ウマ娘の頭悪いサイド   作:パクパクですわ!

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ぺろぺろですわ!

おれはアウトドア派である。インドアもいけるので、おれは実質的にどこにでも存在していることになる。

 

「……トレーナーさ。ファッション、ちゃんと考えた方がいいよ」

 

なんだと。

 

「顔、そんな悪くないんだからさ。だから……そんな、10年前のロックバンドみたいなファッション、しない方がいいよ。まず革ジャンを脱ごう。ボク、隣にこんな人連れて歩くの恥ずかしい。っていうか存在から恥ずかしい。こんな恥ずかしい人がボクのトレーナーだなんて信じたくないよ」

 

ばかな。

 

おれのアウトドアスタイルがボロカスに言われている。

 

「なんで意外そうなの? 鏡とか、出る前に見ないの?」

 

おい。失望した顔やめろ、かなりグサッと来る。かなり刺さる。

 

「大体アウトドアっていうか、スーツ見にいくのになんでそんなの来てくるの? 今更トレーナーにおしゃれとか求めてないけどさー……。せめてダサいくらいで留めておいて欲しかったよ。っていうか自転車で登場って何? 車くらい持ってきてよ」

 

ふむ。おれは金欠なので、車など持ってない。この自転車もゴミ捨て場から拾ってきて直して使っているのだ。

 

「……トレーナーって、結構高給取りじゃなかった? トレーナー、寮住みでしょ? 何に使ってるの、給料」

 

大人の男には秘密があるのだよ、テイオー。

 

「まさか、パチンコとか、キャバクラとかじゃないよね?」

 

そんなわけがあるまい。おれがそのような愚民に見えるのか。

 

「じゃあ何? トレーナー独身じゃん。彼女もいないんだから、使い道なんてないでしょ」

 

やれやれ。少しはおまえのトレーナーを信じろ。おれはおまえたちウマ娘のためを思って行動しているのだ。

 

「嘘ばっかり。トレーナー、部室に入った時は大体寝てるじゃん。10回あったら7回は机で寝てるよ。なんのためにあんな甘ったるいコーヒー飲んでるのさ、寝ちゃってるじゃん」

 

眠い時は寝るに限るだろう。訂正するが、ちゃんと部室には仮眠用のベッドも置いてあるので机で寝ているわけではないのだ。ベッドはいつでも使っていいぞ。

 

「使わないよ……え、待って。トレーナーは使ってるの?」

 

うむ。学園に寄ってトレーナー用のシャワー浴びれば、寮に帰る必要もないので楽でいい。おれは結構部室で寝泊まりしてる。

 

「……。ふーん、へー。そっかー、ボクもお昼寝したくなったら使っていい?」

 

好きにしたまえ。昼寝だけね。

 

で、今日はどこに行くんだ。

 

「……そうだった! トレーナーのセンスが壊滅的すぎて、思わず一瞬忘れちゃったじゃん!」

 

ははは。おれのセンスは死んでない……はずだ……。

 

「さて、じゃあ行こー! まずはどこから回ろっかなー! とりあえず電車に乗って──」

 

おい、洋服の青山じゃないのか。

 

「トレーナー何言ってんの。リクルートスーツ買いに来たんじゃないんだよ」

 

洋服の青山さんを侮辱したな、法廷で会おう。

 

「ああもう、いいから行くよ!」

 

大型のトレーラーに引きずられるような形でおれは引っ張られていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

誰が見てもデートなのだが、正直に言っておれは帰りたかった。

 

「ねえねえ見てよトレーナー! この首飾り、かわいいよね! ボクに似合うかな〜!」

 

本格的にこいつが楽しみだしているのである。

 

うむ、似合う似合う(5回目)。

 

「えへへへへ。よーし、これも買おー!」

 

おれのスーツは? とたまに聞くのだが、その時だけ都合よくクソガキは耳が聞こえなくなる症状に襲われている。きっと明日には治っている病気なのだろう。謎が深い。

 

