トレセン学園のリトルバスターズが王様ゲームをするだけのお話

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王様だ~れだ

 

 

 夜の闇が辺りを暗く包み込み、外は静けさを増し始めた二十一時。既に遅い時間ではあるが、日本ウマ娘トレーニングセンター学園では多くのウマ娘が二つの寮で生活している為、どうしても一部のウマ娘はお風呂の時間が遅くなりがちになり未だ活動している娘も多くいる。

 

 食事を終え、両寮共有の大浴場までの待ち時間に暇を持て余す彼女達は、それぞれが持ち込んだゲームで遊ぶことが恒例となっていた。勿論、翌日のトレーニングや授業に影響が出ない時のみ。

 

 今日は金曜日で翌日に授業は無い。クラスメイトであり、お互いがお互いを特別視しあっているライバルとして、日々トレーニングする彼女達も忘れがちになるが年若き中学生。偶には大切な友人として、和気藹々とふざけ合って遊ぶことも大切である。

 

 

「それで、今日は何をして遊ぶんですか?」

 

 

 友人の寮室に集まった少女の一人、スペシャルウィークはこそこそと何かを取り出そうとしているのんびり気ままな友人の様子を伺っていた。

 

 

「それはね〜、これ!」

 

 

 そう言ってセイウンスカイが取り出したのは数本の割り箸。一見何の変哲もない物だが、一本だけ箸の先端にキングヘイローのデフォルメされたイラストが貼られていた。ご丁寧に「私がキングよ!」と吹き出し付きで。尚、本人は今お手洗いに行っている。

 

 

「これは……?」

 

 

 今いる二人部屋を使用している一人、グラスワンダーがデフォルメされたキングヘイローのイラストをちょんと指でつつきながらも、精巧に描かれた友人にふわりと笑みを浮かべた。

 

 

「王様ゲーム……デスか?」

 

 

 お気に入りのマスクはお風呂前だというのに外さず、キングヘイローが貼り付けられた割り箸以外を手に取ったエルコンドルパサー。それには一から四までの数字が順番に割り振られていた。

 

 

「そう、王様ゲーム。偶には勝ち負けのない遊びもいいかなーって」

「わー! 私、王様ゲームって初めて遊びます!」

 

 

 目を輝かせて尻尾を振るスペシャルウィークはセイウンスカイにゲームのルール、というより進行を簡単に教えられ、最後に「王様の言う事は絶対だからね」と言われてからは若干緊張した面持ちで割り箸を眺めていた。

 

 

「ということは、もし王様になった時に備えて命令を考えておかないといけませんね」

「名指しで命令は出来ないんデスよね? ムムム……」

 

 

 ここにいる全員がゲームへの参加を決めたところに、最後の一人であるキングヘイローが戻ってきた。

 

 

「待たせたわね。それで、今日は何をするのかしら?」

 

 

 手を拭き終わり、役目を終えたハンカチをしまってエルコンドルパサーの隣に座る。位置としてはグラスワンダーとスペシャルウィークが左のベッドに腰を掛け、右にはエルコンドルパサーとキングヘイロー。間にセイウンスカイが胡坐を組んで地べたに座っている。今日の進行役は彼女のようだ。

 

 最後の一人が着席したことを確認したセイウンスカイはキングヘイローに割り箸を見せる。

 

 

「何よこれ、もしかして王様ゲーム? ……ってホントに何よコレ!」

 

 

 セイウンスカイから割り箸を受け取ったキングヘイローは頬を赤らめ自分のイラストを指さした。

 

 

「にゃは、そんなに喜んでもらえるなんて用意した甲斐がありましたな~」

「喜んでないわよ! ……ま、まぁ王様ゲームのキングを決めるに相応しい人選だとは思うけど」

 

 

 咳払いを一つ行い割り箸を再びセイウンスカイに渡す。これで役者は揃った。

 

 

「セイちゃんは割り箸握ってるから、余り物で良いよ~」

 

 

 セイウンスカイがそれぞれの割り箸を数字が見えないように握り、拳から突き出た割り箸の端っこを一本ずつ四人が握った。

 

 それを確認したセイウンスカイが「せーの」と声を掛ける。

 

 

『王様だ~れだ!』

 

 

 皆が一斉に割り箸を引き抜き、役職を確認する。

 

 

「ふっふっふっ、ブエノ! 私が王様デェェス!!」

 

 

