「ふむ。ということで、悪いがおれは一抜けさせてもらうぞ」
「ふーん。楽しんできてねー」
「……ふん。あたしのことなんて気にしないで、せいぜい楽しんで来てくださいねッ」
ということでトレーナーがそのままトレーニング場を去ったのを確認し、トウカイテイオーはいそいそと荷物を片付けた。
「さ、追いかけるよー」
「……ホントに行くんですか? どーせプラモデルでも買いに行くだけですよ、あの人」
「その時はシバこ。でも……うーん、トレーナーはそういう隠し事しないんだよねー。まぁ追いかければ分かるよ。変装の用意は?」
「……一応、持ってきましたけど」
サングラス(目がハートのヤツ)をキタサンブラックがスッと差し出した。
「うそでしょ……キタサンもさ、立派なアルファードの一員だよ」
「え? どうしたんですか急に……」
「む、無自覚で? うん……まあ、いいけどね、別に。さぁ行こ。トレーナーの弱みなんてなんぼあってもいいからね!」
彼女たちの尾行が始まった。
-
なんかおれの後ろを付けてくる変質者がいる。ハートのサングラスはシラフで掛けちゃダメだろ。というかなんか見覚えがある気がするが、おそらくは……気のせいだな。
気合いを入れよう。おれは地下鉄を乗り継いで目的地に向かった。
待たせちまったか?
「……ううん? ぜーんぜん。気にしなくていいよ、おにーちゃんっ」
クソガキ1号である。寒そうに手に息を吐いていた。
行くぞ。
「あっ、ちょっと待ってよ〜。まず、カレンに言うべきことがあると思うな〜」
付き合わせたことについての礼は言わん。先日のおまえの凶行に対する報いとでもしておくつもりだからな。
っていうかおまえ、ちょっとは気まずさとか感じないわけ?
「お、お兄ちゃんに言われたくないよっ! ちょっとは気まずさとか感じないの!? カレンが何したのか忘れちゃったワケ!?」
おれは結構根に持つ。おまえの所業を忘れるはずもない、が、それ以上に重大なことが大量に起きたので、相対的に見れば大した問題ではなくなった。
「……怒ってないの?」
おれは無駄なことはしない主義だ。おまえに怒ればその腐った性根が直るのか?
「……直んないよ。お兄ちゃんの腐った性根が直らないのと一緒だね」
違いねェ。バカにつける薬はない。
「まったくだよ。……で! 今日のカレンを見て、言うことあるんじゃないの!?」
おれは一度立ち止まって、クソガキを振り返ってみたが……特筆すべき点はない。強いて言うなら私服がいつもと違うような気もするが、別に大した問題ではないだろう。
ふむ。おまえは知らんかもしれんが、もっと厚着をするとあったかいぞ。
「お兄ちゃんに期待したカレンがバカだった! 最悪。最低。お兄ちゃんのバカ。ボケナス。クリスマスに誘ってくるくせに、デートの作法も分からないなんて。大体、寒いって分かってるなら上着の一つもかけてくれればいいじゃん。死んじゃえ、死んじゃえ」
ぶつぶつ言いながら、クソガキがおれの背中をゴスゴス殴ってくる。痛ェ……痛ェって、おいやめろ! 痛えだろうが!
「死んじゃえ。お兄ちゃんなんて死んじゃえ」
やめる気配がない。ちっ……上着が欲しいならくれてやる! だから殴るのをやめろ!
おれは着てたコートをクソガキに投げつけた。寒ィ……。
「……ふん。こんなんで許すと思ったら大間違いなんだからね」
とか言いがならしれっとクソガキはコートに袖を通した。着るのかよ。タッ、と軽い足取りで地面を蹴って、おれの隣に並んでくる。
「それで? こんな素敵な夜に、カレンをどこに連れてってくれるの、お兄ちゃん?」
教える気はない。黙って着いて来い。
「はーい。せいぜい楽しみにしてるね、クリスマスのデート」
久しぶりに都内の方に出た。
東京の全てがクリスマスを表現し、謳歌している。だが過剰な情報量は常に人を辟易とさせるものだ。そこから逃れるコツは、バカになるか盲目になるか……。いずれにしても、文明ってのは進みすぎるとロクなコトがない。
クリスマスというよく分からんイベントに対してバカみたいに盛り上がっている。アホらしい──しかし、それが存在しないよりはマシってものだ。
目的の人物を見つけた。
長い髪を括った女だ。おれの関係人物にしては珍しく、頭からウマ耳が生えてない。
よぉ、アミーゴ。久しぶりだな。
「……ケイ! 久しぶり、元気にしてた? 身長伸び……てはないわね、残念」
おまえの方はまた髪が伸びたな。いつ日本に帰ってきてたんだ?