だいたい、何が悲しくてこんなクソガキとショッピングモールを歩き回らねばならんのだ。おれは研究者気質なので、歩き回ったりするのは本当は面倒なのだ。ウマ娘の体力に合わせていたらそのうちにぶっ倒れても知らんぞ。

 

「どう? トレーナー! ボクかわいいでしょ!」

 

うむ。かわいいぞ(8回目)。

 

もはやおれはbotだ。さっきから似合ってるぞとかわいいぞしか言ってない。

 

やはりテイオーに遊びを覚えさせたのは失敗だったかもしれん。もともと有り余る体力をトレーニングで発散させていたのだ。クソガキ特有の元気が遊びに向いてみろ、もうどうなるかも分からんではないか。おれももう若くないのだ……。

 

「何ぼやいてんのさー。もう、デートなんだからそう言うのは禁止!」

 

ふむ。お出かけと言い直せ。

 

「なんで? 一緒じゃん」

 

コンプラだからだ。あー、さっさとおまえの足完治しねーかなー。

 

「むぅ、ボクとは出かけたくないってこと?」

 

うむ。そうだ。

 

「ふーん。また埋まりたいんだ」

 

うむ。今のはウソだ。

 

「えへへ。トレーナーは優しいね」

 

うむ。そうだろうそうだろう。

 

テイオーの足が治り切って、また全力で走れるようになるまでもう少しだ。メンタルの方もこの調子では問題なさそうなので、ようやくスピカに復帰できるだろう。

 

おまえの次のレース、なんだっけ?

 

「トレーナーってばさー……。トレーナーって、トレーナーでしょ?」

 

呆れたようにそう言うが、それもまた仕方ないことなのである。

 

テイオーはもともとスピカだし、アルファードにはあくまで一時的に所属しているのみなのである。沖野さんに頼まれて預かっているのだ。

 

スピカには顔出してるんだろう?

 

「そりゃあそうだよ。ボクも適当なトレーナーの下になんていつまでも居たくないもんねーだ」

 

おれはリハビリ専門のトレーナーだからな。勝つためのトレーニングは出来んでもないが、専門ではないのだ。

 

大量の紙袋を抱えて適当なカフェに入ったテイオーが、どさっと荷物を置いた。

 

「すっごい今更なんだけどさ。トレーナーってもしかして普通のトレーナーじゃないの?」

 

チームアルファードは特殊な経緯を辿っている。

 

おれがトレセンに来たのは去年のことだ。中央トレーナー資格を取る連中は、その頃には確実に最低で20歳以上になってるからな。当時19だったおれが最年少ということになったらしい。

 

「それってつまり、飛び級ってこと?」

 

うむ。天才というのは普通の枠に留めておけんのだ。

 

「でもアメリカの大学? 行ってたんでしょ?」

 

ふむ。話すと長いから話さないが、いろいろあったのだよ。

 

アルファードはトレセン内で唯一リハビリ専門のチームである。本格的な医療設備もあったりする。扱う範囲がとても広く、体のケアも心のケアもお任せだ。

 

「心のケアはないでしょ」

 

何を言うか。今してるだろう。

 

本当はそれぞれのチームのトレーナーがそういう面倒を見てやればいいのだが、そこはトレセン学院。人がいないためにトレーナーは多忙であり、そしてフィジカルやメンタルの管理はより複雑で大変だ。怪我をしているなら尚更そうだ。そこで白羽の矢が立ったのがおれである。

 

「こんなちゃらんぽらんのトレーナーに任せていいのかなー……」

 

さっきからひどい言い草である。おれ一応M.D.(Medical Doctorのこと。医学の学位)持ってんだけどなー。医者なんだけどなー。

 

「……冗談、だよね?」

 

テイオーは本当に信じられないものを見るような目でおれを見ている。

 

