ウマ娘の頭悪いサイド   作:にゃんこぱん

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ダメですわ!!!

 

 ということで、本日の昼メシだ。食うがいい。

 

 おれは山盛りになったチキンをキタサンの前にどかっと置いた。

 

「──いただきます。もぐ……おいしっ──く、ありません! ぜ、全然美味しくなんてないですから!」

 

 言葉とは裏腹に箸が止まらんようだ。同じく小山になった米とかき込んでいく。

 

 ふむ。体は正直だな……。

 

「んー、まあ悪くないんじゃない? トレーナー! おかわりー!」

 

 なんでテイオーがいるんだ? ちっ、しゃーねーな。これ食ったら帰れよ。

 

「トレーナー噂になってるよ? キタサンに何でも命令してるってさー。キタサンも否定しないんだから。アルファードは実はやばいチームなんじゃないかーってさ」

 

 ふむ。ただの事実だな。

 

「えっ。ちょ、えーっと……通報?」

 

 待て待て待て。いいか? 実はかくかくしかじかでな。

 

「えー。すごいことしてるねー。っていうかトレーナーさー、途中から引くに引けなくなった感じだよねそれ。あ、そうだ! ボクとも賭けしようよ!」

 

 うるせークソガキだな。おれァ忙しいんだ。

 

「え〜。しようよしようよしようよしようよー!」

 

 うるせーぞ! 飯食え飯! 金とるぞ!

 

 駄弁るおれたちには見向きもせずキタサンは昼飯に向き合っていた。無理もないだろう──ギリギリ食い切れない量に調整した。いくら味が良くても限度がある。

 

 ただ、吐いてもいいから食えって言ってある、が……。

 

「ごちそうさまでした! テイオーさん、それでは!」

 

 ええ。あっさり食い切ったんだけど。すげーな。

 

 キタサンには参考となるレースの映像を大量に送りつけといた。見て学べって感じだ。おそらく教室に戻るだろう。午後も生徒として授業に参加し、放課後はトレーニング、夜はレースの勉強だ。負荷は計り知れない。

 

「すっごいやる気だよねー。ボクだったらそんな生活耐えきれないかも……」

 

 それな。てっきり弱音の一つも吐くかと思ったが、よく続いてるぜ。

 

「違う違う、トレーナーの話だって。3食作ってるって本当?」

 

 まあね。おれ飯作るの好きなんだよね。

 

 まあ別に、トレセンの食堂も結構ちゃんとしてるし、そっちでもいいっちゃいいんだが……。まあ栄養価を完全にコントロールするに越したことはない。ついでに胃袋も掴んでやればヤツはおれに逆らえなくなるって寸法よ。

 

「はいはーい! ボクもトレーナーのご飯は好きだよ!」

 

 そりゃどうも。じゃ、昼飯代払え。

 

「ツケといて! あと明日からボクのもおねがーい! じゃ、よろしく!」

 

 クソガキめ。メシ代だってタダじゃないんだぞ。おれは手早く食器を片すと仕事に戻った。

 

 

 

 

 放課後、おれはトレーニングに出た。リハビリ業務の兼ね合いで、チームの方はアドマイヤ先生に任せることも多かったがここのとこは自分で出てる。

 

 限界までやる。GⅠ出走メンバーの予想はつけてる。そいつらよりクソガキが強くなればいい。

 

 そのためには、一日一日、限界までクソガキを追い込む必要があった。そしてそれはおれの仕事だ。仕事となれば手は抜かない。

 

 疲労困憊になったキタサンの肩をネイチャが支えている。そしてそのまま部室まで連れてきた。

 

 おら、夜飯だ! 寝るな! 食え!!

