ウマ娘の頭悪いサイド   作:にゃんこぱん

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なくはありませんわ!

 心地いい疲労に身を包んで帰宅したアドマイヤベガが見たのは、ベッドの上で膝を抱えるルームメイトの姿だった。漂っている暗い雰囲気から、しばらくそうしていたのだろうと思った。

 

「……あ。アヤベさん、お帰りなさい……」

 

「ええ、ただいま……何かあったの?」

 

 アドマイヤベガは肩から下げていたバッグを下ろし、カレンチャンに寄り添うようにベッドに腰掛けた。酷い表情だ──焦燥、諦観、絶望。それらを混ぜ合わせてぶちまけたような表情にも、自分では気づいていないのだろう。

 

 自分はカレンの味方だ。少なくともアドマイヤベガは、そうありたいと思っている。

 

「アヤベさん……」

 

「ゆっくりでいいわ。何があったのか、聞かせて。必ず力になるから」

 

「……アヤベさんには、多分無理なことかも」

 

 あっ……。

 

 アドマイヤベガは一言で察した。トレーナー関連だ。

 

「カレン……お兄ちゃんに、酷いことしちゃった。怯えさせちゃった。どうしよう、どうしようアヤベさん──わたし、お兄ちゃんに嫌われちゃうよ……っ!」

 

 アドマイヤベガだけが知っている。

 

 この子の裏側を。胸に隠している本心を、アドマイヤベガだけが知っている。

 

「……大丈夫。あの人、明日になればケロっとしているわ。それに、あの人が誰かを嫌うなんてありえない。どれだけ酷いことをされても……特に、元担当のことを嫌うなんて、あの人には無理よ。大丈夫だから」

 

「でも……カレン、今回は本当に……酷いことしちゃって……──」

 

 カレンチャンは、先ほどの出来事を語った。自責と諦観、そうなった事実を受け止めきれないが故の、そうなった事実を理解しているが故の、絶望。

 

「えぇ……あなた、何してるの……」

 

 アドマイヤベガは普通に引いた。襲う寸前どころか、普通に襲ったって聞こえたが。

 

「そうなるでしょ? あはは……カレン、もうダメだよ。どうしてお兄ちゃんに本当のこと一つだって言えないんだろう。カレンの口はね、嘘つきの口なんだぁ。どうしてこうなっちゃったのかなぁ。あはは、あはははは……」

 

 当然、アドマイヤベガは彼女のルームメイトとして、その悪癖……というか、カレンチャンに染み付いて剥がれない仮面を知っている。

 

「お兄ちゃんのこと見てるとどうしようも無くなっちゃうんだ。お兄ちゃんと話すと嘘ばっかり吐いちゃうんだ。ぐちゃぐちゃになっちゃって、気づいたらいつも酷いこと言ってるの。さっきは特に酷くて……すっとぼけたお兄ちゃんの表情を見つめてたら、気づいたら襲いかかってたんだぁ。あは、もうカレンはダメだよ、手遅れなの……」

 

「……自分を否定するのはやめなさい。それに……私が言うことではないかもしれないけれど、あの人に対するあなたの憎しみも、また本当のことよ」

 

「……そうだよ。カレン、完全に二重人格だよ。お兄ちゃんを大好きなわたしと、お兄ちゃんのことを恨んでいるわたしがいるの。どっちも本当のことだよ、だけど……どうしようもないじゃん。どっちにしてもカレンの気持ちはぐちゃぐちゃになってるんだから」

 

 その上、本人といえばあの調子だ。普段からとんでもない事ばかりやらかしているが、カレンチャンのことだけは拒絶し続けている。そこだけは一貫している。

 

 アドマイヤベガは額を抑えてため息をついた。

 

「私が言うのもなんだけど、難儀なものね……」

 

「そうだね。挙句、アヤベさんのことだって恨んでるんだよ。ほんとにお兄ちゃんの言う通り、カレンは心の壊れたクソガキなんだよ。……だから、優しくされると余計に惨めになるの、わかるでしょ?」

 

 アドマイヤベガは、本人に恨まれていると言われても顔色一つ変えない。アドマイヤベガはそうなった経緯も、その思いも理解している。その上で、彼女のただ一つの理解者でありたいと思っている。

 

「……カレン。あなたが私のことを恨んでいようと、疎んでいようと私は構わないの。溜め込んだものは、全て私に聞かせて。内側に溜め込んで、誰にも聞かせられない黒い感情は……毒にはなっても、薬にはならないわ。分かるでしょう」

