祭囃子ってのは、元々は神を迎える
「……飲んでますよね?」
古来より、酒ってのは神の水として信じられてきた。無理もない。この透明な液体は、水と呼ぶには美味すぎる。
「適当言って……没収です!」
あっ、おい! おれのだぞ! 返せ〜!
「アヤベさん、これどうします?」
「……放っておいて構わないわ。ただの酔っ払いよ」
酔ってない。
「ほーら、せんせー。飲みすぎちゃダメですよ〜。こっち来てくださーい」
──夏祭りだ。
-
「……どーでもいいことなんですけど。納涼って、どうして"納める"って言うんですか?」
夜に木霊する太鼓の喧騒から離れて、キタサンブラックがぽつりと呟いた──アルファードのメンバー間の仲が悪いはずもないが、それほど強固な結びつきがあるわけでもない。土台まだ発足して半年も経ってないのだ。
「あー、確かに。言われてみれば、何でなのかなー?」
ナイスネイチャがどこか楽しそうに首を傾げた。
祭りの喧騒を眺めるテーブル席には、アルファードの少女たちが揃って、屋台で買ってきたたこ焼きやら焼きそばやらを食べながら、少し穏やかに駄弁っていた。
「……平安時代の貴族が語源よ。猛暑の頃、避暑地で涼しさを体の中に蓄えようと……体の中に収めようとしていたことが由来と言われているわ」
「へぇー。よく知ってるね〜、アヤベさんは物知りですな〜」
「……前、あの人が言っていたのを思い出しただけよ。うちの酔っ払いはこういうの詳しいから」
「あー、確かに」
アルファードの中心にはトレーナーがいる。それは決して親愛などのポジティブな感情だけで構成されたものではないが……。
「そういえばなんですけど、皆さんはどうしてアルファードに? こう言ってはなんですけど、あのトレーナーさんは結構やばいんじゃ……」
「そうね──全くもって、その通りよ」
否定するウマ娘はいなかった。しかし……。
「……この際だからはっきり言いますけど、皆さんが甘やかすからトレーナーさんがダメダメになっているんじゃないですか?」
「う〜ん、これは痛いところを突かれましたな〜……」
キタサンブラックがジロリとチームメイトの先輩たちを睨んだ。
勝つために一切の妥協も許さず、些細な緩みも見逃さない、そんなウマ娘は大勢いる。そういうトレーナーの数も同様だ。全ては勝つために──それがトレセンのルールなのだ。
「……キタサン。あんたも知っているかもしれないけど、アルファードは元々保健室の代わりみたいなところだった。だからあんたが求めているような環境は、もしかしたらここにはないかもしれない。あいつに何言われてこのチームへ来たかは知らないけど、それは否定しない」
アルファードは勝つために設立されたチームではない。しかし在籍するウマ娘の実績はそこらのチームに劣るものではない。
「マジで別のチームに移籍した方がいいって思っているんなら、それは多分間違いじゃない。あいつが忙しいのは実際そうだからさ、普通のトレーナーに比べたら面倒見は悪いよ。それは保証する」
「そんなの保証されても……」
まったくだ。それはキタサンブラックの言うとおり。トレーナーの言うことを聞けば勝てる保証などない──しかし、トレーナーが何も面倒を見ないで勝てるほどレースは甘くはないはずだ。
「そうね。だけど、ただ一つだけ保証できるものがあるわ」
「……それは、なんですか?」
「──あの男はあれで、能力だけはあるのよ。それと、本当に大事なことはちゃんと分かっているわ」
「……えっと、ごめんなさい。信じられないんですけど……」
「無理もないわね。チームを移籍したいと思うなら、いつでも相談して。信用できるトレーナーには心当たりがあるから、きっと力になれると思うわ」
「あっ、右に同じで〜。ただ、怪我したりしたらせんせーを頼るのがおすすめだよ。まあ腕だけは確かだから」
元移籍組たちまでそんなことを言うものだから、キタサンブラックの不安も当然だ。トレーナーのことを信じていないと言っているような発言に、キタサンの表情が微妙なものに変わっていく。
