ウマ娘の頭悪いサイド 作:パクパクですわ!
夏ってのはしぶとくて敵わん。秋ってのはいつになったら来るんだか──月日が過ぎるのは早いのに、いつになったら暑さが過ぎ去ってくれるのかね。というかもう二度と来なくて欲しい。
「せんせーってば、またそんなこと言って〜。夏といえば青春! 青春といえば、夏の砂浜……じゃないかな〜って」
ネイチャがふりふりと首を振った。
この3番目の女は緩い雰囲気がよく似合う。放課後の風に吹かれて赤い髪が揺れて、それを手で押さえている。そのままポスターにでもできそうな……ではなく。
いや。サボってないで走ってこいよ。
「あはは〜、バレちゃしょうがないですね〜。堂々としてればバレないかなって思ったんですけど〜」
ふむ……。
そういやおまえ、なんか出たいレースないの?
「えぇ……。せんせー、トレーナーでしょ。ビシッとあのレースに出るぞって決めるとこじゃないの?」
あのなぁ。分かってると思うが、おれ別にレースで勝ちたいとかないぞ。おめーらが勝ちたいとか強くなりたいとか言うなら、仕事はするが……。
「なんでトレーナーになったんだこの人。あのねせんせー、アタシたちはウマ娘なの。レースがあれば、そりゃもう目の前にニンジン吊り下げられたみたいに走り出すもんなんですよ。もっと強く、もっと早く! アタシより強いやつに会いに行く! ……って時代がアタシにもあったなぁ〜」
ふむ。おまえは実は、芯のとこは熱いヤツだからな。
「いやいや〜、照れちゃいますな〜。若い頃は、そりゃもう必死にやったもんですよ〜……せんせーは知ってるよね。もう2年くらい前でしたっけな〜」
ふむ……。
アルファード設立当初だったか。前例のない試みは試行錯誤を伴う。もちろんこのおれも例外ではない。
芽の出ないウマ娘は努力の加減を間違える。往々にしてそれは……危険を伴う。ふむ……今だから言うが、おまえの相手はなかなか骨が折れたぞ。
「でしょうね〜。その節はご迷惑をおかけしました」
ぺこりとネイチャは頭を下げた。
放課後のターフではガキどもが走っていた。その中にキタサンもいた。
キタサンは実際よくやっていると思う。努力の方法、意思、適性が一致している。メイクデビューでは悪くない結果が残せるだろう。
「悪くない結果じゃダメなんですよ。キタサンね、幼馴染と約束してるんだって。強くなって戦おう〜って。お熱いよね──だから負けたら、きっとキタサンは辛いですよ。せんせーも分かってあげなきゃ」
後輩の面倒見が良くて助かっている、実際のところ。
ケア業務とトレーナーの両立は実際無理。おれは夏合宿終わってからまともに家に帰れてない。ゴローに会いたい……。
「えっ、じゃあミケのお世話って誰がやってるの?」
タイシンとアドマイヤ先生。家のカギ預けてな。日中はトレセンにゴローが出没するらしい。で、夕方になると家に帰ってくるんだと。賢いヤツだよ、ゴローは。
「……ずるい。ずるいずるいずるい! アヤベさんもタイシンも! あ、アタシに……秘密にしてたってこと!? せんせー! どうして黙ってたの!?」
黙ってたっていうか……あいつらが勝手にやり始めたっていうか……。いや、初めはアドマイヤ先生に頼んでたのよ。で、タイシンがゴローに会いたいってうるせーから、おれんち行っていいって言って、で、ゴローの世話をアドマイヤ先生に頼んでることがバレて、したらアタシもやるとか言い出して。
「アタシまだせんせーの家行ったことない! アタシも! アタシもせんせーの家行きたい!」
知らんがな。勝手にしろい。
「え? ……いいの!? よっし! 言質取りましたよ〜!」
ゴローを頼むぞ。
はぁ……。猫ってのはエサくれるヤツに懐くからな。家に帰った時、おれのこと覚えててくれるかなぁ。
「っていうかせんせーさ、家に帰ってないって、お風呂とかどうしてるの?」
学園の中に職員用のシャワーがある。どうしてそんなものがあるのかは、トレセンの闇としか言えんがな。たまにちくわ大明神とばったり出くわすこともある。マジでびびったぞ、あの時……。
「ふーん?」
ネイチャはおれの首元に顔を近づけて鼻をすんすん鳴らした。
なんだよ。風呂も入ってるし、アルファードには洗濯機も乾燥機もあるんだぞ。臭わんだろ。
「すんすん、すんすん……。う〜〜〜〜ん……すんすん、すんすん……」
おいやめろ。なんかくすぐったい。
「すぅ〜〜〜〜……はぁ〜〜〜……う〜ん、まあ許したげます」
おまえに許されてもな。ちくわ大明神の許しが欲しいわ。この前、ガンプラを漁るために有給を申請したが普通に却下されたんだよね。最近ちょっとおれの労働条件はやばいんじゃないかなって思ってる。
「せんせーは日頃の行いが悪いですからね〜。そうだ、ウマ娘の用事に付き合うとか言えば通ると思いますよ? アタシが口実になってあげよっか? なんだったらホントにデートしてもいいんですよ〜?」
やだよ、甘いもんばっか奢らせる気だろ。言っとくがな、おれはずっと金欠なんだぞ。なんだったらおめーの方が稼いでっからな。