 

「……いただき……ます……もぐっ。美味しい……」

 

「うーん。体づくりには最適なメニュー。ついでに美味しい。せんせーは料理だけは上手いんだから。あと作るの早すぎない? さっきまでトレーニングしてなかった?」

 

 まあね。あとおまえは金払え、ネイチャ。結構食材代かかってんだぞ。

 

「だよね。そうだよね。この量だもんね。え、これトレーナーさんの自腹になってるの?」

 

 部費の予算から出した。今回は……御大に話を通した。なので大丈夫なはずだ。

 

「おお! トレーナーさんがついに学んだ! すごーい!」

 

 ふむ。バカにされているのか、おれ。

 

「……それでさ〜、その〜……例の賭けのことですけども。やりすぎじゃない? その、ちゃんと気にかけてあげてとは言いましたけど。誰がここまでやれと」

 

 ほんとそれな。

 

「それなじゃないよ〜! なんてことしてんのもう! あーもー、妙なことばっかりやっちゃって! キタサンってば無茶ばっかりするんですから! トレーナーさんが助長してどーすんですか、らしくない!」

 

 おめーらがちゃんとしろとか真面目にやれとか言ったんじゃねーか。だから給料分は働いてんだよ。

 

「……ていうかさ、その〜……賭け? アタシもやっていい? っていうかやりたいんだけど」

 

 おれはヤだよ。こんなのは一人でお腹いっぱいだ。

 

「うーん、仕方ないか。って……キタサン、眠りながら食べてる……? いや、食べながら寝てる!?」

 

 ついにキタサンがルフィみたいになってしまった。やれやれ……。その辺に寝かしといてくれ。飯食ったら持って帰ってくれると助かる。

 

「はーい。……って、この調子じゃお風呂にも入れてあげないとかな。ふぃー、先輩も大変だ〜」

 

 お前には面倒をかけるな、ネイチャ。

 

「いいんですよ、せんせ。アタシ、尽くすタイプなので。でも、何かで返してくださいよ」

 

 飯代と相殺だろ。

 

「あ〜……。ご飯代はツケでお願いしま〜す。じゃ、ご馳走様でした〜」

 

 キタサンをおんぶすると、ネイチャは満足げな表情で出ていった。おれは手早く食器を片付ける。いよいよ部室がおれの居住地と化している。もう通勤の時間とかがなくて楽だなって最近は思うようになった。末期だね。

 

 とはいえ、新しい活動は予期せぬ問題を引き起こすものだ。

 

 どこから広まったのかは知らんが……アルファードに来ると美味しいご飯がツケで(タダで)食べられると噂になった。通称アルファード食堂だ。メニューは一品だけだが、体づくりに最適で、かつ美味しいという一石二鳥。ついでにタダ。

 

 タダじゃねーよ。くそ! どいつもこいつも……!

 

 

 

-

 

 

 

 人数は!

 

「あっ、3人で」

 

 空いてるお席へどうぞ〜! 量は!

 

「普通でお願いします!」

 

 あいよ!

 

 おれは奥に引っ込んで……というか、アルファードのキッチンなんだが、ささっと調理してメシを出した。タンパク質が中心となると鶏肉は必須だが、続けば飽きるのも道理だ。味変と工夫には余念を残さない。万が一にも、クソガキ5号に文句など言わせないためのな。

 

 部室は完全に食堂みたいになっていた。パイプ椅子を追加して、ミーティング用のテーブルも使えるようにしたしなんだったら卓上調味料まで置いてある……。そして端の方ではいつも通りに、キタサンがもぐもぐメシを頬張ってる。

 

 お待たせしました〜! 昼食セット普通盛りです〜! 

 

「ありがとうございます! ……んん、美味しい〜! 並んだ甲斐があった〜!」

 

 当然、昼休みの間しか営業はしていない。営業って自分で言っちゃったよ。

 

 なあクソガキよ。おれは一体を何やっているんだ?