「昨日だよ、時差ボケを押して来たんだから。感謝してよね?」
ああ。感謝するぜ。……悪いな。
「もう、謝らないの! 久しぶりに会ったんだから、もっと楽しくやらなきゃ勿体無いないわよ! さあ、まずは再会のハグをするべきじゃない?」
アメリカ流は変わらんな。立派な日本人の癖によ。
おれは口ではそんなことを言いながらも、懐かしさを堪えきれなかった。手を広げると、そいつが大型犬みたいに飛び込んでくる。
「……は? え、誰? その女……」
おい、痛いって。おまえの馬鹿力で抱きしめられたら死んじまう。口ではそう言いつつ、実際のところはおれもそいつの背中に手を回していた。
「は? は? は? ……ちょっと、いつまでやってるの!? お兄ちゃんから離れてッ!」
クソガキが強引に割り込んだ。
「ワオ。キミがカレンチャン? 話は聞いてるよ! 私、キミの大ファンでね! ホントに会えるなんて思わなかった! 流石にこれは、お礼を言う必要があるかな?」
「は、はぁ……?」
と言うわけだ。おれは約束を守ったぞ、友よ。おまえもそうしてくれるとありがたいんだがな。
「分かってるよ。話だけでも聞いてあげる。……もうとっくに、ディナーの時間だね。アミーゴ?」
分かってるぜ。予約は済ませてある、行こう。
-
「ウソでしょ。トレーナーの心臓はどうなってるの? 女を連れて他の女のところに連れていくとか……え、今日ってクリスマスだよね。金曜日の夜じゃないよね? ……キタサン?」
「……誰ですか、あの女。トレーナーさんもまあハグなんてしちゃってぇ。どういうことですか? 調子に乗りすぎですよ。ホントにデートだなんて、私を放っておいて……」
「顔が怖いよ、キタサン。……移動するみたい。……あれ、もしかして……高層ビルのレストラン? いやいや、そんなまさか、あのトレーナーがそんな洒落た場所にいくわけ……、ちょ、キタサン。写真はやめよう、週刊誌じゃないんだから」
「証拠です証拠。言い逃れを許さないためです、当然でしょ」
「えぇ……。っていうかどうしよう、建物の中まで尾行は出来ないよ……」
その時、トウカイテイオーの視界の端に、見覚えのあるウマ娘の姿が映った。ネオンを受けて艶やかに輝く髪は目立って仕方ないのだが、本人はそれを理解していないらしく、キョロキョロと辺りを伺いながらそそそっと歩いている。
何を隠そう、メジロマックイーンである。1人ではあるが、どうも外行き用の私服をきっちりと着こなして、やはりそそそっと忍ぶように歩いていた。もちろんテイオーは声をかけた。
「マックイーン! 何してるの?」
「ひゃぁっ!? だ、誰……なんだ、テイオーでしたの。……テイオー!? アナタ、よくもまあわたくしの前の顔を出せますわね!? わたくしへの悪行を忘れたとは言わせませんわよ……ッ!」
「それは一旦置いとこう。実はかくかくしかじかでさ〜……」
話を聞いてメジロマックイーンはテイオーへの恨みは一旦おいておくことにした。トレーナーへの怒り故である。
「トレーナーッ! あの男……わたくしには食うなと宣っておきながら! 自分は高級フレンチなどと!! 許し難い裏切りですわッ、証拠を押さえなくては……」
「高級フレンチと決まったわけじゃないと思いますけど……」
「いいえ、決まっていますのよ! そこの建物に入ったのでしょう!?」
話を聞くと、どうやらメジロマックイーンもそこに向かう途中だったらしい。なんでも美食で有名らしく、クリスマスには特別メニューが出るんだとか。
「……道理で怪しいと思っていましたのよ。あの男を食事に誘って、断られたことなど初めてでしたもの。その上異性とのデート? わたくしというものがありながら、あの男ッ!」
「マックイーン。えと、一応聞くけど、明日は有馬記念なんだけど。ご飯食べに行ってる場合とかではないと思うんだけどな。一応ね、一応」
さらに話を聞くと、マックイーンは2名分で件のレストランに既に予約を入れていたらしい。トレーナーを誘って行こうとしていたのだとか。冗談だろう。有馬はどうした、有馬は……。
「えと、2人分予約したのに、1人で行こうとしていたんですか……?」
「……レディーの恥ですわ。殿方に誘いを断られ、2人分を食べようとしたはしたない娘と笑いなさい」
「1人で行くのは100歩譲って良しとしても、2人分食べちゃダメでしょ……。トレーナーぼやいてたよ、マックイーンの食欲が止まらないって」
もっと話を聞くと、マックイーンが行こうとした店と、トレーナーが入っていったであろう店は同じらしい。
そして、マックイーンは2人分の席を予約したのだという。テイオーはサッとキタサンに目配せをした。
「えっ? なんですか?」