「あの……もう一度、質問してもいいですか? 皆さんは、どうしてアルファードに?」
「アタシは拾われただけ。他所に移るのも面倒だから、ここにいる」
「まあ丁度いいかなーって」
「昔の借りを返すためよ」
三者三様。あまりに情報量の欠けた返答ではあったが、それぞれに明確な理由は存在していた。アルファード所属メンバーの実績はキタサンとて知っている。夢見たレースへの出場経験も多い、錚々たるメンバーだと言える。
キタサンの顔に迷いと混乱が生まれたのを見て、アドマイヤベガが口を開いた。
「あなたの今のトレーニング方針は、私の目から見ても妥当だと感じるわ。あの男を信頼しろと言うつもりはないけど、そう不安がることもない──私に言えるのは、その程度ね」
「そーそー。まあアタシたちがどうこう言っても、結局はキタサンが決めることだよ。もちろんせんせーの悪口ならいくらでも付き合うから!」
「マジでムカついたらブン殴っていいから。本当ならまだ入院してる予定だったのに、走るくらい出来てるってことからも、アイツの頑丈さは分かるでしょ」
口ではどのように言おうと、アルファードのメンバーからはトレーナーに対する不思議な信頼を感じた。キタサンにはそれがとても奇妙なことに感じられた。
「えっと……ありがとうございます。まぁ……別に、トレーナーさんのことを心から信頼してないってわけじゃないですし……移籍するつもりはないですよ。そもそも、まだ何の実績もあげられてない私を迎えてくれるトレーナーが、他にいるとは思えないし」
「……あなたがそう思うのなら、それでいいわ。あの男に愛想が尽きたら言いなさい。力になるから」
アドマイヤベガがまっすぐな瞳をキタサンブラックに向けた。このふわふわ大好きアヤベさんはは別にトレーナーの味方って感じでもないのに、どうしてこのチームに移ってきたのか、時折見せる妙な信頼は一体なんなのか、キタサンブラックには不思議でならなかったが、それを口に出すことはなかった。
横でナリタタイシンも同意見とばかりに頷いている。ここまでウマ娘に乱雑に扱われるトレーナーも珍しい。
「まあまあ。せっかくの夏祭りなんだし、私たちも楽しまなきゃ損だよ? キタサンは金魚掬いで勝負でもいかがかな〜? 私に勝てたらわたあめを奢ってあげちゃうよ〜!」
ナイスネイチャが空気を変えるようにカラッと笑顔を浮かべた。
「────わたあめと聞いて、穏やかではいられないわね。ネイチャさん、その勝負……受けるわ」
「えっ、あっ……うん……まあ、いいんだけどね〜……」
-
酒は一人で飲むものではない。それはおれの数少ない信条だ。そのため、おれは誰かしらを捕まえて一緒に飲むことにするつもりだった。しかし、トレーナー仲間が捕まらなかったので地元の商工会のおっちゃんたちに混ぜてもらった。
コップが空いてるぞ。ささ、ぐいっと……。
「おっと、こりゃ済まねえ! トレーナー先生に注がせるなんて、俺も偉くなっちまったな! ワハハ!」
ガハハ! 飲め飲めー! 祭りじゃー!!
おれは気のいいおっちゃんたちと楽しく酒を飲んでいた……のだが。
「あっ、トレーナーはっけーん! ごめんねおじさんたち、ちょっと借りるねー!」
クソガキがやってきて、おれの首根っこを掴んでは(比喩とかではなく本当に掴んだ)連れ去っていくのだった。
おい、何するんだよ〜。おれァな、おっちゃんの思い出話の途中だったんざよ〜! 返せおれのさけェ〜!
「うわ、出来上がってるじゃん。まあいいや。マックイーン、今日の財布連れてきたよー」
だれァ財布やー! マックゥ……マックだとぉ! どこや……。
「うわ、出来上がっていますわね。お酒くさいですわ……。テイオー、これどうするんですの?」
「わかんないけど、多分何しても許してくるんじゃない? マックイーンが好きなだけお祭りを楽しんでも、多分トレーナーは酔ってるし忘れちゃうんじゃないかなー」
「……! 行きましょう! まずはベビーカステラからですわ!」
そこあ焼きそばだろぉ! マックぅ!
「なんですの?」
……なんだっけ。忘れたァ! 楽しむぞォ!