 

「……トレーナーって、なんていうか、本当に……バカですよね。断ればいいのに」

 

 オーナーゼフの教えが生きてんだよ。食いてえヤツには食わせてやるってな……じゃない。くそ、誰だ。妙な噂を広めやがって……。テイオーだ、絶対テイオーだろ。あいつほんと許さんぞ。

 

「ご馳走様でした、バカトレーナー。片付けを手伝います」

 

 いらん。

 

 いつからかクソガキ5号はおれに対してのさん付けをやめた。日頃からあれだけ扱かれてたら当然だろう。ぶっ倒れるまで走ってこいとか言われたらそうなるよ。

 

 さっさと教室に戻ンな。あと誰がバカトレーナーやねん。

 

 クソガキ5号は、はぁ、と気の抜けたため息をつき、おれの言葉を無視するとキッチンに入って、山積みになった皿を洗い始めた。

 

 おい。

 

「こんな仕事、あたしに任せればいいんです。何でもかんでも自分でやろうとするの、トレーナーの良くない癖ですよ」

 

 あのな。

 

「勘違いしないでください。してもらいっぱなしは気持ち悪いんです。そういうのは……バランスが取れない」

 

 リコリコの真島みたいなことを言い出した。しかもツンデレ属性を獲得した。もういっそ感慨深いぞ。素直で人懐っこいお助けキタちゃんがクール系ツンデレみたいになってんの。

 

「はぁ……トレーナーにだけ、です。……どっちがツンデレなんだか」

 

 何だと。

 

「いいです。別に認めないでしょうし。今更口喧嘩しても仕方ないですから──そうだ、料理のレシピ、後で残しておいてください。自分でも作ってみたいって子がいて」

 

 別にいいけど。そこの棚に残してる。勝手に持ってけ。作れるもんならやってみろって伝えときな。

 

「……本当、素直じゃないんだから。どうして憎まれ口しか叩けないんですか?」

 

 お互い様だな。

 

 はぁ。人間ってのは鏡らしい。他人は自分を映し出す鏡、結局他人に対する態度が帰って来ているだけなのだ。

 

「じゃ、トレーナーが原因ですね」

 

 ふむ。じゃあ素直な感じでやってみるか……。

 

>いつも頑張っていて素敵だよ。

>ところでシャンプー変えた?

 

 えぇ。なんでシャンプー変えたか分かるんだよ。そうなの? 大丈夫なんかこれ……もう一声!

 

>君の努力をずっと見ていたよ。本当によく頑張ったね。

 

 ゴールデンタイガーやんけ。ふむ……。

 

>ところでシャンプー変えた?

 

 押し間違えた。

 

「……フンッ!」

 

 うごぉ!! 

 

 クソガキのエルボーがおれの鳩尾に炸裂した。なんでそんな怒るんだ……。そんな疑問を浮かんで、おれはしんだ。

 

 

 〜GAME OVER〜

 

 

 ……じゃねえわ! このクソガキ、何しやがる! 内臓が破裂するかと思ったわ!

 

「デリカシーのないトレーナーさんはキライです! 女の子に対して急にそんなこと言わないでください!」

 

 シャンプーを変えた? という発言のどこがそんなに琴線に触れたのかはぶっちゃけよく分からなかったが、またぶん殴られると今度こそ死ぬので突っ込むのはやめておこう。

 

「はいは〜い、喧嘩はそこまで。キタサンも怒らないの。トレーナーさんがこんなのなのは前からですから」

 

「ネイチャ先輩! 来てたんですね!」

 

 ここのところ、ネイチャはよくキタサンの面倒を見てくれている。ネイチャだけではない、アドマイヤ先生も……なんとあのタイシンも(!)、キタサンのことをよく気にかけている。

 

 夏合宿が終わってからこっち、アルファードのメンバーは急速に仲良くなった。おれという共通の敵(誰が共通の敵だよ)を得て、まとまりを得たのだろう。

 

 キタサンはそもそも素直で人懐っこく、誰に対しても分け隔てなく接する(おれは例外として)ため、仲良くなるのに時間は掛からなかった。

 

 特にネイチャにはよく懐いている。オフの日は一緒に出掛けているようだ。

 

「あ。せんせー、たづなさんがせんせーのこと呼んでたよ。後で理事長室に来いってさー」

 

