉は、俺の緊張をゆっくりとほぐしていった。

 そんな俺に対して、テイオーがとんとんと体を叩いて話しかけてくる。

 

「トレーナー、ボクたちの出会いって覚えてる?」

 

「えっと……テイオーの入学式の時か……?」

 

「ううん、もっと前。ほんとーに、一番最初!」

 

「……もしかしてネットの時か? まだ顔合わせしたこと無かった時の」

 

「そうそう!」

 

 俺たちが一番最初にコンタクトを取ったのは、インターネットの世界での話。

 実際にボイスチャットなどで会話をしていたが、まだその時の俺はボイスチェンジャーを使って自分の年齢も性別も誤魔化していた。

 何もわからないただネットで出会っただけの相手に、自分の素性を明かすのは今考えてみるとどうかとも思うが……。

 

「ボクさ。本当に相手は三十歳のおじさんとかだと思ってたし、何してる人なんだろうなーって思ってたよ」

 

「そう思うと、俺本当に不審者だったんだな……」

 

「ボクはヒトを見極める目には自信あるからね! 言ったでしょ? この出会いは、運命だって」

 

 にっししと笑みを浮かべながら、テイオーがそう返事をしてくれる。

 確かにあの時の出会いが無かったら、俺はずっと部屋に閉じこもったまま全てが終わっていただろう。

 テイオーとの出会いで、文字通り「運命」が変わったのだ。

 

「トレセン学園に入る前から、テイオーちゃんが『ボクのトレーナー決まったんだ!』って言われたときにはびっくりしましたよ」

 

「いや、本当にすみません……」

 

「確かにネットで会う人は怪しい人も多いですし、正直私も最初は信用できませんでした」

 

 テイオーのお母さんがそう過去を思い出すように話すが、それはそうとしか言えない。

 トレセン学園に入学したい我が子が、ネットでしか知らない相手をトレーナーにしたなんて言ったら誰だって心配する。

 

「ですが……テイオーちゃんからの話を聞いたら、トレーナーになるために一から勉強してるって言うじゃないですか」

 

「ボクは嘘は言ってないからね!」

 

「テイオーちゃんと一緒にトレセン学園に入るために、トレーナーになるなんて言って。そして本当にトレーナーになったと聞いたときは、私も喜んじゃいました」

 

「私も……?」

 

 見ず知らずの人がトレーナー試験に合格して喜ぶ……? 

 少し引っ掛かるところがあったので思わず口にしてしまうと、彼女は口に手を当てながら嬉しそうに秘密を曝露してきた。

 

「実は……スターさん。私はあなたが子供であることは知ってましたよ」

 

「えっ」

 

「テイオーちゃんがここまで好きになる人、私も調べないわけないでしょう? テイオーちゃんとのボイスチャットを少し聞いただけで分かりましたよ。きっかけは、母親の勘って言ったところですかね」

 

「えー!? 知ってたのなら、なんで言ってくれなかったのさ!」

 

「テイオーちゃんの驚く顔が見たくって」

 

 てへぺろとイタズラが成功したような顔で、テイオーのお母さんはそんな衝撃的な事実を言ってくれた。

 まさか俺が未成年だったことまで見抜かれていたとは、全く知らなかった。

 とはいえ、これだけではテイオーを預けてくれる理由にはならなそうだが……

 

「普段の言動、振る舞いからヒトは見えてくるものです。私もそこの見極めは上手いんですよ? 特に、テイオーちゃんが信頼していた。これが一番大事でしたね」

 

「ママは目が凄いいいからな! テイオーの目は俺のようなパパ譲りじゃなくて、ママ譲りってわけだ」

 

「スターさんがトレーナーに受かったら、なんか我が子がもう一人増えたみたいで……テイオーちゃんからツーショットが送られてきたときは、すぐに携帯の壁紙にしちゃいました」

 

「あの時は一緒にケーキ食べたなぁ。我が子のお祝いだーなんか言って」

 

「パパ!? ママ!? ボクの知らないことが、ボクの知らない所で起きてるんだけど!?」

 

 恐らくテイオーのやんちゃな気質はこの方から来ているんだろうな……と思ってしまうほど、自由なテイオーのお父さんとお母さん。

 こうしてなんだか優しい言葉ばかり言われてしまうと、最初に気構えていた俺がバカみたいだ。

 

「本当に、ありがとうございます。テイオーを、俺を信用してくださって」

 

「いいえ。私たちはそれ以上にたくさんお返しをいただいてますからね」

 