奢る奢られる論争とかもある。とはいえおれにも最低限のプライドってもんがある。流石に未成年と割り勘ってのもな。
「え〜? 割り勘ならデートしてくれるんですか〜?」
そういうことではない。はぁ……休日ぐらい家でゴローを撫でながらエルデンリングやりたいんだよ。なぜわざわざ外に出なきゃならんのだ。
「お家デートってことですか〜。なかなかシブいとこついて来ますな〜。久しぶりにせんせーの手料理が食べたいな〜」
ふむ。別に断る理由もない──キタサンのメイクデビューが終わったら、多少はおれも奮発してやらんでもないがな。
「……せんせーはさ、そういうお祝い事はちゃんとしてくれるよね。勝っても負けても……あ、そういえば、アタシが学力テストでいい点取った時もやってくれたよね。あんなことでもやってくれるんだーって」
まあな。
全ての努力は、その過程や結果がどうであれ認められるべきだ。特におまえらみたいなガキどもはな。そいつのことを、誰かたった一人でも認めてやるべきだ。それがどれほど惨めで苦しいものだとしても、間違っていたとしても。
よく頑張ったなって言ってやる。おれにはその程度しか出来ないからな。
「……せんせーは優しいね」
ふむ。祝いという名目があれば、部室で騒いでもちくわ大明神は許してくれる。それだけのこと。
そういう意味で言えば、ただのトレーナーの仕事ってこったな。
「はぁ。せんせーは優しすぎるんだよ。そんなんじゃ、どうなっても知りませんからね。アタシは」
えぇ。なんでだよ。
「ともかく! キタサンのこと、もっとちゃんと気にかけてあげること! ちゃんと本気出してよね、トレーナーさん!」
どうやら走る気になったらしい。そもそも、キタサンのことで釘を刺しに来ただけなような気もするが。ふむ、ネイチャには頭が上がらんな。流石は都合のいい女……。
キタサンねぇ。ま、ガキンチョの事情に興味もないが。ちょっとは仕事をせねばなるまい。はぁ、今日も帰れそうにない。ゴロー、おれのこと忘れちゃダメだぞ……。
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と、いうことで沖野さんに相談に来た。プリントしてきたキタサンのデータを色々見せながら教えてもらう。
「まさか先生がやる気になるとはな。同僚としちゃ正直怖いぜ。先生のところは強豪揃いだからな」
今回のはまだジュニアなんだぜ。正直レース用トレーニングとか真面目に作ったことがない。色々教えてもらうと思ってな。
「……そんな感じで有馬に出たこともあるってんだから、怖い以外の感想はないな。まあ、先生には借りが溜まってる。テイオーのこととかな、いつも助かってる。なんでも答えさせてもらうぜ」
頼りになるぜ。やっぱ大人の男は違うな。
そんでメイクデビューなんだが……。ぶっちゃけ作戦とか考えた方がいいの? おれレースとか全然わからんのだけど。
「ウマ娘によるし、トレーナーにもよる、としか言えないな。ナリタタイシン、あの子の時はどうしてたんだ?」
大体あいつがこんな感じで行こうと思ってんだけどって相談してきて、おれはいいと思うぞって返してたな。あとはがんばれーって応援してた。それで勝ったり負けたりしてたから、まあそんなもんかなって。
「それで勝てるのがすごいところだ。先生のとこのトレーニング計画は、実際かなり練られてるもんな。ただ……文句をつけるわけじゃないんだが、怪我のリスクを高く見積りすぎてるようにも見える。何がなんでも勝ちたいって時、多少の無茶を通す必要が出てくるかもしれない」
面倒だなぁ。ケガされるとおれの仕事が増えるんだよ。
「勝ちに繋がる要素は山ほどあるけど、どれが1番重要なのかは……ウマ娘によって異なることもあるだろう。テイオーなんかは気分屋だからな、メンタルさえ良ければ圧勝することもある。結局、そいつのことをちゃんと理解する必要があるってことさ。俺も上手く出来ているなんて言えないけどな、この部分は」
はぁ。七面倒だな、トレーナーってやつは。
「それでも楽しいからやってるんだ。先生は──違うかもしれないが。だがそろそろ、能力を発揮する時が来たんじゃないか? 戦う時が楽しみだよ、俺は」
ふむ。沖野さんと言えど容赦はせん……が、参考になった。
また飲みに行こう。いつになるかは目処が立たんが。
「ああ。頑張れよ、先生」
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ということで、なんでも話してみるがいい。
「……まあ、いいですけどね。トレーナーさんがやる気になってくれるなら、あたしだってぶつくさ文句を言う必要もないんですから」
とか言いつつ、キタサンブラックは疑いの目をおれにむけている。
ふむ。おれはおまえの勝ちたい理由に興味なぞない。が、おまえの勝ちたいという意志を尊重する。
「ふん。どうだか」
まだ疑ってるな……仕方ない。おれのやり方で、こいつの疑いを晴らすとしよう。
メイクデビューでおまえが負けるとおれは思わない。その根拠を見せてやろう、ほれ。