 ……マジすか。今回という今回は、おれはあんまり悪いことしてないぞ。

 

「いや〜。これは悪いことっていうか……まあ、うん。いや〜、でも怒ってるって感じじゃなかったよ? 今回は大丈夫じゃない?」

 

 信じるぜ、ネイチャ。で、何の用だ。

 

「ちょうどいいから、これからしばらくアタシに料理教えてよ。せんせーより美味しいご飯作れるようになりたいな〜って」

 

 なぜだ。

 

「アタシも〜、トレーナーさんに美味しいっ! って言ってもらえるような料理、作れるようにならなきゃいけないな〜って。こんなんじゃ立派なお嫁さんになれませんし〜? せんせーも猫の手、借りたくありませんか〜?」

 

 ふむ。正直助かる。人手が増えるのはありがたい。向上心が立派だ。食う専の皆さんにも見習ってほしい。

 

「あたしにも教えてください、トレーナー。あたしも料理作れるようになりたいです」

 

 年が明けたらいくらでも教えてやるよ。ただし、そんときも容赦はせんがな。

 

「お〜。最近のトレーナーさんはスパルタでいいですね〜。キタサンもよう頑張っとる。偉いぞ〜」

 

 わしわしとネイチャはキタサンの頭を撫でた。キタサンも笑顔で受け入れている。仲良いね君ら。

 

「トレーナーさんのことも撫でてあげよっか?」

 

 ふむ……。

 

 せっかくだからやってもらうことにした。

 

「えっ。あ〜……ええっ!? ほ、ホントに? いいの? じゃあ……遠慮なく、いきますよ?」

 

 ネイチャはおれの頭に恐る恐る手を伸ばした。骨董品の壺を撫でるようにおれの頭を触る。

 

「……お〜。なるほど、結構悪くないカンジですね〜。トレーナーさんってちっこいですし、弟みたいな感じかも。定期的にやってもいいですか?」

 

 別にいいけど。

 

 ただよく分からんな。頭ぁ撫でられて喜ぶのはガキの頃だけで十分だ。あといつまでやってんだ、ネイチャ。

 

「……むう」

 

 キタサンがどうも不満げだ。

 

 ふむ。ヤツも撫でられたいらしい。キタサンは大型犬のイメージがよく似合う。可愛いヤツだぜ、全く。

 

「かわッ……トレーナーさんは黙ってください!」

 

 おっと、さん付けが復活した。癖ってのは抜けないもんだな。

 

 

 

 

-

 

 

 

 ガラ。ドアが開いた。

 

 ……今日はもう店じまいなんだ。悪いんだが──

 

「それは申し訳ありません。ただ、いつからアルファードは定食屋になったんですか?」

 

 ……あぁ〜〜〜……いやぁ〜〜──なんというか、その……。

 

 後で行こうと思ってたが、向こうから来やがった。誰のことなど言うまでもないだろう。御大だ。

 

「本当に、どうしてこうなるのか……不思議ですね。やっとやる気を出して頂けたと思っていたのですが……」

 

 どうしてこうなったかはおれが1番知りたい。

 

 ただ、仕事はしてるんすよ。じき成果をご覧にいれますよ、ベイダー卿。

 

「知っています」

 

 御大はパイプ椅子に腰を下ろした。

 

「特盛を一つ」

 

 ナチュラルに注文した……。逆らえるはずもない。仕方あるまい。

 

 ただ特盛は3kgぐらいあるっすよ。食えるンすか。

 

「黙って出してください。私も昼食を摂る時間が取れず、少し空腹でして──」

 

 おれはパパッと唐揚げ特盛定食を出した。

 

「あら、美味しいです。トレーナーさんは、本当になんでも出来るんですね」

 

 おれの前では常に冷たい表情の御大が表情を緩めた。

 

 ま……御大が苦労人だってことはおれも知ってる。とやかくは言うまい。

 

「食堂にレシピを共有しておいてください。それと費用については部費と別枠で予算をつけます。レシートは保管してありますね?」

 

 ……なんか優しいっすね。今度はおれに何をやらせようって?