まあ、医者として働くには実務経験が必要なので、おれは厳密には医者ではないんだがな。これでも向こうじゃ超天才で通ってるんだからな。医学部飛び級ってちょーすげーんだからな。

 

「信じられない……。こんなボクより頭悪そうなトレーナーが……」

 

おれはおまえがおれより頭いいと思っていたことが信じられん。おれはとてもかしこそうなのだが。

 

「まあ、確かにアルファードにはメンバーが多いけどさ……」

 

ウマ娘改めケガ娘の駆け込み院と呼ばれているのだ。実質的に学園内の病院なのだ。よってメンバーの入れ替わりが激しい……というか、治ったら元のチームに戻っていく。今おれが面倒を見ている連中は大体そんな感じなのだ。

 

「いや、面倒は見てないでしょ……」

 

ふむ、好きに言いたまえよ。実際、おまえのケガの治りは予定より早くなってるのだし、復帰してった連中は調子がいい。

 

ふむ、やはりおれは天才……。

 

「もう! 絶対ボクの方が天才なんだから!」

 

ははは。よしよし、いい子いい子。

 

「にへへへ……って、頭を撫でるなー! ダートに埋められたいの!?」

 

ダートはまだ未経験だ。ちょっと興味が湧いた……はっ、閃いた!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……。反省の意思は、ありますね?」

 

はい。

 

「前にも同じことを聞きました。もうしません、と。私は確かに聞きました」

 

はい。

 

「釈明を聞きます。言葉は選んでくださいね?」

 

確かにおれは、同じことはしないと言いました。

 

「続けてください」

 

同じことはしていません。

 

「同じことは……ですか。では、以前ターフに穴を開けた件と、今回の……理事長落とし穴事件は別種類、であると。そう言いたいわけですね」

 

以前の一件はおれが埋められていただけですが、今回は、その……事故であったと、その……。

 

「言いたいことは、以上ですか?」

 

その……おれは、理事長を狙ったわけじゃないんです。おれ、うちの連中にいたずらされて……。

 

「それは、マジックで顔にヒゲを描かれた件ですね?」

 

はい。全然落ちません。油性です。

 

昼寝から起きたら描かれてたのだ。かなり強いマジックを使ったらしい。こんなザマでは、おれはもう人前に出れない。ヒゲと言ってもネコのヒゲの方で、かなりコメディチックになってしまっている。

 

だから、その……犯人の目星は、ついてたから……落とし穴、作っておいて、仕返ししてやろうと……だから、その、理事長を狙ったわけじゃ、なくてですね……。

 

「ですが、まるで誘導したようであったと、そう聞いています。」

 

いや、理事長がわざわざ部室に来ることなんて、珍しかったから……その、落とし穴の存在を忘れてて……。

 

「ではなぜ、あなたが引っ掛からなかったのですか?」

 

それは、その……直前で思い出して、気がついた時には遅かったっというか、その……わざとじゃないんです、おれに悪気は……。

 

「なかった、と。ですが担当のウマ娘を落とし穴に嵌めようとした事実に変わりはありません。怪我の可能性がありますよね」

 

それは……ありません。現代身体論の観点からして、怪我をしないような設計の落とし穴を作成した、です。理事長も、びっくりしただけ、ですね。

 

「ですね、じゃないですね」

 

怒っていますか?

 

「はい。私は怒っています。なぜ、真面目にやらないのか……」

 

>おれは真剣です。

>どすこい山です。

 

──。

 

>どすこい山です。

 

「はい。はい?」

 

間違えました。

 

これは、その……おれなりの、コミュニケーションなんだ、です。やはり……ウマ娘のメンタルをケアするには、正攻法だけでは通じない時もあります。

 

「一理あることは認めます。確かにあなたは、多くのウマ娘を立ち直らせてきました。学園側が取りこぼしてしまいそうなケースを補い、たとえ選手生命を絶たれてしまった場合でも新たな人生の目標を与えるなど、単なるメンタルケアに留まらない素晴らしい仕事ぶりを発揮してきました。それは評価しています、ですが」