 ベッドの上に立ち上がり、まるで勝利の雄叫びを上げるかの如くキングヘイローの描かれた割り箸を掲げて王様であると宣言するエルコンドルパサー。辺りを見回し自分以外の四人を眺めるが、当然誰がどの番号を持っているのかは分からない。

 

 この王様ゲームのルール。王様は誰か特定の人物に命令するとき、名前ではなく番号で指示しなくてはならない。つまりは誰が選ばれるのかはランダムなのだ。

 

 そして重要なのは、「王様の命令は絶対」であること。流石に無茶苦茶な命令や叶えられない命令は出来ないが、そんなつまらない命令をするウマ娘はここにはいない。

 

 エルコンドルパサーは腕を組み、思案する。

 

 

―――さて、何を命令しましょう。本命はグラス、デスが……

 

 

 王様ゲームとは王様が如何に他の人の番号を推量すること。普段色々な意味でお世話になっているグラスに仕返しをするチャンスをみすみす見逃しはしないと意気込んだ。

 

 だが、無理矢理彼女達の番号を見るわけにもいかず、どうしたものかと悩んでいると―――

 

 

―――エル。グラスちゃんの番号は一だよ。

 

 

 そんな声が聞こえてくるような視線が、セイウンスカイから向けられた。

 

 

―――それは本当なのデスか、セイちゃん!

―――うん。私もグラスちゃんにはお世話になってるからね、やっちゃってよ!

 

 

 視線だけでの会話なのだが、セイウンスカイが嘘をついているとは思えない。

 

 これはもらったとばかりにニヤリと笑みを浮かべ、頬に手を当てお淑やかな笑みを浮かべているグラスに向かって宣言する。

 

 

「では一番の人に命令デェス!」

 

 

 グラスワンダーの耳がピクリと反応した。

 

 

「エル特性スペシャル納豆を食べてもらいまーす!」

 

 

 途端、グラスワンダーの気配が変わった。

 

 

「一番、私じゃないわね。エルコンドルパサーさんの納豆って確か……」

「う、うん。多分激辛……」

 

 

 キングヘイローとスペシャルウィークが一度見かけたことのある真っ赤に染まった納豆を想像し、引き攣った笑みを浮かべた。通称苦笑い。

 

 

「一番は私ですね……えぇ、王様の命令は絶対。いいですよ、エル。また今度頂きますね」

「グ、グラスちゃん……?」

 

 

 唯一、セイウンスカイだけはグラスワンダーの気配が変わったことに気が付いた。

 

 常日頃からグラスワンダーを怒らせてはいけないと認識している彼女は、冗談半分でエルコンドルパサーに協力したことで、一歩だけ踏み込みすぎたのだと察し全力で目を逸らして我関せずの態度をとる。無駄な事ではあるが。

 

 

「ええ、本当に。只のゲームだと侮っていました。これからは真剣に……そうですね。裏で自らの手を汚さずにいる人も含めて」

「えー? セイちゃん、何のことを言ってるのか分かんないなー?」

 

 

 確実に自分に向けられた言葉や視線に、今はレース場にいるのかと錯覚を覚えたセイウンスカイは、全員から割り箸を回収して気を取り直す。第二回戦の用意を終えて、四人が再び割り箸に手を掛けた。

 

 

『王様だ~れだ!』

 

 

 落ち着きを取り戻したグラスワンダーが割り箸を掲げた。キングヘイローが描かれたソレをそっと床に置き、エルコンドルパサーとセイウンスカイを一瞥する。

 

 全てを見透かされているかのような視線。このメンバーにおいて、心理戦はセイウンスカイの得意とする勝負だが今回ばかりはグラスワンダーの圧力に敵うウマ娘はいないだろう。

 

 

―――いけませんね、相手のちょっとしたズルにこうも気を荒立ててしまっては。

 

 

 目には目を、歯には歯を。普段なら絶対に行わないような「割り箸が混ぜられる直前に全ての数字と王様の割り箸を覚える」なんて不正行為ギリギリの行いをしてまで王様の権利を取得したグラスワンダー。ウマ娘としての動体視力をもってすれば造作もないことだった。

 

 素直で優しいスペシャルウィークや真面目で不器用なキングヘイローには思いつかないだろうが、器用で知恵の回るセイウンスカイなら同じ方法で王様や誰にどの番号が割り振られたかを覚えているのだろう。

 

 当然、エルコンドルパサーもそんな行いは考えもしないだろう。が、ピンポイントで私を狙いあてつけがましい命令をしたことから彼女は私の番号を知っていた。ならば答えは単純、セイウンスカイが教えたのだろう。

