ウマ娘の頭悪いサイド   作:にゃんこぱん

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うそですわよね!?

 

 

「う〜……」

 

 カタカタ。

 

「う〜〜!」

 

 カタカタ。

 

 カタカタ、カタカタ……。

 

 キーボードを叩く音が壊れたピアノのように鳴っている。いやピアノではない。おれは一体何を言っている。

 

「う〜……!」

 

 さっきからちいかわみたいな鳴き声をあげているのはキタサンブラックだ。部室のパイプ椅子にじっと座り込んでおれを睨んでいる。記念すべき、クソガキが2戦目を終えた日の夜のことだ。仕事を片付けているとなんか来た。

 

「う〜……うぅ〜……!」

 

 おれは観念した。

 

 何だよ。

 

「なっ、何だよってなんですか! あたしのハダカ見たくせに!」

 

 その件はもう謝ったろ。あと別にハダカではない。せいぜい肩までぐらいだったしな、脱ぎ具合的に。

 

「面倒くさそうな表情やめてください、あたし男の人にあんな姿見られたの初めてだったんですよ!? それなのに……!」

 

 わ、分かったよ……。

 

 別におれがこんなクソガキに欲情するはずもないが、クソガキの方だってプライドがある。その点について、おれは譲歩することにした。悪いのはおれだ。

 

 謝れってんなら謝る。で、おれにどうして欲しい。

 

「まずその態度! ちょっとは照れたりしてください! ていうかなんで気まずくないんですか!?」

 

 そりゃ……どうでもいいからだが……。

 

「前々から思ってたんですけど! トレーナーはあたしに興味なさすぎです! 担当ですよ担当! 他の子達は一緒に遊びに行ったり、ご飯食べに行ったりしてるのに!!」

 

 おれもオメーのメシ作ってんだろ。むしろ上位互換だろ……。

 

「そういうことじゃないです!」

 

 ちっ……。言わせてもらうがな、おまえも大概おれへの扱い酷いからな。

 

「え? はい」

 

 レースの打ち上げ行って来たんだってな。気絶したおれを放って。

 

「はい。だって……トレーナーと一緒にいて平気な顔なんて出来なかったし……」

 

 ついに来るとこまで来たかって感じだ。部室で目ェ覚ました時びっくりしたぞ、全部夢かと思ったわ。あれ誰が運んでくれたんだ?

 

「えっと、先輩たちがじゃんけんして決めて……結局アヤベさんが背負って、一回トレセン行って、合流してお肉食べに行きました」

 

 おおう……。え、それはさ、飯代とか誰が出したんだ?

 

「えと……テイオーさんです」

 

 えぇ……。おれは想像がつかなかった。あいつが? しかし……。

 

 あいつ、しれっとお祝いには参加していくのか。ほんとクソ度胸というか、頭ン中を覗いてみたい。あいつどうだった?

 

「ネイチャさんがずっとネチネチテイオーさんのこと責めてて……。でもご飯はすっごく美味しそうに食べてました。トレーナーの食事管理からの脱出だ〜、とか言って。それでアヤベさんとタイシンさんに睨まれてました……」

 

 そ、そうか……。

 

「なんというか、失言……というか、墓穴というか……。ダメな時のトレーナーを見てるみたいでした……」

 

 おおう……。やはりあいつはもう1人のおれなのか。見てられねェ。どうにかしなければ。

 

「それで……その、ボクが奢るよーって、テイオーさんが。申し訳なかったから皆さんと一緒に止めたんですけど、キミらと違ってレースで稼いでるからねーって……その後の凍った空気のことは、思い出したくありません……」

 

 おれは頭を抱えた。

 

 なんのかんの言ってテイオーとはそこそこ長い。ヤツはあんなツラしておきながら脚には爆弾を抱えている──というより、強すぎる出力に体が追いつかないので、レースを初めてすぐに故障した。それでアルファード送りになり、付き合いはそこからだ。

 