「……なんですか、この紙? あたしの……身体能力データ?」
ウチに来てから定期的にダッシュの記録とか取ってたろ。特に伸びがデカかったのは夏合宿を終えてからだ。この1ヶ月で相当体が出来てきた証拠だな。
「……こんなの作ってたんですね。それならそうと言ってくれればいいのに……」
データってのは……どうにも好かん。客観的で正確なデータを追いかけるようになると、それ以外の部分を見落とすようになる。
「どういうことですか?」
速さを追いかけ続け、勝てるのならいいが……実際ンとこ、練習で取ったデータの通りにレースは進まない。数値に出来ない部分が勝敗に関わることもザラだ。信用し過ぎるのもな。扱いはあくまで補助的であるべきだ。
ただ今回、おまえには自信をつけてもらう必要がある。それと、焦る必要がないということもな。だからデータを出した。ついでにおれへの不信も解消しとこうと思って。
見ろ。出走メンバーの特徴、速さとか脚質とか、そういうもんを調べた。この中じゃ、おまえはダントツで頭ひとつ抜けてる。先頭から飛び出して突っ切りゃ勝てンだろ。
「……すごい分析量。これ……トレーナーさんが作ったんですか?」
そうだ。おまえのことをちゃんと面倒見てやれっていろんなヤツが言うからな、まあ朝飯前だったが。
「でも、朝来た時トレーナーさん机で寝てましたよね。もしかして徹夜で……?」
寝てたのなら徹夜ではない。それに勘違いするな、鬼滅の刃見てただけだ。
「…………」
おれの机にちらっと目をやったキタサンは、ここ最近のおれの忙しさに伴って生成された空きビンの山を見た。
「そういうことにしてあげます。……勘違いしないでくださいね、別にトレーナーさんのこと、許したわけじゃないですから」
なんかツンデレみたいなことを言い出した。なんだこいつ……。
「誰がツンデレですか、このバカトレーナーさん。日頃から私たちには健康生活しろって言うくせに、自分がやってないのが気に食わないんです。自分が出来ないことを他人にやらせようとするのは、都合のいい話だと思います」
……せ、正論。
正論だ。おれは……何一つ反論する術を持たなかった。
「トレーナーさんに倒れられたらあたしたちに迷惑がかかるんですよ。最近はちょっと顔色も悪いし……。この機会に改善してください」
おれだって出来るならそうしたい。定時で上がりたい。誰が好んで深夜まで仕事をするものか。休日もろくに休めないのに……。
ケガした連中のリハビリの面倒見て、提携してる病院との打ち合わせ。ケアチームとしてのアルファードは大体20人くらいを抱えてる。掛かる事務作業もバカにならん。大半は自動化済だが……それに加えてトレーナーとしてこいつらのトレーニング計画を作っては修正、作っては修正……おれ一人で。
死ぬど。まじで死ぬど、おれ。サブトレーナーを入れようと入れようとしているが、この時期ではいい感じの人が見つからん。そもそもおれまだ3年目なんだぞ。なんでもうチームなんか作る羽目になってんだ。
はぁ。おまえからたづな大明神に言ってくれ。トレーナーさんこのままだと死んじゃいますよって。御大の命令には逆らえねーんだ、おれ。
「……だったら──少しは頼ってください」
冗談じゃない。おめーは自分のことに集中してりゃいいんだよ。
勝ちたいんだろ。だったら余計なことを考えてないで、レースのことだけ考えろ。おまえにとって大事なことを間違えるな。
「集中させたいなら、余計な心配させないでください」
なんでアルファードの連中は口ばっか上手くなるんだ? あの頃の純粋なキタちゃんを返してくれ。
「ぶちのめされたいみたいですね」
ごめんさい。おれが悪かったです。
「ともかく! 不健康な生活をやめてください! トレーナーさんがそんなだと、上手く言えないんですけど、あたしがスッキリ走れないんです!」
くそっ、分かってる。この仕事は妥協しようと思えば出来る。だが……ケガのケアだけは、おれは手が抜けない。それだけは譲れないとこなんだ。だが……ちっ、おれも甘ちゃんだぜ。おまえが負けたらおれのせいにされそうだ。
「ああ言えばこう言う! 日頃から自分のことを天才とかなんとか言い張るなら、ちゃんとしてください!」
ちぃ……。
ああ分かった。だがガキどもに心配されるほど落ちぶれちゃいない。なあキタサン、オメーッとこのトレーナーはよ、これで結構やるんだぜ。
一つ賭けをしよう、クソガキ。
「……今度は何なんですか?」
おれに対して一つ要求しろ。それは無理であればあるほどいい。おれに対して、これは無理だろうなって思う要求を何でも一つ言ってみろ。
「えぇ? じゃあ……今年中にG1勝たせてください」
分かった。今年中にGⅠ勝たせてやる。
その代わり、おまえがGⅠ勝ったら、二度とおれの生活に口出しするなよ。
「……トレーナーさんが負けた場合……つまり、あたしが今年中にGⅠ勝てなかった場合は?」
今後、おまえの言うことに従うようにする。どんなことでもな。
この賭けを受けるか?