 

 今のセイウンスカイの番号は四、エルコンドルパサーは三。彼女達には何をしてもらいましょう、と考えていたら流石にキングヘイローやスペシャルウィークもグラスワンダーの異変に気が付いた。

 

 

「私が王様、ですね。なら、三番と四番の方―――」

「グラスちゃんお、怒ってる……?」

「スペシャルウィークさん、放っておきましょう。自業自得ね」

 

 

 キングヘイローは若干事態を理解したようだが、スペシャルウィークは隣に座るグラスワンダーの圧力に自分の番号以外が呼ばれたことに安堵するしかなかった。

 

 当の本人であるエルコンドルパサーとセイウンスカイは「やってしまった」と目を逸らし続けている。

 

 

「―――腹切り」

「「ひっ」」

 

 

 ―――ふふっ、冗談ですよ。

 

 

 二人は今のが冗談だとは思えなかった。不正行為がバレてしまい、その落とし前をつけさせるようなその声に震えが止まらない。

 

ㅤ勿論、グラスワンダーは自分も同じ不正をしているので、それを棚に上げて他人を裁こうとはしなかった。

 

 

「そうですね。来週、()()()()()()()()トレーニングのお手伝いをしてもらいましょうか」

「え゛、グラスちゃんが納得するまでって……」

「……? そんなことで良いのデスか?」

 

 

 あまり要領の得ないエルコンドルパサーと露骨にめんどくさそうな顔をするセイウンスカイ。彼女、グラスワンダーは普段のお淑やかさで気が付かれないことも多いが、その実どんなウマ娘よりも負けず嫌いで凝り性。ほんの少しのタイムですら妥協せず、驕らず。

 

 そんなトレーニングをグラスワンダーの対策を立てる為に一目見たことがあったセイウンスカイにとって、それに付き合うなど面倒な事この上ないのであった。

 

 

「ふふっ。逃げないでくださいね、セイちゃん」

 

 

 釘を刺された。来週を迎えるのが憂鬱になりながらもセイウンスカイは第三回戦の準備を終えた。

 

 

『王様だ~れだ!』

 

 

 王様ゲームはテンポよく進行していく。今度の王様は―――

 

 

「お、セイちゃんで~す」

 

 

 手から離れていった割り箸に王様(キングヘイロー)は描かれていなかった。

 

 セイウンスカイは一瞬、面倒事を押し付けてきた(自業自得)グラスワンダーへの仕返し(八つ当たり)を思いついたがそれはまた別のタイミングにして本来の目的を果たす。

 

 当然、誰がどの番号を持っているのかは覚えている。

 

 

 ―――まさか、あの真面目なグラスちゃんが同じ手を使ってくるだなんて。

 

 

 ウマ娘の動体視力を使えば、誰が先に王様を取るかのゲームになってしまいコンセプトが崩壊する。だから私は最後に残った物を選ぶ形にしていたが、グラスワンダーはそれを行い仕返しをしてきた。

 

 よほどエルコンドルパサーの命令が嫌だったのだろう。

 

 

「じゃあ三番の人は―――」

「今週出た課題のレポート、私の代わりにやっといてくれない?」

 

 

 一瞬の間。

 

 

「嘘でしょう!? スカイさんまだやってなかったの!?」

 

 

 ()()()()から出されていたレポート課題。その内容はトゥインクルシリーズのある種、目玉でもあるクラシック三冠と呼ばれる「皐月賞」「日本ダービー」「菊花賞」の三大レース。そしてそれらの指定された世代のレース内容をまとめ、自分のトレーニングへの活かし方、観て得ることの出来た内容をまとめる、という課題。

 

 数週間前から出されているだけあって、とても比重の重い課題で量も多い方。そして提出期日は来週の月曜日、つまり三日後だ。

 

 

「―――ッ! スカイさん、まさかこの為に王様ゲームを持ってきたわね!?」

「えぇー? 偶然だよ、偶然」

 

 

 そんなはずがない。セイウンスカイは昨日か今日にでも課題の存在を思い出し、王様ゲームという形で半ば強制的に他人にやらせようとしたのは確実であった。普段から勝ち負けの発生する勝負で罰ゲームをすることもあったが、それよりほんの少しのズルさえしてしまえば確実に、特定の相手にやらせることの出来る王様ゲームを選んだのだ。

 

 スペシャルウィークやエルコンドルパサーではダメだ。彼女達のレースにおけるセンスは感覚的なことが多く、こういったレポート課題にてそれらを文章化するのは苦手なのだ。恐らく二人とも再提出になるだろう。それでは一度任せた意味がなくなってしまう。