テイオーはキタサンに目配せをした。
「え? ええっと、なんですか、その視線。分かるよな、じゃなくて。言ってくれないと分からないですけど……」
「だからっ! これで1人はマックイーンに連れてってもらって、お店の中に入れるじゃんってこと! 追跡だよ追跡! ボクらのうち1人がついてって、トレーナーのことを見張るの!」
「ええ!? えと……」
「……仕方ありませんわね。キタサンブラック、でしたわね? 着いてきなさい。今日のエスコートは、あなたに委ねるとしましょう」
「エ!? なんでボクノーチャンスなの!? ちょっとマックイーン! ごめんって言ってるじゃん!! もーっ、明日は覚えてろーっ!!」
テイオーの遠吠えを背に受けて、キタサンブラックは、マックイーンに促されるまま歩き出した。ダンスのパートナーのように、腕にマックイーンの手を捕まえさせたまま。
-
「……お兄ちゃんってさ、ハーレム願望とかある人?」
バカ言え。あんなのはフィクションの中だけで十分だ。おれには1人でも持て余す自信がある。
「クリスマスで女の子2人を連れて食事に行っておいてよくそんなこと言えるよね。ね、エリーさん?」
「ケイは昔からそういうのに無頓着だからね。私もずいぶん苦労させられたよ。でも本人は本気で言ってるんだよね、そういうのどうでもいいってホントに思ってるもんね」
色恋沙汰にはロクな思い出がないんだよ。
「ケイ? それは私のことも含んでるのかな?」
おっと、悪いな。おまえには助けられた。
「……そろそろ教えて欲しいんだけど。お兄ちゃんとエリさんってどんな関係なの?」
「ん? 元カノ」
「……え?」
クソガキがおれの方を見たが、おれは口を噤んだ。事実だからだ。さらに言えば、おれはエリー──絵里の、俗にいうヒモだったことを認めなければならない。カリフォルニアの物価がイカれていたせいだ。さらに言えば、エリの実家が太すぎたためであることも要因として存在するだろう。
「……。お兄ちゃんって女の人をそういう目で見てるの? クズじゃん……」
「ケイはクズだよー。完全にお金目当てで付き合ってたもん。私がいくら貢いだか……」
言うなよ……。金も無限にあったわけじゃない。学費やら生活費やらが足りなかったからってメジロ家にせびンのは流石に気まずかったからな。
「そのくせスクールも中退しちゃうし? いきなり日本に帰っちゃうし? かと思えばいきなり呼び出すし」
おまえには頭が上がらん。野宿か大学に住みつくかの2択だったからな……。はぁ、あの頃はキツかった。若さゆえの体力に反比例するように金がなかった。それぐらいアメリカの学費も物価もイカれていた。
「学生ローンも借りてたんだっけ?」
2つほどな。ずいぶん背伸びをさせられた。ただ、選択肢があるのは幸運なことだ。それが重荷を背負うことであってもな。
「お、お兄ちゃんにいつもお金がないのって……そのせいだったの?」
「まぁ、そうだろうね。トレーナーって結構貰えるの?」
ぼちぼちって感じだな。残業代でえらいことになってるが。
給仕の人がドリンクを運んできた。見た目ばっかり気取ったグラスはなんとなく気に入らないが、口には出さない。この後のこともあるからだ。
ま、ともかく。
「素晴らしき再会に?」
はっ。素晴らしき日々に。
-
「……えーっと。あの、飲み物って何頼めばいいんですか。聞いたことない名前のやつばっかりなんですけど……」
「ミネラルウォーターでよろしくて? お互い、レースも控えた身ですし……」
「え? えっと、はい……」
カロリーに対して、何を今更遠慮しているのだろうかとキタサンブラックは思ったが、ちゃんと話すのが初めてと言うこともあり遠慮して口には出さなかった。
「……なんですの、その目は。言っておきますけれど、わたくしを放っておくトレーナーが全て悪いのです」
「えぇ……」
どうやら本気でそう思っているらしい。この時ばかりはキタサンもトレーナーに同情した。っていうかなんで担当でもないのにトレーナーはマックイーンのカロリー計算とかしてあげてるんだろう。
「それに、本題を忘れまして? あなたもウマ娘ならば、耳を澄ませなさい。聞こえますわね」
なんでこの人はこんなに堂々と出来るんだろうかと心の底から思ったが、文句を言える立場ではないので睨むだけに留めておいた。
「な、なぜ睨みますの……。お忘れですの? これはトレーナーを監視するための、仕方のない行動です。やましいことなど……あんまりありませんのよ」
そうなんだぁ(すっとぼけ)。
もっとも、前菜を幸せそうに頬張る姿を見ていた以上、ここからのマックイーンの発言に信用できる点は、一つもない。
-
じき卒業論文の時期か?