「当然です。この夏を、わたくしは征服するのです! ええ……全屋台制覇ですわ! 行きますわよー!」
おれたちは意気揚々と歩いて行った。まずは当然焼きそばだ。
ビールくらヒャい!
「特盛二つで。ごめんなさーい、この人酔っ払いで。ビールはなくて大丈夫でーす」
「……相当出来上がっていますのね。トレーナーさん、私の指を見てくださいまし。何本ですの?」
なめんなよ、4本。
「相当出来上がってるねー。ねぇトレーナー、犬のモノマネしてよ」
わんわんわんわん! ウィオーん!
「あっははは! なーにやってんの、おっかしー!」
「っ、ふふ……あははははっ! 大きな犬ですわね! お手は出来ますの!?」
わんわんわん!! わんわんわん!!
「あっはははははは! トレーナーってばサイコー! この調子でいこー!」
いやっほーぅ! ビール! ビール! おれァ負けねェ!
「ふふ、ふふふっ! 負けてますわよォ〜〜〜! ねぇテイオー、もう少し飲ませてみてもいいのではなくて!?」
「あはははは! 飲め飲めぇ〜い! 今夜は宴だよ〜〜!!」
視界がふわふわするぜ。ああ──酩酊に宵を彩る提灯の灯り、和太鼓の心地いいリズム。気分がいい。おれは言った。
テイオー! ダンスで勝負だぁ!!
「えっ……何故ですの……?」
「いいよー! 負けたらボクの命令聞いてねー!」
おれが勝ったら頭ぁ下げろよ、いつも舐めた態度とってすんませんっていえよなー!
なんか知らんが盆踊りの輪ができている。おれはふらふらとした足取りで輪に加わり、リズムに合わせた創造的な踊りを踊った。
「あっはははははは!! トレーナー、てんどんまんみたいになってるよ! あっははははー!」
「っ、ふふ、ふふふ、ひ……っ、あははははっ! もう我慢出来ませんわ……っ、トレーナー! いつからニチアサになったんですの!?」
二人が腹を抱えて笑っているに気がつき、おれは余計に気分が良くなった。いいだろう、ここは一つ愉快なピエロになってやるぜ……じゃねえわ。
誰がてんどんまんだ! 表ぇ出ろテイオー!
「もう出てるって! あはははは! トレーナーってば顔真っ赤ー!」
「ふ、ふふふふっ、テイオー! トレーナーさんはもともとお酒で顔は赤かったでしょう!? 折角だから一枚撮っておきましょう!」
「いやいや、お祭りならこうでしょ?」
テイオーがマックの腕をぐいっと掴んで自撮りスタイルに切り替えた。そしておれとマックの首に手を回して叫んだ。
ぐえっ、テイオーの力が強い……放せクソガキ! コンプラになっちゃうだろうが!
「チーズ! ……マックイーン、撮れた!? 見せて!」
「ほら、ご覧になって。……ふふ、なかなか愉快な表情をしていますわね。気に入りましたわ!」
おい消せ。証拠になっちゃうだろ。どうせ背後からヌッとグリーンベレーの人が現れておれが酷い目に遭う流れになっちゃうだろ。消してください、お願いします。
「あらあらまあまあ、私たちの一夏の思い出を、消せだなんて。テイオー、どう思いますの?」
「うーん。人でなしだねー。トレーナーもたづなさんに会いたいみたいだし、とりあえずたづなさんに連絡してみる?」
やめろください!
「頼み方が違うんじゃない? いつも舐めた態度とってすみませんでした、だっけ?」
いつも舐めた態度とってすみません、テイオー様!