 

 グラスワンダー自身のレポートは再提出には確実にならないだろう。真面目で自分のレースを客観的に見ることが出来て、彼女に頼めば最高得点のレポートが完成してしまう。が、彼女の言葉選びや書体は特徴的で筆者が違うことがすぐにでもバレてしまい別の意味で再提出になることが予想された。

 

 ではキングヘイローはどうか。彼女は真面目だ。一流のウマ娘としてレポート内容も不備の無い一流の内容を仕上げてくれる。そしてちょっと煽ればセイウンスカイの書きそうな文章に寄せてもくれる。彼女以上に課題をやってもらう適任者はいない、というのがセイウンスカイからの評価だった。

 

 キングヘイローは恨めしそうな目つきでセイウンスカイを睨みながら、休めなさそうな休日に肩を落とした。

 

 

「三番、キングなんデスね……」

「キングちゃん、もし無理そうならいつでも言ってね。力にはなれるか分からないけど手伝うから!」

 

 

 スペシャルウィークの優しいフォローに感謝しながら、キングヘイローはこうなりゃ自棄だといわんばかりに闘志を燃やした。

 

 

 ―――私は一流のウマ娘、キングヘイローなのよ! 「(キング)」は私にこそふさわしいの!

 ―――今度こそ、今度こそ引き当てて見せるんだから!

 

 

『王様だ~れだ!』

 

 

 

「あら、私ですね」

 

 

 女神はグラスワンダーに微笑んだ。今度は動体視力など使わず運によって勝ち取った王様であった。

 

 

「えー、またグラスなんデスかぁ……」

「不満そうですね、エル」

 

 

 ぶー、と頬を膨らませるエルコンドルパサーを見て、そういえば先程のトレーニングの手伝いはエルコンドルパサーにはそこまで仕返しになっていないなと思い直したグラスワンダーは、ほんの少しの悪戯心が芽生えた。

 

 

「じゃあ二番―――」

「ケ?」

 

 

 まだ命令を言われていないのに、気が緩んでいたエルコンドルパサーは言葉で反応を返してしまった。

 

 

「二番の人は身に着けているマスクを外してください」

「ケェ!?」

 

 

 笑顔で命令を下したグラスワンダーに対して、驚きが隠せなかった。

 

 

「その命令、私以外に効きませんよね!? どうしてエルの番号が分かったのデスか!?」

「貴女、自分から番号に反応してたわよ……」

 

 

 立ち上がり限界まで後退するエルコンドルパサー。

 

 

「い、嫌デス! スぺちゃん、キング、セイちゃん助けて!」

 

 

 身の危険を感じ藁にも縋る思いで助けを求めるエルコンドルパサーは、周りの雰囲気がおかしいことに気が付いた。

 グラスワンダーを除いた全員が立ち上がっていたのだ。

 

 

「ど、どうしたんデスか、みんな……」

 

 

 震える声で問いかける。

 

 

「スカイさん」

 

 

 キングヘイローの合図にカチャンと金属音が一つ鳴った。セイウンスカイによって部屋の扉に鍵がなされたのだ。エルコンドルパサーはその瞬間、味方などおらず、この場の全員がエルのマスクを狙う敵なのだと察した。

 

 

「―――ッ!?」

 

 

 隣にいたはずのキングヘイローがいつの間にか羽交い絞めをしていた。もがいても抜け出せずに、じりじりと滲み寄ってくるスペシャルウィークに成す術が無い。

 

 

「嫌、スぺちゃん……止まってくださーい!」

 

 

 せめてもの抵抗として、涙目になりながらも言葉で止めようとするエルコンドルパサーであったが―――

 

 

「エル。王様の命令は?」

 

 

 グラスワンダーが放った言葉に三人が頷いた。

 

 

「「「絶対」」」

 

 

 興味と好奇心、ほんのちょっとの悪戯心の前に敢え無く散った。

 

 

 

 

 

『王様だ~れだ!』

 

 

「あ、やったぁ! 私です!」

 

 

 マスクを剥がれたエルコンドルパサーは顔を手で覆い、それでもゲームには参加していた。全員から可愛い可愛いと言われすぎて様々な感情により全員の顔も見れないし見せることも出来ない状態に陥りながらも。

 