 そのころは今よりももっと小生意気なクソガキだったが……ここまでのド畜生ではなかった。

 

 ああ……白状する。ヤツをそうさせたのは、おれかもしれん。

 

「ていうか絶対そうですよね!? たまにトレーナーの見てないところで、ふむ。とか言って真似してますからね!? めっちゃ影響受けてますよ! トレーナーのせいですから絶対!」

 

 ……ヤツにも素質があったってことだ。

 

 認めがたいが……どうやらヤツはおれの見習ってはいけない部分だけを見習ったってことらしい。今やおれは責任を感じている……。

 

「一応自覚はあるんですね……」

 

 っていうか。控え室でおまえら何してたの?

 

「いや、それはトレーナーさんが全然来ないから、じゃあライブあるし着替えよっかってネイチャさんが言って。それで、なんか、そういうノリみたいな感じで。……でもちょっと、そこはかとなく本気っぽい感じが混じってました……」

 

 おおう、やっぱりか。だったらそっちの方に気まずさを感じるべきだろ。おれを問い詰めてる場合じゃないぞおまえ。ネイチャはガチかもしれん。

 

「いや、それはないんじゃないかなって……」

 

 なぜ言い切れる。

 

「だって……いえ。何でもないです」

 

 何でもないならいいんだが。

 

 で、何の話だっけ。

 

「……つくづく思いますけど、トレーナーさんが誰かと話してて話が脱線していかないことってないですよね。はぁ、なんかさっきまで怒ってたのバカみたい……」

 

 その、おまえがおれをトレーナーって呼ぶ時とトレーナーさんって呼ぶ時って何が違うんだ? 

 

「……うるさいです。ちょっと黙ってください」

 

 あっ、無意識で呼んじゃった感じか。別におれとしてはどっちでもいいんだが……。

 

 なんというか、おまえはつくづく根っから人がいいんだよな。根っこのとこで優しいっつーか。人に意地悪とか出来ないだろ。

 

「うっ、うるさいなぁ! なんなんですか!」

 

 おまえの秘密を少しだけ教えてやろう。

 

 ズバリ、おまえは人に意地悪をされたことがないから、おれにどうやって意地悪を返せばいいのか分かっていない。人に嫌われたことがないから、おれをどう嫌えばいいのかイマイチよく分かってない。

 

「……トレーナーさんのそういうとこ嫌い! 嫌いです、嫌いです!」

 

 喜ぶべきことだ。性根は望んで変えられるものじゃない。人に優しくしたくても出来ないヤツもいるんだぜ。タイシンとかな。

 

「タイシン先輩は普通に優しいし、面倒見もいいですよ……トレーナーさんと違って。トレーナーさんと違って!」

 

 クソガキ1号と比べればおまえの悪態は可愛いもんだ。殺したいって思ってるんだよとか言ってこないし。

 

「……そういえば、あたしまだトレーナーから褒めてもらってないです」

 

 そりゃ気絶してたからな。

 

「言ってください。さあ」

 

 あのなぁ。おれがおまえを素直に褒めたとて、それは別に、おれを打ち負かしたことにはならんぞ。

 

「じゃあ言ってくださいよ」

 

 ……別にいらんだろ、おれがどうこう言ってもおまえにとってはどうでもいいことだろ?

 

「そうかもしれないですけど、言ってくださいよ。大人ですよね? 素直に言ってくださいよ。さあ」

 

 ふむ。大事なのは、おまえ自身がおまえを認めてやれるという事実だ。それに比べれば、外側からの承認にそこまで大した意味はない。

 

「ぜんっぜん言わないなぁこの人! ほら! うだうだ言ってないで!」

 

 ……。言わんとダメか?