 

たづなさんは静かに台パンした。

 

「もう少し、おとなしく出来ないものでしょうか?」

 

不可能です。

 

「言い切らないでください。せめて他の人を巻き込んだり、学校の一部を破損させるようなことはやめてください。理事長は優しい方ですから笑って許されたのであって、冗談では済まないこともあります。それは分かっていますよね?」

 

はい。

 

「……いいでしょう。次も同じことが起きたのなら、覚悟の準備をして頂くことになります」

 

もしかしてオラオラですか? きっとそうなのだろう。

 

おれはそっと退出していった。今月二回目の説教とか一体どうなってんだ。もうそろそろ減給されるかも、とは常々思っている。

 

本格的に、おれも懲りねばならんということか。落とし穴なんて子供っぽいことはもうやめて、いい加減大人になろう……。

 

「あ、トレーナー! ねえねえ、あの落とし穴ってどうやって作ったの!? 気になるー!」

 

よくぞ聞いてくれたな、テイオー! あれは実は秘密があってな、ただの落とし穴じゃないんだよ! いやぁ苦労したんだ、その甲斐あって本当にいい穴が掘れた! せっかくだし教えてやろうじゃないか、シャベルを持ってこい!

 

「分かった!」

 

「……トレーナーさ〜ん?」

 

ひぃっ! 違います違います! 行くぞテイオー!

 

「わ、分かった! たづなさん、じゃあねーっ!」

 

バカのせいでまた怒られるところだった。おれは扉から顔を出したたづな大明神の前からそそくさと逃げるのであった。ちゃんちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼休みが終わって、作業をしていたときのことだったか。

 

結構な頻度で使われている部室のドアが開いて、一人のウマ娘が入ってきた。

 

……おいおい、またサボりか?

 

呆れを混ぜてそう聞くと、そいつはへらっと笑い返した。

 

「やだなぁーもう、人聞き悪いんだから。違いますよー」

 

ふむ。ウソだな。

 

おれはそいつの適当な性格を知っていたのでそう言った。

 

「違いますってー。今日はあいさつをしに来たんですよー」

 

……。ふむ、あいさつ。

 

「はい」

 

へらへらしてる表情に、なんとなく別のものを感じ取って察した。

 

「私、辞めることにしました」

 

のんびりした声だが、決意を感じる。

 

「先生にはお世話になったから、ちゃんとあいさつしとこうと思って」

 

先生と呼ぶな。

 

「やでーす。どーせトレーナー業は大抵サボってるんだし」

 

一部の連中から、どうやらおれは先生と呼ばれている。ほとんどリハビリを専門にしているためだろう。

 

前のレース見たよ。三着とはなかなかやるじゃないか。

 

「あははっ、プレオープンですよ? 死ぬほど頑張って、それで三着。これまでで一番いい成績だってんだから、もう笑うしかないっていうか。諦めもつくっていうか」

 

ふむ。もういいのか?

 

「じゃなきゃ来てませんよー、やだなーもう」

 

へらへらと笑っているそいつは、いつもよりちょっとカラッとした笑顔を浮かべた。

 

「怠け者で不真面目で、怪我するくらいのトレーニングを努力と勘違いしてた私でしたけどもね。先生にしこたま怒られて、周りにも心配かけて、それでも全然結果出なかったし、腐ってさぼってばっかで、本気で頑張ってもこのザマでしたんでね。もうここらですっぱり諦めることにしました」

 

きっと本気で努力するのが遅すぎたのだ、とそいつは言った。

 

「才能っていう言葉で言い訳して、最低限の格好をつけようとしてただけだったんだなーって。でも本気で頑張ってみて分かりました。私、レースの才能なかったんだなって」

 

レースの才能というのは、本人のセンスや運動神経もそうだが、生まれや育った環境による体の作りが最も重要だ。そしてそれは後天的にどうにかなるものではない。

 