「そうだよー。はぁ、ホントに死にそう。こっちに帰ってきたのも半分は現実逃避。分からないことがあればケイ先生になんでも答えさせてた頃が懐かしいよ。ウチの教授も無理難題ばっかり言ってくるし。ストレスでだいぶ痩せたよ」
「エリさん、今って何年生なんですか?」
「4年目。ストレートなら今年卒業して、そのまま研修医だね。うっかりすると5年目に突入しちゃうかもしれないけど」
ふむ……。
「ま、在学中に何本も論文出してたケイには、卒論なんて笑い事だろうけど」
「……えっ? ろ、論文って……」
「あはは、普段の姿見てると想像できないよねー。でもあの頃は、ホントにとんでもない努力家で、とんでもない天才だったんだよ。しかもあの頃、まだ17歳とかそこらでしょ? 何人の自信家が心をへし折られたか……」
昔の話だ。それに、あんなもん何本出したとこで何も変わりはしない。事実そうなったしな。
「めちゃくちゃ期待されてたんだよ、ケイは。自分の後釜にしたいって考えてた教授も、多分何人もいた。──でも、それを全部無視して、ケイは2年生で中退した」
「……お兄ちゃん? 流石に、初耳なんだけど」
今思えば、多少は勿体無いと思わんでもない。
……昔話はこのくらいでいいだろ。本題だ。
おまえさ、研修終わったらトレセン来いよ。
「……えっ?」
「ふーん……。まあ、そんなとこだと思ったよ。でも、私を高く買ってくれてるんだね? 青田買いとは。偉くなったんだ?」
バカ言うな、ペーペーだよ。
「医者の収入ぐらい分かってるでしょ? 社会的地位、信用、将来……そう言うのを差し置いて……私を口説き落とす自信があるんだ。楽しみだね」
トレセンに医療部を立ち上げる。そのためのスタッフが必要だ。信頼できる医者が要る。
「…………えっ!? お、お兄ちゃん……?」
「ふぅん。大学病院みたいなもの?」
そうなりゃ理想だ。頭から妙な耳生やした連中の研究も進めたいと思っている。実現すれば、間違いなく最先端の医療機関になるだろう。未知と既知を隔てるフロンティアだ。西部開拓時代の再来だ、ゴールドラッシュに遅れるな……てな。
「すごいこと考えるよ、ホントに。ずいぶん入れこんちゃって。……アルコールの摂取は確認できない。本気なの?」
ああ。
「……まいったなぁ。ちょっと想定外。とりあえず、私が質問するであろうことについて、答えてもらえる?」
答えよう。
おまえが聞きたいことについて、全ての答えは、"YES"だ。
「……本気なの?」
YES。
「……どうして私なの? 他にも人材はいるはず」
YES。実際のところ、おまえでなくとも構わない。
「ではなぜ? 私がそれをやる必要が?」
YES。おまえはそうする必要がある。
「これまで積み上げてきた医学界へのルートを投げ出してでも? そのために払ってきた全ての努力や資本を捨てででも?」
YES。
「君が本気ということは目を見ればわかる。だけど、実現できるかどうかは別の問題。そうでしょ?」
YES。
「先の保証のない道への誘いは軽々しいものとは呼べない。だから君は、私の人生に責任を持つ必要がある。賠償と言い換えてもいいかもしれないね。その範囲は広いよ。分かってる?」
YES。だが、やる前から失敗した時のことばかりを考えるのは性に合わん。おまえもそうだろ?