 王様として抜擢されたスペシャルウィークは「お願い事……お願い事……」と頭を悩ませ、ふと全員の顔を眺めた。正直な話、彼女は命令なんて考えていなかった。勢いでゲームに参加しただけで、特に誰かに何かをやってほしいという欲も無い。

 

 あまり悩んで時間を掛けても場を白けさせてしまうと考えたスペシャルウィークは、自分の中で大切な彼女達への思いを吐き出すことにした。

 

 

「ここにいる皆に―――」

 

 

―――大切な友達で、ライバルの皆に。

 

 

「ずっとずっと、仲良くして下さい!」

 

 

 笑顔でそう命令した。

 

 また一瞬の間の後。誰が最初かは分からないが、そこにいるスペシャルウィークを除いた全員が一斉に笑い出した。

 

 スペシャルウィークはきょとんとした表情をするが、そんな笑い声溢れる空気が長く続けば少しづつ顔を赤らめ―――

 

 

「わ、私、変なこと言っちゃいました!?」

 

 

 と、自分の発言を振り返っていた。

 

 

「ふふっ、いいえ。とてもスぺちゃんらしい命令ですね」

「うんうん。スぺちゃんには敵わないなー」

「イエス! とってもスぺちゃんらしい可愛い命令デスね!」

「ま、そんな事命令されるまでも無いわね」

 

 

 キングヘイローの言葉に、他三人は静かに頷いた。

 

 

「え、えへへ」

「でもスぺちゃん。そんなのは命令とは言いません。別のにしてくださーい」

「ええ!? でも、他のお願い事なんて……」

 

 

 セイウンスカイは不敵な笑みを浮かべた。時刻を見ればもうすぐお風呂の時間だ。ここらで王様ゲームのテンプレ、代名詞ともいえる命令を挟んでも面白いかもしれない。

 

 対象は勿論、反応の面白そうな二人。

 

 

―――じゃあスぺちゃん。こんな命令はどう?

 

 

 そう言って耳打ちした内容を聞いたスペシャルウィークは驚愕していたが、セイウンスカイの説明を聞いて少しずつ頷き、一言「分かった」と言葉にし、立ち上がった。

 

 そんな彼女へ全員の視線が集中した。

 

 

「じゃ、じゃあ言い直します。命令は、い、一番が四番にき、き、キス―――ッ!」

 

 

 空気が凍った。

 

 

「ハァ!? スカイさん、なんてこと吹き込んでるのよ!?」

 

 

 真っ先に声を荒げたのはキングヘイローだった。

 

 

「やっぱり王様ゲームって言ったらこの命令じゃない?」

「あなたねっ!」

 

 

 キングヘイローは顔を赤らめながら自らの手にある一番の割り箸をへし折った。純情なスペシャルウィークになんと吹き込んだかは分からないが、ここにいる悪党を許してはおけはしない。

 

 もう一人の相方、グラスワンダーはというと目を見開き頬を若干赤くしながらも「スぺちゃん……」と悪魔の囁きに乗せられてしまった友人に対して悲しく呟いていた。

 

 

「ほらほらお二人さん、王様の命令は絶対だよ~?」

 

 

 先程エルコンドルパサーに対しても同じ理由で無理矢理迫ったため逃れることは出来ない。キングヘイローは命令した本人ではなく裏にいる王様(セイウンスカイ)を睨みつけながら、意識しないようにとグラスワンダーの隣に座った。スペシャルウィークはセイウンスカイの隣に避難している。手で顔を覆っているが、指の隙間からチラチラと確認しているのは全員にバレている。

 

 キングヘイローとグラスワンダーが見つめ合った。

 

 

「……ごめんなさい、グラスさん」

「い、いえ。これも命令ですから。それに海外ではそう珍しいことでもありませんし」

 

 

 大和撫子を体現したようなグラスワンダーとはいえ彼女もまた中学生であり、こんな状況に心臓が張り裂けんばかりに鼓動していた。言葉では落ち着こうと取り繕っていても、内心は大変な事になっている。

 

 キングヘイローの両手が、グラスワンダーの頬を優しく包む。その優しさにグラスワンダーの心臓がドキリと跳ねた。顔を逸らすことが出来なくなり、覚悟を決めたかのようなキングヘイローの顔が少しずつ、近づいてくる。

 

 お互いの顔が、もう十センチも離れていない。まるで初々しいカップルが、初めてキスをするかのように、ゆっくりと距離を近づけていく。

 

 

―――わー、どこにキスする、なんて命令は言ってないのに唇同士だなんて、キングったら情熱的。

 

 

 キスといえば唇同士、なんて考えの初心なキングヘイローとされるがままのグラスワンダーが作り出すとても甘い光景に、間接的に命令したセイウンスカイですら目が離せなくなっており、隣にいるスペシャルウィークと手を握り合って見守っていた。

 

 

―――はわわわ、グラスちゃんとキングちゃんが……!