 

「でもさっきアヤベさん、カレンの話聞いて引いてたよね……」

 

「う……それとこれとは話が別よ」

 

「いくら自業自得と言っても、アヤベさんに引かれるの、結構傷つくよ……。でも……ありがとう、アヤベさん。カレンも……こんなのアヤベさんの他に、誰にも話せないもん。特にお兄ちゃんには……絶対に知られたくない。知られたら、もうカレン生きていけない……」

 

「その、かなり知られていると思うけれど……」

 

 普段から毒を吐きまくっているのに何を言っているのだろうかとアドマイヤベガは思ったが、カレンの捻じ曲がってしまった今の性格を思えば、支離滅裂なことを言い出しても不思議ではない。

 

「……アヤベさんのいじわる。嫌い。お兄ちゃんをカレンから奪ったのいまだに忘れてないんだから。その上ちゃっかり正妻みたいなポジションに落ち着いてるのもムカつく。絶対許さないもん。カレンのものだったのに……」

 

「別に奪ったわけではないし、別にあなたのものでもないでしょう……。それに、その……せ、正妻では、ないわよ……」

 

「何照れてるの! アヤベさんはカレンの味方じゃなかったの!? ずるいよ、お兄ちゃんは全方位天邪鬼のツンデレ代表みたいな性格なのに、アヤベさんの頼みを断ったことなんて一回もないよね!? ずるいよ、ずるい!! カレンだってお兄ちゃんにあんなことやこんなことしてもらいたいのに!!」

 

「何をさせるつもりなの……」

 

 あんなことやこんなことを頼んだ覚えはない。アドマイヤベガは額に手を当ててため息をついた。

 

「それ!! その仕草、ずるい!! お兄ちゃんはその仕草を見たいがために色々おかしなことを言ってる節まであるんだから!!」

 

「……違うわ。ケイは──」

 

「その名前呼びもずるい! ずるいずるいずるい! カレンもお兄ちゃんの幼馴染に生まれたかった!」

 

「はぁ……」

 

 再びアドマイヤベガは額を抑えた。心底疲れたように呟く。

 

「羨ましいのは分かったけれど、そんなにいいものではなかったわ──」

 

 ちらり、と目を向けた先には、彼女の机。綺麗に整頓された机の上の写真立て、小学校の卒業式の写真が写っている。

 

 写っているのは3人。この日はアドマイヤベガと、彼女の双子の妹の、小学校の卒業式だった。その横には中学3年生のケイが立っている。

 

 写真の中のケイは、カメラを意識しながらも、妹の方に目をやっていた。

 

 この写真が、3人で撮った最後の集合写真になった。この時から後に写真を撮る機会はなかったし、そしてこれから先も永遠にないだろう。

 

「……ごめん、そうだったよね、カレンが軽率だった」

 

「いいのよ。悪い記憶ばかりではないもの。それに、そうね──もしも、カレンが近くにいたら、どうなっていたのかという想像は……それはそれで、悪くないわ」

 

「アヤベさん……!」

 

 感極まったようにカレンチャンはアドマイヤベガに抱きついた。驚きつつも、ふっと口元を緩めてアドマイヤベガは頭をゆっくりと撫でる。

 

「もう。私のことを恨んでいるのではなかったの?」

 

「カレンは嘘吐きだから。さっきのは嘘。アヤベさん、大好き……」

 

 調子のいいことを言って抱きしめる力を強めるカレンチャンを、アドマイヤベガは苦笑いしながら受け入れた。

 

 どうか、今日はこの子がいい夢を見られますように。それと、有馬記念ではケイに皮肉の一つでも言ってやらねば、と決意して。

 

 

 

 

/

 

 

 

 

 クソガキ!! てめェぶっ殺されてェか!!!

 

「バーカバーカ! トレーナーのあんぽんたん! ボケナスビ! タンスの角に頭ぶつけて死んじゃえ! バーカバーカ!!」

 

 おれとテイオーはポカポカと叩き合って喧嘩していた。

 

 このクソガキ、マジか、マジで言ってンのか!! 撤回しろや!! 責任取りやがれ、おめーのせいだからな!?

 

「全部トレーナーのせいだよ!! 寝ぼけてんなら寝かしてあげようか!?」

 

 御託はいいからかかって来いよ!! 口だけじゃなけりゃなァ!!