「……」
キタサンは流石に戸惑っているようで、真意を探るような目をおれに向けている。
「……どうしてそんなことを言い出したんですか?」
おまえがおれのことをイマイチ信じてないみたいなんでな。いつまでもガキンチョに舐められてたまるか。挙句心配されるのは屈辱的ですらある。
「……──もう少し条件を詰めましょう。勝たせてやるって、具体的にどうやって?」
年末までおれの指示に従ってもらう。どんなにふざけた指示にも、だ。メシも全部おれが作る。夜更かしなんぞ持ってのほかだ。休日もないと思え。
それでも、おまえが少し手を抜けば、賭けはおまえが勝つだろう。それもおまえの自由だ。おまえの意思を尊重する。
ただ……ああ、信じてるぜ、クソガキ。おまえはそういうヤツじゃない。
「──受けます」
だから気に入った。
「もしもトレーナーさんが負けた場合、後からやっぱり無しで、なんて通じませんよ」
そりゃこっちのセリフだ。少し待ってろ、書面で作る。
おれは手書きの契約書を2通作成した。さっきのが威勢だけじゃなけりゃ署名をするがいい。
「そっちこそ」
果たして賭けは成立した。
さて、GⅠを目標とするからには、メイクデビューなんぞでつまづいている場合ではない。今日のトレーニング予定は……また連絡する。せいぜい束の間の平穏を味わっとけ、クソガキめ。
クソガキ5号は威勢よく席を立って出て行った。片手に契約書を掴んで。おれは息を吐いた。
ノリと勢いで乗り切った感は否めないが、ともかくこれであのクソガキも当分大人しくなるだろう。
ガラッ。ぬるっと入ってきたのはアドマイヤ先生だ。アドマイヤ先生は誰かが部室からでてくと、入れ替わりでよく入ってくる。扉の外で聞いてたかもしらん。
「……盗み聞きするつもりは、なかったのよ」
別に隠すつもりもない。
アドマイヤ先生はどかっとパイプ椅子に腰を下ろしてため息をついた。
「はぁ……いつもやり方が極端なのよ、あなたは。どうするつもりなの?」
あんなガキの言うことに従うなんぞゴメンこうむる。勝たせてやるほかない。このおれでも十分な確信があるわけではないが……やるしかないだろう。
「大丈夫なの?」
これが大丈夫に見えるのか? もう死にそう。眠いとかそういうのを通り越してる。だが頑丈なのがおれの取り柄だ。ふむ──大したこともない。クソガキ3号の件も同様だ。
それに、クソガキにGⅠ取ってもらえば、御大への言い訳も立つだろう。正直これが1番大きいかもしれない。そうなりゃ御大とも交渉の余地がある。
だからまあ、年末までは踏ん張りどころだな。そういうわけで、ゴローのことをもうしばらく頼む。
「ポラリスのことなら頼まれなくてもやるわよ。別に帰ってこなくてもいいわ」
えっ、酷ッ。
「ふふ。冗談よ──少し寝ておきなさい。部室の掃除はしておくから」
優しいサイドのアドマイヤ先生が出た。素直にありがたい……優しいサイドのアドマイヤ先生は2ヶ月に1回くらいしか拝めないのだ。
30分立ったら起こしてくれ。起きなきゃ蹴っ飛ばしてくれてもいいから。
「……しないわよ、そんなこと」
おれは部室の隅の方にあるベッドで寝た。起きたらすぐに仕事に取り掛かるとしよう。
「おやすみなさい、ケイ」
アドマイヤ先生の、そんな声が聞こえた。