 

 

 トレセン学園は色恋沙汰など無縁。ウマ娘には当然男の人なんておらず、ここにいる異性は教職員と男性のトレーナーだけ。今まで田舎で育ってきたスペシャルウィークにはとても刺激が強い光景であり、同時に興味を強く惹かれていた。

 

 この場の全員が「この命令は出来ない」と認識していない時点で頭が回っていないし、王様ゲームという空気感に流されているのであった。

 

 更に近づく。もうお互いの呼吸音が聞こえる程に近い。目を瞑っているが、目前にいるのが伝わる。

 

 そして、遂に――――

 

 

「ちょ、ちょっと、す、ストップ、デース!」

 

 

 キングヘイローの唇は、グラスワンダーではなく顔を赤くしたエルコンドルパサーの手の甲に落ち着いた。

 

 エルコンドルパサーの隣に部屋まで響きそうな大声に、ハッと我に返ったグラスワンダーとキングヘイローは数秒何も言えず見つめ合った後に赤くした顔を逸らして距離を置いた。

 

 

「そそ、そんなハレンチな行いは、このエルコンドルパサーが許しません! スペちゃん、命令を撤回させなさい!」

「え、ええ!?」

 

 

 急に振られたスペシャルウィークは、当人でもないのに心臓の鼓動が早まっていた。

 

 

「もし撤回させる気がないなら、私とレースで勝ったらにしてください!」

「い、今から!?」

 

 

 スペシャルウィークの手をつかみ、部屋の扉に手を掛けるエルコンドルパサー。スペシャルウィークは別に撤回しないとは言っていないのだが、友人同士の恥ずかしい行為にマスクを取られているエルコンドルパサーは耐えられなかったのだ。兎に角身体を動かしたい衝動に駆られていた。

 

 ドアノブに手を掛ける直前、扉が勝手に開かれた。

 

 

「おーい、あんま騒ぎ過ぎんなよ。というか次の風呂の番アンタらもだろ。早く脱衣所に向かいな」

 

 

 寮長のヒシアマゾンが、グラスワンダーとエルコンドルパサーの部屋の戸を開け一瞥する。

 

 

「なんだ、お前ら来てたのか。楽しくやるのも良いが、あんま人に迷惑かけんなよ。エアグルーヴが怒ってたぞ」

 

 

 彼女ら黄金世代と呼ばれることもある同期組はセイウンスカイを始めとした問題児手段として、生徒会の副会長の一人であるエアグルーヴの手を煩わせることが多々あった。

 

 大抵の場合、セイウンスカイとエルコンドルパサーが悪ノリを始めてキングヘイローとスペシャルウィークが止めに入る事が多いのだが、スペシャルウィークは言葉巧みに騙せばノッてくれるし、キングヘイローとよく静観しているグラスワンダーも一流への拘りと己の信念(譲れないモノ)をちょっと刺激すればノッてくれる。

 

 彼女らはまだ若い中学生。レースで大人びた印象を受けるが悪ふざけだってするし、友達と遊ぶのは楽しい。

 

 主にセイウンスカイが課題の忘れ物や授業中の居眠りを理由に罰として教室などの掃除当番を受けることが多いのだが、他の四人はそんな彼女を見捨てず一緒に手伝うことがある。そして当然のように全員が集まれば徐々に歯止めが利かなくなり、掃除道具で野球を始め、いつまで経っても報告に来ないので確認に来たエアグルーヴに雑巾や水入りのバケツが飛んでいくこともある。

 

 それが、どうしようもなく楽しいと全員が感じていた。グラスワンダーやキングヘイローは、他人に迷惑を掛けることに負い目を感じることも無くはないが、中学生なんてそんなものだろう。

 

 満ち足りた毎日。切磋琢磨する彼女達はこれからも時に笑い合って、時に涙して。そんな彼女達の未来のレース結果は、まだ誰にもわからない。

 

 

 

 

 

 黄金世代による王様ゲームは寮長ヒシアマゾンがお風呂に行けと解散させたことで幕を閉じたが、セイウンスカイの課題に取り組んでいたキングヘイローはふと、自分だけ王様になっていないと気が付き近いうちに第二回が始まろうとしていた。

 

 


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