 そう言ってテイオーのお母さんが立ちあがって体を乗り出すと、テーブルの上に手を差し出してくる。

 握手を求められていると理解しソファから立ってその手を握り返すと、彼女はぎゅっと両手を使って俺の手を包み込んできた。

 その手は本当に温かくて、優しい温もりで。

 

「これからもテイオーちゃんをよろしくお願いいたします」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。テイオーの夢は、俺の夢ですから」

 

 その真摯な思いはきっとここにいる全員に伝わったと、俺は信じている。

 ご両親からの「想い」を受け取って、俺の気持ちがきゅっと引き締まっているのを感じている。

 だがそんな状態の中、テイオーのお母さんがとんでもないこと言ってきた。

 

「あらあら。じゃあ、ついでにうちの子になっちゃう? ママって呼んでくれてもいいのよ?」

 

「へ?」

 

「あぁでもテイオーちゃんは、スターさんと違う形で家族に──」

 

「ママ!」

 

 次の瞬間、テイオーがばっと割り込む様に声を上げて入りこんでくる。

 そして俺に抱き着いて手を引き剥がすと、じっとテイオーのお母さんを見つめて口を開いた。

 

「これ以上言ったら、ママ呼びやめるからね……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、テイオーのお母さんの表情が固まる。

 よっぽどクリティカルな単語だったのか「ごめんね?」と、テイオーに対して謝っていた。

 そんな彼女はぷくーっと頬を膨らませて、俺にべったりくっつくと離れなくなってしまい動けなくなってしまう。

 どうしたものかと思っていると、テイオーのお父さんがぽんと手を叩いてとある提案をしてくれた。

 

「そうだ、テイオー。あの場所にスターゲイザーさんを連れて行ったらどうだ? 今の時間帯ならよく見えるだろ?」

 

~~~~~~~~

「テイオーのお母さんにお父さん、凄いいい方だな」

 

「まぁママはちょっとやりすぎな気もするけどさ……。ボクがトレーナーの話をするたびに、嬉しそうに聞いてた理由分かっちゃった……」

 

「まぁとても優しいヒトだったし。楽しそうじゃないか。本当に──」

 

 ──俺の親と違って。

 

 言いかけた言葉をぐっと喉の奥底にしまい込む。

 妬みじゃない。違う。たまたま「光」を見て「闇」を思い出しただけで。

 別に貶すつもりも、比較するつもりも。

 

「トレーナー、どうしたの? 大丈夫?」

 

「……いや、なんでもない。で、どこに連れて行ってくれるんだ?」

 

 頭を振って自分の考えを振り落としながら、俺はゆっくりと息を吐いて現実に目を向ける。

 そして自分を落ち着けながら隣を歩いているテイオーに視線を向けると、彼女は真っすぐ前を向いてぴょんと一歩前に出た。

 

「……えっと、ボクが大好きだった場所でね。悩んでた時とか、よくそこに行ってたんだ」

 

 俺たちが今歩いている場所は、屋敷の裏にある小さな森の中。

 ヒトの手が加えられてしっかりと整備されている小道を、俺はテイオーが案内してくれる通りについていく。

 木の内側から降り注ぐ日の光が暖かく心地よいが、今から連れて行ってくれる場所はそれ以上の景色が見れるらしい。

 

「ついた。ここだよ、トレーナー」

 

 森を抜けて一番最初に俺の視界に飛び込んできたのは、水平線に広がる蒼い世界だった。

 誰一人いない白い砂浜に、静かに揺れる水面の波と音。

 今日が夏だったら飛び込んでしまってもいいくらい、太陽の光が反射する綺麗な海辺だった。

 

「……綺麗な場所だな」

 

「でしょ? ボクのお気に入りの場所!」

 

 確かにテイオーの言う通り。いや、それ以上に綺麗な場所だった。

 静かに考え事をしたい時には、一人で。

 海水浴などの遊びに来るときは、みんなで。

 

「今日は流石に寒いや。夏とかに来ると気持ちいいんだけどねぇ」

 

「二月だしな。飛び込んだらダメだぞ?」

 

「ボクでもそんなことしないよ!」

 

 きらきらと輝く海辺で、そんな他愛も無い会話をする俺とテイオー。

 いつも通りの話なのに、非日常的な場所にいるからだろうか。

 俺は独り言のように、ぽつりと小さく呟いた。

 

「俺って、なんなんだろうな……」

 

 本当にこの言葉を発してしまったタイミングに、深い意味はない。

 たまたま綺麗な場所で、先日から抱え込んでいた悩みが溢れてしまったのか。

 哲学的な悩み──自分が「ナニモノ」なのかという疑問。

 自分でも誰かに言うつもりは無かったのに言ってしまったのは、ここの魔力だろうか。

 そんな俺の思いが波の音と共に海に消える前に、テイオーがそっと掴んできた。

 

「……誰かになんか言われたの?」

 

「いや、なんでもない。本当に」

 

「それ、なんでもない時には言わないセリフじゃん」

 

 そう言ってテイオーは、砂浜の上に座ると水平線を見つめながら俺に話しかけてきた。

 俺はそれに付き合うために、彼女の隣に座ると耳を傾ける。

 

「トレーナーって意外と分かりやすいよね。顔には出ないけど、凄い目に出る」

 

「そうか……?」

 

「ずっと一緒にいるボクだから分かることだね! ……まぁ、カフェも分かるかもしれないけど」

 

 バツが悪そうにテイオーが渋い表情を浮かべると、ずいっと俺に体を寄せてくる。

 そして肩に寄りかかる様に俺に体重を預けてくると、テイオーは目を瞑って口を開いた。

 

「トレーナーは、トレーナーだよ。ボクの、トウカイテイオーの大切なトレーナー」

 

「……」

 

「トレーナーの悩みがどんなことなのか、ボクにはまだ分かんないけど。これだけは言えるよ」

 

 ──ボクの運命のヒトは、キミだって。キミにしか、出来なかった。

 

 そう添えられた彼女の答えは、すっと俺の頭に入り込んできた。

 完全に違和感が消えたわけではないが、それでも自分で悩んでいたときよりもずっとマシになった。

 俺はテイオーとお互いに支え合う様に、体重をかけると頭をこてりと乗せる。

 

「ありがとな、テイオー」

 

「どういたしまして」

 

「また、今度ここに来ような」

 

「うん! 絶対に、約束!」

 