 

「あなたにやってもらいたいことは最初から言っています。ただ……やり方については、もう少し……控え目な手段にしてもらいたいのですが」

 

>無理すね。

 

 ……。えっ、一つしかないパターンあるの? まあいいか。

 

>無理すね。

 

「無理すね、ではないですね」

 

 努力はしてます。でもオーナーゼフの教えなんで……。

 

「はぁ。……そういえば、アルファードの新運営案、読みましたよ。追加の人員を専用に用意し、保健室と更なる連携──リハビリ用新設備の導入案についてですが、現在話を進めています。打ち合わせの調整はよろしくお願いします」

 

 そりゃどうも。人員は……おれの方で病院に勤めてる知り合い、何人かスカウトしてます。ベイダー卿が話ぃ進めてくれるンすか?

 

「えぇ。……あなたの負担が増えることは、申し訳なく思っています。整備が進めば、あなたの負担もかなり減るはずです」

 

 アルファードの設立はおれが言い出したことだ。ケアチームとしてのアルファードは、おれがやりたくてやっている。そのことに文句はない……が。

 

 ベイダー様。なんでおれにレーストレーナーやらせたンすか? 

 

「理由は二つです。一つ……あなたは放っておくとロクなことをしないでしょう。能力に見合った責任──ウマ娘たちの人生に対して……"責任"を持って欲しかったんです」

 

 ……身に覚えがありすぎる。すいません。

 

「もう一つ。──あなたにも好きになって欲しかったんです。レースの世界を、その世界に生きる彼女たちのことを。それがあなたにも必要なことだと考えました……いえ。必要であればいいと思います」

 

 ベイダー卿が見せる数少ない優しさが飛び出した。まあ、いい人ではあるんだよな。おれの行いが悪すぎただけで。

 

 ただ……やるんなら、どっちかにしたいっすよ、おれ。マジで。

 

「トレーナーさんの意思は理解しています。ただ……アルファードの有用性は、得難いものです。あなたが来たことで、ウマ娘たちの天敵と言える故障の脅威は、大幅に下がったと言っていいでしょう。……それは、本当に素晴らしいことなんです。羨ましいほどに」

 

 心配せんでも仕事は最後までやるつもりっす。ガキどもには……バックアップが必要だ。連中はすぐ故障する。メンタルケアは知らんけども。そいで、それは必ずしもおれがやる必要はない。

 

「……そういえば、担当ウマ娘と妙な賭けをしているとか?」

 

 この地獄耳──ではなく……。はぁ、違うんすよ。大体やる気出せっつったのはベイダー卿でしょ。

 

「誰がベイダー卿ですか。ダークサイドに叩き込みますよ」

 

 冗談に聞こえないのが怖いところだ。

 

「それで。説明は?」

 

 いや、それがかくかくしかじかで。説明しながらおれは気がついた。

 

 ……いや待てよ? そもそもこうなったのは御大にも責任があるのでは?

 

「これで私に責任を問うのは無理があると思いますけど……。まあいいです、でもちゃんと約束は守ってあげなきゃいけませんよ?」

 

 わーってますよ、おれはこれでも嘘はつかない方っす。

 

「ならいいですが。ふぅ……ご馳走様でした。近場にあったら通いたいくらいです。お代は?」

 

 賄賂ってことにしときます。予算付けてくれりゃいいすよ。

 

「ふふ。トレーナーさん、あなたは──本当に無欲ですね。それと」

 

 ベイダー卿は立ち上がって、去り際に言い残す。

 

「年明けに決めましょう。今後のトレーナーさんの方針……どうしたいかは決めておいてください。それと……そうですね。しばらく食堂は続けてもらえると、個人的には嬉しいですね」

 

 えぇ。学園的にはいいんかこれ。というか定期的に通う気じゃん、気まずいよ……。働き疲れたこの人が夜飯まで食いに来るとこまで見えちゃったぞ。なんだったら晩酌のおつまみを作ってあげるとこまで見えちゃったぞ、おれは。

 

 はぁ。まあいいだろ、どうせ年末までだしな……。

 

 おれは部室の表に回って、営業中の札をひっくり返した……いや待て。

 

 誰だ暖簾付けたヤツァ! テイオー、テイオーだな!? あいつ許さんぞマジで!