「そうそう、いつもそれぐらいの態度取ってくれなきゃ!」
いつものように(いつものことではないが)おれはクソガキに敗北した。
とは言いつつも、テイオーは芯の底までクソガキなので、特に遠慮する必要がないのが大きい。そしてマックイーンは食に対して遠慮することがないのですぐに太るのだ。
そうだ、思い出した。おれはマックイーンをこの飽食の祭りから守らなくては……と、そこで聞き覚えのあるクソガキの声が聞こえた。
「────なんだか、とっても楽しそうだね。お兄さま?」
おれは酔いが覚めた。
ライスさん……。
ザッ、と。テイオーとマックイーンが青い顔をして後退りした音が聞こえる。
「……あー、なんだかお腹空いてきたなー。ねえマックイーン、トレーナーなんてほっといて、屋台巡りしないー……?」
「え……えぇ。そ、そうしましょうか。では、トレーナー、失礼しますわ……」
おい待てェ、失礼すんじゃねェ。焦りからか不死川実弥みたいになってしまったが、ひょいっと踵を返して行ってしまった。心なしか背中が震えているような気もする。
……このクソガキにそこまで怯えてるってのか。おいおい、勘弁してくれと思ったが違った。
「ちょぉ〜〜っと、トレーナー……? あんた、随分楽しそうにしてたわよね〜……?」
す、スカーレットさん……。
おれは完全に目が覚めた。もはや先ほどまでの楽しい気分など嘘のようだった。自分の声が震えているのが分かった……。
「ついにチームを持ったって聞いたわよ。おめでと、トレーナーとして期待されてるってことじゃない?」
い、いやぁ。そんな……違いますよ……おれなんて、ぜんぜんで……。
自分の弱々しい声が信じられない。ここまで……おれを怯えさせるとは……。
「……ライスね。お兄さまが誘ってくれるの、待ってたんだよ」
……い、いえいえ。ライスさんは……お忙しいでしょうし……そのぉ……おれもブロリーにブン殴られたベジータみたいな感じで壁にめり込んでましてぇ……。もう体がボロボロでぇ……。
「安心しなさい? 別に、チームに誘うのは今からだって遅くはないわ。ねぇ?」
いやぁ……ちょっと、おれも未熟者なのでぇ……。手に余るっていうか、もうお腹いっぱいっていうかぁ……仕事が多くて死にそうでぇ……。
「嘘だッッッ!!」
クソガキがひぐらしのレナさんみたいな感じになってしまった。冗談じゃない、ここでウンと言ったら面倒極まることになる。そもそも怪我もしてないのになぜおれがこんなガキどもの相手をしなきゃならんのだ。
おれは毅然とした態度を貫こうとしたが、思ったより二人の顔が怖かったのでやめた。
な、なんだってんだよ……。
「──別に誘われたかったわけじゃないわ。ただ誘われなかったらそれはそれでムカつくのよ。分かるかしら、この理屈」
「……ライスは、誘われたら、ぜったいぜったい、お兄さまのチームで頑張るもん」
やめろや。おめェーンとこのトレーナーと気まずくなっちゃうだろうが……。
だいたい、新入生のガキを入れなきゃいけないってのに……耳の人に言い訳が立たん。我がアルファードの居心地がいいのは分かるがな。ふっ。
「……ところでお兄さま。もうお酒飲まないってライスにこの前、言ったよね?」
おれはとりあえず逃げたがあっさりと捕まった。
「お兄さまのお口は嘘を吐くんだね? じゃあ、悪いお口だよね? 悪いお口は、治さなきゃいけないよね?」
おれの背中に乗っかってクソガキがやばいこと言ってる。このクソガキ、調子に乗ってからに……。いや乗ってんのはおれの背中なんだけども。
覚えてろよ……おれは執念深いんだぜ……。
おれの頭をつんつんつつくスカーレットと背中をぐいぐいやるクソガキに挟まれたが、この程度で屈するのはおれではない。力任せに振り解こうとした。しかし思ったよりガキどもの力が強かったので抜け出せなかった。
ごめんなさぁ〜い。ゆるしてくれ〜。たのむよ〜。
「……まあいいわ。その代わり、ちょっと屋台でも奢りなさいよね」
「ライス、りんご飴が食べたい!」
現金な連中だ。なんでおれが奢らなきゃいけないのかは正直よく分からなかったが、まあよかろう。大人の余裕ってやつだね。
さて、気を取り直して飲み直すか──と、ガキ共から解放されて気を取り直したところだった。
……どうも、今日は厄日らしい。
「──こんばんは。女の子に囲まれて、楽しそうだったね──"お兄ちゃん"? 今度はカレンが相手をしてあげる番かな?」
……間に合ってるよ。もう十分だっての。
ゾッとするほどの底冷えする笑み。その目は、少しだって笑っていなかった。
カレンチャン。おれの天敵(いっぱいいるけど)が、焼きとうもろこしを片手に立っていたのだった。
なお、カレンチャンがラスボスです。いろんな意味で。