そうだな。おまえは死ぬほど頑張っても、せいぜい掲示板に入るのが限界だ。腐ったり、怪我してなくても、G3で5着がいいとこだな。

 

「もっと早く言ってくださいよー、もう。貴重な青春消費しちゃったじゃないですかー」

 

ふむ。だが才能のない連中にいちいち言ってまわっていたら、おれは学園にいるほとんどの連中にそれを言わなきゃいけなくなるぞ。

 

「ひっどーい。トレーナーのセリフじゃないですよー。全員を敵に回しますよ?」

 

本当のことだ。日本最高峰の才能が集うといえば聞こえはいいけど、格差があるのは事実だろ。それも時々バカらしくなるくらいの天才や化け物が現れる。誰もがそうなりたいと願ってトレセンに来る。そして百人いたら、そのうちの九十人はそうはなれない。そして残った十人のうち九人も、頂点の一人にはなれない。

 

おれは元々はウマ娘に魅せられてトレーナーになった側の人間()()()()から、正直ちょっと受け入れ難いところはある。

 

おまえのようなやつをたくさん見てきたよ。

 

怪我、故障、敗北、挫折。

 

レースの世界は厳しい。

 

だけど前のレース。おまえの走る姿、眩しかったよ。

 

「……はい。先生のおかげです」

 

いいや、おまえの努力だ。……これからどうするんだ?

 

「とりあえず、地元に帰ろっかなって。その後は、まあその後で考えようと」

 

つまり何も考えてないということらしい。

 

「むぅ、なんですかその目。私だって、新しくやりたいことが出来たんですからね」

 

ふむ。言ってみるがいい。

 

「音楽ですよ。私、ロックスターを目指します!」

 

ふむ。正気か?

 

「本気ですぅー。私、今度の今度は本気なんですからね。アルバム出したら送ってあげます」

 

……そうか。

 

相変わらずへらへらした言葉だが、どこか晴れ晴れとしていた。吹っ切れたのだろう。以前からこいつは音楽が趣味で、楽器の腕はそれなりに良かった。

 

楽しみにしておいてやろう。

 

「上から目線! すっごい上から目線だ!」

 

うむ、当然だ。おれはトレーナーだからな。

 

適当に机の上をがさごそと探した結果、特にめぼしいものはなかったので──。

 

ほれ、餞別だ。飴玉をやる。

 

「……もう少し、他になんかないもんですかね? 私の新しい旅立ちなんですけども」

 

ふむ。少し待ってろ。

 

がさごそとダンボールをひっくり返すと、何かの記念メダルが出てきた。なんだっけこれ……。なんかの観光地のメダル? それともなんかの賞のやつだっけ……。

 

「……そのメダル、いいですね。それ下さいよ」

 

む。これでいいのか?

 

「はい。なんか高そうなんで。金ピカだし」

 

……。売るなよ。

 

「売りませんよー! もう、信用なさすぎー……」

 

日頃の行いだ。……わかった。この変なメダルをおまえにやる。

 

トロフィーがわりと言っては変ではあるのだが、まあ欲しいのならこれでいいか。おれはちょっと姿勢を正してメダルを渡した。

 

二年間、よく頑張った。

 

地方からやってきたウマ娘は、大抵の場合は大成しない。夢破れて散っていくのが常識のようなものだった。一握りのスターとその他大勢の凡人たち──こいつは例外にはなれなかった。オグリキャップにはなれなかったのだ。だが。

 

元気でやれよ。

 

世間にその名前を知らしめることが出来なかったそいつは、無数にいる夢破れたモブのうちの一人だ。

 

「……もう、ずるいなぁ。こんな時、だけ……っ、真面目になったって、騙されませんから……」

 

だがモブにも人生がある。意思がある。夢破れたって、残りの人生、いやウマ生は長い。別の夢を追いかけるには十分だし、諦めきれずにしつこく走り続けるのもいい。

 