 

 

 

 

 

-

 

 

 

 

 

 教育の根は苦いが、その果実は甘い──そう言い残したのはアリストテレスというおっさんだ。

 

 ふむ。どういう意味か説明しようか?

 

「……言いたいことははっきり言ったらどうですの? 周りくどい男は嫌われましてよ?」

 

 なんでお前はすぐ太るんだ、マックイーン。

 

「う、うるさいですわねッ! わ、私が太ったなどと、何を根拠にそんな言いがかりを!」

 

 テイオーが教えてくれたよ。

 

「トウカイテイオーッ! わたくしの信頼を裏切りましたのね!? 許さない……許しませんわ……! 必ず報いを受けさせますわよッ!」

 

 まずはおれのプランを裏切った報いを受けてほしい。

 

 あのね、マックちゃん。きみはあれなの? 自分の食欲を制御できないの? トリコなの? 

 

「わたくしとて、我慢できるものならしています! 結局報いを受けるのはわたくしですの、分かっていましてよ! ですが……トレーナー、最近のあれはどういうことですの!?」

 

 あれってなんだよ。

 

「会員制のレストランを開いたのでしょう!? そこでは古今東西のあらゆる美食が味わえると! しかもその上栄養価も豊富で、体づくりには最適だと!」

 

 何をどう聞いたらそうなるんだ? しかも部分的に合ってんのが謎だ。

 

 あのね。表の暖簾見たろ。言っとくけど別に営業とかじゃねーよ、ただおれがうちのジャリに毎日メシ作る必要があって、どこから漏れたか知らねーけどハイエナが集まって来てるだけだ。

 

「……わたくしには? わたくしには作って下さらないの?」

 

 チラチラ見るな。甘やかしたくなっちゃうだろうが……。

 

 だいたいな、おまえ状況分かってんのか。おまえの頭ン中にはメシとスイーツのことしか頭にないみたいだがな、オメーッとこのばーちゃんに言われてんだぞ、おれは。オメーのことよろしく頼むってよ。どういう意味か分かるか? 

 

「はぁ。わたくしに尽くすよう命じられてるのでしょう?」

 

 んなわけあるかい。オメーが太らねーように監視しとけって意味だ。孫娘は食べることしか頭にねーから、そうならないように頼みますってよ。

 

「はぁ。おばあさまが? 想像できませんわね……」

 

 どうしていつもいつもリバウンドしちまうんだ、マックよ。そんなに信用できないかね、おれ。

 

「そんなことっ! ……こほん、失礼しましたわ。自信を持ちなさい、トレーナー。わたくしのパートナーとして選ばれたのです。その名誉、理解していないとは言わせませんわよ」

 

 おまえがリバウンドするたびに悩まされる名誉をか? あぁ、よーく理解しているよ。嫌ンなるほどな。おまえにもこの気持ちが伝わるといいんだが。

 

 おまえ、深夜のラーメン巡りにハマったらしいな。夜な夜な寮を抜け出して……店の麺と米を空にして帰っていると……テイオーが言っていた。

 

「……っ」

 

 何してんだ、おまえ。リバウンドにしてもなんでちょっと不良寄りになってるの? しかもラーメンて。あんなバケモンみたいなカロリーしたメシを……何杯食った? それを深夜に? よっぽどおまえはおれを怒らせたいらしいな。望み通りにしてやろう。

 

「……テイオーと一緒に行ったんですのよ、それは。言い出しっぺはテイオーですわ」

 

 あのガキ! あいつが主犯か! あいつが……マックを……!! おれが散々心を砕いて来たマックの体重をめちゃくちゃにしやがったんだなッ!