~~~~~~~~

 太陽が海に沈む様子を、二人で一緒に見た後。

 俺はテイオーと一緒に手を繋ぎながら屋敷の方へ戻ると、丁度夕飯の時間ということで食堂へと案内された。

 四人で座るにはかなり大きめのテーブルに、テイオーのご両親と向かい合って座ると美味しそうなご飯が運ばれてきた。

 最初は俺もテイオーの実家ではなく別の場所に泊まる予定を立ててはいたのだが、彼女がそれを強く却下。

 結果的にテイオーの家族と一緒に、食事を取らせていただく形になったのだ。

 久し振りの実家の帰省のため、テイオーも家族と水入らずの時間を過ごしたいのではないかと思ったからこその提案だったのだが……

 

「それでさー、トレーナーも執事服着てくれてさ!」

 

「あらあら、それは可愛かったでしょうねぇ。私も行きたかったわ、聖蹄祭」

 

「丁度二人とも用事が入ってなぁ。父さんもテイオーの喫茶店行きたかったぞ」

 

「来年是非いらしてください。俺の権限でどこまで融通が利くか分かんないですけど……サービスできるようにしておきます」

 

「それは楽しみね! 来年はバニーガーデンでよろしくお願いしたいわ」

 

「いや……それはどうですかね……」

 

「トレーナーにバニー服着せるためならボクはなんでもするよ」

 

「えっ」

 

 テイオーのご両親はそうは思ってなかったみたいで、部外者の俺を快く受け入れてくれた。

 そんな優しい時間を過ごしながらテイオーと一緒に大きなお風呂に入り、少しゆったりしていると執事さんから客室へと案内されたのだが。

 

「トレーナーはボクと一緒に寝るの!」

 

 そんなテイオーの主張により、俺は客室ではなく彼女に連れていかれることになってしまった。

 また少し長い廊下を歩いたテイオーが、とあるドアの前で足を止める。

 そしてそこを開けて電気をつけると、そこにはトレセン学園寮の一部屋くらいの大きさにテーブルやベッドが置かれた「小学生」の部屋があった。

 

「やっぱり変わってないなぁ、ここ」

 

「ここって……」

 

「うん、ボクの部屋!」

 

 部屋に入った瞬間、二人くらいは寝れそうな大きめのベッドにダイブするテイオー。

 周りを見渡すと少し小さめの机に、かなり性能がよさそうなデスクトップパソコンとモニター。そして、教科書や漫画などが入っている本棚やクローゼットなど。

 まるで数年前から時が止まったような、あの頃のテイオーの部屋がそこにはあった。

 