 

「ダメです。さあ! さあさあ!」

 

 クソガキは胸を張っておれを見下ろしている。得意げだ。おれを屈服させる瞬間を今か今かと待ち望んでいるのだ。

 

 ……仕方ねェな。おれはスッと立ち上がって、クソガキの頭を撫でてみた。

 

「えっ」

 

 おまえの努力を見てたぞ。よく頑張ったな、キタサンブラック。

 

「……えっ、何ですか?」

 

 とりあえずラノベ主人公みたいな感じでナデポを試みることで上下関係を知らしめようと思ったが、普通にパサっと手を払われた。

 

「いいですか、トレーナーさん。女の子に触る時はちゃんと許可をもらってからにしてくださいね。今回は許してあげますけど……いや、やっぱり許さないことにします──いきなり何するんですか!?」

 

 情緒不安定なの? わ、悪かった。悪かったよ……。もうやらんから許せ。

 

「別にやっちゃダメとは言ってませんよ。ちゃんと一声かけて下さいねってだけで」

 

 どっちだよ。どういう感情で言ってるのそれは。

 

「はぁ。あたしなんかもう、トレーナーさんのことよく分かんないです。こんな人今まで会ったことないですよ……」

 

 えぇ、急にどうした?

 

「無茶苦茶ですよ。何言ってるか分からないし、すぐふざけるし、真面目な話はさっぱりしないし、そのくせ……トレーナーさんのいう通りにトレーニングしてたら、もう2連勝しちゃった……」

 

 別におれのおかげというわけでもない。

 

 そもそもおまえ、多分普通に才能あるぞ。明らかに強ぇーもん。それにおれが口であれやれこれやれっつったって、やるかどうかを決めるのはオメーだ。サボったり手ェ抜いたりせず、バカみたいに走ってたからだろ。そこにおれの関与する余地は無ェ。

 

「やってくださいって言ったらやらない。言ってくださいって言ったら言わない。トレーナーさんのおかげって言ったらおれのおかげじゃないって言う。バカですねって言ったらバカじゃねェって言う。なんかもうすごいなぁ。人ってここまで捻くれることってあるんだ」

 

 誰が逆こだまでしょうかだ。いいえ誰でも、じゃねえ。

 

「あたし思いついちゃいました。逆のことを言えばいいんだ。ねえトレーナーさん、あたしのこと褒めないでください」

 

 そんな一方通行をボコした木原くんみたいな攻略法されても……。そう思ったが、信じられないことに、おれはそう言われると褒めざるを得なくなる。

 

 おまえはすごいよ。バカみたいなスケジュールでも弱音一つ吐かないし、おれに恨み言の一つも言わない。自分の夢に真っ直ぐ走っている。

 

「えっ、あ……えと、まっすぐ褒められると逆に、なんか……照れちゃいますね……えへへ」

 

 おれは頭を抱えた。なんてこった、おれは褒めるなって言われると褒めちゃうのか。NOT回路じゃねえんだから……。どうやらもう手遅れらしい。しかもそれを、知られると面倒なやつに暴かれちまった。

 

「でも普段から褒められてもなんか調子狂っちゃう……。ホープフルステークスが終わったら、とりあえずいっぱい褒めてくださいね」

 

 勝てるかどうかも分からんのに、気の早いヤツ。足元掬われても知らんぞ。

 

「……あの約束、忘れてないですよね?」

 

 おれは忘れっぽいからな。なんのことだか分からん。

 

「あたし……ホントに、GⅠに挑むんですね」

 

 冗談にしてもらってもいいぞ。おれとしては、仕事が減って助かる。

 

「──あたしには夢があります。大舞台で、幼馴染と……ダイヤちゃんと、戦う夢。絶対に叶えたい……願いがある」

 

 そうか。おれには関係のないことだな。

 

「はい。トレーナーさん。あたし、負けません。絶対に」

 

 そう言って満足したのか知らんが、ヤツは来た時とは真反対の表情を浮かべて去っていった。文句を言いに来たんじゃなかったのか……。

 

 しかし、この決意とは裏腹に、ホープフルステークスでヤツは2着に敗れることになる。しかしそれはまだ……先の話だった。

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