 

 許せん。

 

 今回という今回は本気だ。本気で……テイオーを許せん。

 

「トレーナー! どこに行くつもりですの!?」

 

 あのガキを吊し上げる。マジで許さんぞあいつ。パクパク饅頭の誘惑への弱さを知っておきながら! おれがどれだけマックの体重維持に気を遣っているのかを知っていながらッ! ついでにアルファード食堂の噂流したのもどうせあいつだろ! 

 

 あぁ……積りに積もった恨みが湧き上がってきた。どうしてくれようか、あのガキ!

 

「ッ、やめてくださいまし! 先ほどの、テイオーが言い出しっぺというのは嘘です! わたくしが──わたくしがお願いしたのです、テイオーに!」

 

 ……え? 

 

「一度だけ行った横浜家系の味が忘れられず……深夜に汁完した時の満足感が忘れられず! どうかわたくしを連れて行ってほしいと!」

 

 ……。

 

 え。じゃあおまえが悪いんじゃん。マック……マック、おまえ……。

 

 …………なんでなんだ?

 

 おまえはおれのプランをいつも粉々にする……。もう怒りよりやるせなさが勝る。マックイーンは……おれの手に負えるウマ娘ではなかったのだ。

 

「……そもそも。家系にわたくしを連れていったのはトレーナーではありませんの」

 

 うん。だってなんか腹減ってたし、食いたかったし。

 

「リンゴの味を知らないのであれば、どうしてそれを盗もうと考えますの? わたくしに……あの味を教えたのはあなたですのよ、トレーナー」

 

 ぐっ……。

 

 じゃあ何か。おれは……おまえが知らないであろう未知の味を、おまえに教えないほうがいいと?

 

「……そういう話ではないのではなくて?」

 

 どう考えてもそういう話だろ。

 

 はぁ……。おまえはなんのかんの言って頑張ってるよ。だからついおれも甘やかしたくなっちまう。ただでさえまんまるなおまえの顔がもっと丸くなるのが分かっていてもな……。

 

「どつきますわよ」

 

 やめてくれ、死んじゃうだろ。

 

 秋天あるだろ、おまえ。とても今から絞ったんじゃ間に合わん……。なんで毎年同じことやってんだ。まるで去年から進歩してない。

 

「……どうせわたくしはパクパク饅頭ですわよ。トレーナーに苦労ばかり掛ける不孝行者ですわ。でも仕方ないではありませんか。この世にはまだ見ぬ美食が多すぎますの、とても我慢など出来るものではありません」

 

 開き直られてもな……。

 

 もう分かった。トレーニングの量を増やそう。食う量を減らそう。こんな強硬手段をとりたくはないが……背に腹は代えられん。秋天までもう時間がないんだ。ボクサースタイルで行くしかない。

 

 マックよ。おまえが太ったのには、おれにも責任があることをここに認めよう。

 

「そんなの認められても……」

 

 ……おれも走ることにする。そうすることで、責任を取ることに代えよう。

 

「その理屈はよく分かりませんけど……。早朝ランニングですのね? トレーナーにしては悪くないアイデアですわ。ちょうどいいからテイオーでも誘っておきましょう」

 

 おれもここんとこ運動不足を感じてた。丁度いいタイミングだったってことだろう。

 

 ……頼むからこれ以上、おれに黙ってカロリーの道に落ちるなよ、マック。おまえにはおれがついている。

 

「……トレーナー、少し変わりまして?」

 

 なんだと。

 

「いえ、なんというか……責任感? のようなものを感じます。ようやく反省しましたのね、悪くありませんわよ」

 

 おまえは反省してないようだがな。

 

「減らず口は直りませんのね──ところで、秋天の後の食事には期待してよろしいんですのね?」

 

 いや、まずは勝つことを目指せよ。本当にマックの頭には食うことしか入ってないのな。

 

 ちなみに秋天は普通にスカーレットが勝った。無茶なダイエットがダメだったらしい。すまんな、マック……。

 

 

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