「どうしたの? ほら、こっちこっち!」

 

 俺が呆けてしまっているとテイオーにベッドの方から手招きされたので、そちらの方へと向かう。

 俺はテイオーのベッドに一度座ってから、背中を後ろに倒して彼女と一緒に横になった。

 

「ボクの部屋にようこそ! まぁ、荷物はトレセン学園に持っていっちゃって少ないけどさ」

 

「だから、小学生の教科書とかが置いてあるのか。パソコンとかもそのままなのか?」

 

「流石にパソコンは置けるか分かんなくて、持っていけなかったんだよね。だから、トレーナーがボイスチャットしてた時の環境は一緒」

 

 昔、テイオーと俺はここで確かに繋がっていたのか。

 きっと成長した今のテイオーにとって、置いてある椅子も机もヘッドホンも少し窮屈に見える。

 だから、確かにここはテイオーの部屋で「あった」のだろう。

 

「寝よ寝よ! トレーナーと寝るの久しぶりだし~」

 

「前は……夏合宿の時だっけ……?」

 

「そうだよ! あれから機会を伺ってたんだけど、カフェもいたしさ……」

 

 言われてみればテイオーと一緒のベッドで寝ることは、かなり久しぶりになってしまっていた。

 別に俺としては頼まれたなら一緒に寝るくらいいつでもいいのだが、彼女としても気を使ったのだろう。

 

「じゃあ、こっちにいる間くらいは一緒に寝るか」

 

「ホントに!? いいの! ゲームとかする!?」

 

「それはまた明日になってからな。夜は寝ような」

 

「はーい……」

 

 少しテンション高めのテイオーを落ち着かせながら、俺は枕を二つ並べ川の字になって彼女と同じ布団を被る。

 尻尾をクルリと巻きつけてくる感触がありながら、彼女の体温と一緒に俺は眠りにつくのであった。

 

 ──ずっと大好きだからね、ボクのトレーナー。

 

 ~~~~~~~~

 テイオーへの実家への挨拶は、その後特に滞る事も無くスムーズに進行した。

 二泊三日の予定だったので、次の日はテイオーが育った街を一緒に観光するくらいまで満喫。

 美味しいご飯に綺麗な景色と、彼女の故郷のいいところをたくさん味わせていただきながら楽しい時間を過ごすことが出来た。

 テイオーの両親にお礼を告げると、またいつでも遊びに来て欲しいだなんて言われてしまい、尻尾が揺れるのが分かってしまうほど嬉しかった。だからと言って、合鍵を渡してきたときは流石にお断りしたのだが。

 こうしてテイオーの知り合いやご家族からお見送りを受けて、俺たちの拠点があるトレセン学園に戻ってきたころにはたくさんの充足感が心の中を漂っていた。

 

「凄い、楽しかったな」

 

「ホント? そうだったら、ボクも嬉しいなぁ」

 

「今度はカフェも一緒に……って、あれ」

 

 トレセン学園にキャリーケースと色々なお土産を抱え込みながら戻ると、寮の入口で真っ黒な長髪を携えた一人のウマ娘が立っているのが見える。

 そして彼女は俺を見つけた瞬間急いで駆け寄ってくると、俺の手をぎゅっと強くつかんできた。

 

「っつ……姉さん! 帰って来たんですね……!」

 

 彼女──マンハッタンカフェは、俺の血の繋がった妹だ。

 彼女の真っ黒な髪と俺の真っ白な髪とでは、対極の位置に存在しているがそれを超える深い想いで繋がった相手だと断言できる。

 だからそんな彼女の気持ちや感情はすぐに分かるし、俺が見落とすという事は少なくなってきた。

 だからこそ分かる。

 今のカフェの表情から察するに、相当にマズいことが起こっていそうなことが。

 

「……焦った様子だったけど、俺がいない間に何かあったか?」

 

 彼女がこれだけ焦って、俺に報告してくることなんてあまり思いつかない。

 俺とカフェに関係することで何かあったかなと思考をめぐらせていると、彼女の口からとんでもないことが投下された。

 

「母さんが……こちらに、今度来ると……。トレーナーに、姉さんに会わせろと……言って、来て……」

 

「……は?」

 

 時計の針は、決して止まることはなく。

 過去の残りからは、決して逃れられず。

 俺はいつか向き合わなければいけないことを──清算する機会がたまたま。

 

 ──この「次」で「継がれる」だけになってしまった。

 




2024年もありがとうございました。
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