 

「おりゃッ!!」

 

 おれはテイオーに腕を掴まれて背負い投げを決められた。そのまま関節を極められる。

 

 痛い痛い痛い痛い!! くそがァァァァアアアアアアアアアア!!

 

「……なんなんですか、うるさいなぁ、もう」

 

 キタサンがガラってやって入ってきた。

 

「えぇ……えと、何やってるんですか?」

 

「トレーナーがッ!! ボクが有馬で勝ったらッ! 頭下げろだってッ!!」

 

 があああああああああああ!! このッ、クソガキァァァァァァァ!!

 

「せいッ!」

 

 がッ──

 

 テイオーがおれの腕を捻った。神経を捻る嫌な感覚と共に、許容し難い気持ち悪い痛みがおれを襲った。

 

 うぐおェ……テメ、この程度で、おれが……!! ぐッ、アアアアア死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ! クソがアアアアアアアアアア!!

 

「えーっと……あの、テイオーさん?」

 

「なぁに!? ボク、今忙しいんだけど!?」

 

「あの、トレーナーさんに怪我されたら、ちょーっとあたし、困っちゃうなーって。料理とかも作れなくなるし……」

 

 思わぬ援護射撃が入った。テイオーが力を緩める。

 

「……キタサンに感謝しなよ、トレーナー」

 

 あ、危なかった……もう少しで多分、関節がイッてた。と言うか多分ちょっとイッてる。

 

 ……礼は言わんぞ、クソガキ。

 

「テイオーさん、やっちゃっていいですよ」

 

「そりゃどーも!」

 

 があああああああ!! 

 

 叫び声が漏れようとも許しは請わない。これだけは……譲るわけにはいかない。

 

「しぶといなぁ! いい加減諦めなよ!!」

 

 ッ、やれよ──テメーがやるか! テメーが諦めるかだ! 選びやがれッ!

 

「えぇ……? あの、テイオーさん。一体何があったんですか?」

 

 ようやくテイオーが力を緩め、おれの腕を手放してキタサンの方を向いた。

 

「……あのさ、ボクとトレーナーの賭けあったじゃん。ボクが勝ったらアルファードに移籍する。アルファードの誰かがボクに勝ったらボクはトレーナーに謝るって賭けね」

 

「ああ、はい……」

 

「で、なぜか……ホントになんでか知らないけど、ボクはトレーナーと一緒に有馬の優勝を目指してるわけ。この場合さ、ボクが勝ったらアルファードに移籍でいいでしょ、流石に」

 

「ああ、そういう……」

 

 キタサンは察したように眉を下げた。心なしか呆れている。きっとバカバカしいとか内心では思っているのだろう。

 

「バカバカしい……。そんなことで喧嘩してたんですか?」

 

 いや、普通に言ったぞ、コイツ。テイオーへの尊敬も最近では薄れてきたようだ。まあそれは当然なんだが。

 

「っていうか! そもそもなんでボクがトレーナーと組んで優勝目指してるわけ!? よーく考えたらおかしくない!? こんなことしてたら余計に目の敵にされるじゃん!」

 

「いや、そうでしょ──」

 

 クソガキは今更気づいたんですか? みたいな表情をしている。呆れ果てているようにも見えるな。

 

「今更気づいたんですか?」

 

 言った! 普通に言った!

 

「言わないでよ……はぁ。でさ、トレーナーがおめーのせいだからだろとか色々抜かすから。とりあえず優しく説得してたってワケ」

 

 誰がだ、誰が……。

 

 だが丁度いいタイミングだ。おいテイオー、このまま争っても決着が付かん。キタサンにジャッジさせるぞ。

 

「え、決着自体は付いてましたよね、完全に」

 

「もう少し"説得"した方がいいみたいだね、トレーナー?」

 

 ……かかって来いよ。おれは譲らんぞ。

 

「えぇ……。こんなに粘るトレーナー初めて見ました。テイオーさん、こうなったらトレーナーは粘るんじゃないでしょうか」

 

「はぁ……。まあいいよ、トレーナーの根性に免じて譲ってあげる。じゃ、キタサン。どっちが正しいかジャッジしてくれる?」

 

「えぇ〜……。私がやるんですか? イヤだなぁ〜……」

 

 そう言いながらも、クソガキはうんうん唸って、しばらく考えて言った。

 

「……テイオーさんが悪いです!」

 

 はっきりとそう言い放った。おれはガッツポーズしようとしたが、腕がまだ痛かったのでできなかった。

 

「えぇ!? ちょ、なんでなの!?」

 

 だよな。流石にな。流石に今回はおれ貰い事故だよな。

 

「テイオーさんはしばらく反省してください。でも、あたしは別にテイオーさんがアルファードに来たらまあ、ギリ嬉しさが勝つので……トレーナーさんにこれまでのこと、ちゃんと謝れたらアルファードに来ていいですよ!」

 

 ぐ……せ、折衷案……!! だが……これは……! おれもテイオーも、どっちもかなりのダメージを受けるアイデア……!!