「わ、私っ……! がんばります、がんばりますよ……っ! ここで負けたって、レースの才能はなくても別のところで、頑張って……やってみせますから……っ!」

 

逃げてもいい。諦めてもいい。レースに負けたからって、それが全てではないのだ。

 

最後の最後に笑っていれば、それまでの全てが肯定されるだろう。それは単なる勝ち負けではない。敗北も挫折も、また別の土壌になり、新しい芽を出すだろう。そうなるように手助けするのがおれの仕事だ。そしてそれが新しい花を咲かせるかは、そいつ次第だ。

 

「絶対、泣かない……つもりで、来たのに……っ! 最後は笑って、旅立とうって……決めてたのにっ!」

 

泣くのは本気で頑張ったからだ。だからって、おれは別に涙などを肯定するつもりはない。

 

けどまあ──。

 

「……私、行きます」

 

しばらくして泣き止んだそいつはそう言った。

 

今から出るのか?

 

「手続きは全部終わって、寮の荷物も全部送りました。先生のところに来るのは、最後にしようって思って」

 

そうか。見送ってやる。

 

「いらないですよー。大丈夫ですぅー」

 

そうか。

 

人生楽しめよ、最後に笑えばそれでハッピーだ。

 

「その言葉、覚えておいてあげます」

 

上から目線だな……。

 

「先生に見習ったんです。……それじゃ、この辺で」

 

ああ。何かあれば連絡しろ。また遊びに来てもいいからな。

 

「いいえ、甘えになりそうだから……もう二度と、ここへは来ません。次会う時は、日本武道館で」

 

ふざけた言葉が飛び出したものだが、それくらい目標はでっかく。夢は大きく──夢破れたそいつが言うと、妙な説得力があった。

 

ふむ。わかった、チケットは送れ。

 

「そこはちゃんと、お金出して買ってくださいよ……」

 

仕方ない。まあ、頑張れよ。

 

「はい、全力でやったりますよ。ばいばい、先生」

 

うむ。じゃあな、──────(名もなきウマ娘よ)

 

最後にそいつはへらっとした表情で手を振って、それから扉が閉まった。

 

今日また一人、夢破れてこの地を去り、新天地へと歩いて行った。

 

トレセン学院では、よくある話だ。

 

「おいーっす! 授業終わったよー! トレーナー、今日のトレーニングはー!?」

 

クソガキが来た。

 

うるせーぞ、校庭1000周だ。

 

「えー!? ついにバカになっちゃったのー!? あ、元からトレーナーはバカだったね、ごめーん!」

 

このクソガキ。いいだろう、今日という今日はダートに埋めてくれる。

 

「はっ、その袋は──!?」

 

おれが黙って埋まるだけかと思ったか。このずた袋を食らえ──!

 

「ボクだってタダでやられると思ったら大間違いだよ! 特注のカーボンナノファイバーで出来たこの袋の力、見せてやるー!」

 

は? ちょ、なにそれ!? 最先端素材をどんな使い方してんだおまえ! ついにバカになったな!?

 

「生首にしてダートに埋めてやるー! この前の落とし穴の恨み、忘れてないんだからねーっ!」

 

ぎゃあああああああああ!

 

 

 

 

夢追う者、諦める者。

 

ウマ娘たちは大いなる自由と現実を前にして、どのように立ち向かっていくのか。

 

全てのウマ娘はいずれ引退する。違うのは、それが早いか遅いかだけだ。そしてその後も人生、いやウマ生は続く。

 

去っていったあいつが、今度は音楽という厳しい世界で、いつか世の中をびっくりさせるような音楽を作ってくれる日を待っていよう。

 

ひんやりとしていて心地いい、土の温度を感じ、首から下を埋められたおれはそんなことを思ったのだった。

 




・トレーナー
IQ2

・トウカイテイオー
IQ20

・モブのウマ娘
IQ74

IQ合計:22
※モブウマ娘は引退したのでノーカン

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