「YES。……そうだね。本来なら事業計画書の一つでも見せて欲しいところだけど、君に限ってその手のヘマはしないよね。じゃあ最後の質問。こればかりは一言で済まさないよ──どうしてそこまで?」
答えるつもりはない。知りたければおれの計画に参加しろ。この船に乗ればいい。後悔させるつもりはない。
「それが泥舟でも?」
おまえがいれば泥舟にはならない。そうだろ、エリ。
「はは、まいったなぁ……」
ヤツは呆れ笑いを浮かべて顔を覆った。それは内心を悟られまいとする行動だったが、口元を隠すつもりはないらしい。
おれとしては、クソガキの方がずっと静かなのが気に掛かった──見れば、イヤに真剣そうに成り行きを見守っていた。
どうした。
「……。お兄ちゃんは、さ。どうして……カレンを連れてきたの?」
そいつを釣る条件だ。結構マジなおまえのファンらしくてな。一度拝んでみたいと抜かすもんだから連れてきた。餌を与えとけば交渉の成功率は上がる。悪いが今日のおまえの役割はそんなとこだ。
「……今日がクリスマスじゃなきゃ納得してたよ。ホントにお兄ちゃんは……本気、なの? お兄ちゃん、トレーナーやめちゃうの?」
誰がンこと言ったよ。
「え? でも、今の話だと……」
「え? 本気かい? いくら君でもリソースが足りない。それは無謀ってものだ」
だろうな。だからおまえが必要なんだ。
「……ははは。本当に。……知ってるかい、カレンチャン。ケイの能力は本当に多岐に渡るけど、その中で最も厄介なのが、人を誑し込む能力だ」
「えっと、うん。そうだよね、カレンもそう思う。死んじゃえっていつも思ってるもん」
「はは! 私も何回か殺そうかと思ったことがあるよ。でも、話してるとなんだかバカらしくなってくる。そうだろ?」
「すっごい分かる!」
酷い言い草だ。この点についておれは正直自覚はない。自分でいうのもなんだが、おれはそこまで計算高くはない。
「そう。分かるかな、この点が1番ケイの不可解で、そして面白い部分でもある。ケイはね、他人のことが好きなのさ。それも無条件でね──すぐに人の世話を焼くだろう? そして気を抜くと、他人のためになんでもしてあげたくなる。そのせいで酷い心的外傷を負ってからは、それが無駄な努力だと理解つつも、同じ過ちを繰り返しまいとしている」
笑わせる。おれはそこまでお人よしではない。
「そうだね。ケイは性根が善人ってわけじゃない。ただ他人が大好きなだけ。他人のために払う労力を少しも惜しいと思わず、意欲に能力が追いついているからいつもメチャクチャなことをする。人っていうのは面白いよ。こんなにネジれているのに、平気な顔をして生きることができる。たまらないよ、全く」
エリは長い息を吐いて、心を決めたように一つ頷いた。
「最後の質問。本当に私でいいのかい?」
──もう答えた。
おれはカタクリの真似をして答えた。ワンピースね。
最初に言ったろ、全部YESだってな。
「カッコ付けは変わらないね。分かった、ただし条件をつけよう。私が研修を終えるまでの3年で、君の構想を具体的な形で実現しておいて。言っておくけど、トレーナーになれなんて言われても無理だよ、君じゃないんだから」
妥当な条件だ。言われずともそうするさ。
そう口にした瞬間、肩から力が抜けるのを感じた。多少なり緊張していたらしい。
っ、ぷー……。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
なんだ。
「もう決めたの?」
……もう答えたぜ。とっくの昔にな。
おれは見た目ばかり気取った料理に手をつけた。複雑で味わい深いが、結局のところ……人生の方が、もっと味わい深くて離れがたい。
あと、今気づいたが……マックイーンいる? あれ、マックイーンだよな。え? あれ、明日って、有馬だよな。え? あれ? あれ? あれ?
/
あの人のことがわからない。
なんでもかんでも喋ってしまうのに、なにを考えているかわからない。
なにを考えているのか分からない。なにがやりたいのか分からない。言葉と行動が釣り合っていないのが分からない。どうしてそこまでするのか分からない。
分からない──トレーナーのことが、分からない。
だけど手放せない。捨てられない。楔のように──悩んでしまう。まあいいか、と片付けられない。なぜ、このような気持ちになるのか分からない。
キタサンブラックには分からない。
だが、ずっとそのことを考えていた。