 

 悪魔か、この女は。

 

「せっかく考えてあげたのに! 最悪ですよこの人!」

 

「うぅぅぅ……。悪魔だね、悪魔。すごいこと考えるよ……」

 

「テイオーさんまで! なんなんですか、もう!!」

 

 おれは流石に頭を抱えた。

 

 このガキに謝らせるのはいいが、アルファードに来るとなると……いや、だが……おれはコイツの心からの謝罪が聞きたい……聞きたいが……しかし……ぐ……ぐぅ……!

 

「うぅ……移籍は、したい……トレーナーに毎日イタズラしてご飯作ってもらって、トレーナーをからかって毎日遊びたい……けど……! 謝れッての……!? ボクが、トレーナーに……!?」

 

「どっちも最悪ですよ!! なんなんですか!!」

 

 キツすぎる。キツすぎるぞ……。どうする……どうしたら……。

 

「じゃあこうしましょう! テイオーさんが有馬で勝ったらアルファードに来る! テイオーさんが負けたらトレーナーさんにちゃんと謝ってアルファードに来る! どうですか!?」

 

 どっちみちウチに来てんじゃねーか! ちょ、テイオーが悪いってさっき言ったよね!? なんで!?

 

「そうそう! キタサンはやっぱり話が分かるなぁ! 自慢の後輩だよ〜!」

 

 おい、おい! キタサン! た、頼む! め、メシ……メシの恩義を、お前が覚えていてくれるなら、頼む! 後生だ!

 

「えぇ……。こんな本気になってるトレーナー初めて見ました。うーん……ご飯の話を持ち出されると私も弱いです。じゃあ、さっきのちょっと変えましょう。テイオーさんが勝ったら、トレーナーさんに謝ってアルファードに来る。負けたらトレーナーに謝らなくてもいいですけど、アルファードに来ちゃダメです!」

 

 ぐッ……これは……! ど、どうなる……? どうなるんだ、これ……?

 

「うぅぅぅ……! 悪魔だね、キタサン……ッ!」

 

「テイオーさんは勝ちたいですよね。それとトレーナーさんもいろんなウマ娘に手を出したせいで絶対に負けられないんですよね? テイオーさんはアルファードに来たいですよね!? トレーナーさんはテイオーさんに謝ってほしいですよね!? これで利害が一致しました!! 頑張りましょう!!」

 

 手ェ出したわけではねーから!! 誤解しないで!?

 

「……分かったよ、キタサン。はぁ、トレーナーに謝るのなんて死んでもゴメンだけど……。そもそもボク、レースで負けるのなんて絶対ヤだもん。トレーナー!」

 

 ……ンだよ、クソガキ。

 

「絶対勝つよ! あと……キタサンのことも、ボクが鍛えてあげる! ボクがついてる以上、ジュニア級程度のGⅠなんてお茶の子さいさいだからね!」

 

 ……ああ、そう。

 

 今はまだ、礼は言わんぞ。おれはそこまで気が早いわけではない。

 

「結果で示すよ。キタサン、トレーニング! 準備して!」

 

「あっ、はい! すぐ行きます!」

 

 決戦の時が迫っていた。

 

 人間関係はギリギリのラインで縺れ合いながら、時間は過ぎていくだろう。テイオーが勝ってくれないとおれは多分、死ぬ。クソガキ1号に殺されるだろう。

 

 頼むぞ、テイオー。おれは心の中でそう呟いた。

 




・カレンチャン
 かわいい。
 ホントのカレンは誰も知らない(キリッ とかやってたのに即落ちした。
 書いてる私も何やってんだコイツとか思ってます

・キタサンブラック
 かわいい。

・テイオー
 畜生の権化と化した。
 トレーナーとテイオーがぐだぐだやってるシーンは正直書いててすごい楽しいです(小並感)
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